AWC ダイイチシボウのこと <18>    永山


        
#2462/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/12/31   9:55  (179)
ダイイチシボウのこと <18>    永山
★内容

 私のことを、少しは認めてくれたようで、嬉しく思っている。
 −−もう、こんな言葉を使う必要もない。言い直そう。『私のことを少しは
認めてくれたようね、嬉しいわ』って。
 そうよ、私はあなたの本質−−女性である部分の人格なの。私のことをよう
やく思い出してくれたみたいだけど、久しぶりに出会ってみて、どんな気持ち
かしら? 恐い? そんなことはないわよね。あなたはオトコノコなんですも
の。男は恐がらず、女はか弱く。そんな枠に押し込めるような見方は、私だっ
て好きじゃない。
 でも、自分が女性であることを否定してまで、それに刃向かうなんて、まっ
ぴらごめんだわ。私は、女性であることの誇りを保ちながら、男性上位の社会
に対して疑問を投げかけていく……そんなスタンスでありたい。
 あなたのやってきたこと、やっていることは、最初から女性は男性に負けて
いることを認めているような戦い方よ。自分に刃物を向けるようなもの。女性
がいくら男性の真似をしたって、男性になれるはずがないじゃない。当り前だ
けど、元々、二つは別の物なのだから。
 ところが、この当り前のことを、分かっていない人が、今の社会には随分と
多いとは思う。相変わらず男性上位社会を叫んでいる人は無論のこと、男女同
権を口では唱えながら、実際にやっていることは男女が全く同じになろうとい
う、いわば「男女同質」を目指している方々も、分かっていないのね。男には
男のすべきこと、男に向いていることが、女には女のすべきこと、女に向いて
いることがあるっていうのに。
 あなただって、分かっていなかったと思うんだけど、どうかしら? あなた
は必死になって、男と同化しようとしていた。自分が女性であることに対し、
意識の下で劣等感を持ち、女であることをほとんど捨ててまで。女性の本当の
部分が見えないままにね。
 自分が見えない内に、男への反駁を持ってしまったのが、あなたの不幸かも
しれない。もし、もう少し辛抱して、女性であることの良さ、素晴らしさを知
っていれば、あなたもこんな風にはならなかったと思うの。今みたいにならず
に、さっき言ったように、女性であることの誇りを保ちながら、男性上位社会
への反駁を試みたことでしょうから。
 今のあなたの生き方は、不幸な生き方よ。あなたは無理をしている。このこ
とに、あなた自身で気付いていると、私は信じたい。
 さあ、ほんの一歩、進み出れば、あなたは自分の殻を打ち破ることができる
わ。今になって負けを認め、私と同化するのは、プライドが許さないと考える
のならば、生まれ変わるつもりになればいい。生まれ変わったら、新しい生活
を始めればいい。
 生れ変りの第一歩として、松澤敏之さんから奪い取ってしまった−−もう、
言うまでもないけれど、これらの罪を犯したのは、あなた自身なのよ−−通知
を返したらいい。これで、少しでも罪滅ぼしになれば、あなたの気持ちも軽く
なるというものでしょ?
 ここまで言っても、もしかすると、勇気が出せないかもしれないわね、あな
たは。及ばずながら、私がお手伝いしてあげようと思う。私がやってあげるわ。
これから通知を返しに行って来るから、大人しく待っていてね。
 殺人のことは、またいずれ考えるのがいいわ。こればかりは、私の手に負え
ない。忘れてしまうのが一番なんだけど、それにはまず、身代りの犯人が捕ま
ってくれなきゃね。捕まったら、その人が北沢雅子ちゃんも殺したんだって思
い込むのよ。そうしたら、嫌なことは何もかも忘れられる。私を長い間、心の
奥底に閉じ込め、忘れ去っていたあなたなんだから、簡単にできるでしょう?
それじゃあ、通知は持って行くから。


 平成治明は、再び松澤敏之を呼び出した。
 あれだけ、松澤に気を遣っていた平成が、尋問に踏み切ったのは、いくつか
の理由がある。
 まず、松澤の就職先が内定したから、ということがある。内定したからとい
って、軽々しく尋問すると、警察沙汰になるようなことに巻き込まれる学生は
採用しないと言い出す企業もあるため、秘密裏なのには違いないのだが。
 次に、松澤自身が新しい話を持って来たから、ということも挙げられる。こ
れには、平成警部自身も驚かされてしまった。
「……つまり、トーカルという企業について、君は合格していた。後で確かめ
て分かったことだが、トーカルの方も君宛に合格の通知を出していた。それに
も関わらず、君は期限までにそれを受け取らなかった、と言うんだね?」
 松澤からの話を聞いて、平成はそれを確かめる意味で繰り返した。うなずく
松澤。
「その期限の日が、北沢雅子ちゃんが殺されたとされる日と、重なっているん
です。六月の二十五日です」
「うーむ」
 声にならないため息で、平成は言った。頭の中で、考えを組み立てようとし
ているせいであろう。
「本当だろうね?」
 疑うような響きを持った声で聞いたのは、端で黙っていた小出刑事だ。松澤
は、抗議する口調で返事をした。
「本当ですよ!」
「まあ、待て」
 平成警部は、刑事の方をたしなめた。そして耳打ちする。
「何です、警部?」
「自分は、松澤の言葉は信用できると思う」
「何故です?」
「まず、トーカルを第一志望にしていたという言葉は、信用できる。自分も知
っている一流企業だし、前に大学で聞き込んだときも、松澤は第一志望にして
いたことが分かっている。
 それならば必然的に、彼が嘘をついているとは思えない。トーカルに入るこ
とを捨ててまで、今まで、通知が来ていなかったという話を隠していた理由が
分からないじゃないか。隠していて得になる点も見あたらない」
「……まあ、そうですね」
 小出はどうにか納得したようで、また部屋の端に引き下がった。
 警部は、また松澤に尋ねることにした。
「どうして、その話、これまで話してくれなかったんだ?」
「それは……」
 考えをまとめるかのように、松澤は一度黙った。そして再開する。
「まず、トーカルからは不合格でも通知が遅れて届くことになっていたんです。
それが届かなくて、おかしいなと思い始めたのが、七月に入ってからでした。
それで、トーカの方へ聞いたんです、どうなっているんですかって。その結果、
受かっていたことを知らされて、どうして通知が着いていないんだろうと思い
始めたもんですから。その頃は、あまり刑事さんから話を聞かれることはなく
なっていたでしょう?」
「そうだったな。通知が来るはずだったのは、六月二十三日から二十五日まで
の間だったかな?」
「そうです」
「いつ、通知を奪い取られたのかは、分からないんだね?」
「はい、分かってません」
 平成は考えた。被害者の手の平に文字が写っていたことから考えて、同じ日
に通知の盗難と殺人が起こったと考えたくなる。が、そう簡単に結び付けてし
まっていいものか、少し、迷いが出るのも事実だった。
 このことは後回しにし、平成は尋問に戻った。
「松澤君。通知を奪ったのが誰だか、心当たりは?」
「……ありません。色々と考えてはみたんですが、どうにもはっきりしなくて」
 それから松澤は、友人と話し合って出た意見だと前置きし、種々の可能性を
列挙してみせた。それを平成は、興味深く聞いたが、どれも決定的な物ではな
さそうだった。
「よし。今日のところは、もういいよ」
 警部は言って、松澤を促した。
 と、思い出したことがあって、念のために聞いた。
「そうだ、君。就職先、どこに内定したんだ? 気にはなっていたんだが」
「捜査が進まないからでしょう、気にしてくれていたのは」
「そんなことはない。で、どこなんだね?」
「フューホックってところです。未来への希望と創造を掲げた地元の出版社な
んですけど」
「フュー……? 聞いたことがないなあ。何をする会社だ?」
「児童書の出版を主に手掛けているようなんですけど、これから玩具や他のメ
ディアにも展開する予定があるっていうのが気に入りましたもんで、ここに決
めたんです」
「ふうん」
 本を作るところがおもちゃに手を出すというのがよく分からなかったが、平
成は納得したそぶりをしてみせた。それから、証言者の姿が見えなくなるのを
待って、警部は小出に話しかけた。
「どう思った? 彼の話が真実だとしてだ」
「通知が奪われた日が殺しのあった日と同じかどうか、ということが気になり
ましたね」
「やはりそうか。どう思う?」
「判断が難しいんですが、私は同じ日だと考えます。通知を奪った人物が何か
の理由で北沢雅子ちゃんとトラブルになって殺害に至るってことは、十二分に
考えられますよ。被害者の手には、あの文字があったんですし」
「そうだな。その線で考えることにするか」
 平成は、部下の言葉に意を強くした思いで、決心を固めた。
「それじゃ、ことの流れを考えてみようか。まず、何らかの動機を持って、通
知を奪う目的で、犯人が松澤敏之の家の近くに車で乗り付ける。死亡推定時刻
から逆算して、六月二十五日の昼三時から五時ぐらいだろう。折よくやって来
た郵便配達の人間から通知を受け取ってしまう。その情景を雅子ちゃんは見て
いたんだろうな、多分」
「それを見たことと、以前、松澤が自分の家の郵便受けをごそごそといじって
いたこともあって、郵便受けとは勝手に覗いてもいい物だと思い込んだ……」
「そこまで思ったかどうかは分からんが、とにかく、雅子ちゃんは松澤の家の
郵便受けを見て、中にあった郵便物を取り出した。それを……。犯人の奴は、
危険な行為だと感じたんだろう。松澤家の人が物音を変に思って、様子を見に
顔を出されたらまずい。犯人にとって、雅子ちゃんの行動は危険極まりなかっ
たんだ。そこで、犯人は女の子を襲い、恐らく……その場で殺したんだろう」
 ここで、平成の言葉の続きを、小出が受け継いだ。
「それから犯人は、突発事に対処しようと思考を働かせたんでしょう。その結
果、遺体を別の場所に移すことを思い付き、自分の車に急いで運び込む。それ
からは、土地関があったのかないのかは不明ですが、七キロほど離れた例の林
に到着し、遺体を降ろす。そうか、あの遺体の額にあった傷は、車に乗せてい
るときに付いたんでしょうね」
「そうだろうな。さて、これからが問題だ。犯人は、たまたま連続幼女殺害犯
だったのか、それともそう誤った判断をさせるために、偽装して遺体にいたず
らをしたのか、だ」
「今まで、自分は連続幼女殺害犯の仕業だと考えていましたが……」
 小出が、言いにくそうに口を差し挟んだ。
「遺体の状況から判断すると、偽装の方がありそうですね。不自然だって、な
ってましたから」
「そうだ。殺し方だって、それまでのと違うんだからな。こいつは、連続幼女
殺害犯とは別人の犯行だ」
 これまで漠然とではあるが、抱いていた犯人像との一致を見て、平成は強い
調子で言い切った。自信を取り戻したような気になった。
「しかし、犯人は証拠を残していないことになるな。郵便物から指紋がいくつ
か見つかっているものの、誰が誰の指紋なのか特定するのは難しい。そもそも、
容疑者がいなければ、比較のしようがないがな」
「林の周辺での聞き込みでも、車の目撃者なんかは見つかっていませんしねえ」
「そいつが、通知を今でも持っているのなら、証拠にはなるんだがなあ。通知
を松澤に届かないようにすることが主目的だったのか、自分の物にしたかった
のが動機なのか、分からないな……。やはり、前者が正解なんだろうな」
「そうだとすると、通知を残しているとは思えませんね。その場で焼き捨てた
っていい訳だから」
「悲観的観測ばかり、並べ立てていても意味がない。さらなる聞き込みの徹底
で、目撃者を見つけるしかない」
 大声でそう言うと、平成警部はどのような指示を出すべきか、考え始めた。

−続く−




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