AWC ダイイチシボウのこと <16>    永山


        
#2460/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/12/31   9:48  (180)
ダイイチシボウのこと <16>    永山
★内容
「警察は、そう考えたんでしょう。被害者の家の近くで聞き込みをやってみた
ら、該当する人間が出て来たってことで」
「ふむ。どうして、そんな文字が殺された女の子の手に着いていたんだろう?」
「警察で聞かされたんですが、どうも、うちに届いた郵便物の宛名が逆に写っ
たらしいんです。印刷された宛名なら、写るかもしれないと」
「それにしたって、どうしておまえの家に届いた郵便物の宛名が、その子供の
手に写ったんだ?」
「その子は、いたずらのつもりで郵便物を抜き取ろうとしていたんだろうって。
それで、そこを目撃した僕が、かっとなって女の子を殺したんじゃないかって
疑われているんです。しかも、最近じゃ、それまでの三人の女の子を殺したの
も僕じゃないかとまで、疑っているみたいなんです。その頃のアリバイを聞か
れました……」
「無茶苦茶だな。おい、まさか、尾行されてんじゃないだろうな?」
「それはないと思います。人権に配慮してくれるとか何とか、言ってくれまし
たから」
「どうだかな……。まあいい。それで?」
「これは、僕が頭の中で考えているだけで、まだ警察はおろか、誰にも話して
いないことなんですが」
 言葉を区切る松澤。氷が溶け始めたアイスコーヒーを、一口飲んでから、ま
た続ける。
「いつか、トーカルの通知が届いていないこと、話しましたよね? あれが関
係しているんじゃないかなって思い始めてるんです」
「確かに、ないとは言い切れないな」
 腕組をし、大きくうなずいた栗本。
「理由は分からんが、おまえにトーカルからの通知が渡ることを妨害したある
人物Xが、その行為を女の子に目撃された。そして、女の子は郵便物を探って
みようとする。危険だと感じたXは、その女の子を殺すことにした……」
「僕が考えたのも、そんなところです。想像をたくましくし過ぎでしょうか?」
「いやいや、決してそうは思わないぞ。少なくとも、俺はおまえを信じるから
な。そういう想定だって成り立たないことはないんだ」
「それで、この考えを後押しするようなことが聞けないかどうか、と思ってる
んですが……」
「……」
 少し考える顔つきになる栗本。やがて、彼が答えた。
「いやあ、すまんな。何も思い当たらない。トーカルが関係しているのかどう
かさえ分かっていないんだしな」
「そうですよね……」
 肩を落とす松澤。それでも何とか、話を続ける。
「うちの大学で、最終面接に残ったもう一人の人がいたでしょう? その人に
も会って、話を聞いてみようかと思っているです」
「なるほどな。何か、新しい話が聞けるかもしれん。ちょうどいい。俺、知っ
ているんだ。その人のこと」
「本当ですか?」
「本当だって。よし、連絡取ってやるよ」
「すみません。ありがとうございます」
 頭を下げ、感謝の意を表す松澤。
「礼なんかいいって。で、日時はいつがいい?」

「おーい。こっちこっち」
 栗本は、待っていた人物の姿が見えたので、右手を上げて大きく振って、合
図をしてみせた。
 今日は久しぶりに気温が上がっていた。今、食堂外の席にいるのだが、夏の
日差しは強く、風は期待できない。
 夏にしては黒っぽい色合いの服を着ている女性もこちらに気付き、小走りに
なって向かって来る。
「何の用ですか、栗本さん?」
 腰掛ける前に、彼女は栗本に尋ねてきた。
「電話をもらったときは、自分、留守にしていて何も聞けなくて、すみません
でしたけど……」
「もう少し、待ってくれな。今、席を外している奴がいるんだ。そいつに会っ
てもらいたくて」
「自分が知らない人ですか?」
「ああ。名前は……」
 そこまで言って、栗本は話すのを止めた。食堂内の洗面所から、問題の男が
出て来るのが見えたからだ。
「あっと、戻って来たみたいだ。あいつだよ。同じ学年だけど、学科が違うは
ずだから、顔、知らないだろう?」
 栗本は、外に出て来た男を、指さして示した。
「ええ。何だか、自信家みたいな人に見受けられますけど……」
「まあ、そんなところもあるかな。ああ、おまえのいない間に彼女、来たんだ
よ」
 栗本は、男の方に視線を移し、そう言った。
「この人が千堂麻知子さん」
「あ、どうもです」
 男は、ちょっとリアクションに困ったようで、片方の手を頭にやってから、
挨拶をした。女の方も座ったまま、軽く頭を下げた。
 続けて、栗本は男の方を千堂へと紹介する。
「こいつは松澤敏之っていうんだ」
「松澤です」
「あ−−。そういう名前なんですか」
 一拍置いたようにしてから、千堂は返事をした。
 松澤本人がすぐに聞き返す。
「何か、珍しい名前ですか?」
「いいえ、何でもないんです。その……親戚に、そっくりな名前の人がいます
から、それでびっくりしてしまって」
「そうですか」
「それで、何の用なんですか、栗本さん?」
 千堂の両目が、自分をしっかりと見据えているのを、栗本は感じた。すぐに、
説明に取り掛かる。
「大したことじゃないんだ。まず、一つ目は、ここにいる三人は、みんなトー
カルに蹴られた連中だろう、最後まで行きながらね。そして今でも、就職先が
決まっていない。そこで、協力してこの困難な局面を乗り切ろうじゃないか、
と思った訳だ。情報交換なんかを活発にして」
 栗本は、自分でも講釈師めいているなと思いながらも、喋っていた。
「それは別に構いませんが」
「用事はもう一つある。今日のところは、こちらの方が本題なんだ。ちょっと
長くなるかもしれんが、いいかな?」
「はい」
 千堂がうなずくのを見て、栗本は続けた。
「こいつ、松澤は、トーカルに受かってはいたんだ」
「え? じゃあ、どうして」
 すぐに、彼女からは疑問の声が戻って来た。その視線は、松澤を捉えている
ようである。
「それについても、栗本さんが喋ってくれますから」
 松澤は、やんわりと答えた。千堂の視線が、栗本へと戻る。
「どうしてこいつがトーカルに決めていないかって言えば、そうすることがで
きなかったんだ。つまり、通知が届かなかったんだな」
「どういうことなのか、さっぱり分かりません。合格の通知が来ないってこと
は、落ちていたってことでしょう?」
「いや。松澤は、六月二十五日までに通知を受け取らなかった。しかし、それ
以後、いくら待っても不合格を知らせる通知さえ届かない。これはおかしいと
思って、トーカルの人事に直接、電話で問い合わせたんだそうだ。人事の人の
話では、松澤は合格していたらしい。通知も六月二十五日に間に合うよう、間
違いなく出されたそうだ」
「それって……」
 先を言うのを恐れるかのように、千堂は口をつぐんでしまった。代わりとば
かりに松澤が言った。
「恐らく、郵便配達の人が来たとき、誰かがうちの者だと偽って受け取ったん
だと思う。結局、僕は指定された日に本社に出向かなかったということで、意
志を疑われてしまう格好になって、落とされたみたいなんです」
「それは大変なことだと思うけれども……」
 千堂は、困惑した表情を顔に出していた。
「何故、自分なんかに話すんですか?」
「いえ、積極的な理由はないんですが……。単に、同じトーカルの最終面接に
残った人ですから、何か通知に関しておかしなことがあったかどうか、聞いて
みたいと考えたんですよ。こんなことを言うと、気を悪くするかもしれないで
すが、向こうの人事の人が言うには、トーカルの合格通知を盗まれたことを証
明できれば、僕のことを考え直す余地はある、ということなんです。助けると
思って、何か……」
「何もありませんでした。六月三十日だったかしら、確かに、不合格の通知を
受け取ってもいます」
「郵便物が郵便受けから抜き取られた、なんていうこともなかったですか?」
 食い下がる松澤を振り切るかのように、千堂は答えた。
「なかったと思います。ついでに言わせてもらいますけれども、そもそも、抜
き取られた郵便物があるかどうかなんて、どうやって確認するんです? 実際
に着いていない物と抜き取られた物との区別なんて、できるはずがないじゃあ
りませんか」
「そうですか……」
 心残りがあるらしい松澤。今度は栗本が口を開く。
「そうか。じゃあ、こんなことをするような奴の心当たり、ないかな」
「……ないです。松澤さんの問題なんでしょう?」
「そういう意味じゃなくて、トーカルを受けた人間に対して、こんなことをす
る何か怨みみたいな物を持っている人間がいないかってことさ」
「さあ……。トーカルを受けている途中、別に中傷されるようなことはありま
せんでしたけど」
「そうだろうな。こっちも何もなったから。うーん……。これは、トーカルと
いう企業自体に対する嫌がらせなのかとも考えたんだが」
 栗本が意見を述べると、
「それじゃあ、今度のトーカル合格者が全員、通知を抜き取られてるって言う
んですか? まさか……」
 と、千堂が声を大きくした。
「そこまでは言ってない。これが当たっているとしたらだが、多分、合格者の
三割から五割程度にターゲットを絞り、そいつが受け取れないようにしたんじ
ゃないかと思う」
「どうやって、合格者を事前に知ったって言うんですか、犯人は?」
「短絡的に考えれば、トーカル内部の人間が関わっている場合だな。産業スパ
イってことになるのかな。まあ、これは半信半疑ってところだ。
 もう一つ、考えていることがある。最終面接に残った人間を調べるのは、合
格者を知るよりはたやすいんじゃないかと思うんだ。最終面接に残った人間の
中から、何人かをピックアップし、その人間の家の前で六月の二十三日から二
十五日までの三日間、張り込むんだ。合格した者の家には、通知が届くから、
それを横あいから盗めば目的は達成される……」
 栗本は、千堂に聞かせるつもりで話した。松澤とは、すでにディスカッショ
ン済みなのである。
「そうすれば、可能だとは思いますが、それが事実かどうかを調べるのも、簡
単なことだと思います。トーカルの人事課に聞けばいいんですから。自分なん
かに話さず、さっさとそうした方が」
「それはそうだが、その前に聞いておこうと思ったんだよ。本当に、不審な人
物が家の周りをうろついていたなんてこと、なかったか?」
「ありませんでした。あの、栗本さん。そろそろ行かなきゃならない時間なの
で、失礼させてもらいます」
 そそくさと、千堂が席を立った。そんな彼女に対して、
「千堂さん、あなたの周りで何かあったり、何か思い出したりしたときは、知
らせてください。お願いします」
 と、松澤が言った。
 彼の言葉に、千堂が黙ったままうなずいた瞬間、
「まっちゃん、何しているんだ? 栗本さんまで一緒になって」
 という声が遠くから聞こえた。

−続く−




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE