AWC お題>VISITORS −訪問者たち−(裏)       青木無常


        
#2406/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  93/11/30  23: 4  (195)
お題>VISITORS −訪問者たち−(裏)       青木無常
★内容
 「うるせえ。見あうだけの代価は払ってやる。とっとと教えろ」
 代金が先さ、と告げる前にリン商会主人は、ぷう、と煙草の煙を吐く音をわざと
らしく回線に通してよこす。
 くそ、と毒づきざまユンカイはチェンゲン署独自のルートで仕入れた重要情報を、
順に語り出した。
 三つまでしぼり出されてようやくのことでティエンロンの『まあいいだろう。あ
んたには世話になってることだしな』というセリフを引きずり出した。
 「なら、出しおしみしてねえでとっとと教えろ」
 なかば罵倒気味にそう告げるのへ、
 『いいだろう。軍とウォン・ファミリー、それに政府にも関係がある。どれから
にする? もっとも、ぜんぶってわけにゃいかねえが、よ』
 「二人の関係からだ」
 と答えた。
 あきらめまじりの苦笑が返る。
 『あいかわらず勘が冴えてるじゃねえか。それとも、ウォン・メイウみたいな女
があんたの趣味かい?』
 勘だよ、とぬけぬけと答えようとした矢先――
 野獣の声が、下方から長くながく、響きわたってきた。近づいてくる。
 「いいから早くしろ!」
 飛びあがりざまわめき、同時に走り出した。すぐに息が切れはじめる。
 フン、と内耳のシステムがリンの歪んだ笑いを中継し、
 『同一人物だよ』
 とんでもない情報を、付与してのける。
 眉根をよせ、唇を歪め――ユンカイは息をあえがせつつ走りながら、目をいっぱ
いに見ひらいた。
 「クローンかよ! かなり完璧だったぜ。見たとこ、劣化もなかったぞ」
 『クローナル・エイジングを防ぐ技術なら、十年も前にドクター・ヤハンの後継
者とアッシャ・グループが共同で軌道にのせてるぜ。たぶん、ウォンのだれかが相
当な金とコネを使って、その技術を買ったんだろうさ。おっと、こいつァ安売りの
しすぎだったかな』
 「まだ代価に見あってない。ぜんぜん、な」
 ぜいぜい喉をならしながらも、ユンカイはそうわめきかける。
 リンの返答が耳にとどく前に、風が背後で逆まいた。
 アイヤー、と短く嘆いて街路樹に背中をあずけ、あきらめの表情で背後をふりか
えった。
 ため息をつく。瞳が獣のように赤光を反射するようになるのは、最凶最悪のドラ
ッグとしてその名も高いルインの副作用だ。度をすぎたハイテンションの凶暴性は、
シェン・ルンツァンがかなりヤバいラインに達していることを明白に証明している
ものの、デッドラインまでにはもう一山、こえなきゃならない。
 何より、特定の声調に反応して放つらしい、音声増幅による指向性分子振動器。
 「もう、かんべんしてくれよ」
 うんざりしたように泣き言をのべるユンカイにリン・ティエンロンが応ずる間も
なく、あわてて身をふせた肥満体のすぐ右側方で浮遊点滅する広告機械が、融解し
て塵と化した。
 『とりこみ中らしいな』この期におよんでリンの声が脳天気なのは、あきらかに
脅威に対してまったく無関係だからだ。『またにした方がいいんじゃないか? ま
あ生きてたらの話だ、てのは言うまでもないか』
 うるせえ、縁起でもねえ、と罵詈を口にする暇もなかった。
 ふり立てた爪で踊りかかりつつ、都市破壊魔の世界を穿つ吠え声が毬のように逃
げまどうユンカイを執拗に追いまわす。道中ようようのことで弾丸補給を終えたハ
ンドガンも、まったく威力を発揮できないまま再び腹の中身をすべて吐き出してし
まい、後は殺されるのをただ手をこまねいて待つだけだ。冗談じゃなく、ユンカイ
は泣きたくなってきた。
 「やっぱ、もうダメかな」
 あえぎながら気弱げに言うのへ、リン・ティエンロンが息を飲む音が伝わる。チ
ャン・ユンカイが暗黒街で勇名をはせているのはひとえに、そのしつこさと往生際
の悪さゆえだった。
 『あんたらしくない。あきらめの悪さをのぞいちまったら、あんたの取り柄なん
ざ……あとひとつ、か』
 言い終えぬうちに、残りひとつの取り柄が、発揮されていた。
 悪運の強さが。
 「ルンツァン!」
 どこか悲痛な響きを内包した叫び声が、援軍の到着を告げるファンファーレだっ
た。
 びくり、と硬直した凶悪犯の反応は、ルイン服用者にはまずあり得ないはずのも
のだった。まして、末期症状の野獣化がはじまっている人間が、おそるおそるふり
向くなどという話は、ユンカイはいまだかつて耳にしたことさえない。
 「見苦しいよ……ルンツァン」
 言葉の内容とは裏腹に、どこか優しげな、抱きしめるような響きのある呼びかけ。
 炎のように立ちこめていた狂気のオーラが、瞬時ゆらいだような気がした。
 クローンの意識共鳴が、その原因なのか。
 答えは見出せないまま、ユンカイはハンドガンの弾倉を開き、エネルギーカート
リッジを入れかえた。ぶるぶると指先が景気よく震えまくっている。毎度のことな
がら、己の臆病さに嫌気がさした。だれしも英雄を夢見、そして果たせずに日々を
やり過ごしている。
 スライドする音を聞きつけたのか、あるいは共鳴効果を地獄のドラッグが凌駕し
たのか、彫像と化していたシェン・ルンツァンの姿がふいに、かすんで消えた。
 「糞がよ」
 泣き声まじりに罵声を発しながら、かまえた銃口をさまよわせる。
 『シェン・ルンツァンがオリジナルだ』パニックに陥った脳内に、リンの事務的
な声がうつろに響いた。『半世紀近く前のクラニスバード暴動の時点では、カウナ
ス・マドゥの傭兵部隊に所属していたらしい。訓練教官もかねてたって話だから、
かなりの手だれだったんだろうな』
 そのかつての手だれとやらも、今は完全に狂人と化して縦横に宙を飛びかいなが
ら着実にユンカイを追いつめにかかっている。
 やみくもに銃のトリガーをしぼりつづける。このままではみたび、撃ちつくして
立ち往生になりかねない。だが他に、ルインに増幅された獣人の突進をまがりなり
にも牽制できる手段は、ユンカイには一切なかった。
 「ルンツァン、やめなよ、もう!」
 同じ細胞をわけた女の呼びかけにも、もう答えるどころか躊躇ひとつ見せはしな
い。
 『コピーは全部で五体。ほう、ぜんぶ女性形だな。このへんの理由は、俺の方じ
ゃつかんでないよ。残念だったな』
 「それどころじゃねえよ!」
 内耳に見えぬと知りつつ横目をおくり――代償に、襲撃者を見失った。
 『じゃ、やめにするかい?』
 こんな際にさえ嘲笑的な問いかけに答える余裕もなく、ユンカイは呆然と四方を
見まわす。どこにもいない。
 ウォン・メイウもまた、兄弟を見失ったらしい。
 目を閉じ、虚空に向けて耳を傾けてでもいるかのように、うつむき加減にじっと
たたずんでいた。
 くそ、と小さく毒づきながらユンカイは懐に手をやると、最期に残った“鳴蛇”
のトリガーをひねり、そして呼びかけた。
 「いいや、つづけてくれ」
 あきれたような笑い声が短く響きわたり、リン・ティエンロンはふたたび口を開
いた。
 『さっきの代価じゃ、売れる情報はさほど残っちゃいないがね。五体のうち、ウ
ォン姓を与えられたのは三体。ウォン・メイウは実戦経験は皆無らしいな。てこた、
初陣でルインに増幅されたオリジナルを相手させられてるってことになるか。ずい
ぶんと残酷なしうちだよ、なあ』
 フン、とうなりながらユンカイは、目を閉じて消えた兄弟の気配を必死にまさぐ
るメイウをじっと見つめた。
 能面に隠された苦悩を見出して、残酷なしうちはそれだけじゃなさそうだがな、
と一人ごちた。
 『売れる情報はこんなところだな』
 宣言して回線を切ろうとするリンに、ユンカイはあわててもうひとつ、と呼びか
けた。
 「奴がこんなんになっちまった理由だ。カウナス・マドゥの軍をやめてから今日
までタイムラグが三十年、てのはこっちでもつかんでる。知りたいのは、その間、
何があったか、だ」
 『出血大サービスになっちまうな。残念ながらその期間のことはあまりくわしい
がいないな。むろん、連中の教官はシェン・ルンツァンだったんだろうさ』
 「ありがとうよ。また頼むぜ」
 『またがあればな』
 憎まれ口とともに音声はとぎれ、静寂が回復した。
 ――否。
 完全な静寂、とはいかなかった。
 おしころした息づかいに、ユンカイはふりむく気分にもなれなかった。
 じゃり、と地が鳴り――同時に、正対したメイウが、カッと目を見ひらいた。
 銃をぬく動作さえ見えなかった。ポイントされた銃口の射線上に自分が乗ってい
ることに気づき、考えるより速く身体が反応していた。
 危険をかぎわける鼻のききには自信ないでもなかったが、背後に立ったもと傭兵
教官のほうが、反応は数倍速かったようだ。
 あやうくかすめ過ぎた銃撃をはるかにおきざりにして、シェン・ルンツァンは身
をひねりざま立ちあがり、ぶざまに地べたにはいつくばったユンカイがようようの
ことで顔をあげた時にはもう、裂けるほど開ききった口を脂ぎった肥満体に照準し
終えていた。
 その反応速度なら、ユンカイを蒸発させてなお、背後にしたメイウの二撃を避け
て攻撃に移ることさえ容易だったかもしれない。
 それほどの相手を前にして、なお間の悪いことに――“鳴蛇”がその瞬間、凶悪
犯の背後、ユンカイと、そしてウォン・メイウの視線上で派手はでしく音を立てな
がら明滅を開始したのだ。
 認識−反応のタイムラグはどれだけ訓練しようとゼロにできるものではない。そ
れを逆手にとっての、敵の注意を引きつけてその動きを停めさせるための道具が
“鳴蛇”だ。が、今の場合は仕掛けた本人とその救助者たり得る人物の視界内で作
動している。完全に逆効果だった。
 跳ねまわる明滅に瞬時目を奪われ、ハッとして硬直から解放された時、すくなく
ともチャン・ユンカイはまちがいなくシェン・ルンツァンに殺されているはずだっ
た。
 それが、われにかえったとき、都市破壊魔はなおも惚けたように焦点のさだまら
ぬ目を、虚空にさまよわせていた。
 共鳴か――と納得するより速く、ほとんど反射的にユンカイは銃をあげ、トリガ
ーをしぼっていた。
 黒焦げの穴が、瞬時の呆然に老人の容貌を垣間見せた凶悪犯の腹部に穿たれた。
 がぼ、と血を吐きながら、薬に侵された都市破壊魔は憎悪の双眸をとり戻してユ
ンカイを睨めあげつつ、爪をふりたてて突進してきた。
 分子振動器を作動させるべく叫ぼうとするのだが、血玉が口腔内からあふれ出る
だけだった。それでも、ルインに増幅されたスピードと力とは、ユンカイの太鼓腹
などたやすく引き裂けるだろう。
 やみくもにトリガーを引きまくったが、エネルギー切れで反応はなかった。
 ふりかえる余裕もないまま後ろ向きに後退し、すぐにつまずいて倒れこんだ。
 それに命を救われた。
 ど、と、何やら内容物をまき散らしながら野獣の凶相は額に穴を穿たれ、倒れこ
んだユンカイを勢いだけで踏みつけながらなおも突進し、そしてばたりと崩れ落ち
た。
 それきり、ぴくりとも動かなくなった。
 ぐえ、と耳ざわりな声を立てて半身を起こしたユンカイは、奇跡を信用しきれず
に疑わしげに倒れこんだシェン・ルンツァンの屍体を眺めやり――そしてゆっくり
と、ふり向いた。
 頬にわずかに紅潮の気配が残っているほかは、メイウは殺戮の名残を一切とどめ
ぬ無表情で銃を降ろし、懐の内部にしまいこんだ。
 ユンカイとちがって、指先も震えてはいなかった。
 ちらり、と肥満漢に一瞥を投げかけ、くるりと踵を返す。
 その背へ、
 「よお」
 とユンカイは声をかけた。
 背中が立ちどまり、しばしの逡巡を演じた後に、ついとふり向いた。
 「何があったんだよ。その――あんたの、知り合いに、よ」
 しばらくの間メイウは、無言のまま無表情にユンカイを眺めおろしていたが、や
がて静かに口を開いた。
 「ジャングルに帰りたがっていたわ。たぶん、人の間にいることが苦痛だったの
ね。でも――帰る場所さえ、喪失していったのよ。ゆっくりと、ね」
 口をつぐみ、そして見つめる。
 瞼を細めて見かえし、そして静かに、視線をはずした。
 「時間か? 都市か? 奴を殺したのは」
 愁眉を開き、メイウは一瞬、驚いたように目を見ひらいた。
 そして二重の瞼を、あきらめたように細めながら口を開いて何かを言いかけ――
かすかに笑いながら、力なく首を左右に、ふるってみせた。
 「最悪に、似合わないセリフだわ。刑事さん」
 瞬時、チャン・ユンカイの愛嬌のある肥満顔が、いかにも哀しげに歪んだ。が、
すぐに憎々しげに口を歪めて「フン」と鼻を鳴らすと、口を開いた。
 「聞かせてやるよ。もっと似合わないセリフを、今晩いくらでも、よ」
 晴れはじめた霧の底で炎の街を背にして二人は、どちらからともなく、唇の端を
歪めながら笑いあった。
                                  (了)




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 青木無常の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE