#2501/5495 長編
★タイトル (MMM ) 94/ 2/11 16:10 (185)
愛子(桜雪) (5)
★内容
愛子、ゴメンネ。僕はあの日、むさ苦しい頭のままで会うのはダメだなあと思って
床屋に行ったんだ。東邦生命ビルの地下にある『モグラの床屋』っていうシャレた床
屋に。
そうして意外と時間がかかってしまった。それにそのまえに愛子とのデートのコー
スの下見をしたからそれでますます遅くなった。
ゴメンネ、愛子。散髪には一時間10分もかかった。僕は始めそわそわしていて早
く終わってもらおうかな、と思っていたけど途中で眠ってしまっていた。そして気が
ついたらそこの床屋のちっちゃな女の子が僕の肩をもんでくれていた。僕は『そんな
ことしないでいいのに。』と言おう言おうとしたが、もうそのとき一時間が過ぎてい
た。
いつもは散髪が済んだあとコーヒーを出されてシャレたカウンターで『ポパイ』な
どファッション雑誌を10分から15分くらい読むのだが僕はその日コーヒーを出さ
れるのももどかしくコーヒーが出されたらすぐにグイッ、と飲んで料金(2500円)を
払って外へ出た。
そうして僕は夕暮れの街角に出た。愛子との約束の時間はもうとっくに過ぎていた
。11月の夕陽が僕を哀しく照らしていた。
まるで風が孤独のように吹いていた。この風は僕の胴腔をかすめてゆく秋の肌寒い
木枯らしを含んだ風のようだった。そうだ。孤独のように吹いていた。すぐ帰って愛
子からのTELを待つべきかカルチャーセンターへ行って天使さまのような木村さん
と会うか僕は街角に立ちつくし木枯らしに吹かれながら考えつづけていた。
帰るにしてはもう遅すぎた。そして木村さんの美しさは愛子の存在をはかないもの
にするほど輝いていた。
でも愛子にはひたむきな純な心で僕を慕ってくれている。でも時間はあまりにも遅
かった。
そして僕も統一教会に行ってみようかと思った。赤レンガのクリエーター長崎ビル
の中にあるカルチャーセンターに行くといつもいるそのお姉さんを僕は好きだった。
せっかく散髪されて綺麗にセットされた頭だった。このままヘルメットを被って家
に帰るのはもったいなかった。それに愛子は6時に電話すると言ってたけどもう6時
10分近くだった。もう間に合わなかった。
このまえ午後の授業が面白くなくて昼過ぎ頃カルチャーセンターへ行った。夕方は
多いが昼は人が少ない。それで僕と木村さん二人っきりになった。二人で座っている
とき木村さんは目を潰った。90°の位置関係だった。なぜ潰ったのかあまりよく解
らなかった。眠いのかな、と思った。または僕と喋るのが退屈なのかな、と思った。
それで僕は『ビデオ見てきます。』と言って立ち上がった。すると木村さんはさっ
きまで潰っていたデメキンみたいな大きな目をパチパチと開けて『あっ、そうそうね
』とびっくりしたように言った。何日かしてから気付いたけどあれは僕を誘っていた
んだ。
くの時型のソファーに僕の斜め横に座っていた木村さん。木村さん、もしかしたら
僕を誘惑していたんだ。教義では男女関係を厳しすぎるくらい戒めているけれど。
僕は愛子からの電話にはもう間に合わないと思って木村さんのいるクリエーター長
崎ビルの方へ歩き始めた。僕は背中で夕陽に向かって手を振っていた。紅い夕陽の中
に愛子の顔が見えた。でも僕は愛子に手を振って年上の統一教会のお姉さんのところ
に向かって歩いていた。愛子、ごめんね。遅れてごめんね。もう間に合わないから僕
は今日カルチャーセンターへ行くよ。愛子、今度またね。そのうちきっとまたデート
しようね。僕は今日時間の配分を甘く考えすぎて愛子との約束の時間をすでにオーバ
ーしてしまっている。ごめんね、愛子。また、会おうね。ごめんね、愛子。
高見さんへ
寒さも厳しくなってきましたがどうお過ごしですか。
さて、私このまえ高見さんを見たように思います。たぶん高見さんだったと思いま
す。
私たちがバスを待ってたら銀色のヘルメットを被ってバイクに乗ってる人が高見さ
んにそっくりだったから私、手を振ったのだけど。高見さん、気付かなくて信号が青
になるとそのまま行きました。
『見て、あのオッサン、肩悪いんやろか。ぜんぜん小石も投げきれんね。』
『私、弱いの好き。たとえばあなたのように。』
(そう言って愛子は僕を見た。雪の降る12月の寒い夕暮れだった。僕らの2度目の
デートのときだった。)
君に無理難題を押しつけて君を困らせたボクの気持ち解ってくれるかい?
君が好きだから。
君を困らせて、君の困った顔を見たいと思った僕の気持ち。
君の可愛いあどけない笑顔が見たかったから
君を困らせて眠ったふりをするボク。
僕は
『なんだ。これではダメだ。』と吐き捨てるようにボールを愛子のグラブへ力まかせ
に投げたのですけど……するとその白球は公園の片隅の階段に腰かけていた老人に激
しく当たりました。僕も駆けて行って『すみません』と謝ったのですけどその老人は
目も見えず耳もとても遠いらしく口をもがもがさせながら亡霊のように立ち上がると
、僕たちに深々と礼をして夕暮れの住宅街の方へ消え去るように歩いてゆきました。
ボクと愛子はそしてポカンとして護国神社の中でボールとグラブを手にしてその老
人の夕陽に紅く染まった後ろ姿を見つめていました。
その老人は誰だったのだろう、と僕たちはそのあと不思議そうに語り合ったのだが
、あれは僕らの守護霊ではなかったんだろうか、とこの頃再び宗教関係の本を読み漁
るようになった僕には思われた。
その日はものすごく暑い11月の終わり頃だった。まるでその頃の僕の胸の中のよ
うに(その頃どんな真冬の日でも250ccのバイクに乗って駆け回っていた元気だった
僕の胸の中のように)夕陽がもう暗くなり始めた護国神社の中を赫赫と照らしていた
。
夢の中の亡霊のようにその老人は夕陽に紅く染まらされながら揺れるように歩いて
いた。それがもう何年もたったこの正月に急に思い出されて来るのは何故だろう。ま
るでその老人の記憶は夢か幻のように人生の終鴛を告げるかのように、暮れてゆこう
としている。僕の人生の終鴛はかかって来ない愛子からの電話とともに静かに僕に近
寄って来ているらしい。そして僕はとても不安だ。足音を忍ばせながら布団の上にず
っと朝から(一度、愛子からの手紙がまだないかな、と思って400ccの赤いバイクに
乗って戸石のゴミ焼却場まで行ったけど、そしてそこでその森で首を括って死のう、
という誘惑に猛烈に襲われたけど)横たわり続けている僕のところに近づいてきてい
るその死神の影が、とても心配だ。
敏郎〜 敏郎〜 と鳴いている声が聞こえてくる。これは主に母の声だ。なぜか江
戸時代末期の島原の農村地帯で叫ばれている光景だ。
それが今こうしてバイクに乗ってペロポネソスの丘へと山の中を通っているときに
湧いてきていた。周囲は吹きすさぶ寒風。ススキやカキの木の葉が寒風に揺れ湧き水
をたたえている円形の石器が冷たい湧き水を少しづつ溢れさせている。『敏郎〜 敏
郎〜』その悲しい響きがバイクのマフラーから発せられる爆音に混じって何故聞こえ
てくるんだろう。あまりにも悲しい響きで僕は谷底があればそこからバイクもろとも
突っ込んでしまいたくなるような響きだ。
坂をすでにかなり登りつめており視界の下方にカキの木がその茶色の木を使い女を
傷ぶって服を脱がせるように無惨なふうに脱がせ鈍色に光るその鉱石のような肌のと
ころどころに木片がまだ付いておりそれが傷ぶられ辱められた女の衣服の切れ端のよ
うに見える。
あれは寒い冬の日だった。僕が愛子を待っていたのは。雪がコンコンと降っている
12月の寒い日だった。ボクはFTに乗って愛子が来るはずの本屋の前を行ったり来
たりした。でも来たのは愛子と同じクラスの女の子らしい2人連れだったようだった
。
愛子、なぜ来なかったのかい? 僕、待ってたよ。生徒会の仕事があってたのかい
? 僕待ってたよ。FTに乗って本屋の前を行ったり来たりしながら。
(小雪の降るなかボクは愛子を待った。)
やがてバイクのスタンドをカタッ、と音をたてて立てて、僕は本屋から道一つ隔た
った通りの上に立った。愛子は寒がりやだから、それにコートを持たないから、寒い
から来ないのかな、と思った。道一つ隔てた本屋には依然として愛子から送られてき
た愛子のクラスメートたちの写った写真の中にいたと思われる可愛い女の子が2人、
ちょうど待ち合わせの6時5分前に来ていた。僕は彼女たちに話しかけるべきだ、と
も思ったけど、僕は恥ずかしかったので、僕は茫然とかかしのように、そして地縛霊
のように道一つ隔てた通路の上に小雪に顔を凍らせながら立ちつくしていた。
僕は喋れなかったので…吃って…吃ってしまうので。彼女たちに笑われてしまう。
変な人だと思われてしまう。
僕は茫然と立つくし続けた。そして彼女たち2人は美しくて(とくにそのうちの一
人はとても美しくて)僕は愛子が僕にその子たちと僕をつき合わせよう、私のような
ブスとつき合うのはボクに似合わないとかそんなことを思ってそうしたのかな、とも
思った。
愛子へ
家へ帰ると孤独感に猛烈に襲われて、まるで今外で舞ってる吹雪のように孤独感に
襲われて、いたたまれなくて、そして大げさに言えば死にたくなるから、だから僕は
いつも帰りは夜10時ぐらいになって、愛子に手紙を出すのがこんなにも遅くなって
しまったけどごめんね。
僕は今日も夜の吹雪の中を僕のあの黒いカワサキの250のバイクで駆け抜けてきま
した。母は『とても寒かったろ。』と言っていました。
でも僕には自殺した人たちの死後の世界の方が何倍も何十倍も寒いんだ、そして寒
くて辛いんだ、っていうことを知ってるから我慢していたというか。
実は今夜も統一教会の所に9時半までいました。もちろん僕が信仰しているのは高
橋信二という人のGLAですけれど。でも統一教会は明るくて楽しいから。
学一・二月