AWC            愛子(桜雪)     (3)


        
#2499/5495 長編
★タイトル (MMM     )  94/ 2/11  16: 3  (189)
           愛子(桜雪)     (3)
★内容



  高見さんへ
 私には二つの顔があります。高見さんの前や学校での明るい私と、家に帰ってから
の暗い私が。
 どっちが本当の私なのでしょうか。私、つくづくこの頃考え込んでしまいます。ど
っちが本当の私なのだろうかなって。





 太陽を見つめていると、毎日の生活の苦しさと言おうか、クルマのこと、バイクの
こと、学校のこと、父や母に対すること、などのことが僕の頭の中を駆け巡ってゆく
。そして悲しくなってくる。
 そして僕はバイクで学校へと走りながら深いもQの思いに沈んでしまう。生きること
。生き抜くこと。





                              (5月18日消印)

 高見さんへ
 今やっと英語の勉強が終わったばかりです。今中間試験で明日国語と英語の試験が
あります。
 今夜の12時です。明日6時に起きなくっちゃならないからもう寝ないといけない
けどどうしても高見さんに手紙を書きたくなって。
 私、今、県外就職にしようか、県内就職にしようかとても迷っています。このまえ
まで絶対に県外就職にするつもりだったけど。
 なるべく早く返事を下さい。こんなこと言っていいのか解らないけど。すみません
。





                              (6月1日消印)

 高見さん。お元気ですか。返事が来ないから私とっても心配しています。私の手紙
、着かなかったのかなあ。もし高見さんからの返事が来ないのなら私はこのまま県外
就職に決めようと思っています。でも高見さんの返事が早く来たら、私、県内就職に
変えるつもりです。
 毎日、高見さんからの手紙が来ないかなあと考えています。





 こんにちは。手紙が遅れてすみません。今は13日の午後10時17分です。今、
風呂からあがりました。愛子の手紙は先週の土曜日に来ました。それから僕の心はな
にか夢でも見ているようにボーッとなっています。
 でもその手紙が愛子のものだったのを知ってとてもびっくりしました。実はボクは
このまえの愛子の手紙をまだ読んでいませんでした。今もまだ読んでいません。読む
のが恐くて読めないのです。恥ずかしくて恥ずかしくてとても読めません。それにこ
のまえの手紙は別れの手紙なのだろうと思っていました。あの電話以来電話がかかっ
てこなかったし、そしてボクが伝言板のコーナーを使ったことを迷惑がって『これ以
上つきまとわないで下さい』という手紙なのだろうと思っていました。それに裏から
透かしたりしてチラッと見たところ『手紙が遅れてすみません』や『…を大事にして
下さい』『これが最後だと…』というのが見えたし、いやに丁寧に書いてあったよう
だったから、間違いなく“別れの手紙”だと思いました。そのためますます読むのが
恐くなりそれに傷つくのが厭でもあったので読まないでおいたらもう一ヶ月半近くも
過ぎてしまいました。愛子のことを忘れるんだ、と思って努力してこのごろとても学
校が忙しくもあったので正直いって忘れかけていました。





 敏郎さん、写真ありがとう。とっても大事に学生手帳のなかに入れてます。
 でもその写真、大事な写真だったのではありませんか。





 愛子へ
 僕は生きる価値のない人間かもしれません。しかし僕は卒業したらドイツの吃りを
研究している研究所に入ろうかな、と考えたりこの頃しています。そのためには英語
ができなければならないそうです。ドイツ語はできなくてもいいそうですけど。
 だから僕は現在は生きている価値のない学生ですけど卒業したら吃りで苦しんでい
る人たちを救うために頑張るつもりです。そうして僕の生きる価値がそのとき始めて
生まれるのだと思います。
 だから今は苦しさに耐えて何の楽しいことがなくても生きています。毎日毎日苦し
いことみじめなこと口惜しいことばかりです。でも卒業したら僕は吃りの研究のため
にドイツへ渡って世界中のたくさんの吃りで苦しんでいる人たちを救うんだ。だから
僕はいま根性で生きているんだと思います。
 朝方は僕は憂欝です。でもバイクに乗って外に出ると気分も晴れて生きる勇気が湧
いてきます。
 バイクに乗ってそよ風に打たれながら太陽の光を浴びてると、そのうち愛子をバイ
クのうしろに乗せて海へ活きたいな、と思ってきます。今度、良かったら電話して下
さい。僕はいつでもOKだと思います。





 眠れなかった。愛子との痛恨のデート故に僕は昨夜ぐっすりとは眠れなかった。そ
して悪夢ばかりを見ていた。それは主に過去の失敗に関しての(大学入試失敗などの
)悪夢ばかりだった。
 ああ、これから毎夜、ふたたび僕を悪夢が襲い始めるのだろうか。今から一年半前
の日々のように。悪夢にうなされる日々が続くのだろうか。
 ああ、僕はいいとしても愛子が可哀相だ。僕はいいんだ。僕はどうでもいいんだ。
ただ、愛子が可哀相なだけなんだ。

 愛子。やっぱり僕らの間には悪魔が暗躍していて僕と愛子の恋が成り立つことを阻
もうとしているんだ。きっと僕らの間には悪魔が暗躍し続けているんだ。僕らが出会
ったときからずっと。でもその悪魔の正体は何だろう。
 僕らはまた再び会わなくなるだろう。そして再び空白の月日が、僕らの青春の大事
な大事なときに、白いページが次々と造られてゆくだろう。僕らの青春のページに。
 僕らの大事な青春のノートはそうして何も書かれずにめくられてゆくのだろうか。
僕らは再び虚しく大事な青春のときを送ってゆくのだろうか。
 僕らの金箔の青春のページはそうして薄っぺらなノートとなって初夏のそよ風に舞
っていって消えてしまうのだろうか。僕は厚い厚いノートにしたかった。僕と愛子の
恋のノートを。
                                                   S59・7・2





 愛子が泣いていた。夢のなかで愛子が泣いていた。愛子を傷つけた僕は、そうして
夜空を見上げて自分の病気をとても呪った。僕の病気のために愛子を傷つけて、そし
て僕まで淋しい思いをしている。今ごろ愛子はちゃんと眠れてるだろうか。愛子は泣
いていないだろうか。僕も星空を見つめながら泣こうとしている。愛子のことを思っ
て僕も泣こうとしている。





 僕には生きることへの怖しい懐疑感がある。僕はまったくお酒なしには眠れない。
そして朝、いつも二日酔いでぼんやりとして起き上がる。そしてコトコトとカワサキ
の250ccのバイクに揺られて学校へ行く。
 僕は怖しく孤独だ。学校へ行けば緊張して先生の講義を理解できない。

 教室に座っていて何故そんなに集中できないのかというと、これは“自我漏影現象
”と言って分裂病の一つの徴候であるのかもしれません。僕は極度に緊張し、顔はこ
わばり、周囲に迷惑をかけているようです。そして僕は人の居る処を避けて一人ひっ
そりと座るのです。

 僕は淋しい。僕は6月、愛子と会ったときも顔がのけぞっていたろ。どうか気にし
ないで下さい。あれは口臭のためでも何でもありません。ただ癖として僕の場合ああ
なってしまうのです。

 愛子。僕は生きれるか心配だ。毎日襲ってくる譬えようもない不安感と孤独感。愛
子。僕は生きれるか心配だ。
 愛子の胸の中に抱かれて過ごしたいという気持ちでいっぱいです。





 もう夏になった護国神社で、僕は一人佇みつづける。愛子の居る商業高校を眺めな
がら、僕は一人淋しく佇み続ける。





                     (夢での会話)

※(これは現実のことではない。僕らは…僕らは手を握り合ったことさえないのだか
ら。これは現実のことではない。)

『解けるかい? 愛子、僕の呪いを。』
『いいえ、敏郎さんの強すぎて解けないみたい。少なくとも私には無理みたい。』
(僕はそして俯く愛子の肩をそっと抱いた。愛子は無力な自分を責めているようだっ
たから。でも僕も苦しんでいた。治らぬ病気に僕はずっと苦しんできた。もうずっと
前から。愛子と出会う十年以上も前から。)
                                                        学一・八月





『愛子。僕らを出会わせた赤い糸は、僕らはお互いあまり恵まれてなかったけど、で
もそれ故にこ2黷ゥら僕らは幸せな家庭を築いてゆけると思うんだ。僕ら今までちょっ
ぴり不幸だったけど、僕の場合はちょっぴりどころでなくて大変不幸だったけど、今
から僕らは二人で幸せな世界を築いてゆけるんだ。これから僕らは。

(愛子はちらっと僕に視線を遣った。愛子は僕の今までの苦しみをよく理解していな
いようだった。僕の幼い頃からのとても辛かった毎日のことを。でも僕も愛子のこと
理解していないのかもしれない。愛子は僕以上に本当は辛い毎日を送っていたのかも
しれない。愛子も幼い頃からの辛い毎日を…






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