#2498/5495 長編
★タイトル (MMM ) 94/ 2/11 15:59 (193)
愛子(桜雪) (2)
★内容
愛子とボクの連絡が途切れたとき、ボクはNBCの夜11時15分からあるプレゼ
ントアワーにボク出しただろう。そうしてすぐ愛子から手紙が来た。でもボクその手
紙、どうせ『迷惑しました。もうあんなことしないで下さい。』とか書かれた手紙だ
と思って怖くて怖くて読み切れなかった。
そしてそれから一ヶ月ほどしてまた手紙が来た。そして僕はやっと読んだ。2つ連
続して来るのなら迷惑なため断りの手紙だと思っていたのは僕の邪推だと解った。
でもその手紙を読んだときもう遅かった。一回目の手紙のとき愛子は県外就職にし
ようか県内就職にしようかとても迷っていた。○○○○のため愛子は県外就職するつ
もりでいたけど僕のためになら○○○○だけど県内就職に変えるつもりだった。そし
て『できるだけ急いで返事を下さい。』と愛子は書いていた。
でも2回目の手紙には『私、もう県外就職に決めました。』と書いてあった。僕か
らの返事がないので愛子はあきらめて県外就職にしたんだ。あのとき愛子はせっぱつ
まっていたのに、僕はその手紙が『迷惑です』などと書かれているものとばかり思っ
て怖くて読みきれなかったんだ。
やっぱり僕らの間には悪魔が働いていたんだ。僕らをひっつかせまいとする悪魔が
。
そして愛子は福岡へ行った。僕が浪人の頃2ヶ月ほど住んだことのある福岡市に。
そしてそれから3年が経とうとしている。僕には寂しい3年間だった。
でもまだ3年経つには3ヶ月ある。
まだ3カ月。そして今12月30日だ。愛子、帰って来るのではないのかな。そ
して帰ってきたら僕に電話をくれないかな。そして浜ノ町で会おうよ。僕は愛子と結
婚するつもりだよ。ボク、死にたくないから。死の代わりに愛子と結婚しようか、と
考えているんだ。
リンリーン、リンリーン、と電話のベルが鳴っていた。僕が福岡の愛子の寮に電話
したのだった。
『あの、○○愛子さん呼んでください。』
僕はそう言った。タバコを吹かせて気分を落ちつかせたあと。
『愛子ちゃんは今日帰るそうですよ。』
少しの沈黙が流れた。
『あの、○○愛子さんは今居ないんでしょうか?』
『はい、いま会社に行っています。今日帰るそうですよ。』
明日だ、明日だなあ、と思った。僕が久しぶりに愛子に会える日は。3年ぶりにな
るだろう。愛子が高校3年生のとき雪の降る寒い12月に本屋で待ち合わせてデート
してから。どんなに変わっているだろうかなあ、と思った。綺麗になってるかな?、
それともブスくなってるかな?
たぶん明日か明後日、浜ノ町で待ち合わせて3年ぶりのデートをしよう。そして良
かったら結婚の申し込みをしよう、と思った。
僕のノイローゼ状態はいっぺんに吹き飛んでいた。力が湧いてきたのを感じとって
いた。僕は死なないゾ。僕は決して死なないゾ、と思い始めてきた。そして隣りの隣
りの千恵子の部屋にいた喜文に『今から浜ノ町に行くゾ。やっぱり一日じゅう家にい
たら頭が変になってくるな。俺、さっきまで欝状態だったけど急に元気が出てきた。
今から浜ノ町に行くゾ。』
僕はいつの間にか死ぬことを考えなくなっていました。3年前の元気だったあの頃
を思い出したからでしょうか。僕は元気になっていました。愛子の明るさや元気さを
思い出したからでしょうか。
僕は今でも忘れられない。合宿最後の前の日のことだった。僕はこの日もいつもの
ように夕方の練習が終わるとセルボに乗って家に帰りまた留年の通知が来てないこと
を知るとすぐに商業高校へと引き返した。そしていつもの通り一階の愛子たち四人の
マネージャーのいる調理室で遅い夕食をとった。
その日最後の夕食で先生が特別にビフテキを御馳走することになっていた。僕の心
はそれを聞き重くなった。今日は夕食に遅れずにちゃんと合宿所にいなければならな
いかな。また先輩も僕に『今日は○○先生が特別にビフテキを御馳走するそうだから
帰んなよ。』と言われた。僕はそれで煩悶した。
僕は黙々と考えた結果、昼食が終わって愛子たちが後片づけをしているとき、調理
室に入っていってたぶんリーダー格である(愛子は柔道部のマネージャーでなくて香
焼中出身の仲間が3人柔道部のマネージャーなため合宿のときお手伝いをしていただ
けだった)窪田さんに『あの、今日も遅れます。』と吃り吃りもじもじと言った。僕
はもう4日連続で夕食に遅れ愛子たちやあるときは野球部の奴ら、またあるときは女
子高生とばかり思っていた女性の教師と一緒に夕食を食べていた。僕はいつもうつむ
き続け無口な僕だった。
----僕はそう言うとうつむきながら調理室を出ていき始めた。すると僕のうしろに愛
子たち3人が入口で手を振って僕を見送っていた。何気なく振り返った僕の目に映っ
たその光景はとても美しく、僕は久しぶりにこんなに美しい光景を見た。僕はこの冬
自殺を決意してセルボで雪の降り積もる雲仙岳に登りそこで見た霧に包まれた打ち続
く樹氷の光景、あああれよりも美しかった。彼女たちの手のひらは春の花びらのよう
だった。
入口のドアから3人の女子高校生がうつむき歩き去っていこうとしていた僕に手を
振ってくれている。無口でいつもうつむいている僕に対する彼女たちのいじらしい意
思表示のようだった。ああ僕は好かれてるんだなあと思った。でも口を開けばきっと
幻滅される。
僕は彼女たちに微笑み返しながら立ち去っていった。僕は久しぶりに本当の微笑み
をしたようだった。いつも『ダメダ、ダメダ、』とばかり言っていた傷つき果ててい
た僕の心は彼女たちの笑顔ときらめく手のひらによって魔法のように癒された。
愛子のあの手紙、もう永久に戻って来ないのか。愛子のあの手紙、もう永久に消え
てしまった。ただ僕の胸のなかに残っている。愛子の胸のなかにも残っていることを
願っているけれど。
正月明けの戸石のゴミ棄て場で山のように積もったゴミの山を前にして僕と愛子の
文通の手紙の束を捜すのは不可能だった。僕たちの愛は消えてしまった。僕のちょっ
とした気まぐれのために消えてしまった。僕たちの青春を刻んだ手紙の束。僕たちの
青春の苦悩を刻んだ手紙の束。もう戻って来ないのか。思い出としてだけでも残して
おきたかった。
愛子のあの手紙、いつもいつも落ち込みがちの僕の心を明るくランプのように照ら
してくれて僕をいつもいつも自殺の一歩手前のところで救ってくれていた。それなの
に、それなのに僕は自分の虚栄心のため、醜い醜い虚栄心のために捨ててしまった。
愛子の手紙はもう2ヶ月まえ、僕の醜い想念とともに黒いゴミ袋の中に入れられて
清掃車の中にギリギリッ、と押し潰されて戸石の清掃場に持っていかれてもう焼かれ
てしまった。いや、もしかしたらまだあるかもしれない。あの山のようなゴミの山の
なかに。
僕は捜そうとした。でも清掃場の人から止められた。無理だ、と。それにもう焼い
てしまっている、と言われて。
夜、僕は捜しに来ようかと思った。外は真冬の冷たい風が吹いていたけど、捜しに
来よう。僕はそう思った。
ゴミの山のなかを真冬の真夜中の大気のなかで探し回っている狂人に僕はなっても
いい。また浮遊霊のようにゴミの山の中に愛子の手紙の束、僕が迎えに来るのを待っ
ているかもしれない。
でもあの巨大なゴミの山のなかから愛子の手紙の束を捜し出すのは大変だ。不可能
だ。だから僕、必死に書くつもりだ。愛子のあの優しさと真心を無にしないためにも
必死に書くつもりだ。僕の魂はあの頃の愛子の魂となって愛子の手紙を必死に再生す
るんだ。僕は純粋だった愛子の心に成りきって、立派に愛子の手紙を再生してみせる
。
愛子。僕らの手紙の中継点となっていた中川町の○○さんのアパート、取り壊され
て新しくビルが建とうとしていただろう。だから僕、それだから愛子からの返事が来
ないのかなあと、とも思ってラジオのプレゼントアワーに出したんだ。僕は2度目の
手紙で本当にメチャクチャなことを書いていたのにごめんね。『結婚して下さい。』
とか、初恋の話など書いたりして、本当にメチャクチャなことばかり書いてごめんね
。
僕は本当にバカでした。○○さんの住所がちょうど中川一丁目でしかもそこは今取
り壊されている最中なのをFTでドッドッと振動を受けながら学校への行き帰り見て
知っていたから。
一年間の空白が流れた。僕もちょっと愛子のことあきらめかけていた。僕は今思う
。僕はすでにあの頃自分の青春をあきらめかけていたのではないのかと。僕はすでに
あの頃死霊のとりこになっていて死の道へ死の道へとまっしぐらに落ちていたのでは
ないのかと。
僕には今見えてくる。近いうちに僕が平和公園の平和記念像の前でソビエトの核実
験に抗議するために焼身自殺する光景が。でも苦しいだろうな。焼身自殺なんて。や
っぱり首吊りじゃないと苦しいだろうな。それに焼身自殺のような苦しい死に方をし
たら親をますます悲しませてしまう。やっぱりひっそりとした所で静かに眠るように
柔道の帯で首吊り自殺をしようと思う。
それに僕はいま哲学的にも行き詰まっている。2日前、民医連の奨学生の書類を柴
田さんに手渡したけど、僕は創価学会に戻ろうかとも思っている。宗教がアヘンなら
共産主義もアヘンだろ。経済的にいくら救われても魂は救われない。共産主義はちょ
と不十分だ。間違っている所がある。もっと宗教を重視した共産主義でないとダメだ
と思う。
僕は中学3年から高校1年にかけていろんな理想境を夢見ていた。そしてそれはブ
ラジルのアマゾンの奥地にしかないと思っていた。それが女子高校生の胸の中にある
なんて。僕は知らなかった。
理想境はすぐ近くにあった。それなのに僕は遠くばかりを見つめていた。そして僕
は最近、理想境のことなど忘れていた。理想境なんてあってたまるかって、少しやけ
っぱちになっていた。
3月21日
僕はその日朝からずっと家に居た。途中昼寝を2回ほどしたりしてずっと自分の部
屋でいろいろな本を読んでいた。オナニーも二回した。夕方5時50分ぐらいの時だ
った。僕は相対性理論の本を読んでいた。頭は本の読みすぎで疲れていた。すると電
話のベルが鳴り始めた。
僕はどうせ松尾徹さんかケーシーだろうと思い、出るまいかと思った。しかし僕は
少々退屈でもあった。僕は機械的にただ電話の所まで歩いていって受話器を取った。
電話のベルが鳴っているからだから受話器を取ったのだという衝動的行為だった。
ベルの8回目で受話器をとった。切れるか切れないか危ないところだったろう。僕
は機械的に受話器を耳に当てた。ものうい動作で。
すると若い女性の声が聞こえてきた。『…商業の…です。敏郎さんですか? 憶え
てますか?…』
僕はドサッ、とうしろへ倒れた。
愛子。半年近くの空白が流れた。僕がめちゃくちゃな2回目の手紙を出してから。
10月11月12月1月2月と完全に僕ら空白だった。秋と冬のあいだ僕ら完全に空
白だった。
すると電話がかかってきた。僕は驚いた。ちょっとカン高い声で僕は始め愛子のこ
とが解らなくて鎌田さんかなって思った。始め『村下…』っていうのが僕気が動転し
ていてあまり良く聞き取れなかったから。でも『商業の…』っていうことはよく聞き
取れたから。
僕は吃り吃り喋ったろ。ものすごく吃り吃り喋ったろ。
僕は電話を切ったあと電話機の前の廊下にずーっと寝転び続けた。夕暮れの暗い廊
下に。
でも愛子、ものすごく吃って話にもならない僕とよく15分ぐらいも喋ってくれて
ありがとう。僕はとても嬉しかった。愛子が僕の2回目の手紙のことを許してくれて
再び僕を懐かしく思ってくれて電話してきてくれてありがとう。