AWC ダイイチシボウのこと <6>     永山


        
#2450/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/12/31   9:14  (200)
ダイイチシボウのこと <6>     永山
★内容

 さっき書き終えたばかりだったけど、続けたくなった。最初に明らかにして
おくと、僕は今までの僕と同じだ。僕は僕だ。
 もう一つ、思い出したことがある。あれは、意識だけが目覚める感覚を繰り
返し体験し、半ばそれに慣れかけていた頃だった。
 その夜、僕は同じように目を覚ました。この時点で、意識だけ目覚めたのか、
本当に目が覚めたのかは、自分自身でも分かっていない。意識だけ目覚めたの
であれば、次の段階で起き上がろうとした途端、肩に痛いほどの重圧を感じる
はず。このときはそれもなく、簡単に上半身を起こすことができた。
 僕はああ、疲れたなと感じつつ、さらに立ち上がろうと思った。喉が乾いて
いたので、何か飲もうとした訳だ。
 普通に立ち上がったつもりだったが、どうも様子がおかしい。それこそ夢心
地の感覚だったが、確かに僕は起きている。
 足元に特に違和感を覚え、ふと、下を見てみた。すると、何が起こったのだ
ろう、そこには床がなかった。僕の身体は浮いていた。
 ところが、僕の身体は布団を被ったまま、まだ横になっている。自分の頭が
おかしくなったのかと思ったが、そこで寝ているのも僕だったし、立っている
(と言うか、浮いている)僕も、自分に間違いなかった。
「おい!」
 眠っているらしい「僕」を起こすつもりで、短く叫んだ。が、叫びは声にな
らなかったように思う。そうしている内に、僕の身体は部屋の中、床から天井
までの狭い空間を無茶苦茶に飛び回り始めた。これは、僕自身の意志で行った
のではない。勝手に、身体が飛び回り出したのだ。どうやら、僕の身体は浮く
ことに慣れていないらしく、コントロールできないでいるみたいだった。
 僕は次第に気分が悪くなり、
「とにかく降りてくれ!」
 と、これも叫んだつもりだが、声になったかどうかは分からない。それでも
効果はあったらしく、僕の浮いていた身体はそのまま、まっすぐに床に落ちた。
そして気が付くと、僕はちゃんと布団に入って眠っていたのだった。
 僕は、このことも親や友達に話した。今度は、返って来た答は一つだけだっ
た。夢だと言う者はなく、皆が判で押したように、
「幽体離脱だよ」
 と言い切った。今度もその仕組みを尋ねると、精神が不安定になっているた
めに、魂が自分の身体から抜け出ようとしているのだそうだ。
 今、思い出してみて、僕はこれも人格が二つに割れる前兆の一つだったんだ
と考える。そして、どうやら僕−−今、この文章をしたためている僕は、身体
から出て行く方の「自分」らしい。
 これはショックだった。そうだとすれば、僕自身が通知を盗み、あの子供を
殺したことになってしまう! そんなことはない。これこそ、記憶のすり替え
が行われた結果に違いないんだ。もしそうでないとしたら、後から分裂した僕
の方が、正しい道を行こうとしている自分なんだ。そうに違いないんだ!
 今日は、これで本当に終わりにしたい。

 たまには日記らしいことを書くのもいいだろうか。
 今日、大学に行った。栗本さんと会うためだ。栗本さんもトーカルを失敗し、
忙しい身のはずなのに、時間を割いてくれてありがたく思う。
 わざわざ時間を決めて会ったにしては、ほとんど他愛のないことを話して過
ごしたように思う。そうそう、栗本さんは衛星放送のセットを持っているから、
見たい番組の代録を頼んだっけ。でも、ただそれだけで僕の気持ちは和んだ。
相手は一つ年上の、頼り甲斐のある人だ。僕と同じ学年の奴らの中には、栗本
さんのことを「愛ちゃん」なんて呼ぶ輩もいるけれど、そんな呼び方、僕には
できない。栗本さんは栗本さんだ。それだけ、僕は栗本さんを好きなのだ。
 その帰り道、気付いたことがあった。自分の精神を安定させるには、こんな
日記まがいの物を書いているのと、栗本さんにあって話をするのと、どちらが
いいのだろうか? 考えたときは、文句なく前者、栗本さんと会う方が効果が
あると言い切れた。あの人との話が終わってから、間が開いていなかったから
だろうか。
 しかし、よく考えると、二つの策−−栗本さんに会うのと、自己告白を書く
のとは、根本的に違うのだ。前者が、楽しさによって嫌な記憶を(一時的では
あるが)忘れることで自分の精神を安定させているのに対し、後者は本音と言
うか、自分の心の中に溜った物を吐露することによって、精神を安定させてい
ると考えられる。
 ある程度の思慮の末、この二つは、現在の僕自身にとって共に必要だと思い
直した。どちらか一つが欠けたとしたら、恐らく、僕の精神の均衡は保たれず、
他人と接する日常生活においても、心の中にある物を外へ向けて吐き出す、垂
れ流し状態になってしまうのではないか。
 だから僕は、これからもこの日記めいた独白を書き続けるだろうし、ときを
見て栗本さんとも会うだろう。自己の内なるもう一人の僕を消し去り、精神の
安定が永久に保たれると確信が持てるまで……。

 この間の付け足し。
 そんな日が来るとは、今のところ、期待していない。

 どうしたことだろう! 僕はまた、変化し始めているようだ。
 最近は全くと言っていいほど体験することのなかった、あの二つの人格分裂
の前兆−−意識だけ目が覚めることと、意識が身体を抜け出し、自分自身の身
体を上から眺めること−−を、昨日の夜(あるいは今朝)、体験したのだ。し
かも、この二つを一晩の内に体験するのは、今度が初めてである。
 まず、僕は、気付いたときにはもう、すでに空中に浮かんでいた。舞台は昔
に見た通り、自分の部屋の全空間である。僕はすぐに下を見た。思った通り、
僕の姿があった。子供の頃の僕ではなく、成長した、今の自分の身体が、毛布
一枚を被って眠っているようだった。
「おーい」
 久しぶりの体験とは言え、いくらかの慣れもあったせいか、僕はやや間延び
した声で、下の身体に呼びかけてみた。かつてと同じように、返事はない。
 ここで返事があれば、精神の分裂していることがはっきりするのに。そう思
いながら、僕は浮いている自分を動かしてみようと試みた。宙空を自由に動き
回ることができれば、それはそれで、精神の分裂を証明することになるだろう
から。
 だが、こちらの方は全然進歩していないらしく、自由にはならない。それど
ころか、どうやら徐々に、下で眠っている身体に引き寄せられているらしい。
 これはどういうことなのだろう? 僕は不信感を覚えつつ、なすがままにさ
れてしまった。抵抗しようにも、身体が動かないのだ。そのまま、僕は一つに
なった。
 次に気が付いたとき、僕はすぐに起き上がろうとした。今、経験したことが、
単なる夢ではないことを確かめたかったからだ。
 しかし、ここで僕は、両肩をがっしりと押さえられてしまった。昔、子供の
頃に体験した力よりも、ずっと強い。こちらの体力も上がっているはずなのに。
ひょっとすると、もう一人の僕も成長しているのだろうか。そう考える方が自
然なのかもしれない。
 それにしても強い力だ。首まで絞められているような感覚。まじに危ないと
感じたので、僕は死力を振り絞り、肩の上の見えない腕を払いのけようと試み
る。その行為を繰り返す内に、はっと意識が一致したような奇妙な感覚を得た。
と同時に、身体を起こすことができたのだった。
 僕はすぐに寝床から起き出して、このことを書こうと思った。ところが、非
常な疲労感・脱力感といったものを覚え、そうすることはできなかった。仕方
なく、眠りに戻った。
 そして今、僕は書いている。僕は、今度のことをじっくりと考えてみて、一
つの結論に達したのである。僕の精神と言うか意識は、子供の頃のある日、二
つに分かれた。そして、それは昨日まで続いていたのだ。ところが、二つの意
識の内、意識が二つであることを欲しない方の「僕」、つまり、これを書いて
いる僕が、強大な影響力を発揮し、無理にでも元の一つに戻そうとしたのだ。
そのため、子供の頃の経験とは逆に、まず浮遊していた僕が身体に戻り、つい
で、また二つに分かれようとするところを、一つになるよう押しとどめたのだ。
 だから、僕がさきほど、浮遊中の精神がなすがままにされるかのように書い
たのは見当違いで、あれは必然だったのだ。
 相変わらず、もう一人の「僕」は、僕の方を悪者にしたいらしく、目が覚め
た瞬間に記憶を取り替えているに違いない。つまり、浮遊していた方こそ盗み
や殺人を犯した「僕」であり、僕の肉体から出て行こうとした「僕」も同様だ。
そうとでも考えないと、今の僕が、こんなことを書きつけるはずがない。
 二つに分かれていた意識が、一つに戻った(あるいは、まだ完全には一つに
なっていないのかもしれないが、それはひとまず置いておく)のは、どういう
理由・きっかけがあったのだろうか? これはやはり、もう一つの「僕」が最
近になって犯した殺人等の行為に、僕が強い嫌悪感を抱いたからであろう。僕
は自己解決するために、分かれていた意識を取り込もうと試みていたのだ。そ
れが今朝、ある程度、明確な形となって発露したのだろう。
 多重人格や精神の分裂について、僕は正式な知識は何も持ち合わせていない。
ここまで僕の内部が二つに分かれている、あるいは分かれていたことがはっき
りしたのであれば、専門の本を読んでみて、ちゃんと勉強してもいいと思う。
実際、そうするのが当然なのかもしれない。
 が、そういった書物は、医者が患者を診て、その「観察結果」を自分流に解
釈し、まとめた物に過ぎないのではないだろうか? 体系だったように見せか
けてはあるが、所詮、想像の産物ではないのだろうか? 僕は疑問を感じずに
はいられない。自分自身が、このような立場にあるからだろう。
 結局、僕は自分で自分を分析することに決めた。これまでの解釈は、間違っ
ていないと思うし、どうして僕自身が二つに分かれてしまったのか、その原因
は不明なものの、それ以外の面ではうまく対処しているように思える。自分の
ことが一番分かるのは、最後には自分だということなのだろう。
 とにかくも、現在のところは、今度の体験により僕が元の一つになり、もう
二つに分かれることがないように、祈るばかりだ。

 僕の見通しは甘かったのだろうか。まだ、僕は完全な一つの意識・精神にな
ったとは思えない。
 あの、久しぶりに体験した朝以来、現在まで、僕は何も体験していなかった。
浮遊から自分の身体に戻り、さらに自分の身体から抜け出るのを押さえつけら
れることもなければ、それを逆の順序で体験することもなかった。
 それを、僕の自己・自我が一つになったことの完了と信じたいのだが、どう
しても、まだ完了していないのだと思わざるを得ない出来事が、ここ数日で、
いくつか起こっているのだ。
 まず、こうして書いている文章の一部が、僕の知らない間に消されているよ
うなのだ。あるとき、以前に書いた文章を読み返していると、どうしても意味
が通じないところを発見した。これはどうしたことなのだろうと、僕は考えて
みたが、何も思い当たらない。少なくとも、僕自身は文章を消してしまうよう
なことはしていないと断言できる。
 僕は何とか元の文章を思い出し、修復に成功した。それから原因を考えてみ
たが、やはり、こんなことをしたのはもう一つの「僕」の仕業に違いないだろ
う。これは油断ならない。初めの頃に宣言したように、僕は文章をいじられな
いように、色々と策を施していたのだが、それをついに、別の「僕」は打ち破
り、文章の一部を消してしまったらしい。幸い、この現象は今までに一度しか
起きていないが、より一層、厳重に警戒する必要がある。
 次に、電話をかけたら奇妙な音がして、その一秒ほど後に、勝手に切れてし
まうことが何度かあった。ファックス番号にかけたのではない。友人何人かの
自宅に電話をかけたところ、時々、このような現象が起こるのである。普段な
ら僕は、すぐにその友人相手に聞いてみただろう。だが、今みたいに内的にも
外的にもトラブルに見回れている最中では、そうすることはためらわれるのだ。
友人らを僕自身のトラブルに巻き込むようなことは避けたい。
 それでも僕は好奇心に耐えられず、二度ほど、その現象から時間を置いて、
相手の友人達に、
「君の家の電話、どこか故障している?」
 と聞いてみたことがある。だが、どこも故障していない、故障していたら今、
電話できる訳がないと笑われてしまったので、そのことについて、僕はそのま
ま口を閉ざしてしまった。
 これも恐らく、もう一つの「僕」がやったことなのだろう。どのようなから
くりで、僕の部屋の電話がよそにつながらないようにしているのかは分からな
いが、それだけ「相手」が恐ろしい奴だということが知れる。
 まあ、実のところは、僕はこの妨害については、たいして恐れていなのでは
あるが。何故なら、ほとんどの電話はちゃんとかけた相手に通じているのだ。
もう一つの「僕」も、常に妨害することはできないらしい。このままの状態で
あれば、さほど恐れおののくことはないと判断している。
 最後に、これは思い過ごしにかもしれないのだが、最近になって、家に届く
郵便物が減ったように感じるのである。これは何だろう? 僕が例の男から合
格通知を奪い取ったことと関係があるのだろうか? もし、もう一つの「僕」
が、僕を恐れさせようとしてこのようなことをやっているのだとしたら、それ
は無意味だ。通知を奪ったのは、もう一つの「僕」なのだ。今、この文章を書
いている僕がやったことではない。
 そうでないとしたら、何が目的なのか、さっぱり掴めない。まあ、無理に理
由を探してみると、企業セミナーの案内が僕の手元に届かないようにして、僕
が内定をもらうチャンスを減らすことというのがあるが、これにしても、僕が
どこの企業にも入れないということは、もう一つの「僕」がどこにも入れない
ことに直結している。何のために、そんなことをするのか、まるで納得がいか
ない。
 こういった三つほどの、奇妙な出来事が起こっている。僕の考えでは、これ
はもう一つの「僕」の手による現象なのだが、この考えが正しいとすれば、僕
はまだ一つになり切っていないことになってしまう。それどころか、完全に一
つになってしまうことを拒んで、もう一つの「僕」が必死の抵抗を見せている
ようにも感じられるのだ。全く、ここまで追い込みながら……。
 しかし、元に戻るのは時間の問題だ。自分自身さえしっかりしていれば、別
の「僕」が何をしようとも、最後には戻ることになるだろう。

−続く−




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