AWC 「SPAER」(1)     悠歩


        
#2516/5495 長編
★タイトル (RAD     )  94/ 3/ 9  23: 7  (183)
「SPAER」(1)     悠歩
★内容


「SPAER」
                       悠歩

 −−ほら茉莉華、お前の欲しがっていた、おもちゃだよ−−
 −−わあっ、ありがとうパパ。ねぇ、ママ、見て見て!−−
 −−あらあ、良かったわね。茉莉華ちゃん−−
 −−うん………。あのね、パパ。まりか、お願いがあるの−−
 −−ん? なんだい茉莉華。欲しい物があるなら、何でも言ってごらん。パパが買っ
   てきて上げよう−−
 −−わたし、一度、お外で遊んで見たいの−−
 −−……………。 茉莉華、それは出来ないよ−−
 −−どうして? 私、どこも悪くないよ。今日ね、窓からおそとを見てたら、まり
   かとおなじくらいの子たちが遊んでいたよ−−
 −−良くお聞き、茉莉華。外で遊んでいるのは、悪い子供達なんだ。茉莉華みたい
   な、いい子が外に出たら、いじめられてしまうんだよ−−
 −−本当? 本当なの、ママ−−
 −−パパの言う通りよ、茉莉華。私達は、茉莉華がとっても大切なの。その大切な
   茉莉華を酷い目に遭わせる事はできないわ。こうやって、お家の中で遊んでい
   るのが一番安全なのよ−−
 −−そうだよ、茉莉華。そのかわり茉莉華の欲しい物は、お人形だって、ゲームだっ
   て何でも買って上げるから−−
 −−うん………、分かった−−
 −−茉莉華………。お前は本当にいい子だ−−

「ヴィーナス、ヴィーナス!」
 紅く染まった夕暮れの街に、少年の声が響きわたった。
 少年は空を見上げ、高い木々の枝や屋根の上に目を凝らし、そこに目的の物を見い
だせないと再び大声で「ヴィーナス」と叫び走り出す。
「どこに行っちゃったんだろう。まさか、カラスにやられちったんじゃあ………」
少年の心に不安がよぎる。
「クックルルル」
 どこからか、鳩の鳴き声が聞こえたような気がした。
「ヴィーナス!」
 その鳴き声を求めて、少年は辺りを見回した。
「聞こえた、あれはきっとヴィーナスの声だ。どこからだろう」
 少年の目に、白い大きな家が止まった。
「あそこ………あそこだ。確かにあそこから聞こえた」
 少年はしばらく躊躇った。その白い家は街の子供たちの間で「幽霊屋敷」と噂され
ている場所であった。
 昔、そこに住んでいた男が突然発狂して、妻や子供たちを刀で切り刻んで殺して、
自分も腹を切り死んでしまった。
 それ以来、夜な夜なその家には狂った男の獲物を求める声と、逃げ叫ぶ子供たちの
声がすると言う。
 実際には、そのような事件が起きたと言う事実は無かったのだが、いつしか子供た
ちの間ではそれが事実以上の真実味を持って伝えられていたのだ。
「幽霊屋敷………」
 躊躇っている間にも陽は落ちて行く。少年は意を決して、白い家に向かった。

 白い家の周りを囲む塀の前まで来て、少年はどうした物かと考えていた。
 幽霊に対する恐怖もあったが、この塀の向こうに自分の探しているものが確かにあ
ると言う証拠も無く、他人の家に入ることは気が引けた。
「でも、確かにヴィーナスの声がしたんだ」
 そうだ、家の人に理由を話して探させてもらえばいい。
 少年は家の門を見つけると、恐る恐るインターホンを押した。
 家の中で来訪者を告げる音が響いているのが、微かに聞こえてくる。しかし、いく
ら待っても、誰も出てくる様子はなかった。
「誰もいないのかなあ」
 留守のなのか、それとも幽霊屋敷と呼ばれるくらいである。本当に、誰も住んでい
ないのかも知れない。
 これ以上ぐずぐずしていると、暗くなってしまう。どこからか中に入ることは出来
ないだろうか。
 辺りを探してみると、塀にぴたりとくっ付くようにして停車している軽トラックが
あった。
「よし、あれだ」
 人がいないのを確認すると、少年は素早く荷台から運転席の屋根へと飛び移り、塀
のてっぺんへ手をかけた。
 そしてそのまま一気に、塀の向こうへと跳んだ。
「うわーっ、広い庭だなあ」
 実際に中に入ってみると、その広さは外から見たときよりも一層広く感じられた。
「ヴィーナスはどこだろう」
 中に入ってはみたものの、この広い庭の何処を探せばいいのか、少年には見当もつ
かなかった。
「クルルルル………」
 また鳩の声が聞こえた。
「ヴィーナス! あっちだ」
 少年は声のした方に駆け出した。
「確か、この辺りから聞こえて来たんだけど」
「あなただれ? そんなところで、なにをしているの?」
「うわっ」
 突然声を掛けられ、少年は飛び上がらんばかりに驚いた。
「だ、黙って入ってごめんなさい」
 慌てて頭を下げた少年の耳に、くすくすと可愛らしい笑い声が聞こえてきた。
「だれにあやまっているの。わたしはうえよ」
「えっ」
 ゆっくりと頭を上げて上を見ると、開け放たれた二階の窓から女の子がおかしそう
に少年のことを見つめていた。
 そして女の子の肩には、真っ白な鳩がちょこんととまっている。
「ヴィーナス」
 少年が呼ぶと、鳩は女の子の肩から飛び立って、少年の腕へ舞い降りてきた。
「まあ、あなたのはとだったの」
「勝手に入って来て、ごめん。すぐに出て行くから………」
「あっ、おねがい。ちょっとまって」
 そう言って、女の子は窓の中へ姿を消した。
「まったく………こんな所で道草なんかして。ずいぶん、探したんだぞ、ヴィーナス」
 少年が頭を撫でてやると、鳩は気持ちよさそうに目を閉じた。
「あれ?」
 鳩の羽の上に絆創膏が貼ってあるのに気付いて、少年は驚きの声を上げた。
「はあ、はあ………よかった。ちゃんと、いてくれたのね」
 程なくして、息をきらせながら女の子は少年の元にあらわれた。
「なにもそんなに、慌てて来なくたって………」
 そう言いながら、少年は「僕の部屋から、どんなに急いで庭に出ても、絶対息がき
れる事なんてないな」と思った。
「だって、急がないと、あなたそのハトさんといっしょに、かえっちゃうかも知れな
いもん」
「なあ………きみ」
「きみじゃないわ。わたしは、まりかよ」
「じゃあ、茉莉華ちゃん。あなたは、無いんじゃないかな」
 どう見ても自分より歳下の女の子に、「あなた」と呼ばれるのは、少年にとって気
分のいい物ではなかった。
「だって、わたし、あなたの名前、知らないもん」
「それにしたって、『お兄ちゃん』とか言い方があるだろう」
 相手が小さな女の子であると言うことと、探していた鳩が見つかったと言う安堵感
もあって、少年の心からは勝手に他人の家の庭に入り込んでいる引け目を忘れてしまっ
ていた。
「僕はつかさ。秋山司」
「じゃあ、つかさお兄ちゃん。そのハトさん、お兄ちゃんのなの?」
「うん、ヴィーナスって言うんだ。今日、初めて訓練に飛ばしたんだけと、いつまで
たっても帰って来ないから、心配して探していたんだ」
「くんれん? そのヴィーナスちゃんって、でんしょばとなの」
 好奇心に満ちた目で、女の子は鳩を見つめた。
「レース鳩って言うんだよ。こいつはまだ訓練中だけど、そのうち他の鳩たちと一緒
に飛ばして、どれが一番早く自分の家に帰って来るか、競争させるのさ」
「ふーん」
「だけど、最初の訓練から道草をするようじゃ、見込みないかもなあ」
「あら、ヴィーナスちゃんがわるいんじゃないわ」
 まりかは懸命な様子で、鳩の弁護を始めた。
「えっ」
「まりかが、窓からおそらをみてたら、ヴィーナスちゃんがからすにいじめられて、
そこの木の枝ににげてきたの」
 と、先ほど茉莉華が姿を見せていた窓の、すぐ横まで枝を伸ばしている木を指さし
た。
「それで茉莉華ちゃんが、ヴィーナスにこの絆創膏を貼ってくれたの?」
「うん」
「ありがとう、茉莉華ちゃん」
 鳩の傷に絆創膏を貼ってやるなんてことは、聞いたことも無かったが司は素直な気
持ちで茉莉華に礼を言った。
 鳩の怪我の処置の仕方を知らない茉莉華は、自分なりに一生懸命考えて絆創膏を貼っ
てやったのだろう。
「ねぇ、もしかして茉莉華ちゃんて病気で寝てたんじゃないの」
 茉莉華がパジャマ姿であることに気がついて、司は尋ねた。
 辺りはすっかりと暗くなり、庭に設けられた電灯に明かりが灯されていた。
 そんな中で、茉莉華の淡いグリーンのパジャマ姿が妙に鮮やかに浮かび上がってい
る。
「まりかはなんともないのに、おねつがあるからねてなきゃ駄目って、パパに言われ
たの。だけど、ねてるの退屈だから、おそとをみててヴィーナスちゃんをみつけたの
よ」
 色白過ぎる感じもしたが、茉莉華の様子には別段、病人の様な弱々しさは無かった。
そのことに司は安堵を覚えた。
 幽霊屋敷と噂されるくらいに、住人のことが知られていない家に住む少女である。
何か不幸な身の上でもあるのではないかと、不安に感じたのだ。
「まりかちゃんは、鳩が好きかい?」
「うん、大好き」
「それじゃあ、明日、一緒にヴィーナスの訓練に行かないかい」
「行きたい」
 少女は思いがけない司の提案に目を輝かせた。しかし、その輝きはすぐに失われ、
悲しそうな表情に変わった。
「でも、行けないわ。まりか、いちどもおうちのそとに出たことないもん。きっと、
パパもママも駄目っていうわ」
「えっ」
 やはり始めに感じたように、この少女は何か重い病に苦しめられているのだろうか。
「おい、そこにいるのは誰だ! 茉莉華に何をしている!!」
 突然、もの凄い怒鳴り声を上げて男が走って来た。
「あっ、パパ。お帰りなさい」
「やべっ!!」
 司は他人の庭に無断で入り込んでいた事を思い出し、ヴィーナスをしっかりと抱い
て手近な木に登り、そこから塀の外へと飛んだ。
 塀の外に出た司は、茉莉華の事を心に残しながらも、後からあの男が外まで追いか
けて来るかも知れないと考え、急いで自分の家へ走った。

「茉莉華、いまいた男の子は誰なんだい。何を話してしたんだ」
「つかさお兄ちゃんって、言うんだって。あのね、お兄ちゃんのハトさんが、けがを
して、まりかがてあてしてあげたの。ヴィーナスって言うの」
 茉莉華は無邪気に、父親に今日の出来事を報告した。
「茉莉華、何か余計な事は話さなかっただろうね」
「よけいなことって?」
「ん………いや、なんでも無い。さあ、お外は寒い。そんな格好でいたら風邪をひい
てしまう。早くお部屋に戻りなさい」
「はあーい」
 茉莉華が部屋に戻るの見送りと、男はしばらくその場で何やら考え込んでいた。
「心配は無いとは思うが………」





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