AWC 祭 1      永山


        
#2482/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/ 2/ 6   9:52  (188)
祭 1      永山
★内容
 体育の日が過ぎると、学内は一気に学園祭ムード一色に染まってくる。残さ
れた準備期間は、三週間足らず。どこもかしこも、慌ただしい。
 もちろん、我が推理研でも、準備におおわらわになっている。
 推理研って、何を学園祭でやるかって? 例年はね、名作とされるミステリ
ーの殺害現場を模型で再現してみせたり、名探偵のキャラクター分析を表にし
てまとめたり、○×形式のクイズ大会をやっていたんだけど、今年は内容を一
新することになったのだ。
 だいたいねえ、去年までの評判はさほどよくないのよ、苦労する割には。模
型はほんと、しんどい作業をしても分かる人にしか分からないし、解説のため
にはトリックをばらしてしまわざるを得ないじゃない。キャラクター分析と言
っても、大したことができる訳もないし、万人に知られている名探偵って、極
限られてるのよね、ホームズとかコロンボぐらいなの。クイズ大会は盛り上が
ってもらえるんだけど、出題してるこちらとしたら、ほとんど推理がいらない
形式のクイズに、疑問を感じてしまう訳。
 で、今年は何をしようかと、部室にみんなで集まって相談しているところ。
と言っても、四回生の奥原先輩は多忙のため、欠席。
 部長がいないので、副部長のミエこと玉置三枝子が取り仕切っている。
「まず、これだけは変えないっていうのが、会誌の発行ね。九月号を出した直
後から言っていたから、承知してると思うけど」
 と、他の五人全員を見渡すミエ。長い髪が揺れた。
「原稿、間に合いそうにない、なんて人は?」
 皆、少しずつ顔を見合わせた。あたしが代表する形になって、発言。
「大丈夫だと思うわ。ちょっとだけ心配なのは、今度が初めての高野君だけど
……」
 あたしはちらっと、当の高野君の方を見た。
「ああ、大丈夫ですよ。内容はともかく、原稿自体は確実に間に合わせます。
約束しまっさ」
 関西出身の高野里美君は、長身を窮屈そうに椅子に収めながら言った。
「それなら、会誌はいいとして。次が本題、学園祭で何をするか? 斬新な案
を期待します」
 会誌を出せる準備は着々と進んでいるのだが、他が何も決まっていない。少
しだけ焦っているのかしら、ミエは堅い言い方をする。
「模擬店は出さないんでしょう?」
 二回生の木原真子が手を挙げて質問した。この子はイラスト専門だから、原
稿はそうそう遅れないだろう。
 模擬店とは、パイプのテントを借りて、野外に焼きそばとかたこ焼きとかク
レープとかの店を出すこと。あ、食べ物ばかりじゃないのよ。ヨーヨー釣りと
か、ダーツとかのゲームという場合もある。
「そういうこと。六人だけじゃ、どうしようもないしね」
「教室の方は借りたんでしたよね」
 確認の質問は、剣持絹夫・二回生から。この剣持は手品が上手で、その手の
ことならお任せ状態だ。
「ええ、二一〇号室をね。二階の部屋だけど、階段に近い位置だから、まずま
ずの場所よ」
「マジックショーでもする?」
 あたしは冗談半分に言ってやった。慌てて手を振る剣持。
「とんでもないですよ。出ずっぱりは遠慮します」
 あら、ということは、マジックショーをやる自信はあるんだ。うむ、只者で
はないな、こいつめ。
「食べ物を扱うかどうか、決めちゃいましょう」
 もう一人の二回生、本山永矢がぼそっと言った。真剣に考えてるのかどうか
分からない表情だ。相変わらずなんだから。
「食べ物をやる許可は、念のために取っておいたから、やれないことないわ。
誰か、何かやってみたいものある?」
 しばし沈黙。
 やがてそれは破られた。
「あのー、こんなん、どうやろか」
 高野君が大きく挙手して、発言権を求めた。手を挙げられると、なおさら大
きく感じる。彼は関西弁と関東弁とを折り混ぜて、話し始めた。
「雨になるときあるでしょ、学祭中。そんなとき、お客さんが休める場所がな
いと思ってたんやけど、違うかな?」
「それは……まあ、そうね」
 ちょっと考えてから、あたしは肯定した。
 確かに、雨宿りに都合のいい場所はない。模擬店は外に設営されているのだ
から、雨が吹き込んで来てペケ。教室で行われる展示の方は、お化け屋敷とか
占いとかで、入ったら即お客にならなくちゃいけない。これじゃあ、ゆっくり
と休憩できないわね。
「喫茶店みたいな展示室があっても、ええと思いますけど、どうです?」
「ああ、言いたいことは分かったわ。うん、悪くない」
「できるかなあ?」
 木原真子は、自信なさそうな口ぶり。
「待って、先に多数決よ。どう、これでいい? 他に意見は」
 仕切っているミエと提案者の高野君を除いて、多数決。
 本山と剣持は、やや戸惑った様子を見せながらも、賛成はした。あたしも賛
成に回る。
「あー、結局、決まっちゃった。しょうがないなあ」
 真子はよほど料理に苦手意識を持っているんだろう、半ば投げやりに言った。
「それじゃあ、展示室を兼ねた喫茶店に決定ね。実行委員会にはそれで通して
おくということで……。次、どんなものを出せるか」
 新しい白い紙を引っ張り出して、メモを取る用意をするミエ。
 コーヒー、紅茶と当り障りのないところが、男性陣から出された。
「種類分けって言うか、銘柄の区別、するのかしら?」
 と、あたし。
「銘柄って」
 本山が聞いてきたので、答える。
「コーヒーならキリマンジャロとかブルーマウンテンとかで、紅茶ならダー…
…」
「あ、分かりました。でも、それはやめましょうよ。そんなことしたら、他の
人はどうだか知らないけど、僕は労働力になりませんよ。区別できないんだか
ら」
「それに、時間も取る。あまりお客さんを待たせるのはよくない」
 高野君が冷静に指摘した。
「時間取るかな、やっぱり」
「取るでしょうね。まあ、ミルクティとレモンティぐらいの区別はしてもいい
だろうと。コーヒーの方は砂糖とミルクは付けといて、入れる入れんは客の自
由選択」
「そんなところね」
 ミエはそう言いながら、紙に「紅茶{レモン・ミルク}」と記した。
 他にジュースをいくつか用意することがまとまる。気温が高くないと出そう
にない気もするけど、賭けてみよう。
「食べ物は? 推理研らしく、銀のカップに紅茶を注ぎ、お手製のクッキーと
いきますか?」
 剣持が、からかうような調子で言った。
「銀のカップはおおげさよ。クッキーは出すけどね。もちろん手作り」
「クッキーとかカップケーキ、ホットケーキぐらいならできるわね」
 と、ミエが続ける。
「ホットケーキ? ホットプレートで焼くんですか?」
「そうじゃなくてね、剣持君。あらかじめ、焼いた物をオーブントースターか
何かで温めて出すの」
 とまあ、こんな調子で話は進み、メニューを初めとして、役割分担もおおよ
そ、決まった。
「メニューのコピーは、会誌のコピーと一緒にやるから、忘れないようにしな
くちゃね」
 最後に付け足すように、ミエが言った。推理研は補助費がまだ支給されない
から、オフセット印刷は遠い夢なのだ。そりゃ、お金を出し合えばできないこ
ともないでしょうけど、隔月の刊行物にそこまでかける余裕は、はっきり言っ
てない!のだ。

 学園祭初日まで、あと十日となった今日、原稿が揃った。締め切り厳守、い
いことだ。
「メニューの方は? 紙、できてんの?」
「ああっと、どこかそこら辺に挟んだと思うけど」
 散らかり放題の部室。長テーブルの上の紙の山をあさって、何とかメニュー
の紙を発見した。
「それじゃ、コピーに行って来るわ。えっと、誰か手伝いがほしいな」
 あたしは部屋を見渡した。暇そうにしている奴……。
「本山クン、大丈夫だよね?」
「はいはい、行きますとも」
 仕事を与えられるのを待っていたかのように、本山はついて来た。よく分か
らん。
「何部、刷るんでした?」
 コピー機のある場所へ向かう道すがら、本山が聞いてきた。
「百部。そんなに捌けるはずないんだけど、体裁があるから」
 実は、百部とは尋常じゃない数字なのだ。普段の会誌は三十部から、多くて
せいぜい五十部ってとこ。それなのに今回百部なのは、コピー代がタダだから
なのだ。
 何故、タダでできるのか? 普段の部活はちゃんとした十円コピーをしなく
ちゃならない。だけど、学園祭関係の部の活動については、用紙さえ自前で調
達すればプリンター室にあるゼロックスコピー機の使用が許可されているので
ある。
 もちろん、ついでに学祭に関係のない、他の書類もコピーしてやれという輩
を出さないために、内容物と枚数のチェックはされる。
 さあ、用紙と元の原稿を担いで、はるばると部室からプリンター室へと移動
完了。どうやら、先客はいないみたい。となれば、すぐに取り掛かろう。
 備え付けの用紙にクラブ名・責任者・使用目的・枚数を書いて、担当の人に
チェックしてもらう。すぐにオーケーが出た。
「先に忘れない内に、メニューをやってしまいましょうか」
 本山が言うので、そうすることにした。メニューの方は二十枚もすれば充分
と判断している。
 紙を裏向きにセットし、蓋を閉じ、ボタンで用紙の大きさや倍率、枚数等を
設定。スタートボタン、ポン。
 がちゃんがちゃんと二十回、音を立てて機械は止まった。
「ん、まあ、こんなもんね」
 あたしは出てきたメニューの一枚を手に取り、満足した。いかにも推理研っ
ぽく、おどろおどろしげな蔦の絵を枠として施した、いい雰囲気に仕上がって
いるじゃない。
「次が大変よ。順番通りにやって行くから、途中で抜けないかどうか、注意し
ておいて」
「はーい」
 本山が半分ふざけたような返事をする。大丈夫かな。
 とにかく、あたしは一枚目から置いていくとしよう。最初は表紙だった。真
子の労作だ。それから目次があって、犯人当てが続く。今回はミエこと玉置三
枝子の受け持ちだけど、どんな風に仕上がっているんだろう? まだ読ませて
もらってないから、読みたくなってしまう。
 あたしはそんな気持ちを抑えつけながら、作業にかかり始めた。まだ先は長
い……。

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表紙(絵)


ルーペ ’92 十一月号  −−目次−−
 犯人当て・問題編 「トルコ石付き刀の冒険」    玉置三枝子
 今月のベストミステリー特別編           香田利磨
 思わぬ濡れ衣? 「改竄は人のためならず」     本山永矢
 エッセイ 「たかが本格されど……」        玉置三枝子
 連載第二回 「江戸川乱歩殺人事件」        香田利磨
 マジック種明し 「舞台裏からマジシャンを」    剣持絹夫
 特別ゲスト短編 「大阪で生まれた探偵」      SATOMI
 犯人当て・解答編 「お似合い」          奥原丈巳

 執筆者の言葉&編集後記
 表紙・本文イラスト/木原真子


−続く−




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