AWC 祭 2      永山


        
#2483/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/ 2/ 6   9:56  (200)
祭 2      永山
★内容
犯人当て・問題編 トルコ石付き刀の冒険  玉置三枝子
*登場人物
荒川紫通子(あらかわしづこ)    北村まどか(きたむらまどか)
栗本大介(くりもとだいすけ)    千堂咲(せんどうさき)
松澤保奈美(まつざわほなみ)    宮沢豹一(みやざわひょういち)
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 湖面は飽くまで穏やかに、西に傾きかけた太陽を映していた。光の反射がま
ぶしくて、そこに何があるのか分からない。しかし、数多い雲の一つが太陽を
隠してしまい、見ることができた。
 湖の中心には小さな島があった。岸から距離にして、五百メートルぐらい。
いや、もっとあるかしら。とにかく、本当に小さな島である。その上には鉄筋
コンクリート製と思われる家屋が建っているが、それで一杯という感じだ。家
の前に桟橋が設けてあり、この湖には不釣合いなほど立派なエンジンボートが
寄せてあるのが見えた。
「ああ、出て来た」
 あたしの隣に立っていたのは栗本大介さん。お兄ちゃんは左手を額に着ける
ようにして言った。その視線の先には、小島の家から出て、ボートに乗り込も
うとしている人影があるはず。
 と思っていると、お腹に響くような音が届いた。すぐにボートのエンジン音
だと分かった。波しぶきが上がり、ボートは湖面で方向を転換させてから、一
直線にこちらへと向かって来る。
「若いなあ、宮沢さんも」
 あたしより後ろで、腕組したまま立っている眼鏡の男の人が言った。さっき
紹介されたばかりだから、すぐには名前が思い出せない。銀縁の眼鏡がいかに
もって思えて、お医者だとは覚えているんだけど……。
「千堂さんもそう思います?」
 そうだ、千堂さんだった。その千堂さんの隣にいた女の人の言葉で思い出し
たわ。巻毛で優しい笑顔をしている女の人は、荒川紫通子さんとかいっていた。
こちらは名字がありふれていて、名前が変わっていたので、すぐに覚えられた。
「私もつくづく、思うんですの。彼はいくら叩いてもへこたれず、元気なもん
だから」
 荒川さんが宮沢豹一というおじさんを拳で叩く訳じゃない。荒川さんは美術
評論家で、宮沢さんはベテランの絵描きさんという関係から分かる通り、荒川
さんがいくら批判しても、宮沢さんは次々と絵を描くって意味。
 そうこうしている間にボートが到着した。宮沢さんの娘だと紹介された松澤
保奈美さんが船着場に控えていて、迎える準備をする。
「ようこそようこそ。今年も来てくれて、嬉しく思いますぞ」
 少しふらつきながらだけど、宮沢さんは頑丈そうな身体を陸に落ち着けると、
そう歓迎の言葉を述べてくれた。
 本土では秋を迎えたというのに、日差しの強い、十月の第二土曜日のことだ
った。

「初めての方は、お嬢ちゃんだけかな」
 宮沢さんはにこにこしながら、あたしの方へ目を向けた。
「そのようですね。僕から紹介しましょう」
 大介お兄ちゃんがソファから立ち上がった。あたしも一緒に立ち上がり、ス
カートのしわを直した。周りの壁には、高そうな絵や西洋の鎧、大きな刀なん
かが飾ってあるのが確認できる。あ、刀にはきれいな石がはめてあるけど、本
物の宝石なのかな?
「北村まどかちゃん。小学校の、えっと何年だっけ?」
「五年生になったわ」
 あたしはまだ覚えてくれていなかったお兄ちゃんへ抗議の意味を込め、ぶっ
きらぼうな答え方をした。
「だそうです。僕の上の姉の子に当たります」
「お世話になります」
 あたしは宮沢さんに頭を下げた。
 小学校もよくなったもので、毎月第二土曜日は休みになった。この十月は体
育の日とも重なるので、三連休。それを利用しての旅行なのだ。知らない人ば
かりといるのはどうかなと考えたけど、大好きなお兄ちゃんが誘ってくれて一
緒に行けるんだから、話に乗っちゃった。
 金曜の夜からかかって連れて来られたのは、O県にある大介兄ちゃんの知り
合いの別荘。野を越え、山越え、ついでに恐怖の釣橋を渡って到着した場所は、
湖を目の前にした素敵な「お屋敷」だった。この時季でも泳げるというのが奮
ってるわ。その上、別荘の目の前には湖があると言うんで二度びっくり。つい
でに、湖のまん中の小島に家を建て、そこをアトリエとしている宮沢さんにも
びっくりさせられた。
 画家・宮沢豹一は、ここ数年は故郷であるO県にこもって、作品を描き続け
ている。身の回りの世話は娘さんがしてくれるから、創作する分には不便ない
そうだが、それでもときには人恋しくなることもあるらしく、十月のこの頃に
なると、親しい人に来てもらうんだ−−その親しい一人であるお兄ちゃんは、
こう説明してくれた。
「そうか、じゃあ栗本君の姪っ子になるんだ。まあ、楽しんでいくといいよ」
 相好を崩す宮沢さんに、あたしも思わず、
「ありがとう」
 と、素直な言葉が出た。
 そんなやり取りが終わると、グッドタイミングにも、食事が運ばれて来た。
松澤保奈美さんが作ってくれる間に、雑談していたの。
「お待たせしました」
 ゆったりした上着にジーパン姿の保奈美さんは、明るい声で入って来た。手
はワゴンを押している。世話をするのが好きなタイプみたい。あたしはとても、
なれそうにない。
 ワゴンは宮沢さんを最初に、時計とは反対回りに丸テーブルの各席を巡り始
めた。
「どうぞ」
 ワゴンがあたしのところまで来て、保奈美さんの手が何枚かの皿を置いてい
く。そのとき、保奈美さんが髪を束ねてあるゴムの色は水色だと分かった。少
しはおしゃれをする気もあるんだと知って、ちょっと安心。
 テーブルを一周してから、最後に保奈美さんが自分自身の席に料理を置いた
ところで、準備完了。
「それでは、乾杯といこうか」
 宮沢さんが張りのある声で宣言した。
 あたしはオレンジジュース、他の人は何かワインみたいなのが入ったグラス
を取って、
「乾杯!」
 と、隣の人と互いのグラスを軽くぶつけた。食事が始まり、おしゃべりも騒
がしく始まる。
 と言っても、あたしがよく知っているのは、隣の大介お兄ちゃんだけ。自然
と、二人だけで話してしまう。
「懐かれているわね、栗本さん?」
 それまで宮沢さんと話し込んでいた荒川さんが、あたし達の話の輪(二人だ
けで輪と言えるのかしら?)に加わってきた。
「ええ、持て余すぐらいで」
「だったら、誘ってくれなくたってよかったんだよ!」
 あたしはむくれてみせた。お兄ちゃんの困る顔が見物なのだ。
「さすがの推理作家も、肩なしのようね」
 上品な笑みを浮かべたまま、荒川さんが言った。お兄ちゃんは照れているの
かどうか、左手を頭にやる。
 ところで、栗本大介の職業は、作家である。お兄ちゃん、大学生の内からよ
く投稿しているなと思っていたら、卒業前に格好よくデビューしちゃって、そ
のまま一気に人気作家になっちゃった。その読者層は主として小学五年生ぐら
いから高校生ぐらいまでの女子に限られている。となればピンとくるかもしれ
ないけど、その作品のほとんどは軽いタッチのユーモアミステリー。四年経っ
てもデビュー当時の勢いはさほど衰えず、出版社としたら金の卵、赤川某に追
い付け追い越せである。
 まあ、まだまだ追い付くのは無理だと思うけど、それなりに人気が出ること
は結構なことだろう。でも、あたしにとったら、程々でストップしてほしいの
よね。うちの学校にだって、たくさんのファンがいるのを忘れないでもらいた
いわ。いつもファンレターを渡してくれって、大変なんだよ。ファンが切手代
をけちるのもどうかと思うけどさ……。
「まどかちゃんは、栗本大介のファンなの?」
「いえ。読むことは読むけど、ファンって呼べるほどじゃ……」
 お兄ちゃんの目を気にすることなく、荒川さんに答える。推理作家は嘆き顔。
「でも、引っ付いて来ちゃうぐらいだから、嫌いじゃないんだ?」
「それはまあ……」
 作家・栗本大介じゃなく、大介お兄ちゃんなら大好きだよ。そこまで答える
必要はないと思ったので、そのまま黙った。代わりに、お兄ちゃんの方をちら
っと見た。
「作文なんか、得意なのかな? 栗本さんの影響を受けて」
「それはもう、僕が教えてやりましたから」
 勝手にお兄ちゃんが答える。まあ、事実だからしょうがないっか。
「栗本さん自身はどうなの? 最近の執筆活動は」
「好調ですよ。こう言っては何だけど、人気シリーズはワンパターンみたいな
もんですから、楽なんです。他の単発物がどうなるかってとこです」
「そう。さっき、宮沢さんと話していたんだけど、あちらはかなり苦しんでい
るみたいだったわ」
「創作意欲が衰えた? あの宮沢さんが? 信じられませんねえ」
 二人がそんな話を始めたもんだから、あたしは置き去りにされてしまった。
こうなったら、食べまくってやろうかしら。保奈美さんの手料理、おいしい。

 食事が終わってからは予定もなく、とりあえずは自分の部屋に引っ込むこと
になった。宮沢さんは何と、あの離れで寝起きしているそうで、今からボート
で向かうとのこと。あたしが与えてもらった部屋に一人、帰ったときに、それ
らしいエンジン音が響いていた。
 さて、あたしみたいな子供にも大きな個室を貸してくれるのは嬉しいんだけ
ど、ちょっぴり退屈。だってここには、宮沢さんの主義とかでファミコンはお
ろか、テレビもラジオも何もないんですもの。電話は玄関を入ったところにあ
ったようだけど、勝手に使う訳にいかないし、使えても長電話は慎まないとね。
 暇で時間を持て余すぞと事前に言われていたので、漫画を六冊ほど持って来
たんだけど、ここに来るまでの間にすでに三冊も消化してしまった。ちょっと
セーブしとかないと、明日以降が持たないと思って、手を出さない。
 お風呂に一番に入って、少しは時間を潰せたようなものの、焼石に水って奴
ね。まだ夜は長ーい。
「お兄ちゃん」
 結局、あたしは隣の部屋のドアを叩いた。すぐに、優しげな声が返ってきた。
「まどかちゃんか。入っていいよ。鍵、開いてるから」
 入ってみると、ベッドに寝転がっている大介兄ちゃんを発見。服を着替えて
ないところを見ると、まだ眠るつもりじゃないらしいけど。お行儀悪い。それ
に何だか、顔色も悪いような……。
「何してんのかなと思って」
「退屈なのは分かっていたからね。こうして仕事、しているのさ」
 とてもそうは見えない。あたしは抗議した。
「嘘だぁ」
「嘘じゃないさ。僕の場合、こうして横になってストーリーを考えるのが、一
番閃き易いんだ」
 と、メモ用紙らしい紙とペンを示してくれた。まだ白紙みたいね。
「本当だとしても、ずぼらだわ」
「まあ、そういうとこもあるってこと。実はさっぱり、アイディアが浮かんで
こないんで、ながら族してたとこなのさ」
 お兄ちゃんは、左の耳を私に向けた。黒い物が詰まっていると思ったら、イ
ヤホーンじゃないの。ふと気付くと、見えない位置に小型のラジオがあった。
「あ、いいな。あたしも聞きたい」
 それに対する答として、お兄ちゃんはイヤホーンをデッキから引っこ抜き、
音量を上げてくれた。でも、聞いていたのは、ただのニュースらしかった。
「音楽番組ない? 日本のがいい、日本のが」
 あたしはお兄ちゃんにリクエストした。すぐに指を動かして、チャンネルを
調整してくれる。やがて、聞き慣れたメロディが流れ出した。今人気のドラマ
の主題歌だ。
「あーあ、家だったら、CDプレーヤーで聞けるのになあ」
「まどかちゃんは、携帯ラジオなり何なり、持ってないの?」
「買ってくれないわ、お人形がせいぜいってとこ。お兄ちゃんこそ、どうして
そんな古くさいラジオなの? 曲がりなりにも売れっ子作家なんだから、CD
聴けるの買えるでしょ」
「買えるけど、これに愛着があるんだ。これは高校の頃から使っていてね。半
分だけだけど、自分でバイトして稼いだお金で買ったから、ひとしおって訳」
「いいなあ、バイトできて。小学生じゃ、朝刊太郎君が精一杯。あたし、朝は
苦手だから」
「勤労意欲があるってのは、いいことだよ」
「おじさんみたいなこと、言わないで。イメージじゃないよ。それよりさ、あ
の保奈美さんって、宮沢さんとどうして名字が違うの? あたし、気になって
たんだけど、気を遣って聞かなかったんだ」
 あたしは紹介されたときから、このことが気になっていた。親子なのに名字
が違うって、何かあるんだわ。
「ははあ。ドラマの影響だな。だが、残念でした。それほど大した理由はなく
てね。保奈美さんは昔、お嫁さんに行ってたんだけど、結婚して数年で旦那さ
んが亡くなってしまってね」
「亡くなったって、死んだってこと?」
「そう。病気だったと聞いている。それで、子供もできていなかったことだし、
お父さんのいるここへ戻って、その世話をしているらしいね」

−続く−




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