AWC 青い宇宙と青い空(1)            悠木 歩


前の版     
#309/598 ●長編
★タイトル (RAD     )  07/05/28  20:52  (291)
青い宇宙と青い空(1)            悠木 歩
★内容                                         07/05/29 19:50 修正 第2版

 遠い未来のことです。
 私たちが生まれ、そして育った星、地球はその寿命を終えてしまいます。
 人々は地球を捨て、宇宙へと飛び立ちました。
 行くあてなどありません。だって私たちは地球以外に、人の住める星なんて知
らなかったのですから。
 何億という数の宇宙船は、それぞれに違う方向へと進みました。その中の一隻
でいい。人の住める星を見つけられれば。
 そんな旅立ちでした。
 でもそんな星はなかなか見つかりません。
 せまい宇宙船の中では一人、また一人と力尽き、死んでいきました。もう食べ
物もありません。もうだめたと、皆があきらめかけたときです。
 その船は新しい星を見つけたのです。人の住める星を。
 新しい星に降り立った、地球で生まれた人々。そして宇宙船の中で生まれた五
人の子どもたち。
 さらに新しい星で生まれた子どもたち。新たに地球から辿り着いたリンダ。
 これはそんな人たちのお話です。
 地球から、遠く遠く離れた星での物語。

「たしか、この辺にいたんだよ」
 目を精一杯凝らし、繁みを覗き込みながらトキオはいいました。
「よし、ちょっと待ってろよ」
 黒い肌の男の子、ギニアが手製の霧吹きを、トキオの指さすほうへと吹きつけ
ました。
 淡い朱色の霧が、繁みの葉を濡らします。
 トキオとギニア。
 二人はスペースチャイルドと、大人たちが呼ぶ子どもたち。この星にやって来
た、宇宙船の中で生まれた子どもたち。
 二人は声を殺し、息を潜め、繁みを見つめます。
 やがてこの星のお日様に掛かっていた雲が晴れ、明るい陽射しが降り注ぎます。
「あっ」
 と、声を上げたのはトキオ。
 なんと繁みを染めた朱色の一部が、少しずつ動き出したのです。
「よし、捕まえた!」
 伸ばしたトキオの手が捕えたのは、透明な昆虫、カマキリでした。
 トキオは捕まえたカマキリを、すばやく、やはり手製の虫かごへと入れました。
 ぱあん。
 二人は高く上げた手の平を叩き合わせます。
「やっと、忍者カマキリを捕まえた」
「早くルベールさんに、見せに行こうぜ」
 二人は駆け出しました。

 この星にたった一つだけの村。
 小さな村の中に在って、一番大きな建物。トキオたちの通う学校で、大人たち
の集会場にもなる建物です。二人はその建物に、入っていきました。
「ルベールさん、忍者カマキリ、捕まえたよ」
 知識は全ての人の財産。
 学校の図書室には、みんなが地球から持ってきた本が集められていました。ル
ベールさんはいつもここにいるのです。
「ここは本を読むところよ、静かにして」
 トキオと同じ肌の色をした女の子が言いました。マニラです。彼女は本が大好
きで、授業や、家の仕事がないときは、いつもここにいるのです。
「しずかにして」
 マニラの真似をして、小さな女の子が言いました。ギニアの妹のリリィです。
 リリィの隣には、金色の髪の女の子が座っていました。リンダです。リンダは
ちょっと特別な女の子。本当はトキオたちより年上なのですが、コールドカプセ
ルという装置の中で眠っていたため、見た目にはトキオたちと変わりません。
 リンダはトキオたちをちらっと見ただけで、すぐに視線を手元の本へ落としま
す。どうやら、リリィに読んであげているようでした。
「やあ、ようこそ。トキオにギニア、待っていたよ」
 図書室の一番奥の席、絵を描いていた若い男の人が手を上げました。この人が
ルベールさんなのです。
 にこやかな笑顔が向けられます。でもルベールさんの笑顔は、いつも寂しそう。
 長くて細い銀髪のためでしょうか。
 リンダやシドニーといった女の子たちより白い肌のせいでしょうか。
 心臓に重い病気を持っている、そんな理由もあるからでしょう。
 ルベールさんの姿は、どこか陽炎を見るようで、ちょっと目を離せば跡形もな
く消えてしまいそうな、そんな感じがするのです。
「はい、これが忍者カマキリ」
「二人で捕まえたんだぜ」
 ルベールさんの机に虫かごを置くと、トキオもギニアも、とても得意そう。
「すごいよ、二人とも。わあ、本当に透明なんだ………地球にもね、透明な生き
物はいたけれど、ここまで見事なものは知らないなあ」
 虫かごを両手に取ったルベールさんは、子どものように目を輝かせて忍者カマ
キリを見つめます。
 実はこの忍者カマキリ、この辺りではそんなに珍しい昆虫ではないのです。村
のあちらこちらで、普通にいる虫なのです。たしかに透明で見つけにくいのです
が、まったく見えないわけでもありません。
 でも身体が弱く、外を歩くことが少ないルベールさんには、中々出会う機会の
ない昆虫なのです。
「さっそく、描かせてもらうよ」
 そう言って、ルベールさんは絵を描くための道具を広げ始めました。
 ルベールさんは画家なのです。画家というのは、絵を描くのを仕事にしている
人のことです。地球でも、画家をしていたそうです。でもあまり売れてはいなか
ったそうです。
「ぼくは、この村一番の役立たずだから」
 ルベールさんはよくそう言います。
 村の男の人は、一人でいろんな仕事をします。
 畑を耕したり、木を伐ったり、井戸を掘ったり、家を建てたり、鍛冶仕事をし
たり。子どもたちだって、それを手伝います。そうしないと村の人たちの生活は
成り立ちません。
 でも身体の弱いルベールさんは、そのほとんどをすることが出来ないのです。
「絵を描くしか出来ないぼくは、開拓者の生活では厄介者にしかならないよ」
 でもそれは違うとトキオは思います。
 だって畑を上手に耕せる人はたくさんいるけれど、絵を上手に描ける人はルベ
ールさんしかいないのですから。
 最初にルベールさんは、スケッチブックという白い紙を束ねたものを広げます。
紙も鉛筆も、筆も絵の具も、みんな地球から持って来たものです。ルベール
さんは生活に必要なものより、絵の道具をたくさん持って来たのです。
 でも毎日のように絵を描き続け、道具も残りが少なくなっています。いずれ、
それもなくなってしまうでしょう。
 だから時々、ルベールさんは紙や絵の具や、筆を作ったりします。でもまだ使
えるようなものは、作れていないそうです。

「すげっ」
 小さく声を出したのはギニア。
 いつでも元気なギニアも、ルベールさんが絵を描き始めると静かになります。
ルベールさんの邪魔にならないように。
 それでも思わず声が出てしまうのです。
 いつの間にかマニラもリリィも、そしてリンダもルベールさんの近くに集まっ
ていました。
 ルベールさんの手は魔法の手。
 ルベールさんの手が動くたび、真っ白だった紙の上に忍者カマキリが姿を現し
てゆきます。いえ、忍者カマキリだけではありません。
 繁みの青々とした葉っぱ。そこで前足の手入れをしているロケットバッタ。そ
れを忍者カマキリが狙っているのです。透明な忍者カマキリですが、その身体の
下にある葉っぱが屈折して見えるため、そこにいるのだとはっきり分かります。
「うん、こんなものかな」
 そう言って、ルベールさんが筆を置くと、子どもたちは皆、ふーっと、大きく
息を吐きました。ルベールさんが描く絵に見入っていたため、それまで息をする
のも忘れていたのです。
「ルベールさん、じょうず」
 うっとりとした声はリリィ。
「あの、ルベールさん。他の絵も見ていいかしら?」
 これはリンダの声。
 最近村の一員になったばかりのリンダ、まだルベールさんの絵をあまり見てい
ないのです。
「ああ、構わないよ………そこの」
「棚の中でしょ」
 ルベールさんが指さすより先に、トキオが棚の前から絵の束を取り出していま
した。トキオたち皆、ルベールさんの絵を何度も見ています。でも、何度見ても、
飽きることはありません。

「これは森トカゲ、こっちはマダラネズミ。で、これはバネトビヘビ、毒を持っ
ているから、気をつけたほうがいいよ」
 机いっぱいに広げた絵を、一枚一枚指さしながら、トキオはそこに描かれたも
のをリンダに説明します。
 ルベールさんはあまり外を歩くことはないのに、描かれた生き物たちはそれぞ
れの生活場所で見かけるのとまるで変わらない、いえ、それ以上に生き生きと描
かれていました。
「ルベールさんは、どうしてこういう絵ばかり描くのかしら?」
 リンダが質問をします。
「ん?」
「生き物の絵ばかりで、あっ、ううん、これも素敵だけれど。人物画や風景画み
たいなのは、描かないんですか?」
「ああ、描いていたさ、地球にいた頃はね」
 ふいに寂しげな顔をしたルベールさんが窓の外、空を見つめました。
 そのときです。
「きゃっ!」
 突然聞こえた悲鳴。
 リリィでした。
 どうやら棚から別の絵を出そうとして、転んでしまったようです。
「だいじょうぶ? リリィ」
 一番近くにいたリンダが駆け寄ります。
「わたしは、だいじょうぶ。でもごめんなさい………ルベールさん」
 幸いリリィにケガはなかったようです。それよりもリリィは絵を落としてしま
ったことを、謝ります。
「いいよ、気にしなくて。リリィにケガがなくて何よりだ」
 部屋にいたみんなが集まって、床に散らばった絵を拾います。
「あっ、これはキリンね。こっちはゾウ、ライオンにシマウマ………この辺はア
フリカの動物なんだ………」
 絵を拾い集めていた手が思わず止まってしまいます。子どもたちの中でただ一
人、地球生まれのリンダは懐かしい動物の姿に見入ってしまったようです。
「あっ、ごめんなさい」
 ふと顔を上げたリンダは、みんなの視線が自分に集まっていることに気がつい
て、謝りました。拾うのを怠けて、絵を見てことを非難されているのだと思った
ようです。
「リンダ、その絵、見せてくれよ」
「えっ? ええ」
 手を伸ばしてきたのはギニアです。リンダは見ていた絵の束を、ギニアへと手
渡します。
「この首が長いのがキリンかあ………じゃこれがゾウ?」
 ギニアは驚いたような声を上げます。ずいぶんたくさん、ルベールさんの絵を
見てきたギニアたちにも、まだ見たことのない絵があったのです。
「ねえちょっと、これも見てよ」
 興奮して叫んだのはトキオ。いつの間にかリンダの隣に来ていて、その周りの
絵を拾っていたのです。
「このカマキリ、見たことある? このハチも、カブトムシも、ほら、このトカ
ゲ!」
 思わずリンダが顔をしかめてしまうほど、トキオは大きな声を上げていました。
「いや、ない、初めて見るよ………なあ、みんなはどうだ?」
 トキオの見ていた絵を、ギニアは他のみんなにも見せました。でもトキオやギ
ニアも知らない生き物を、女の子たちが知るはずもありません。ところが、です。
「あっ、私、これ見たことある………名前は知らないけど」
 カブトムシの絵を指さして、リンダが言ったのです。
「そう、それは地球の生き物たちだよ」
 と、ルベールさんが微笑みながら言いました。

「ぼくには責任がある………」
 みんなで拾い集めた絵を受け取ったルベールさんは、その中から何枚かを選び、
机の上に並べていきます。
 どれもトキオたちの知らない生き物たち。でもその多くは、トキオたちの知っ
ている生き物と、どこか似ています。
「地球には何十億という人たちが住んでいた………これは知っているよね?」
「うん、せんせいから聞いたよ」
 答えたのはリリィ。みんなも頷きます。
「地球という、一つの星が寿命を終え、そこに住んでいた人たちは何億という宇
宙船に乗って旅立ったんだ」
 これもお父さんやお母さん、先生やたくさんの大人たちから何十ぺんも、何百
ぺんも聞かされた話です。
 まだ人間は地球以外に人の住める星を知らなかった。だから何億もの宇宙船は、
それぞれ別の方向を目指して飛んだのだそうです。その中のどれか一つでも、人
の住める星をみつけられるようにと。そしてその中の一隻が、この星を見つけた
のです。
「ぼくたち以外の宇宙船が、人の住める星に辿り着けたのかどうか、分からない。
もしかすると今生きている地球人は、ぼくらだけなのかも知れない。それともも
っとたくさんの人たちが、他に星を見つけたのかも知れない」
 何度も何度も聞かされた話。
 でも聞くたびに、何かとても胸が切なくなる話でした。
 宇宙船の中で生まれたトキオたちは、地球の思い出なんて、何もありません。
けれど悲しい気持ちになるのです。地球で生まれたお父さんやお母さん、そして
ルベールさんにとってはもっともっと、悲しい話に違いありません。
「ぼくたちはこの星を見つけ、いまもこうして生きている。他の宇宙船の人たち
がどうなったか分からないけれど、それでもみんな地球を出て、生きる可能性に、
賭けることは出来たんだ」
 ルベールさんの話は、少し難しくなっていきます。いつでも優しいルベールさ
んですが、時々こうしてトキオたち子どもには、分かりにくい話をすることがあ
ります。
 だけれど難しくても、何か分かるような気がするのです。
「だけど、地球には人間の他にもたくさんの生き物が住んでいた。彼らはどうな
ったのだろう? 一部の生き物はぼくたちと一緒に、宇宙船に乗ることが出来た。
でもそれはほんの一部………いや、一部と呼ぶにも少なすぎる数だった」
 ルベールさんの言う通り、宇宙船には他にも動物が乗せられていたそうです。
 でもトキオたちとこの星に降り立ったのは、わずか三頭の犬だけでした。
 長い長い宇宙の旅。人間の食べるものが不足した中で、動物に与えるエサもな
くなってしまったのです。他の動物たちは、人間の食べ物になったのだと聞きま
す。
「地球には何億の何億倍もの生き物たちがいたんだ………彼らは地球と一緒に滅
んでしまった。ぼくら人間と、何十億年もの間、一緒に生きた仲間だったのにね。
 彼らは彼らなりに、地球の上で意味のあるものとして存在していた。無駄なも
のなんて一つも居なかったのさ。そう、例えそれがハエやゴキブリ、毒を持った
ヘビであってもね」
 ハエやゴキブリ、それに毒ヘビはこの星にだっています。
 それは地球にいたものと、ほとんど姿形も変わらない。そう大人の人たちから
聞いています。ルベールさんの描いた絵を見せてもらったこともあります。
 決して気持ちのいい生き物ではありません。しかも同じようなものが、この星
にもいるのです。だからそれを地球においてきた仲間だなんて、トキオたちは考
えたこともありませんでした。
「あら、これ?」
 ルベールさんの話に聞き入っていたみんなは、いつの間にか無言になっていた
のです。だからリンダの上げた小さな声にも驚いて、一斉にそちらへと振り返り
ました。
「ルベールさんって、肖像画も描くんですね………でもこの人は? この村の人
じゃ、ないですよね」
 みんなの手が止まっている間も、リンダは絵を拾い続けていたようです。リン
ダの手の中にあったのは、一枚の肖像画。若い、女の人が描かれたものでした。
「あ、ああ………」
 トキオたちは皆、その女の人が誰なのか、知っています。けれど最近、村の住
人になったばかりのリンダは知らなくて当然でした。
(ダメだよ、聞いちゃ)
 トキオは目で合図を送ります。でもリンダには通じません。
「何よ、トキオ。目が痛いの?」
 ハハハッ、と大きな、でもちょっと力のない笑い声。トキオの様子に気がつい
た、ルベールさんが笑ったのです。
「いいよ、トキオ。そんなに気を使わなくても」
 そう言うと、目いっぱいの優しい笑みを浮かべます。
「その女の人はメグ………ぼくの奥さんだった人さ」

 時告げ鳥の声が遠くから聞こえてきます。
「知らなかったんだから、そんなに怒らなくてもいいでしょ」
 いつだって強気なリンダの声も、この時ばかりは控えめなものでした。
 朱色に染まった村の中、並んで歩くリンダへと、トキオは少しきつくさっきの
ことを注意したのです。
 トキオとリンダは兄妹ではありません。けれど同じ家に住んでいます。
 二人が話していたのは、ルベールさんの絵に描かれていた女の人のこと。メグ
さん、ルベールさんの奥さんは、宇宙船がこの星に着陸をするとき、亡くなって
いたのです。

 トキオたちの乗っていた宇宙船は、何年も何年も旅を続けていました。トキオ
やギニア、ロスやマニラやシドニー。村の大人たちが「スペースチャイルド」と
呼ぶ五人は、宇宙船の中で生まれたのです。
 でも長い旅の中、生まれてくる命より、死んでゆく命の方が多かったと聞きま
す。
 そしてやっとの思いで見つけたこの星。
 みんながずっと待ち望んでいた、地球と同じ、人の住める星。
 でもやっと見つけた希望の星も、最初は優しく人間を迎え入れてくれたのでは
なかったのです。
 大気圏突入。
 空気のある星に、宇宙船で着陸するのは、簡単なことではないのです。
 長い旅の中で、宇宙船は傷んでいました。そして病気になっていた人も、たく
さんいたのです。
 そんな人たちに、大気圏突入の衝撃は、耐えられるものではありませんでした。
 この星に着陸するとき、たくさんの人たちが命を失ってしまったのです。
 メグさんも、そんな中の一人でした。
「皮肉だよね」
 ルベールさんは言いました。
 微笑を浮かべて。
 とてもとても、寂しそうな微笑で。
「生まれつき、身体の弱かったぼくがこうして生き残り、元気の固まりみたいだ
ったメグが死んでしまった………ぼくは開拓者の暮らしに、役立つことが出来な
い。これが彼女だったら、どれだけみんなのため、働くことが出来ただろう」




 続き #310 青い宇宙と青い空(2)            悠木 歩
一覧を表示する 一括で表示する

前のメッセージ 次のメッセージ 
「●長編」一覧 悠歩の作品 悠歩のホームページ
修正・削除する コメントを書く 


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE