AWC          杏子の海(3)


        
#2409/5495 長編
★タイトル (MMM     )  93/12/11  15:44  (173)
         杏子の海(3)
★内容

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         (もしも私に足があったなら)

 もしも私に足があったなら
 そうしたら私、敏郎さんと海辺を歩いてみたいわ。
 手をとり合って歩いていて私たち夕陽で赫くなった水平線を見つめながら話をする
の。

 私たち夕方5時にその浜辺で会うことに約束をしているの。
 敏郎さん学校が終わるとすぐにランニング姿でやってくるの。
 私、薄くお化粧して自慢の白いドレスを着てくるの。

 私いつも約束の5分ぐらい前までには約束の場所に来るのに
 敏郎さんいつも5分ぐらい遅れてくるの。
 そしていつも走ってきて肩で息をしているの。

 風がピューッと海から吹いてくるの。
 敏郎さんの髪も杏子の髪もその風になびくの。
 髪が目に掛かって私たち髪を手で払って
 ふたたびさっきの話を始めるの。

 遠くに三味線島が見えるだろ。
 俺そこまでこのまえ泳いでいこうとしたんだ。
 友だちの水泳部のカートンという奴と。
 でもみんながやめろやめろというし
 僕らもなんだかやる気がなくなってきてやめたけど
 もしそれを実行してたら今日こうやって二人でここを散歩するなんてことできなか
ったかもしれないね。
 実行しないでよかったのかな。
 やっぱりあれは悪魔の…サタンの誘惑だったのかな。

 ……
 私たちそして抱き合うの。
 敏郎さんの躰いつも熱いの。
 そしてとっても力が強くて私身じろぎもできないの。

 敏郎さんの胸 汗でちょっと濡れていて 私の頬、その胸に思いっきり押しつけら
れるの。息ができないくらい。

 ……
 でも私たち倒れ伏すの。私たち世間の荒波にもまれて倒れ伏すの。私たち足がなく
っても倒れ伏す運命だったの。私たち。

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 私はくるくると空中を飛んでました。母の悲鳴が聞えてきます。空が青くてとても
綺麗だわ。小鳥が私と同じ高さのところを飛んでいるわ。それに車や家の屋根が見下
ろせるわ。私、鳥になったのかしら。
 私、鳥になったんだわ。躰がふーっと空中を飛んでいるもん。気持いいわ。とって
も気持がいい。私、天使になったみたい。羽が生えて私飛んでいるのかな。私、鳥み
たい。躰が軽くなってふわふわと飛んでいるんだわ。
 さっき腰のところが急に痛くなってそして『どすんっ』とものすごい音がしたと思
ったらこうなっちゃった。私、どうしたのかな。私、どうしたのかしら。
 私、道の向こうで立ち話をしている母のところへよちよちと走りだしたのよ。する
と急に目の前がまっ暗になって私は空中に飛んでたの。真っ青な空と大きな白い雲が
すぐ近くに見えたわ。
 私、どこに行くのかしら? 私、天国に行くのかしら。
 とっても気持ちが良くて私神さまの手のひらに乗って空を飛んでたみたい。小鳥が
私を不思議そうに見つめているわ。
 やがて私はふわりと落ちてゆき始めました。私の羽どこに行ったのかしら? 私落
ちてゆこうとしているわ。
『ばきゅんっ』私の頭と手足は叩きつけられて波のように跳ねました。私は意識が遠
くなって目の前がとてもまっ暗になり何も見えなくなりました。

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           (杏子さんへ)

 るるる、と朝早く電話のベルが鳴ったから誰からだろう?と耳を澄ましていたら担
任の林田先生からでした。父が出て、熱が39℃も出ていることを話していました。
僕はそっとベッドに戻り再び『熱よ上がれ。熱よ上がれ。』と念じ始めました。

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 僕が死ぬと天国へ行くのか地獄へ行くのか解んないな。たぶん両方の中間ぐらいの
ところに行くと思うよ。窓から見える網場の海の上空と海の中間あたりに漂うように
なるんじゃないかな?。そしてそこに白い天国へ通じる階段みたいな門があるんじゃ
ないかな?。

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 僕はこういう日(こういう悲しい日)ふと杏子さんの胸に抱かれることを思います
。杏子さんの胸の中、温かいだろうなあ、そうして心配でこの浜辺にゴロと震えなが
ら佇む僕の心をきっと癒してくれるだろうな、と思ってしまいます。

 杏子さんは今ごろ学校なんだろうなあ、と思います。純心のぽぷらの木の向こうで
、明るく楽しそうに授業を受けてるんだろうなあと思うと、そんなに楽しい授業なん
て受けたことのない僕には、(苦しい苦しい授業ばかりを受けてきた僕には、)ちょ
っと妬ましいほどです。
                             中二・十一月
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 本当は僕はこの浜辺に悲しげに佇まなくてはいけないのだけど、夏の残り火と言う
か、夏の青い輝く海面が僕の目を幻惑し出し、僕はいつか幸せな心地に浸っていまし
た。ゴロも辺りを呑気そうに歩き回っています。とても幸せそうです。

 この浜辺は、本当は悲しみの浜辺のはずなのに、僕の心は、何故か慰められて、磯
の香りかな、それとも細波の音かな、それとも杏子さんが車椅子にぽつんと座って寂
しげに背中を見せて海を見つめている幻影が浮かんでくるからかな、僕はいつか元気
になっていて、僕の心は晴れ晴れとしてきます。まるでこの青空や海のように。
『死なないで、敏郎さん。』
――十日ほど、熱にうなされていた。その間、ずっと心の中で題目をあげ続けていた
。調子がいいときには仏壇の前へ行って唱題したり勤行したりしていた。
 厳しい冬の十日間はそうして過ぎていった。僕の布団の下は熱でカビだらけになっ
ていた。十日後、僕はまっ白な顔で学校へ出て行った。

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 美しい湖の底に僕らは抱き合いながら沈んでいってそうしてそこはきっと白い砂に
覆われていてそこで僕らは始めてキスをするのだろう。僕らは森の中のその湖で始め
て抱き合いそして始めて口をきくのだろう。

 僕らはいつまでも抱き合いつづけるだろう
 白い砂に埋まってしまうまで…
 僕らはいつまでもいつまでも抱き合いつづけるのだろう

――(幸せなそんな日が僕らにも来たらいいのだけど、きっと来ないだろう。僕らは
ずっと孤独で、きっとそんな幸せな日は来ないだろう。)

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 窓辺を見ていると悲しげな星が一つ、また一つ、と流れていっていた。僕や杏子さ
んの涙のようだった。愛し合っているけれど会えない僕らの悲しみの涙のようだった
。

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 窓辺から君の家が見えるけど、悲しい。僕の頬には涙が溢れてきそうだ。ずっと学
校を休みつづけている僕。喉の病気のため大きな声が出なくて文化祭の劇の先生役を
できないから。
 僕は悲しく窓の外を眺めつづけている。熱が自然に39℃まで出て家の人に学校を
休む理由ができてるけど、夕方にはこの熱も平熱になるし、このまえ病院に行ったと
きも平熱になっていました。
  杏子さん、お元気ですか。僕はこのように学校を休みつづけていますけど、杏子さ
んは元気でしょう。僕は苦しんでいます。病気は熱が出るだけで全然苦しくもなんと
もありませんけど。
 杏子さん、本当にお元気ですか。僕は午前中はいつも熱が39℃まで出ています。
母が心配して店を父に任せて昼には水マクラやタオルなどを替えたり、リンゴを擦っ
たのを食べさせたりしてますけど。

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 燃える 燃える 地球が燃える そして僕の心も灰になる

 杏子さんの家を眺める風景は前面が海 そして後面が立ち並ぶ家並 その家並の間
に潜むある苦悩の魂

 僕が始めて杏子さんを見たのは夕暮れ 2階の窓辺に腰かけて口を開けボンヤリと
涼んでいるときだった。(つまり僕たち一家が現在の家に引っ越す前の借家でのこと
だ) 目の前を眩しい銀色の車椅子に乗った女の子が通りかかった。乗っているのは
ちっちゃな女の子でその女の子が両手で必死に車輪を回していた。
 車輪が回るとグルグルとどっちの方向に回っているのか解らなくなる。まるで車椅
子の上の女の子は魔法使いのようで回る車輪を見つめる僕はキラキラと輝く車輪に窓
辺から落っこちそうになったほどだった。まるで杏子さんは魔法使い テレビで見る
西洋のサーカスに出てくる魅力的な女の人のようだ。
 でも魔法を使うのは小さな五歳ぐらいの女の子。必死に車椅子の車輪を回す女の子
。
 車椅子の上で必死に銀色に輝く車輪を回す女の子は西洋人のような容貌をしている
んだなあと思った。
 道は僅かながらも上り坂だったためか女の子の表情は真剣だった。

――夜、僕は考えた。昼間見たその少女のことが気になって眠れなかった。必死に車
椅子を漕いでいたあのコ。異国人めいてとても美しかった。目がとても大きくて色が
白くて。

――あの女の子はどこの女の子なんだろう。
 そう思って僕は杏子さんを始めて見てから数日して偶然道で擦れ違ったあと彼女の
あとをつけていった。
 その女の子はこのまえと同じように僕の家の裏側から見える少し登りになった道を
車椅子を動かして登っていき始めた。
 やがてその女の子はその道を登り終えると大きな道を右に曲がってそのすぐの所に
ある家へ入っていった。表札は『野口』と書いてあった。





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