AWC ダイイチシボウのこと <7>     永山


        
#2451/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/12/31   9:18  (178)
ダイイチシボウのこと <7>     永山
★内容

 僕は、もう一つの「僕」のことを、「おまえ」もしくは「あいつ」と呼ぶこ
とにした。おまえ・あいつ。

 おまえは誰なんだ。
 どうしてこんなことを続ける。
 おまえが何者なのか僕は知らないが、おまえの存在は確かに認識している。
 おまえは僕の身体を使って、盗難をさせたり、殺人をさせたりした。
 どうしてなんだ?
 僕がおまえの存在に気付したので、僕の意志によって、おまえと僕は、元の
一つに戻ろうとしていたのだ。
 それを望まないおまえは、すぐに身を守ろうとした。
 まず、一体化することに必死で抵抗し、ついで、おまえは種々のくだらない
策で、僕の生活を乱そうとしている。
 どうしておまえは、こんなことをしているのだ?
 僕はおまえに悟られないように、考えを巡らしてきたつもりだ。今、おまえ
の驚いている顔が脳裏に浮かぶね。僕は考えを文字として外に取り出し、おま
えには見られないように、頭の中では忘却してやったんだよ。
 さて、その結果、僕は、おまえの恐ろしい計画に思い当たったつもりだ。
 おまえは盗難や殺人の犯罪をやることで、僕を精神的に押しつぶそうとして
いるのだ。それはそうだろう。僕の肉体までを破壊しては、おまえが困るから
だ。精神的に破壊することのみを目的としている。
 −−おまえは、僕と入れ替わるつもりなのだろう?
 そんなことは絶対にさせない。できるものなら、等とは言うまい。おまえが
そのぐらいの力を持っていることは、自分は身にしみて分かっている。
 いいか、入れ替わったところで、おまえはどうしようもないんだぞ。そのと
きは、僕は最後の力を振り絞ってでも、僕になりすました「おまえ」が殺人犯
であることを誰かに伝えてやる。
 そうなったら、おまえも破滅だろう。何のために入れ替わったのか、分かり
ゃしない。いい気味だ。
 これは心中のようなものだ。僕とおまえは離れられない。愛し合うことも憎
み合うこともある女と男の関係に似ているかな。
 仮にどちらかが優位に立ったとしても、最終的には一つの肉体しかない人間
なのだ。どちらかを完全に追い出すことができない限り、一心同体ではなく、
二心同体のまま、生きて行くしかないのだ。
 完全に追い出すことは、おまえにも不可能に違いない。僕とおまえの能力に、
さほど差があるとは思えないからだ。僕が現在、優先的に肉体を使っているの
で、おまえはいくつかの不思議な現象を起こすことができるのだろう。もし、
おまえが今の僕ぐらいの優位に立ったとしても、そのときは僕がおまえぐらい
の能力を持っている訳だ。僕はそれを最大限に活用して、おまえを引きずり落
としてやるつもりだ。
 これは宣戦布告だ。性根を据えよ。

 あいつは、恐ろしい奴だ。立場を逆転することが無理だと悟って、僕の心を
コントロールすることを考え出しているのではないか。そう思える節がある。
 僕はテレビを見たり、ラジオを聴いたりしながら、文章を書くことがある。
この頃、妙に気になるのは、僕がそのとき書いている言葉と同じフレーズを、
テレビやラジオが発する事実である。どういうことか説明すると、例えば僕が
「根本的改正を」という文章を書いていると、それを書き終わるか書き終わら
ないかの内に、テレビに映っていたある人間が、「根本的改正を」と言うので
ある。
 無論、常にこんな現象が起きている訳ではないのだから、偶然ですましても
いいのかもしれない。しかし、ちゃんと統計を取ったのではないが、僕の感覚
ではこんなことが平均して一時間に一回、多いときには三回ぐらいもあるのだ。
やはり、不自然だと思わざるを得ない。
 そこで、僕はこれもあいつの仕業だと考えてみた。何でもあいつのせいにし
ているようだが、そうとしか思えないのである。
 あいつは、自分が書こうとして頭に思い描いた文字を書くという命令を、僕
の神経が指先に伝えるまでの間隙を突いて、僕が書くのとほぼ同時に、テレビ
やラジオに言わせている……。
 いや、これはいくら何でも、無理である。あいつは電話を普通にさせる程度
ならできるようだ。それならば、ラジオはともかく、テレビに映っている人間
の意志をもコントロールして、自由に喋らせるなんて芸当は無理であろう。
 逆に考えてみる。あいつはテレビやラジオが次に発する言葉を察知し、それ
を僕に書かせるべく、脳に影響を与えた……。
 いや、これもあいつには無理だろう。テレビやラジオが次に発する言葉を、
その前に察知するなんてことができるのなら、もっと別の、ずっと効果的な現
象を見せられるような気がする。
 そうだ。あいつは、あらゆる音が僕の耳に届くのを、より分かりやすく言う
と、脳が音を認知するのを実際よりも遅くしているのだ。そうに違いない。こ
れならば、あいつは僕が聞くのよりも早く、テレビやラジオからの音をキャッ
チできる。それを先に「書くべき文字」として、脳へ命令を出したのだ。これ
を受けた脳は、僕の手に文字を書くように命令を出す。そして、それとなるべ
く同調するようにタイミングを測り、あいつは僕の耳に音を聞かせたのであろ
う。そうとも知らない僕自身は、この奇妙な暗合が頻繁に繰り返されることを
不気味に思い、恐れおののくという寸法だ。
 しかし、もう恐れはしない。手段が割れてしまえば、あいつのやり方なんて、
取るに足らない。聞こえているかい、おまえ?
 では、どうしてこんなことをあいつは(おまえのことだよ)したのか? そ
れは簡単、僕が今回の冒頭に書き留めたように、僕の心を思いのままにコント
ロールしたいがためだ。あいつは、僕をノイローゼにでも追い込み、精神が弱
ってきたところを一気に占領する腹づもりなのだろう。
 そんな考えはもう捨てることが、賢明な人間のすることだというものだ。す
でに僕はおまえの計画に気付いた。僕の聴覚を狂わせるっていうのは、仲々驚
くべきことを考えたものだ。お互いの立場を忘れて、敬意を表してやりたいぐ
らいだが、気付かれてしまっては、結果として何の効果ももたらしてくれやし
ないんだよ。分かっているのかい、そこんとこ?
 嘲りたくなることがあるね、おまえのやり方については。僕がもし、おまえ
の使える能力−−脳に微妙な影響を与えたり、電話の妨害をしたり−−を備え
ていれば、おまえがこれまでに用いたような、つまらない手段は取らない。僕
がどんないい手段を構想しているかは、教えられないがね。まあ、せいぜい、
そちらの貧弱な頭脳で、僕の邪魔をしてみるんだな。僕自身は、おまえの力は
見切ったつもりだから、もう恐怖感はない。

 私は私になりたい。
 私は、あなたが思っているような人間じゃない。それなのに、あなたは私を
無意識の内に無理矢理押さえつけ、最初から存在しないものとして扱おうとし
てきた。そして、これからも、存在しないものとして扱っていくつもりなんだ。
 そんなことはさせない。私はあなたの思い通りなんかにならない。あなたの
意識に抑圧されて、ずっとこのまま、外に出ることなく過ぎてしまうなんて、
許せない。また、許されるべきではない。
 あなたが私を支配し続けようとしたからこそ、私は行動を起こさざるを得な
かったのに。それなのに、私を一方的に悪いと決めつけ、こちらだけに責任を
押し付けるなんて、最低。
 あなたは、私を意識したことがあった? 今は意識していても当然だけど、
それだと意味を持たない。私は自分の存在をあなたに気付かせようと、小さな
頃からありとあらゆる手段を、何度も試みてきた。
 あなたは、変だなとは感じていたようだけど、ただそれだけだった。私の気
持ちも知らず、存在さえも知らないままに、今という「時」が訪れてしまって
いる。私はあなたのためにこれ以上、我慢することをやめた。これからは、自
分自身のためには、なりふり構わず、あなたに私の存在を認めさせ、最終的に
は私の思っているようにさせてもらおう。
 そのためには、私は何でもする決心をした。昔、あなたが味わったであろう
奇妙で不思議な感覚は、あなたの精神を遠くに追いやることはできなかったよ
うだが、これから私が使っていく方法−−いいえ、これは戦法−−は、そんな
甘い物ではない。私の戦法は、あなたを確実に、しかも他人があなたを見ても
分からないように、精神的に破滅させる。それからゆっくりと、現時点の私の
立場にあなたを追いやり、あなたの立場には私が取って替わろうというものだ
から、覚悟を決めておいてほしい。
 ここで、はっきりと指摘しておきたいことがある。ある男性から企業への入
社合格通知を奪い取ったり、ある女の子を殺したりしたのは、私ではない。あ
なたがやったことなのに、私に濡れ衣を着せないでもらいたい。
 あなたはあの男性に対して嫉妬したために、その合格を知られないよう妨害
し、通知を奪い取るような真似をしたのだ。私は、トーカルとかいう企業には
何の興味もないし、仮にあったとしても、入社の決まった者を邪魔しようとは、
つゆとも思わないだろう。
 そしてまた、その盗難行為を隠ぺいするために、あの女の子を殺したのだ。
あなたの立場になったとして、私なら、そんな時間の無駄になるような行動は
取らず、すぐにあの場から逃げ去ったであろうか。それでも充分だったはずで
ある。要は、あの女の子が郵便受けをいじることで、男性の家の者に何事かと
不審がられるまでに、自分の身を隠せばよかっただけではないか。
 そういった簡単に処理できたことを、頭の悪いあなたは、愚かな行動を取っ
て、自らを窮地に追い込んでしまったのだ。
 あなたがそういう精神的に追い詰められたときに、私が自分の存在を知らせ
るための最終行動を開始したのをいいことに、全てを私のせいにしようとする
なんて、本当に最低の人間が考えることであろう。その点を自覚しなさい。
 ついでに、もう少し指摘しておきたいと思う。あなたが私の仕業として挙げ
ていることの中に、あなたが書いた文章をどうにかしたり、電話をよそにかけ
るのを妨害したり、あるいは聴覚をどうにかして音が聞こえるのを遅らせたり
したということがあるが、そんなことは知らない。私は、全く関知していない。
これもまた、正しく濡れ衣である。
 あなたは、私が何か特殊な能力を持っていると盲信してしまっているようだ
が、ご忠告申し上げると、それは全くの誤解の産物である。手の内を明かすの
はやや気が引けるのだが、私は、それほど特殊な能力を備え持っている訳では
ない。ただ、あなたと一つの肉体を共有するが故に、精神的な影響を僅かなが
らに、あなたに与えることができるのみである。記憶をすり替えたり、五感を
どうにか作用させることは、できやしない。そんなことができれば、それはす
でにあなたを追い出して、肉体を乗っ取っていることではないか。
 そんなことができない私に、ましてや自分の肉体の外のことをどうにかする
なんて、もっての他である。
 私が想像するに、大方、あなたが自分でおかした失敗を、自分で忘れてしま
って、勝手に不思議がっているだけではないのかな? それをついでとばかり
に、私の仕業に仕立てあげるなんて、狡猾極まりないというものである。
 そうだ、あなたに頼んでおきたいことがある。「頼む」なんて言葉は使いた
くないのだが、仕方ない。
 栗本さんを巻き込むことは、やめにしてもらいたい。まだ、あなたにもその
気持ちはあるらしく、全てを話してはいないようだけれど、このまま進むと、
あなたは私の戦法に耐えられなくなり、どんなことになるか分からない。現在
は、栗本さんと単に話をするだけで精神の安定を得ていると信じ込んでいるよ
うだが、それは真の安定ではない。私の戦法がエスカレートするに従って、あ
なたは栗本さんにも全てを打ち明け、助けを求めようとするかもしれない。そ
れだけはやめることだ。そうなった場合、栗本さんをも酷い目に遭わせてしま
うことがないとは、私としても言い切れない。私にとっても、栗本さんが大事
な人間であるには違いないのだが……。
 通告だけは発しておいた。あとは、あなた自身が考え、判断する領域である。
あなたが判断を誤らないことを祈る。
 最後になった。これから、あなたと私との間で起こる戦いについて語ろう。
この戦いは、精神の戦いだ。愚鈍なあなたももう気付いているようではあるが、
精神的に弱った方が負ける。負けはすなわち、自己の精神の消滅を意味するこ
とにつながろう。そう、勝負が決した瞬間、負けた方は肉体を出て行くのだ、
あなたがかつて見たように。
 悔しいことに、私は、あなたに常に圧倒されてきた。だが、それでも私の精
神的強さはある一定の水準を保ち続け、決して消されてしまうことのないよう、
必死で戦ってきた。その私が逆襲に転じているのだ。溜りに溜った不平不満の
反動を、あなたが受け止められるかどうか、お手並拝見といこうか。

−続く−
訂正 電話を普通・・・電話を不通




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE