AWC            愛子(桜雪)     (4)


        
#2500/5495 長編
★タイトル (MMM     )  94/ 2/11  16: 6  (155)
           愛子(桜雪)     (4)
★内容



          (幸せの黄色いヘルメット)

 僕が愛子に被せるのは幸せの黄色いヘルメット。ナバの黄色いヘルメット。僕たち
、カワサキのFTに乗ってそれで野母崎まで『ダッ、ダッ、』と音をたてながら進む
。潮の香りをいっぱいに浴びながら。
 そうして僕ら、野母崎の岸壁に寄り添って座っていろんなことを語り合うんだ。人
生のこと。高校のこと。将来のことなど。
 僕ら、潮風を頬に受けながら幸せいっぱいに語り合うだろう。愛子はとても明るく
ていつも沈みがちになる僕を励ましてくれる。





         (夕陽を見つめながら) パート2

 愛子。僕には中学・高校時代、激しい恋をしたことがある。遂に一度も生きている
ときは手をつなぎもしなかったのだけど、あれは少年の頃の燃えるような激しい恋だ
った。今、夕陽が照ってるだろ。あの夕陽のような紅い燃えるような恋だった。
 でもその女の子、この野母崎の港をちょっとちっちゃくしたような網場の青い海の
中に、僕に長い遺書を書いて、そして最後に僕にお別れの電話をくれて、沈んでいっ
た。僕が夜の闇の中を必死に走っていって、そのコを救おうと必死にそのコが身投げ
をするはずの網場の桟橋まで必死に走っていったけど、もうそのコ、夜のまっ暗い海
面にプカプカ浮いて死んでいた。一度きっと沈んで海藻の生えてる海底に『ゴンッ、
』と当たってそれから再浮上したのだろうけど(だから最初5分間ほどは何も見えな
かったのだろうけど)浮かび上がってきた杏子さんを見て僕は5月の凍てつく夜の海
の中に無我夢中で飛び込んだ。その日は5月の始めだったけど寒の戻りというのかと
ても寒い夜だった。僕の飛び込んだ夜の黒い海はまるでオホーツク海のような海だっ
た。僕は海中を泳ぎながらそう思った。『僕はオホーツク海を泳いでいるんだ。そし
て月の光に照らされてポッカリと浮かび出た杏子さんはアザラシのようだった。まる
で水の上で孤独に吠え続けるアザラシのようだった。黒い黒いまだ幼いアザラシのよ
うだった。』





        (夕陽を見つめながら  パート3)

 生きているのは何故。高見さん、生きているのは何故なのかしら。私たち何故生き
ているのかしら。私たちの存在って何なの。
 私、高見さんの思想にかぶれたのかしら。私、以前、高見さんと文通し出す以前は
こんなことこれっぽっちも考えたことなかったのに。毎日毎日をなるべく楽しそうに
ノホホンと過ごしていたわ。高見さん、手紙に書いてたでしょ。『毎日をノホホンと
過ごすようにしなくっちゃいけない。毎日をノホホンと過ごせるようにならなくっち
ゃならない。』って。
 私、今までノホホンと過ごしてきたつもりよ。でも高見さんと出会ってから私、も
うノホホンと過ごせなくなっちゃった。私の胸はいつも心配で潰れそうになるように
なっちゃった。そして自分の存在は何なのかって。私って何のためにいきているのか
って私、この頃本気で考えるようになってきちゃった。きっと高見さんの影響だと思
います。

 愛子はそう言って僕の肩に頭をもたげた。高校三年生の愛子の体ははち切れそうで
僕は思いきり抱きしめたくなった。紅い夕陽に照らされながら。





                       学一・八月

 全く、死の谷のようだった。僕はここへ商業高校の愛子と来たかった。ちょっとブ
スだけどとても明るいあの愛子と。沈みがちな僕の心にランプの火を灯してくれるよ
うな明るいあの愛子と。
 でも現実には僕はたった一人で、この谷間の青い草叢の中を歩いていた。僕は朝か
ら誰とも口をきいてなかった。そしてカワサキの250ccのFTの鼓動だけが僕の友達
だった。





 マリンブルーの真夏の海が僕の目を幻惑し出し、もし隣りに愛子がいたらなあ、と
いう後悔とも悔恨ともつかないものを僕に抱かせた。
 僕はただ一人、岸壁に腰掛けていた。僕はそっと横を振り向いた。でも誰もいない
。ただ僕の視界の端に僕のカワサキの黒塗りのFT250が寂しげに見えるだけだっ
た。僕は孤独だった。
 僕は孤独に座っている。潮風が僕の胸腔をわびしげにわびしげに通り過ぎていって
いるようだった。
                      学一・八月





 愛子。僕は寂しくってたまらない。この夏はとても淋しい夏だった。こんな虚しい
夏は始めてみたいだ。海には一回友だちとチョロッと行っただけだった。なんにも思
い出になるようなことがない夏だった。
 ボクはこの夏、愛子の胸に抱かれて過ごしたかった。愛子のふっくらとした胸に抱
かれていたかった。





             (10月23日消印)
                                                (一枚目)

 高見さん。元気にしてますか? 永く手紙を書かなくてすみません。私、このまえ
の期末テストで社会で赤点を取ってしまいました。テストを返してもらうとき先生は
私に『どうしたの?』ととても心配そうに声をかけてくださいました。今度のテスト
、就職に一番響くテストだったのですけど。
 私それで希望していた福岡の会社に入れないかもしれません。でも私それでもいい
わ、と思っています。長崎の会社に勤めようかな、とも考えています。
 高見さん、今ごろどうしていますか? このまえもこのまえも電話したけど居なか
ったから。何回も何回も電話したけど居なかったからもう電話するのが億劫になって
。
 私、明日、福岡のその会社に面接に行きます。たぶん駄目だろうとは思うけど先生
は大丈夫だって。でも私、行っても駄目だろうからわざわざ福岡まで行くのがもった
いないような気がしています。

 私、そしてこのまえ長大祭に友だちと3人で行って『スティング』を見て来ました
。高見さんが居ないかな、と私高見さんの姿を捜していましたけど高見さんの学部坂
本町にあるからやっぱり違うのね。





                        (二枚目)

 高見さんへ
 長く手紙ほったらかしにしていてすみません。私、県外就職に決めました。そして
おととい試験を受けて帰ってきたばかりです。先生は、きっとあがってるよ、と仰る
けど私には自信ありません。
 私昨日から、自動車学校に通っています。私あんまり行きたくなかったけれど、家
の人が行け行けって言うから。本原自動車学校です。高見さんもたしかそこに行って
たのではありませんか。
 私、今度こそは絶対電話します。24日の6時頃になると思います。家に帰ったら
電話しにくいから帰りがけ公衆電話から電話します。電話をする、するって言いなが
ら今までしなくてすみません。
 でも私、福岡に就職することになったら高見さんと滅多に会えなくなる訳だから落
ちてればいいな、と思っています。本当に落ちてればいいな。でもそれも高見さんの
気持ちしだいなんですけど。





    (突然湧いてきたけど思い出せない愛子の手紙)

 私、高見さんの家に何回も何回も電話したんですけどいつも留守だったから。
 だからそQのうち電話するのが億劫になってきて。ずっと電話しないでいましたけど
ごめんなさい。
 でも私、10月24日の日には必ず電話します。学校帰りに必ず電話します。
 高見さん、本当に勉強頑張って下さいね。本当にもう留年なんかしないで早くお医
者さんになって下さいね。
 話は変
りますが私このまえ長大祭に友だちと4人で行ってきました。『スティン
グ』を見てきました。私、高見さんが居ないかなあといろいろ辺りを見ていたんです
が高見さん居なかったみたい。





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