AWC ダイイチシボウのこと <11>    永山


        
#2455/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/12/31   9:30  (184)
ダイイチシボウのこと <11>    永山
★内容
「自治会報と言いますと」
「町内会のお知らせとか、そんな物を載せた印刷物です」
「それを配ったんですか、敏之君が」
「ええ。いえ、それがですわ。私が自治会報に挟んでおかなければならない紙
を、入れ忘れておりまして、それで後からもう一度、この紙も配っておいてと、
敏之に頼みました」
「ははあ……」
 感心する声を上げたのは、小出刑事の方。平成警部にしても、何となくでは
あるが、ある種のつながりが見えたように思う。
「それは、六月二十五日に間違いないですね」
「多分……」
 いくぶん、頼りない返事であったが、北沢由紀子の証言とも考え併せて、ま
ず間違いはないであろう。
「いや、どうもすみませんでした。大変、参考になりました。確認の意味で、
また後から、敏之君にも話を聞くことになるかもしれませんが、どうかよろし
くお願いします」
 参考になったということを強調しながら、警部は礼を述べた。必要以上に、
こちらが息子を疑っているということを悟られても、逆効果でしかない。が、
もはや、こちらが連続幼女殺害事件の関連で動いているということは、感づか
れていてもおかしくない。
 松澤家を出、車に戻ったところで、小出が言ってきた。
「これで決まりじゃないですか」
 今度こそは、という顔つきである。彼は車のスタートと同時に、自分が組み
立てた考えを口にし始めた。
「被害者の北沢雅子は、当日の朝、松澤敏之が自分の家の郵便物を取ろうとし
ていたんだと思い込んだんですよ。松澤にしてみれば、単に会報を配り直して
いるだけなんだが。そして夕方、松澤が帰ったところで、雅子ちゃんは仕返し
をしてやろうと思ったんじゃないですか。松澤家の郵便受けから抜き取るんで
すよ、郵便物を。それを見とがめた松澤は、企業からの通知を心待ちにしてい
たこともあって、かっと頭に血が上ってしまった」
「それで思わず、子供の口と鼻を押さえて殺してしまった」
 警部は、付け足してやった。
「そうですよ。被害者の手にあった例の文字だって、このときに付着したんで
すよ。いやあ、どうして子供が松澤の家の郵便受けを覗いたのかが分からなか
ったけど、こういうことだってあるんですよ」
 ひどく興奮した口調で、小出は締めくくった。
 平成はしかし、まだ納得していなかった。
「だがなあ」
「何ですか、まだ何かあるんですか?」
「あるな。まず、その程度のことで殺すかってことだ」
「どんなことが動機になるか分からないっていうのは、警部の口癖ですよ。だ
いたい、殺してもおかしくないですよ、この場合。企業からの通知を抜き取っ
たんじゃないか、と思い込んだら、自分の将来に関わることです。殺したくな
るはずです」
「いくら今年が就職、厳しいからってなあ……。まあいい。次は、殺し方だな。
かっとして殺害する場合、締め殺すのが普通じゃないかな」
「そういうのが多いことは多いでしょうが」
「いいから聞いてくれ。鼻と口を押さえるというのは、どちらかと言うと、何
かを見られてしまったために、その目撃者を黙らせようとした結果、殺してし
まったという方がぴたりとくる。そうは思わないか?」
「その解釈の方が、ぴったりしているのは認めます。認めますが、そうしない
場合が皆無とは言い切れません」
 小出は、がくんと急ブレーキをかけた。議論が進むにつれ、運転の方は荒っ
ぽくなっているようだ。
「次だ。そんな状況だったとしたなら、子供の手の平の文字に気付かないだろ
うか? 松澤敏之は、雅子ちゃんの手から郵便物を取り返そうとしたはずだ。
そのとき、手の平の文字に気付いてしかるべきだと思うがね」
「思わず、殺人を犯してしまって、気が動転していたら、気付かないものでし
ょう。目に見えていても、認識しないってこともあるもんです」
 車を再スタートさせながら、小出は言う。
「最後はやはり、遺体の移動手段だな。どうやって七キロ離れたあの林に運ん
で行ったかだ」
「……反論するのは結構ですが、それならば警部。警部は、どんな犯人を思い
描いておられるんですか?」
 しびれを切らしたように、小出刑事は聞き返してきた。
「いや、まだ分からない」
 正直に答える平成。
「では、今は松澤敏之に対する調べを徹底してください。警部が彼を犯人と考
えていようがいまいが、そうすることで白黒がはっきりするんですから」
「……分かっているさ」
 頭が痛いな、と感じながら、平成警部は了承した。

「栗本さん」
 声をかけられた栗本愛は、声の主を想像してから、ゆっくりと振り向いた。
「松澤か」
「ビデオテープ、返そうと思って」
「何だ、そんなことか。それよりどうだ、就職は」
「いやあ、第一志望に蹴られてしまって、がっくりと来ているところです。そ
の上、変なことにも巻き込まれていますし」
 松澤敏之の声には、無理に明るくしたような響きがあった。
 栗本は、怪訝に思いながらも、話を続ける。
「トーカルのことか、第一志望って?」
「そうです」
「俺もだめだったんだ。やっぱり、一年だぶりってのが、悪い材料に解釈され
たのかもしれないな。そうは思いたくないんだが」
 栗本は、自嘲気味に言って聞かせた。栗本は三回生の折、交通事故で重傷を
負い、その年を棒に振ってしまったのだ。休学である。そのため、後輩の松澤
とも同じ年に就職を目指すことになってしまった。
「あの……不合格の通知、来ましたか?」
「ああ。六月の二十八日だったかな。受け取ったよ」
「おかしいなあ」
 松澤は、自分の腕時計をかざしながら言った。
「どうしたんだ?」
「昨日の時点でまだ俺、その通知さえ受け取ってないんです。どういうことな
んでしょう?」
「俺に聞かれても困るが……。確かに、変だな。七月も半ばだっていうのに。
例え不合格でも、遅れて通知が行きますって、あの人事担当者、言っていたも
のな」
「はあ……」
 考え込む様子の松澤。そんな後輩を見て、栗本は、
「どうだろ? だめもとで、電話してみたらどうだ?」
「電話……ですか。」
「そうだよ。ひょっとしたら、おまえは合格していて、何かの事故で届いてい
ないのかもしれない」
「そんな甘い想像は。事故で遅れているにしても、不合格通知の方ですよ」
「いいから、とにかく電話してみろって」
「……そうですね。だめで元々なんですから」
 松澤は、力ない笑みを見せた。

 トーカルの人事担当者への電話を終えた松澤は、あらゆる感覚を失ったかの
ように、全身をゆらゆらさせたかと思うと、取り落としそうになった送受器を
何とか両手でフックに押し戻した。
(栗本さんに言われたから電話したけど、しなければよかったかもしれない…
…。こういうことになると知っていたら)
 大学から自分の家に戻り、自分の部屋から電話をダイヤルした彼は、ショッ
クを何とか受け止めながら、頭の中で考えていた。
 合否の電話による問い合わせは受け付けておりませんという規則を盾に、電
話を切ろうとする受け付け嬢(?)を何とか納得させ、人事担当者に取り次い
でもらう。が、今度はその人事担当の男性を納得させるのに、また時間を取っ
てしまった。松澤は、この時期になっても何の通知もないことを力説し、調べ
てもらえることになった。
「松澤敏之君?」
「は、はい」
「君ね、合格していたんだよ」
「は」
 このときばかりは、嬉しさのあまり、叫び出して、飛び上がりそうになった
ほどだった。しかし……。
「でも、七月一日のいわゆる拘束日に本社に来て、一種の宣誓みたいなことを
やってもらうはずだったんだけど、それをやっていないから、失格扱いになっ
ているんだな」
「……」
「七月一日云々については、六月の二十五日までにこちらが発送した通知に、
その旨が記してあったんだ。だから、君のさっき言ったことが事実だとしたら、
こちらとしては本当に不幸な事故だったとしか答えようがない。はっきりさせ
ておくが、こちらは君宛に間違いなく合格の通知を発送しているし、それが返
送されて来たという事実もない。
 郵便の事故についてまで責任を取ることは、こちらとしてもできないんだ。
それを非難するのであれば、郵便局へ掛け合ってみなさい」
 優しい口調ではあったが、どこか責任逃れをするというか、厄介ごとは避け
たいという気持ちが表れているような気がする。
「もしもし? 聞いてる?」
「はい……聞いています」
「あー、がっかりしないで。厳しい言い方かもしれないが、当社としては、君
が拘束日に姿を見せなかったことに対して、疑いを持たざるを得ないんだ。ち
ゃんと本社に来るように言ったのに来ないとは、こいつ、どこかよその会社を
回っているんじゃないかというように。そして、今、君がこのような電話をか
けてきたということも、君が本命としていた会社に落ちてしまい、当社に入れ
てもらおうと思ってのことだと勘ぐれないことはないんだ。通知の件は、用意
した理由という訳だ」
「……」
「ただし、君が通知を受け取っていないことを証明できれば、何とか検討する
余地は出てくるかもしれない。あまり期待されても困るんだが……」
「分かりました……。何とか……。あの、本日はこちらの無理な電話にお時間
を取っていただいて、どうもありがとうございました」
「いや」
「再度、お電話差し上げることになるかもしれませんが、そのときはまたどう
かお願いします。失礼しました」
 そう言って、松澤は電話を切った。最後の方の言葉は、就職活動を始める際
に身につけたマニュアルで、勝手に口をついて出たものだ。ほとんど感情がこ
もっていなかったかもしれない。
 そしてその感情は、電話を終えた今になって戻って来るのだ。それも、まる
で別の形となって。
「おおおおおおおおおおおおおっ!」
 表し難い音を口から発すると、松澤は床に身を投げ出し、どたんと自らのか
かとや肘を、床に打ちすえた。
(ああああ、何てこと……。信じられない。誰が、いったい誰が……僕の通知
を奪い取ったんだ? 頭がおかしくなる……)
 それからもひとしきり、かすれるような声で身体の内に溜った淀みを吐き出
し、松澤は苦しんだ。
 そして、いくらか時間が経った頃になって、前向きな、まともな思考を始め
られる状態に戻った。
(とにかく、通知を奪った奴を見つけ出さなければならない。いや、奪ったと
は限らないんだ。例えば……そう、例えば、郵便配達をしていた人間が、面倒
になって配らずに捨てたということも考えられる。とりあえずは、郵便局に聞
いてみなければ……)
 思い立ったが早いか、松澤は身体を起こし、すぐに黒電話を引き寄せ、その
前にあぐらをかいた。電話帳で調べる時間も惜しかったので、番号案内で問い
合わせ、その番号をしっかりとメモする。
 そして指でフックを押すが早いか、彼はメモしたばかりの番号を一つずつ、
しっかりと回した。
「はい、こちらR区中央郵便局ですが」
 玉を転がすような声と表現してもよいだろう、女子職員の高い声がした。

−続く−




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