AWC お題>VISITORS −訪問者たち−(表)       青木無常


        
#2405/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  93/11/30  22:51  (189)
お題>VISITORS −訪問者たち−(表)       青木無常
★内容
 トリガーを入れて“鳴蛇”を放ちながら、チャン・ユンカイは苦々しい思いで標
的を見やった。
 血走った白眼と、さらに燃えるように朱い眼球。
 口もとから牙でも生え出ていればまだしも納得できたかもしれない。じっさいは
血まじりのよだれが、無節操にだらだらと流れ落ちているだけだ。
 ズタボロに裂けたジャンク流れの戦闘服につつまれた、中肉中背やや痩せぎすの
肉体は、ナイフひとつ身におびているわけじゃない。
 にもかかわらず、ユンカイの標的はいま、まちがいなく凶暴きわまりない野獣で、
そしてユンカイ自身はその獲物にほかならなかった。
 チチチ、とかすかに音をならしながら“鳴蛇”が床をすべる。が、時限装置が発
動するよりはるかに速く、凶悪犯は狂気に充ちた眼をユンカイの顔上に固定した。
 開いた口から赤い舌がのぞき、その喉が死をまねく雄叫びを発する、まさに寸前
のことだった。
 おしよせるようにして女は、ユンカイと、そして襲撃者との間とに乱入してきた。
 吹きつける鬼気と破れ窓から吹きこむ冷気とに顔を逆なでられて、ついにこれで
俺も最期か、とわき上がったユンカイの観念は瞬時にして当惑と――そして貪欲な
希望に変化する。
 「ルンツァン!」
 叫びつつ立ちふさがる両手を広げたシルエットに向けて、こんな際だが鼻の下さ
え伸ばしていた。はり切ったヒップラインは、そのまま好みのタイプだ。
 対して――チェンゲン・シティを崩壊の危機にさらしつつある都市破壊魔がその
顔に浮かべたのは――歓喜と悲哀、そして後悔と憎悪が入りまじった複雑な表情で
あった。
 「ルンツァン、もうやめなさい」そんな凶悪犯の表情の変化に気づいたのか気づ
かないのか、ユンカイに背を向けた女は、奇妙に冷めた口調でそう告げた。「街と
人を壊してまわったって、何も得るところはないわ。ばかばかしい真似はやめて、
とっとと戻ってらっしゃい」
 都市破壊魔は瞬時、見ひらいた目で女をにらみ、口もとをへの字に歪め、ついと
気弱げに視線をそらした。
 そして次の瞬間、鬼神の眼光をとり戻していた。
 「いけねえ!」
 切羽つまった叫びを演出しながら、その実かぎりない喜びをこめてユンカイは、
女の腰に飛びついていた。
 何すんのよ、と気の強い罵声とともに平手うちが頬を打つのと同時に、二つの
爆発が展開した。
 ひとつ。頭上――女の頭部が位置していた軌道上を、例の波動が疾りぬけた。
 音響は地味だが、視覚効果はこの上なく派手だ。ぶつ、と水泡の弾けるような、
つぶやきのような音とともに、背後の壁が泡を噴きながら溶けて蒸発。
 ぎょっと目をむく女の、奥二重の美貌に向けてチャン・ユンカイはにやりと笑っ
てみせる。ふっくらとした勝気そうな容貌もまた、まちがいなくユンカイの好みだ。
破壊魔となんらかのつながりがあるらしいが、何、そんなことは知ったことではな
い。
 そして二つめ。呆然と目を見はる美貌を、フラッシュのパルスが青白く明滅させ
た。
 パパパパ、とせわしなく閃光を放ちながら床上から跳ねあがって縦横無尽に移動
を始めた“鳴蛇”は、高低めまぐるしく変調する耳ざわりな騒音を立てながら、凶
悪犯のみならず、しかけたユンカイ自身の注意をさえ、瞬時の間ひきつけていた。
 「あれはいったい――」
 呆然とつぶやきかける女の言葉にハッと我に返る。
 ゴムボールのように不規則に跳ねまわる“鳴蛇”に対して、敵意もあらわに、お
おう、おう、と凶悪犯が叫ぶ声は、まるで獣の吠え声のように獰猛に響きわたった。
 「いけねえやな。話は後だ、いくぞ、ねえちゃん」
 叫びざま、「ねえちゃん」なる呼びかけに女が形のいい眉をきゅっと寄せるのに
もかまわずユンカイは白い手を握ってかけ出した。
 メイウ。
 一拍おいて、哀切な呼びかけが獣の声で追いすがった。
 勝気げな女の面貌に瞬時、甘酸っぱいものが疾りぬけたように見えた。が、そん
な呼びかけも表情も、わき起こる怒号にまぎれて消え去り、そして断ち切るように
凶悪な波動が逃げるふたりの軌跡を追った。
 どこをどう走ったのかもよくわからないうちに二人は、都市破壊魔の魔手により
崩れかけたビルから市街へとまろび出ていた。
 霧にけぶる街路をよろめきながら走り、ようようのことで化物の追撃はないと確
信を得てユンカイは女の手を放し、せいせいと喉を鳴らしながら膝に手を当てて体
重をあずけ、それでもおちつかずにどさりと路面に尻を落としてせわしなく肩を上
下させた。
 乳白色の夜の向こうで、樹林の間隙から天へと挑みかかるいくつもの摩天楼の光
が、おぼろな幻のように滲んでいた。女は、そんな滲む街の灯を背にしばし、無言
のままあえぐユンカイを見おろしていたが、やがて、
 「ありがとう。助かったわ」
 硬い調子で、そう呼びかけた。
 そんな女の様子にユンカイの半分ほども疲労が見られないのは、日頃の節制のち
がいかそれとも抱えている体型のバランスのたまものなのか。
 大の字に街路に横になりつつ太鼓腹を上下させるユンカイは、それでも立ち去ろ
うとする女をあわてて呼びとめられるくらいには、体力を回復させていた。
 「待ちなよ、ねえちゃん。あんた何者だ?」
 女はくるりとふりむき、瞬時ためらったあげく、歯切れのいい口調で「ウォン・
メイウ」と名のった。
 へへえ、とユンカイは鼻をならす。
 「ウォン・メイウ? もしかして、ウォン一族の人間か?」
 ユンカイの口にした、街の創始者を頂点とする一大勢力を形成する一族の名は、
女にはなんの感銘も与えなかったようだ。
 「さあ。遠い血のつながりはあるかもね」つまらなそうに言い、そしてつけ加え
る。「他に聞きたいことは?」
 「とぼけんなよ。あの凶悪犯との関係だ。そもそもありゃ、何者だ? ルンタン、
とか呼んでたな」
 「ルンツァンよ」むっとしたように女は訂正を加える。「何者、ってほどでもな
いわ。昔の知り合い。恩師なの――学生時代の。ネットワークの画面で、チェンゲ
ンを破壊してまわってるらしい犯人のショットを見て、似てると思って。たしかめ
にきたってだけ」
 「本人だったのか?」
 メイウの顔にほんの一瞬、苦しげな顔が浮かんだ。すぐにそれを無表情の下にお
しこめて、うなずいてみせる。
 「たぶん、ね。あそこまで凶悪な雰囲気じゃなかったけど。でも、強烈なオーラ
をつねに発散している、という点では今でも、あのころのままだわ」
 ふん、と鼻をならしながら、ユンカイは苦労して巨体を地面から引きはがした。
 半身を起こした姿勢で大きく息をつき、そしてメイウの顔を真正面からのぞきこ
む。
 「つきあってたのか?」
 「まさか」
 メイウは眉根をよせつつユンカイをにらみつけた。ふふんと下卑た笑いを浮かべ
てウインクをしてよこすのを、けがらわしいものでも目にしたかのように、鼻頭に
しわをよせる。
 「なら、いい。だが、あんた明らかに重要参考人だ。署につきあってもらうぜ。
いろいろ聞きたいことがある」
 「あんた刑事?」
 呆然と聞きかえすメイウに、せいいっぱいの苦みをきかせてユンカイはにやりと
笑う。
 「うそよ。ふつう刑事なんて、単独行動はしないはずだわ。あんた一人だったじ
ゃない」
 「団体行動が苦手なのは事実だがよ。残念ながら最初から一人だったわけじゃな
い。相棒はあの化物に、煮立てすぎたスープにされちまったんでな」
 「化物だなんて、言わないでよ」
 弱々しく抗議するのは無視して、ユンカイはよっこらしょっと声をかけつつ立ち
あがる、という重労働を珍しくも一息ですませ、メイウに向けてぽちゃぽちゃした
手をさし出した。
 「さあ、デートとしゃれこもうかい、お嬢ちゃん」
 「悪いけど、もう二十五だわ」
 ため息のように告げながらさし出された手は無視して、メイウは先にたってとっ
とと歩き出した。ユンカイは手のやり場に困って後頭部にあげつつ、肩をすくめて
みせる。
 霧のただよう街区をこえて坂をのぼると、丘の上からは半分近くが炎につつまれ
た都市が、おぼろなヴェールをゆらめかせながら狂おしく燃えつづる地獄の光景が
一望のもとに見おろせた。
 「あれをルンツァンがやったの……?」
 質問よりは確認の口調で、メイウはきいた。
 「ああ。どうも分子振動か何かの作用らしいがな。郊外のエネルギー変換所をぶ
ち壊していきやがった。あとは芋ヅル式に被害の拡大って奴さ。わざと、かどうか
は知らんがね」
 「パニックにおちいった暴徒の作用を無視してるわよ」面白くもなさそうにメイ
ウは口にする。「分子振動、ね。ルンツァンがサイを使えるとは知らなかったな」
 「記録上じゃシェン・ルンツァンの知覚度は並程度だ。あれだけの強力な力を隠
しとおせるものじゃないし、機械的なブーストだろうな。仕込んであるのは、たぶ
ん喉だ」
 「ちゃんと把握してたみたいね。彼のこと」
 冷たい口調でいうメイウに、ユンカイはなれなれしく肩を抱き寄せてぽんとたた
いた。
 「推測だよ。あの凶悪犯がシェン・ルンツァンだという証拠は見つかっていない。
今も、な」
 抗議するようにメイウは目をむき――あきらめたように吐息をつきながら、ユン
カイの手を軽く払いのける。そして、言った。
 「同行は拒否するわ。強制する権限はないはずね?」
 「無理やりつくるって手が、ないわけでもないぜ」
 「ナンパのしかたとしちゃ、最悪だわ。セールスポイントがあれば別だけど」
 挑むような、蔑むようなウォン・メイウの視線に、ユンカイは哀しげに顔を歪め
てみせた。
 「つれねえなあ」
 「また今度、ね」
 唇の片端を歪めながら冷たくいい放ち、メイウは踵を返す。
 おーい、と途方にくれたような呼びかけを、間をおいて二つほど投げかけた後ユ
ンカイは、がらりと調子をかえた低い声音で「コール。バンク“ルキ”」とつぶや
いた。
 内耳に仕込まれた通信プロセッサが、リンク、と返答する。
 「照会、名まえ=ウォン・メイウ。女性。年齢二十五。シェン・ルンツァンは、
学生時代の彼女の教師。深度Bで出力」
 解答が返るまでに、数秒のタイムラグがあった。警察専用記憶バンク端末“ルキ”
システムにしては異例の反応のにぶさだ。が、その理由はすぐにわかった。
 『該当者なし』
 つまり、入力した情報になんらかの虚偽が含まれている、ということらしい。
 瞬時黙考し、ユンカイはふたたび口を開く。
 「照会、名まえ=ウォン・メイウ。女性。年齢二十五。深度B」
 『五名。待機』
 ち、と短く舌を打ち、
 「現住所、シティ・レベル」
 『マウシャン、機密、カイアン、チェンゲン、チェンゲン』
 ちょっと待てよ、と思わずつぶやくのへルキ・システムが律儀に、待機、と返答
を告げたよこす。
 「ふたつ目だ。詳細情報をよこせ。深度S……いや、いい。命令を撤回する。カ
ットオフ」
 深度S、すなわちチャン・ユンカイが現時点で、上司の許諾を得ることなくひき
だせる最深レベルである。命令を撤回したのは、現住所レベルの情報でさえ秘匿さ
れている以上、深度をどれだけ深めようと結果は同じであることに気づいたからだ。
 かわりに本庁を呼びだし、上司にメイウとの邂逅を手短に要約して告げ、探索を
依頼するとともに応援を要請した。こちらの方も情報はさほど期待できそうにない。
手ばやく切り上げ、もうひとつの心あたりにコールする。
 『はい、リン商会です』
 どこがどう、というわけでもないが、応対する声調がどうにもうろんに聞こえて
しまうのは、ユンカイが相手の正体をつナ6ゥんでいるばかりでもなかった。
 地下世界に棲息する輩は、その物腰にも雰囲気にも、言葉にさえ独特の臭気をに
じませている。
 「俺だ。チャン・ユンカイだ。ひさしぶりだな」
 よう、とリン・ティエンロンは応えた。
 『あいかわらず、下卑た声してやがるな。ちっとはダイエットしてるのか? あ
ん?』
 軽口にはとりあわず、ユンカイは急いた口調でシェン・ルンツァン、そしてウォ
ン・メイウの名を告げた。
 やや苛立ち気味のユンカイの口調に、非合法情報バンク・リン商会の主催者にし
て唯一の構成員リン・ティエンロンはフン、と鼻をならして笑う。
 『ずいぶん余裕がねえな。シェン・ルンツァン? ははあ。火事場にかり出され
たってわけか。けど、ちょいと値がはるぜ』




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