AWC ダイイチシボウのこと <3>     永山


        
#2447/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/12/31   9: 3  (156)
ダイイチシボウのこと <3>     永山
★内容
「ルールはいつも通り」
「分かってるって」
 それから、勝負が始まったが、黙り込んだままなんてことはない。冗談を交
えた話題を飛ばし合いながら、ときには言葉の端々にはったりを利かせたり、
逆に相手の言葉から手を読み取ったりと、にぎやかにやる。
「……そうだ。栗本さん、二次面接も通ったってよ」
 荒川が言った。栗本と耳にすると、さすがに気になる。
「トーカルの二次?」
「当然。おまえの方はどうなんだ?」
「あれ、言ってなかったっけ? 二次はとうの昔、先週に結果が出ていて、通
ってるんだよ。今は最終面接を受けて、まな板の上の鯉なのダ」
「そうだったのか」
「まさか、アラシン。古い情報でもいいから、栗本さんの話題を出して、動揺
させようというのか? そんな手は通じない、通じない」
「別にそんなつもりは……。おまえがそう受け取るなら、それでもいいぜ。も
っと言ってやる。うちの大学でトーカル受けた連中、最終に残ったのは栗本さ
んとおまえの他は、一人だけらしい」
「誰?」
「えっとな、あれ? 名前は忘れちまったが、野郎だってことだ」
「ふむ。ライバルが身近に二人ってとこか」
「男二人に女一人じゃ、どっちが有利なのかな? 女は目立つけど、やっぱ、
こと就職となると……」
「うるさいな。そんなの関係ないよ。男女平等」
 そう言って、白牌を切ったら、宮沢の奴に当たられた。白と中のみだから助
かったけれど。
「早速、効果が出たようだな」
 ニヤニヤ笑ったのは荒川だ。
「今のは事故みたいなもんじゃないか。あの局面で、白が危ないなんて、分か
るもんか。それに今度は親になるんだ。注意してなよ」
 自分でも分かっていたが、必要以上にむきになって反論してしまった。ああ、
下らない。
「おい、アラシン。そっちは就職、どうなっている? マスコミとか新聞希望
とか言ってたけど」
 逆襲というつもりでもないのだが、荒川に聞いてみた。こっちの考えを察し
たか、荒川の奴、軽く笑いやがった。
「当り前だけど、大手は難しいな。筆記だけで洒落にならんくらいの知識を要
求して来る。残念だけど、地方新聞にランクを落とすつもりだよ」
「地方だって、相当きついらしいけどねえ」
「ふん、内定をもらってる強みがあるからね」
 何だかギスギスした会話のようだが、自分の手牌に集中しているせいか、さ
ほど気にならない。自分の手の内を悟られないよう、常に一定のペースで喋ろ
うとして、無理に話題を見つける奴もいるぐらいだから、こんなことはしょっ
ちゅうな訳。
「あ、ロン。当たり」
 今回は僕の作戦(?)が功を奏したか、荒川が僕に親満・一万二千点を振り
込んでくれた。
 その後も自分はつきまくり、最終的にプラスの五十三と一人勝ちした。
「こんなところで運を使っていたら、痛い目に遭うかもな。例えば、最終で落
とされるとか」
 荒川が言ったが、なに、負け犬の遠吠えだよ。
「知らないなあ。乗りに乗ってるこのまっちゃんが落とされるはずないって。
ま、次に暇なとき、相手してやるから」
 それだけ言ってから、僕は部室を出た。図書館に寄るつもりだったが、そう
いう気分ではなくなっていたのでやめにして、さっさと帰ることにした。帰っ
たら、待望の通知が来ていることだろう。

「来ている?」
 大学から帰った敏之は、期待しつつ、母親に尋ねた。だが、母は横に首を振
っただけだった。
「だめだったのかなあ」
 さすがに気弱になって、敏之は小さなため息を漏らす。それを見てか、母が
言った。
「まだ一日あるわよ。絶対に届くから」
「そうだね……」
「学校、どうだったの?」
「図書館で資料、捜していたんだ。日本語で書かれた分でいいのって、少ない
みたいなんだけど」
「大変ね。卒業論文が終わってから、就職活動、始められたらいいのに」
「そりゃその方がいいけど」
 元気なく言ってから、敏之は食卓の茶碗に右手を伸ばした。
「あーあ。テレビのニュースも、景気の悪い話題が多くて、嫌になる。チャン
ネル、替えていい?」

 何てことなんだ! 今日、学校からの帰りしな、ふっと学生課に寄ったのが、
こんな気分の悪いことをもたらしてくれるなんて……。
 別にめぼしい情報もなく、さっさと帰ろうとしていたときだった。
 就職担当の人が電話を受けていた。
「はい、お電話、替わりました。あ、トーカルの」
 そこで、僕の足はぴたりと止まり、聞き耳を立てる。誰か人の名前らしい単
語を口にしたらしいが、それは聞き逃してしまった。
「あ、そうですか。今年も一人だけ、採っていただけましたか。は? いえい
え、とんでもない。一人だけでも採っていただければ、こちらとしては結構で
す。何せ、このご時世ですから。ですが、景気が上向いてきましたら、また枠
を大きくしてくださるよう、お願いします。はい、どうも……」
 何てことだろう! 三人の内から、一人だけが通ったらしい。聞き逃した名
前が合格者なんだろう。耳慣れなかったってことは、自分の名前じゃないのか
もしれない……。それにしても今日、大学に対して連絡があったことを、どう
考えたらいいんだろう? 今日、決定して連絡をしてきたのか、それとも昨日
の内に決定を見て、通知も発送した上での連絡なのか。後者だとしたら、望み
は絶たれそうだ。
 しかも、家に帰ってきて母親に聞いたが、通知は届いていなかった。いよい
よ、これは……。
 しかし、この僕をふり落として、トーカルに通るなんて、どんな人間なんだ。
いや、栗本さんなら何とか許せると思う。だけど、もし、もう一人の男−−名
前は聞いていないけれど、そいつが受かっているのなら、信じたくない。どん
な奴なんだ。本当に、僕より優れた人間なのか? 何としてでもどんな人間な
のか、知りたい。
 そう思い立った僕は、自室の電話を手にし、荒川の家の番号を押した。あい
つなら、聞いているはずだ。
 僕は携帯電話を手に、ベッドに横になり、焦り、はやる気持ちをどうにか押
さえながら、呼び出し音が途切れるのを待った。
「はい、荒川です」
「夜分、すみません。私」
 荒川本人が出なかったので、僕は使い慣れない言葉遣いをし、名乗った。や
がて荒川真一が出てきた。
「何だ、まっちゃんか」
 相変わらず、気楽そうな声。
「あのさ、トーカルを受けてた三人目の男の名前、思い出して欲しいんだ。気
になることがあってさ」
「ふうん? 今ごろになってどうして……?」
「いいから!」
 全く、イライラする。
「分かったよ。ちょっと待ってろよ。あんときは面倒だったから確かめなかっ
たんだけど、念のためにメモってたんだ」
 荒川はそう言うと、手帳を取りに行ったのか、電話口を離れたらしい。向こ
うが戻って来るまでの時間が、異常に長く感じられる。
「いいか? 書く物、あるな?」
「準備できてる」
 僕が言い返したら、荒川はその男の名を教えてくれた。僕はしっかりとメモ
をした。
 荒川への電話を切ってから、今度は栗本さんへの電話をしようと思う。少し、
思い切りが必要だけど。

 六月二十五日、金曜日。松澤敏之は、この最後の審判の日も、自分は外に出
ておこうと思った。家に閉じ込もっていると、気分がくさくさしてくる。やら
なければならないことは、いくらでもあることだし。そう考えてのことだ。
「あ、学校へ行く前に、これ、近所に配っておいてくれない?」
「何、お母さん?」
 敏之の前に差し出されたのは、自治会報の束だった。この一角の家々に配る
物だ。
「あれ? 今月、うちが当番だったの」
「そうなのよ。お願いするね」
「分かった」
 敏之は返事すると、束を抱えた。そして自分の隣の家から一件々々、そこの
郵便受けに入れて行く。
 五分余りでその作業は終わった。ところが、家に戻ってみると、母親がすま
なさそうな顔で、
「ごめーん」
 と言ってきた。手で拝み倒す仕草さえしている。
「何のこと?」
「あの会報にこれを挟まなきゃいけなかったのよ」
 と、藁半紙でできた紙片の束を、彼女は示した。「廃品回収のお知らせ」と
記してあった。
「お願い! これも配って来て」
「いいけど……。これぐらいのことで、そんな大げさに謝らないでよ。何事か
と思ったじゃないか」
 そう言ってから、敏之はまた各家を回る。折角だから、会報に挟むように入
れ直そうと思い、さっきの会報をいちいち抜き、紙片を挟んで、また戻した。
 近所の小さな子供が敏之を見て、変な顔をしていたが、敏之の方は気にも止
めなかった。
「これでよし」
 一人ごちて、手をパンパンとはたくと、改めて家に戻り、母親に、
「行ってきます」
 と告げた。

−続く−




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