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★タイトル (CWM ) 08/02/19 02:29 (130)
小説の書き方4 つきかげ
★内容 08/02/19 23:34 修正 第2版
翌日の放課後。僕は全てが夢の中の出来事であったと思い始めたころ。クレ
アは再び僕の前へ、現れた。昨日出会った白衣の少女と同じ神秘的な美貌に、
無邪気な笑みを浮かべながら。
「蛭間さん、どうでした」
僕は、言い淀んだ。正直どう感想を言っていいのか判らなかったためだ。何
かを言うのであれば、昨日の夜にあった出来事に触れざるおえない。でも、そ
れをどう理解していいのか僕には見当もつかなかった。
そんな僕の様子を見て、クレアは満足げに頷く。
「いいですよ、何も言わなくて」
驚いてクレアを見る僕に、微笑みを返してくる。
「昨日の夜、あなたに起こったこと、私知ってますから」
「じゃあ」
僕が話そうとすると、クレアは僕を手で制した。
「私、魔法が使えるみたいなんです。書いた小説を使って。ただ」
「ただ?」
「私が恋をしている間だけなんです。魔法が使えるのは」
僕はかろうじて、声を絞り出した。
「誰が誰に恋をしてるって?」
クレアは、あははと笑う。
「そんなこと、言えやしません。ご想像におまかせしますよ」
クレアはそう言うと、ぽんと僕にA4の紙の束をわたす。
「昨日の続きですわ。ちゃんと読んでくださいね」
僕はその紙束を受け取り、クレアにうなづく。クレアは満足げな笑みを見せ
た。
「さあ、私はそろそろ帰らなくてはいけないわ」
僕はなんともかける言葉も思いつかず、黙ったままクレアに会釈を返す。ク
レアは一瞬僕に頷きかけると、さっと身を翻し立ち去っていった。
僕は手の中に残ったその紙束を見つめる。自分の身に起きていることに対し
て、合理的な解釈もおそらく可能なのだろうがどうしてもいくつかの点で疑問
が残った。
少なくとも、僕がマインド・コントロールされているという可能性が一番て
っとりばやい解釈だ。
それは、魔法といいかえてもいいのだろう、おそらく。しかし、
「判ったろ。自分がいかに馬鹿であるかってことが」
僕は聞き覚えのある声に、顔をあげる。カイだった。
「一番簡単な方法は、あんたを殺すことだった。でも、それはそれでリスクが
ある。おれはあんたが読まないほうに賭けることにした。まあ、馬鹿はおれも
おなじだね」
パンクス風のファッションに身を包んだ少年は、口をゆがめて自嘲する。僕
はため息をついた。
「何がどうなっているのか、教えてくれるんだろう。君が」
「それは戒律違反になる」
カイは、うんざりしたように言った。
「でもおれは面倒くさくなった。聞いたら後戻りはできない。何も知らずに死
んだほうがましかもしれんが、いいのか」
僕は大仰な言い方に苦笑する。
「もったいぶらずに、話てくれ」
「これをみな」
カイは、腕まくりをする。そこには、刺青でラテン語の文章が刻まれていた。
それと、バフォメットの紋章。
「何がいいたい」
「テンプル騎士団の紋章だよ、これは。あんたの書いた与太話と同じだ」
「しかし」
カイは肩を竦める。
「クレアはおれたちが守護しているキリストだ」
「馬鹿を言え」
「厳密に言えば、クレアは入れ物でありキリストは寄生していると言ってもい
い。かつてイエスに寄生していたようにね」
あまりの話に、僕は眉を顰める。カイは哄笑した。
「ま、信じねぇよな。おれだっていきなりこんなことを言われて信じるやつは、
頭がいかれていると思うさ。でも、事実はあんたが与太話に書いた通りだ。ク
レアは、あんたがベルナール・ド・クレルヴォーの生まれ変わりだと信じてい
る」
「君は、キリストが本当に寄生生命体と思っているのか」
「さあな。しかし、クレアの中に何かがいることは確かだ。おれたちは、イエ
スの死後その何かが転々と宿主を変えてきたと教えられている。キリストは人
の性愛に接して、生き始める」
僕は首を振る。
「しかし、イエスは」
「まあ、よく判らない。そのころのことは。どうでもいい。今はそうだという
ことだ。寄生生命体は危険だ。行き始めたとたん、宿主を増やし始める。あん
たも、キリストというウィルスのキャリアだ」
「まてよ、イエスの中で生きていたんだろ。だったら」
「イエスが死んだときに、ウィルスは一旦休止した。でも、いま再び活動を始
めることになった。ウィルスは言語を仲介して感染していく。そう、あんたが
読んだあの小説だよ」
僕は眩暈を感じた。
「キャリアとなっても何か症状が出るわけでもない。単に、彼女の世界へと取
り込まれるだけだ」
「彼女の世界?」
カイは酷く邪悪な笑みを見せた。
「クレアはキャリアを作ることによって、幻想を現実化することができる。偽
りは彼女の中にあるだけなら、ただの幻想だ。でも共有するものがいれば、そ
れは現実になる」
「イエスのときは」
「そう、やつは復活というファンタジーを現実化した。物理法則や自然法則を
捻じ曲げて。それから世界は二千年に渡る混乱を蒙った」
「でも、小説は僕しか読んでいない」
「そこが問題なのではない」
カイは、冷たく笑みを浮かべる。
「世界は既に捻じ曲がりはじめている。もう一度ね」
「それが本当ならあんたたちは、クレアを一生どこかに幽閉しておくべきだっ
たんだ」
「そうすれば、キリストは別の宿主を探すだけだよ。やつは、以外と狡猾だ。
それに、あんたみたいな馬鹿さえいなければ、こんなことは起きなかった」
僕は、うんざりしてきた。
「僕の書いた小説のことか」
「それより、クレアの書いた小説を読んだことだ。読まれなければ、虚偽のま
まだ。それは死んだ言語に等しい」
僕は、手にした小説に目を落とす。
「ああ、そいつを読むかどうかは好きにすりゃあいい。もうここまでくれば、
事態に大差はないね。それよりも」
カイは鋼鉄の固まりを突き出した。死のように鈍く不吉な輝きを持つオフブ
ラックの拳銃を、カイは僕に差し出す。僕は手のひらに収まりきらないその巨
大な拳銃を、受け取る。
「スミス&ウェッソンのM500だ。世界最大の50口径マグナムを撃てる。
五発全弾撃ち尽くすと、手を骨折するといわれている」
「そんなものを、どうしろというんだよ」
カイは死の大天使のように、静かな目で僕を見る。
「殺せ、クレアを。世界が奴の幻想に飲み込まれる前に」
「無理だ。なぜ僕がそんなことを」
カイは、首をふる。
「あんたにしか無理なんだよ、今となっては。クレアの幻想は、あんたと共有
することによって現実となる。幻想へ戻すには、あんたがクレアを拒絶するし
かない。死をもってね」
カイは僕にホルスターを手渡す。僕は、カイがみせる冬の空のような冷たく
重苦しい表情に押されて、そのホルスターを腰のベルトに取り付けると拳銃を
そこに突き刺した。カイは満足げに頷く。
「これでおれの用は終わりだ。おれにできることは、残っていない。まあ好き
にすればいいさ。クレアの幻想は、この世界が糞まみれなのと同じ程度に糞ま
みれなのものだからな。彼女はイエスほど頭がいかれているわけじゃあなさそ
うだ」
カイはそう言い終えると、立ち上がり去って行った。
僕は少し迷った結果、クレアの小説を読むことにする。カイは僕の想像以上
にいかれているようだが、どこかに何がしかの真実があるはずだ。僕はアリス
が迷い込んだような、常軌を逸した出鱈目な世界にいる。手にした小説に、そ
こから出るためのヒントがあるのではないかと思った。
そして僕は傍らに置いてあった執筆用のノートパソコンを開くと、キーボー
ドを叩き文章を打ち込む。僕が武器にできるものがあるとすれば、それは拳銃
ではなく文章だと思った。