AWC ダイイチシボウのこと <8>     永山


        
#2452/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/12/31   9:20  (146)
ダイイチシボウのこと <8>     永山
★内容

 何故、おまえは抵抗するんだ。もう、最後の悪あがきにもならない。僕に抵
抗するのなら、他の方法を考えてみろ。
 おまえは、また文章を書いただろう。この前は僕の書いた文章を、都合のい
いように改竄しようとしただけだったが、今度は、はっきりと意志表示をした
訳になるのか。その意味では、少しは違う方法を考えたことになるのかね。そ
れにしても、ストレートに過ぎるね。こんなことをしたら、おまえの存在を証
明する証拠になるだけさ。僕は嬉しいだけで、ちっともダメージは受けない。
 しかし、おまえもおかしなことを言うものだ。文章をどうにかするなんて、
知らないだって? じゃあ、この文章は何だと説明するのだ? 僕の意識しな
い内に、おまえが文章を書けることを示している。おまえは嘘をついている。
 よって、おまえの言うことは、信用することができない。嘘をつくのならば、
もっとうまい嘘をつくことだ。
 まあ、おまえの文章は、こちらがおまえの攻撃を知る手がかりになりそうだ
から、残しておいてやる。
 それにしても、こうも早く、おまえがこんな直接的な手段に打って出て来る
とは、正直、予想もしていなかったよ。こんな直接的な行動に出られては、そ
れを押さえるのに苦労するかもしれない。ああ、憂鬱だ。
 そうだ、栗本さんのこともあったっけ。おまえが栗本さんを大事に思ってい
るだって? 紋切り型で恥ずかしい表現だが、馬鹿も休み休みに言え、だ。お
まえが栗本さんのことを思っているのが真実であれば、僕と栗本さんの仲を壊
したくないはずなんだ。僕と栗本さんの仲を認めるというならば、おまえは僕
に屈服して、今まで通りに大人しく、引っ込んでおいてもらいたいね。
 それでは、おまえからのメッセージをタノシミに待っている。

 どうした? 一日待ってやったのに、何も言ってこなかったな。僕があまり
に整然とおまえの矛盾を指摘してやったから、恥ずかしくなって、言い返せな
いのかな?
 口で返してこないのだから、当然、何か奇妙なことを仕掛けてくるのかとも
考えたんだが、それもなかったらしい。これじゃあ、拍子抜けというものだ。
 これが、このまま、あいつが大人しくなって、僕の意識の下に支配されると
いう意志表示であるならば、こっちとしても歓迎すべきことなんだが、まさか
そんなことはないだろう。
 少し、気になっていることがある。あいつは、この僕の肉体に関することの
他は、どの現象にも関与していないと言い切っている。それならば、あいつは
何故、郵便のことに何も触れていないのだろう? ここのところ、以前と比べ
ると、郵便物が減っているのは紛れもない事実であるのに……。これを、あい
つが書いていたことを嘘だと判断する根拠の一部と見なすべきか、それとも何
かの意図があってのことと解釈すべきなのか、非常に迷う。
 あいつは巧妙な性格の持ち主のようだから、これもあいつの「戦法」なのか
もしれない。つまり、わざと一つの事項を書き落とし、それに僕が気付くこと
を見越した上で、罠を張ったのだ。僕はこれについて深く考え、悩んでしまい、
精神が弱まる……というのが、あいつの計算なのではないか。
 だが、そうだとしたら、もはや何も恐れることはない。無視してしまえばい
いのだ。仮に、僕のこの考えが間違っていたとしても、悪い影響はないはずだ。
 あと、憂慮すべき問題があるとすれば、それは殺人事件のことだ。盗難の方
は、どうにでもなるんじゃないかという気を持つようにした。
 殺人は、繰り返しになるが、僕がやったことではない。あいつは生意気にも、
僕のやり方がまずかったから殺人を犯す羽目になったのだと、説教してくれた。
しかし、それは全て、あいつの失敗だろう。あいつが、自分でしたことの失敗
談をこちらに擦り付けてきただけだ。あいつこそがしっかりしていれば、僕は
下らないことで気にやんだりしなくてすんだものを……。
 とにかく、僕は殺人事件に無関係なのだ。これだけは、自分自身のためにも、
声を大にして、何度でも主張しよう。
 そうではあるが、あいつが犯人だとは分かっていても、警察なり何なりに伝
える訳にはいかないのが現状だ。だからこのまま、あいつを制圧してやるのが
一番なんだろう。僕の手でしか、あいつに裁きを下せないのだから。
 今、判決を出してやろう。判決、「おまえ」は消滅、だ。

 お馬鹿さんが、騒いでいるね。ほんの少し、こちらが答を返さないでいたら、
勝ち誇ったようにいい気になって。本当に、単純なんだから、始末に負えない。
これからいくらでも返してあげるから、よく理解しながら読むことだよ。
 まず、栗本さんのことからすませたい。私は、あなたが栗本さんにふさわし
くないと考えるからこそ、あなたをこの肉体から追い出してやろうと決めたの
だ。もし、あなたが栗本さんにふさわしければ、私も黙っていたかもしれない
ものを……。あなたの考え方は、私の考え方とは正反対と言ってもいい。そん
な人間に、栗本さんを任せられるはずがない。
 次に、私が文章を書けるということについて、説明してあげるかな。私はこ
の通り、文章を書くことで、あなたにこちらの意志を伝えることができる。そ
れは事実だ。しかし、あなたが書いた文章を消すとか改竄するとかは、私のし
たことではないと言っているのである。
 私が文章を書けるのだから、他人の書いた物を消したり改竄したりすること
もできるのだろうと、そちらは考えたのだと思う。その考え方自体は、間違い
ではない。しようと思えば、私はあなたの文章の消去・改竄も可能である。だ
が、それは可能ではある、というだけである。可能ではあるが、私はあなたの
文章をどうにかしてはいないのだ。
 可能だというだけで、私のせいにするのであれば、あの女の子を殺したのも、
誰でもいいことになりはしないか? あの子を殺すことは、物理的には世の中
のほとんど誰もが可能であろう。例えば、あの女の子の母親でも。それをもっ
て、殺人犯は母親だとするのは、暴論を通り越して、ガキのたわごとに過ぎな
いのではないか。
 再度、記そう。私は、あなたの文章に何の細工もしたことはない。これは信
用してもらうしかないのだが、今のあなたと私の間で、信頼関係を求めても不
毛というものだろうと思うから、ここでやめにしておく。
 それから、郵便物の減少のことがある。これは、「単なる書き忘れ」だよ。
このカッコをそちらがどう受け取るかは、自由である。郵便物が日に日に減少
していくことにも、私は関係していない。そんなことまで、あたしが手を回せ
るはずがないじゃないか?
 「書き忘れ」てしまったお詫びとして、郵便物の減少について、一つの解釈
を教えてあげようか。私に言わせれば、この時季になって郵便物が減少するの
は、当り前なのだ。これまでの郵便物が多過ぎたのである。それは何故なら、
あなたへの就職関係の案内・書類がたくさん来ていたからだ。郵便物が普段よ
りも多かったのもここまで、七月にもなると、会社から学生へのアプローチは
減って当然である。
 それにも関わらず、あなたは郵便物が減ったことだけに目が行き、全体の状
況変化というものを考えようとしなかったみたいだ。これを機会に、状況判断
を正しく行う能力を身につけたらどう? 自分が勘違いをしていたのに、他人
のせいにするなんていう恥をかかないようになるからさ。
 私の意に反して、厳しい言い方になってしまったかもしれないけれど、まあ、
これであなたの抱いていた疑問の一つが解消したのだから、私との戦いに集中
できるってもの。感謝してもらいたい。
 最後に殺人について話そう。盗人猛々しいじゃなくて、殺人犯猛々しいとは
このことなんだね。呆れてしまう。私が殺人をするはずないんだ。トーカルの
ことであの現場へ行き、通知を取ろうとする動機が、私にはない。つまり、私
は通知を取ったことを誰に気付かれようとも、何の心配もない。だから、その
後の女の子殺しだって、私がするはずないのである。
 以上のように、私があの女の子を殺す理由が存在しないことは、明らかなの
だ。いい加減、自分のやったことだと認めてはどうかな? それとも、自分が
やったことを忘れてしまえる、政治家全員が備えるあの便利な能力を、あなた
も持っているのかな。
 もし、あなたが自首したくなったのなら、そのときは先に私に相談するのが
いい。私としても、あなたに道連れにされて、刑務所に入るのは嫌だから、代
わりに私が罰してあげよう。あなたに倣えば、判決を下すってことになる。判
決はもちろん、「あなた」は消滅、だよ。

 ようやく、反論してきたか。よく理解しながら読んだつもりだが、分かりに
くい文章なんで、時間がかかってしょうがなかった。まあ、どうにか、反論に
はなっているようではあるが、その真偽は怪しいもんだ。
 文章云々は、もう言うまい。不毛も不毛だ。信用? 最初からそんな物、僕
とおまえの間に存在する訳がないのだ。それを今さら確かめるなんて、愚の骨
頂。おまえが認めたくないのなら、そういうことにしておいてやる。あれ以来、
文章が消されることもないみたいだしな。
 郵便物に関する解釈は、仲々面白く読ませてもらった。だが、これこそ、お
まえが言う論理を当てはめれば、全く信用できないものとなる。そういう解釈
ができるからといって、それが真実であるとは決めつけられないんだよねえ?
詭弁だ。詭弁に過ぎない。たまたま、おまえがうまく解釈できたから、それを
利用して僕を騙そうとしているんだろう。そうに違いない。
 栗本さんに対するおまえの態度は、紛い物だとしか思えない。あの人を心か
ら思っているのは、僕なんだ。
 殺人を認めて自首を? そんな馬鹿げたことができるはずないだろう。僕は
やっていないのだから。おまえがやったことだ、おまえが僕の身体から出て行
き、一人で自首したらどうだ? 嫌なら、例の連続幼女殺害事件の犯人が捕ま
ってくれれば、そんな必要もなくなるから、しばらく我慢することだな。
 終わりに宣言しておこう。僕は、おまえには負けない。決して。おまえはそ
もそも、僕が罪の意識をなくすために考え出した、想像上の生き物に過ぎない
のだ。それを図々しくも、僕を乗っ取ろうとしている。僕が、おまえなんか存
在しないんだと強く思い込めば、消えるに違いない不確定要素なのだ。これが
できないのは、例の殺人事件が決着していないからだ。あれさえけりが着けば、
僕の精神は安定する。おまえを消し去るなんて、息をするよりも極自然にでき
ることだ。そんな日が早く来ることを、心待ちにしている。

 僕は
 私は
 どうなってしまうんだ?

−続く−




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