AWC      クリスマスに死す


        
#2404/5495 長編
★タイトル (MMM     )  93/11/29   4:55  (200)
                  クリスマスに死す
★内容

                          (町の大気は性欲の匂いに満ちている…)



 死のうと思った。
 今夜ステラのビルから飛び降りて死のうと思った。
 君の黒い大きな目はあまりに非情だった。
 クリスマスイブの夜に偶然現れた君の瞳は。


 すでに暗くなりかけたクリスマスイブの日、ステラの前の歩道を僕はランプが青に
なるとともに鳴り渡る音楽とともに歩いていた。ステラの前で待ち合わせをしていた
。もうみんな来ていて一つ後輩の池田が笑いながら『遅かったですね。』と愛想よく
言っていた。
 暢気な僕は30分前まで家で暢気にしていて30分前になった頃急に仕度を始めて
XE50に乗って浜の町まで来たのだった。約束の時間を5分ほどオーバーしていた
。
 クリスマスイブの慌ただしさと闇が辺りを包み込もうとしていた。


 僕はステラの前で今日合コンする女の子たちを待っているとき、何年ぶりだろう、
君にそっくりの女性が歩いてきて僕らの横を通り過ぎたことをもう薄暗くなった人混
みの中で朧ろに気づいた。僕は君が通り過ぎたのだと思っていた。そして君ではなく
て君によく似た女性をクリスマスイブの夕暮れだから見まちがったのだろうと勘違い
をしていた。そして僕は君がステラの前に留まり続けていることを一分ほどしてぼん
やりと辺りを見回したときに気づいた。でも僕は君ではないと思っていた。僕はまだ
君に似た別の女性だと思っていた。
 やがて僕らが丸山のファニービーチへ向かって歩き始めたとき、僕は何度か振り返
って君によく似ていると思っていた女性が僕らと同じ方向に歩いているのを知って不
思議な気がした。僕の頭は夕暮れであることもあって朦朧となってきていた。それに
人混みがますます僕の頭を朦朧とさせていた。


『夢のような…夢のような話ね…。』
『ええ、でも僕は君を好きでした。中学3年の頃からずっと…。僕はひたすら君を思
いつづけてきました。そしてようやく君のことを忘れかけていたこの大学二年の冬に
君と偶然巡り会えるなんて。運命の…不思議な導きのような気がしてなりません。
 君は僕をいつまで苦しめつづけるのでしょうか。僕は君ゆえに浪人までして目指し
ていた九医を蹴って毎日君と会えるようにと長医にしたほどです。そして大学に入っ
てまもなく僕は九医に行ってれば良かったとものすごく後悔するようになりそして僕
の胸の中は怒りと不満で煮えたぎるようになっていた。そして僕はすでに大学一年の
とき教養留年が決ってしまった。君ゆえに…本当に君ゆえに僕は人生の歯車を狂わし
てしまったのかもしれない。』
 クルマは蛍茶屋の坂を登り始めようとしていた。思い返されてくる僕が高校三年の
とき(菊池さんが高校一年のとき)毎日同じスク―ルバスで通ったこと。なぜかいつ
も僕が座っているところの横に彼女が立っていて僕はとても幸せだったことを思い出
していた。
『過去とは…そして未来とはいったい何なのでしょうか。僕は過去とそして思い出と
を別々に考えていたのです。僕は過去を美しく塗り替え、そして楽しい思い出に浸っ
ていました。僕は幸せでした。今日、君と出会って僕の思い出がすべて僕の空想にし
か過ぎなかったことを知るまで…。僕の築いてきた空想の中の美しい思い出は音をた
てて崩れ落ち、僕は崩れ落ちた僕が今まで住んでいた美しいお城の瓦礫を前にして茫
然と立ちすくんでいるようです。僕は今日、君と出会わなかった方が良かったようで
す。君と今日出会ったことによって僕の胸の中の空想の美しいお城は崩れ落ちてしま
いました。僕の胸の中の美しい思い出はすべて僕の空想だと知ることによって。』
 クルマは本河地の水源地の横を走っていた。菊池さんは丸い大きな瞳で僕を見つめ
て鉗いた。午後11時のタクシーの闇の中で菊池さんの瞳は満月のように輝いていた
。
『中三の頃…僕は中三の頃から君を好きでした。小学校の頃、家がすぐ近くだったか
らあのときから僕は君を好きでした。でも中三の頃、君が中学一年でよく学校で君の
姿を見かけるようになりました。秋のことでした。それまで僕の心は君のほかの女性
に傾いたり迷っていました。でもたしか11月か12月頃から僕の心は決定的になり
ました。ときどき廊下などで見かける君の大きな瞳と姿。小学校の頃から君の姿は2
つ年下の理想の女の子として常に僕の5本の指の中に入っていました。でも学年が違
うためもあって君のことは半ば夢想めいた僕の理想の女の子として位置しているだけ
でした。でも廊下などでときどき見かける君の姿の美しさは僕が中三の12月頃に決
定的に僕の心を支配してしまったのです。そしてそれから何年経ったでしょう。高校
時代も君の存在は僕を支配しつづけけてきました。高校一年、二年とほとんど君の姿
を見ることはありませんでした。また高校一年のとき同じクラスの女の子に少し恋焦
がれたときもありました。でもそのときでも僕は君のことは忘れてはいませんでした
。君のことは僕の理想の女性像としてそのときでさえ僕の胸のなかにありました。
 高校二年、このときは空白の時でありました。僕は勉強に燃えてましたし毎週魚釣
りに行ってました。同じクラスの女の子から少し好かれたこともありましたが付き合
うまでには至りませんでした。
 高校三年のとき、あの桜の散り尽きようとしているとき、君がスク―ルバスに乗っ
てくる姿を見たとき、久しぶりに見た君の姿を見て僕の心は大きく揺れました。それ
から一年間のスク―ルバスはどんなに楽しかったことでしょう。結局一度も君とは口
をききませんでしたけど、勉強に明け暮れていたあの一年、僕は毎朝君の姿を見るこ
とができてどんなに慰められたことでしょう。とくに高校三年の後半は吃りがとても
ひどくなってほとんどろくに口もきけなかった僕でしたけど毎朝見かける君の姿はそ
んな僕の心を慰めていてくれました。』
(クルマはもう御洗水の大きなカーブ曲がりトンネルの入口にさし掛かっていた。菊
池さんは無言でつっかえつっかえながら喋る僕を大きな瞳で見つめているきりだった
。)
『浪人の頃…浪人の頃僕は君を2度ほど見かけたでしょう。一度は8月の頃だったと
思います。いつも駅前のターミナルから急行バスに乗っていた僕は君がクラブの帰り
か補習の帰りか諏訪神社前のバス停に一人で立っているのを見かけました。でもその
ときはほんの一瞬で僕は幻を見たような感じがしたほどでした。そしてもう一回、今
度は10月のおくんちの8日のことでした。僕は今度はじっくりと君を見ることがで
きました。夕方でした。僕がいつものように図書館で勉強しての帰りでした。バスは
止まりました。そして諏訪神社前のバス停に一人で立っているあなたの姿を今度は充
分に見ることができました。
 そしてその夜か次の夜ぐらいに僕はあなたに3度目の手紙を…ラブレターを書いた
のでした。
 今も焼き付いています。浪人の10月8日に見たあなたの姿は…。寂しげに一人ぽ
つんと立っていたあなたの姿は…。そしてそれから僕は今日まであなたの姿を見かけ
ることはできなかったのです。大学に入って2年目の今日まで…2年2ヶ月余り僕は
君を見かけることはできませんでした。そして僕はもう君のことを少年の頃の美しい
思い出として忘れかけようとしていました。僕は今日、合コンに来なかったら良かっ
たのです。そうしたら…そうしたら僕は君のことを少年時代の美しい思い出として死
ぬまで永遠に胸に中に秘めておくことができたのです。僕は今日来なかったら良かっ
たのです。』
(僕は泣き出す寸前だった。クルマはトンネルの中に入っていた。トンネルの中のラ
イトが俯く僕と大きな瞳でじっと見つめている菊池さんを照らしだしていた。)
(クルマはトンネルから出ようとしていた。僕は俯いていた顔を上げ、菊池さんを見
て半ば微笑みながら今までのことを水に流して諦めきったというふうな…別人になっ
たような様子で喋り始めた。)
『小学校の頃のことを憶えていますか。僕とあなたが初めて喋ったときのことです。
あれは僕がまだ日見市場の2階に住んでいるときのことでした。僕がたぶん小学校六
年生の頃だったか…いえ、もしかしたら僕がもう中学生になっていたときのことかも
しれません。僕があなたの店にカメラの現像を頼みにいったときだったと思います。
僕が『ごめんください。』というとあなたが出てきました。そしてあなたは僕にこう
喋りかけました。『高見敏郎というのでしょう。市場の2階に住んでいるんでしょう
。』
 フィルムを袋の中にいれながらカウンター越しにあなたの姿と声は今でもはっきり
と憶えています。そして僕はあのとき初めてあなたの口元の大きなホクロに気が付き
ました。そして僕の学年にはそれに一つ下の学年にもとても居そうにないほど美しく
て魅力的な女の子のあなたのことを僕はしっかりと胸に焼き付けました。』
(クルマはトンネルを出ていった。そうして僕と菊池さんが育った日見が眼下に見降
ろせる所に来た。)
『僕はたしか小学校三年ぐらいのとき、夕方二階の窓辺に腰掛けて外をぼんやりと見
ているとき、市場の横の少し登り坂になっている道をあなたがミニスカート姿で歩い
ていっているのを見たのが最初だったと思います。目がとても大きくてそのミニスカ
ート姿がとてもとても美しくて…。
 それ以来僕はあなたを二つ年下のとても美しい女の子として…僕の理想の女の子と
して僕の五本の指の中にいれたのでした。思い出せばあの頃は辛い毎日でした。僕の
家の店は夜逃げ寸前でどうにかやりくりしていて家の中では父と母の喧嘩が絶えませ
んでした。そして僕は学校で蓄膿症のことで毎日とても苦しんでいました。八方塞が
りだと思いました。そして僕は小学三年の二学期から自ら進んで創価学会のお祈りを
始めたのでした。小学三年の一学期には4から2までしかなかった通信簿の点数が二
学期には一気に5から3までに上がりました。たしか合計で5つぐらいも上がったと
思います。
 僕が小学四年の頃から僕の家の店は次第に順調になっていきました。そして僕が中
一の11月3日に今の家を建てて引っ越したのです。』
(クルマは芒塚の道を大きく曲がりながら下っていっていた。僕はもう菊池さんの方
を見ていなかった。ただ淡々とクルマの前に広がる自分が小さい頃から育った懐かし
い日見の町を見降ろして喋っていた。)

 僕は幸せでした。中学・高校と、そして一年間の浪人のときと大学に入ってからの
2年近く、あなたの面影を僕はずっと抱き続けて毎日を…苦しい病気との戦いとの毎
日を…耐え抜いてこられたのだと思います。
 あなたの美しい面影は孤独や苦しみの中にある僕に勇気を与え続けてくれていまし
た。浪人の頃、2回見たっきりでそれ以来見ていなかったあなたの姿。21歳になっ
たばかりのクリスマス・イブの夜にあなたと出会えた僕は幸福者なのかもしれない。
悲しくふられてしまった僕だけど…。
 高校の頃、厳しい嵐のような日々の連続のなかで、高一、高二と僕は君をたしか一
度も見なかったと思います。ただ一度だけ、疲れ果てて帰っていた学校帰り、日見公
園の前に誰かを待っているように立っていたーーーーそれも美しく化粧して、そして綺麗
な暖かい服を着て----女の子の姿があなただったと錯覚したようなーーーーそれとも本当
にあなただったのか----孤独な僕には解りませんでした。
 高三の後半からは喉の病気のことで腹綿の煮えくり返りそうな毎日が始まりました
。高三の前半、本当に楽しかった。毎朝君と同じスクールバスに乗れているだけで僕
は幸せでした。高三の後半、僕はこの喉の病気に罹らなかったら中三の頃から女の子
と付き合えてて、そうして幸せな四年余りの日々を送れたのに…と思っていて毎日悔
しくて腹綿が煮えくり返りそうで、またそのためもあってその悔しさをバネに、『自
分と同じような病気で苦しんでいる人たちを救ってゆくんだ。』と思って勉強に懸命
に打ち込みました。そしてストレスが溜って、高三の後半はものすごく吃りがひどく
なって友だちとも学校帰りなんか喋れないくらいでした。でも僕は栄光が近かったか
ら----医学部にもうすぐ入れる。それに、僕は九大の医学部に行こう。僕は英雄にな
るんだ。みんなからチヤホヤされたい。----  僕の心はもう医者を目指し始めたと
きの純粋な心から、もう自分の野心のための勉強へと変わっていました。そしてたし
か毎日のように勤行・唱題のとき、『野望でなくって、僕と同じ病気で苦しんでいる
人のため。』と心を変えるように反省しながらも、やはり半分は野心のため、そして
半分は医者を目指したときの純粋な心で勉強をしていました。
 君の姿…。そして君を含めた日見中出身の7人の二つ年下の可愛い女の子の姿は、
一度も喋ったことはなかったけれど、その頃の辛かった僕を慰めてくれていました。
もし君たちがいなかったら僕はもう発狂していたかもしれない、と思っています。
 幸せだった…。あの頃は…。栄光を夢見て幸せだった…。君たちの姿を思い浮かべ
ながら僕は必死になって勉強していました…高校三年、そして浪人の頃と…。
 でも挫折するなんて、こんなに挫折するなんて思ってもいなかった。僕は高校三年
の終わり頃、頭がおかしくなってしまった。頭がおかしくなるのがあと十日遅れてた
ら僕は現役で九大医学部に入れてて、中学・高校と喉の病気などで苦しみ抜いてきた
ことがかえって僕にとってプラスとなったのに、と思って…
 あと十日…あと十日遅れていたら…。僕はあまりに勉強し過ぎたし、お祈りもし過
ぎた。



                         菊地さん

 一度でいい
 君が僕に抱かせてくれるなら
 僕は君につきまとうことをやめよう
 一度でいいから抱かせてくれたら
 僕の少年の頃からの夢はかなえられて
 そして僕の過去はさくらんぼのように実を結び
  僕は自分の過去に笑みをたたえて手を振るだろう

 僕は少年の頃から 毎晩君の躰を夢想してきた
 君の 彫像のような肉体を 毎晩のように夢想してきた
 テニスをしている君の肢体のことを また 小学校の頃 毎日のように網場プール
に泳ぎに来ていたあの濡れた水着姿のことを あの胸のふくらみを 夢想していた

 僕には昨夜すぐ近くで見た君の 腰に巻いてあるスカートとそれの内側にある肉体
のほのめき タイツに包まれた肢体の肉感 水割りを造ろうとするときの腰の肉感
それはほかの女性と比べものにならない最高のものだった ああ僕にはそれらが再び
視覚となって蘇ってくる 思い出されるその視覚が憎い 憎くてたまらない

 だから一度でいい 一度でいいから君を僕の胸の中に抱きしめて そしてできれば




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