AWC 一遍房智真 魔退治遊行 発心    西方 狗梓


        
#2389/5495 長編
★タイトル (ZBF     )  93/11/25   4:16  (192)
一遍房智真 魔退治遊行 発心    西方 狗梓
★内容

一遍房智真 魔退治遊行−発心−  西方 狗梓:Q-Saku/Mode of Fantasy

「ヤアアァァァッ」十歳ほどの少年が男に襲いかかる。
「甘いっ」男は落ち着き払って少年の木刀を打ち落とす。カランと軽い音を立て、
木刀が庭に転がる。少年は勢い余って男の胸に飛び込む。男は少年の頭を抱える。
顔を上向かせて覗き込む。
「どうした。太刀筋が鈍っとるぞ」
 少年のクリクリした目から涙が溢れてくる。
「父上。母上は、母上は御平癒なさいますよね」
「松寿丸……」男は困った顔で少年を見おろす。と、急に険しい顔になり、
「何を女々しい。松寿丸は河野の男ぞ。武士の子ぞ」河野別府七郎左衛門尉通広
は息子の肩を揺さぶりながら怒鳴りつける。松寿丸は泣き出しそうな目を父から
逸らせ、唇を噛み無言のまま。父は息子を強く抱き締める。
「松寿丸、よく聞け。人は死ぬのだ。悲しむことではない。悲しんでも、死ぬ。
 母は浄土へ往生するのだ。解るな。生きに往くのだ。この世だけしかないので
 はない。この世よりもずっと美しく楽しい御仏の世に……」
「お館さまっ、松さまがっ、松さまがっ、早くっ」慌ただしく一人の郎党が縁側
に躍り出し庭の父子に叫びかける。驚き顔を見合わせた二人は同時に館へと駆け
込んでいった。

「松、しっかりせいっ」男は部屋に入るとドッカリと腰を下ろす。松寿丸は泣き
そうな顔の侭、隣に座って母を見つめている。松は薄く目を開け、ウットリと二
人を眺める。
「お館様、先に浄土へ参ります。お館様が、いつも話されていた浄土へ」か細い
声で呟くと松寿丸に向かって微笑み、
「松寿丸、なんですか、武士の子が。母の成仏を喜んではくれないのですか」
「成仏って……」松寿丸は母から目を逸らせ拗ねたように呟く。
「母は仏になるのです。仏になって松寿丸を、いつも見ていますよ」
「そんな、ヤだっ。母上っ、浄土って、往生って、成仏って、解んないっ、んな
 いっ。ヤだっ、嫌だぁぁぁぁっっ」

「松寿丸、まだ泣いておるのか。泣いても母は戻ってこぬぞ」通広は暗い部屋で
ションボリ座っている息子の前に胡座をかいた。
「泣いてなんか……。松寿丸は武士の子です」拗ねた声は潤んでいる。
「うむ、武士の子だ。しかし、武士の子が武士にならねばならぬ道理はない」
「え?」松寿丸は驚いて父を見上げる。
「出家せよ」父が息子の肩に手を置いて覗き込む。
「出家?」松寿丸はボンヤリと繰り返す。
「お前は優しい子だ。だが、それは武士にとっては弱いということだ。このまま
 武士となっては身を滅ぼす。出家せよ」
「父上っ」
「ワシもお前が生まれる前に京の寺に入っていたことがある。どうだ、京は都だ。
 松寿丸が見たこともない華やかな街だぞ。世の高僧、知識が集まっておる」通
広は懐かしそうに、目を細める。
「京でございますか」松寿丸は浮かない顔。
「どうした、出家が嫌なのか」
「違いますっ。出家はしとうございます。でも……」俯いた頬が膨れている。
「どうした」我が子の心中を推し量りがたく、当惑の色を浮かべる。
「松寿丸は、あの……、聖達様の下に行きとうございます」
「聖達とな。しかし」通広は、続く言葉を呑み込んだ。
 聖達は、通広が京都修業時代、机を並べた兄弟子だ。名僧の誉れ高いが当時、
不遇をかこっていた。念仏の教えを頑固として曲げなかったために、古代仏教に
睨まれた。邪教徒の烙印を押され九州太宰府に落ちていた。南都北嶺と言われる
東大寺、興福寺、延暦寺などの古代仏教に於いて、仏の教えを修するのは一部の
人間だけだった。民衆にも門戸を開いた新仏教は爆発的に信者を獲得、古代仏教
を脅かしたために、迫害されていた。
 また、聖達は伊予に住んでいたこともあり、妻の連れ子には河野氏の血が流れ
ている。河野氏との縁は深い。その気安さもあってか、聖達と通広は親しかった。
松寿丸が聖達の名を知っていたのは、そのためだ。本来ならば松寿丸の希いは、
通広にとって歓迎すべきことだった。しかし、父として武士として、幕府にも睨
まれていた聖達の下へ、愛児を送るのは憚りがあった。暫く絶句した後、漸く通
広は言葉を継いだ。
「何故じゃ」
「……だって、太宰府って西でしょ。京は東でしょ」
「うむ」
「浄土も西にあるのでしょう」
「う、うむ」
「母上は浄土におられるのでしょう」
「ああ」通広は息子を凝っと見つめている。
「だったら、松寿丸は聖達様の下へ行きとうございます」母を亡くした少年は初
めて笑顔を見せた。宝治二年、松寿丸、十歳の時である。

          ●

「松寿丸、いや随縁、達者でな」父は険しい表情の侭、深い瞳で見おろす。
「はい」墨染めの衣をダブダブと持て余しながら松寿丸は、元気よく応える。松
寿丸は伊予国継教寺で出家、随縁と名乗っていた。まず作法を学んだ。母の死の
翌春、桜の盛りに九州太宰府の聖達の下へ旅立とうとしていた。
「善入殿、松寿丸を頼む」通広は屈強な僧侶に目を移し頭を下げた。
「ご安心ください。無事に随縁殿をお届けします。なぁに、瀬戸内を庭にする河
 野水軍の船での旅、それこそ大船に乗った積もりでお待ち下さい。別れを惜し
 むと辛くなります。このへんで」
「うむ」父は暫く二つの影が港へと向かうのを微動だにせず見送った。
「お察し申し上げます」古参の郎党が背後から声をかける。
「仕方のないことだ」
「幼いながら、あれほど知勇をお持ちのお子はいませぬのに。惜しいことです」
「あぁ、親の欲目かもしれんが、松寿丸ほどの子は武門の河野にもおらぬ。元服
 すれば無理をしてでも大番役を勤めさせようと思っていた。松寿丸ならば、北
 条殿の目にもとまったであろう。我が一族の再興も夢ではなかったのだが……」
父は既に点となった影を目を細めて見つめている。
「ふふ、松寿丸様は、お館様に似たのでございます」老郎党は穏やかに言う。
「ん? どういうことだ」通広は振り返る。
「私はお館様が赤子の時からお仕えしています。あの顔、お館様が出家された時
 と同じ顔でございましたよ。まるで解き放たれた駿馬のような……」
「ば、馬鹿なことを」通広は乱暴に踵を返すと、郎党を残し足早に館へと向かっ
ていった。

                   ●

「長い間、お世話になりました」智真は師の聖達に別れを告げにきていた。伊予
からこの太宰府に来て十二年、浄土教西山義を学んできた。ちなみに智真は、松
寿丸、随縁である。随縁は師の聖達の勧めで、肥前国清水の華台に二年間だけ師
事し浄土教の基本を学んだ。この時、華台が改名したのである。浄土教には「随
縁雑善恐難生」という言葉がある。随縁の雑善にては恐らく生じ難し。阿弥陀仏
の名号を唱える(南無阿弥陀仏)ことなく、縁に随い仏像を彫り塔を建てても極
楽往生はできない、というくらいの意味だ。ひたすら名号を唱え、往生を願うべ
き浄土僧にとって、「随縁」という名は、最も相応しくない。
「そなたは浄土の教えのみならず、真言の秘法をも修め尽くした。そなたに跡を
 継いでほしかったのだが……」老いた師は愛弟子を惜しみながら重たく口を開
いた。智真も一生を太宰府で母の菩提を弔って過ごす積もりだった。しかし、父
の通広が急逝し家督を継ぐ必要に迫られた。弟が継ぐ筈だったのだが、いまだ幼
く、一族の強引な懇請で還俗することになったのだ。弘長三年、五月である。
「恐れ入ります」智真は六尺豊かな巨躯を平伏し、高い鷲鼻を床にすり付けてい
る。齢、二十五。浄土教の僧侶というより南都北嶺の荒法師といった風体だ。
「あまり別れを惜しむと、そなたを悩ませることになる。これも世の習いじゃ。
 達者での」
「尊師もご息災で」智真の声も落ち着いてはいたが、沈んでいた。

          ●

 還俗し伊予に戻った智真を待っていたのは、妻だった。一族の者が手際よく近
郷の武士の娘を選んでいた。与(くみ)という名の十七歳の娘だった。智真は家
督を継いで通尚と名乗った。
 与は、美しいとは言えなかったが、通尚の心を捉えた。母の松に生き写しだっ
たのだ。通尚は与に溺れた。まだ堅い肉体は母のようなふくよかさを有ってはい
なかったが、白い脇腹に淡く浮き出た肋骨にも、通尚は柔らかさを感じ、夢中に
なって貪った。
 通尚は二十五になるこの時まで女を知らなかった。浄土の教えは他宗に比べ戒
律が緩やかである。しかし僧侶である以上、女犯は厳禁であった。愛人と睦まじ
く暮らした真宗開祖・親鸞の例はあるが、親鸞は僧侶ではない。在家の宗教家で
あった。親鸞の師・法然は、信者に寛大な態度で接したが、自らを律するには、
堕落した他宗の僧侶より遥かに厳しかった。だからこそ民衆の信頼を得て、浄土
教が一世を風靡したのだ。
 通尚・智真も、童子の若気を犯し欲望を放つ同僚僧を見るにつけ、絶ち難い煩
悩を感じた。しかし、耐えた。それが彼の宗教的良心であった。耐えることがで
きたのには、もう一つ理由があった。心に刻みつけられた母の面影、である。通
尚も気づいてはいなかったが、通尚にとって母は、唯一の女であった。 仏門修
行時代、武門に生まれ並外れた体躯と精力をもった肉体は、松の夢を見る度に、
夢精した。夢で通尚は、赤子だった。ゆったりと伸べた母の裸身に這い上がり隈
なく探訪し、遂には股間へと辿り着く。そこには観音開きの扉があった。狭い扉
を開け、赤子は胎内へと入っていく。柔らかく優しい闇に包み込まれ、通尚は至
福を感じた。肉体は脱力しながらも、感覚は最大限に研ぎ済まれた。キリーク。
瞼の裡に阿弥陀仏を表意する梵字が浮かぶ。梵字は闇に輝き浮かび、揺らめき、
やがて阿弥陀仏の姿となる。後光が広がり闇を包む。眩いフラッドライトに阿弥
陀仏のシルエットが浮かぶ。通尚は法悦の波に漂い、気が付くと朝を迎えていた。

                    ●

 与を背後から抱き抱え通尚は首筋に唇を這わせる。指がジットリと汗ばんだ小
さい乳房に遊ぶ。月光に青白く浮かぶ与の華奢な肉体は濡れ、ヌメやかに輝いて
いる。夜とはいえ、伊予の夏は暑い。与は苦しげに喘ぎながら、グッタリと持ち
上げられる。屹立した通尚の魔羅が与の中へと沈み込んでいく。与は小さく叫ぶ。
通尚は呼吸を荒げ激しく突き上げる。与は悲鳴とも嬌声ともつかぬ声を上げなが
ら、髪を振り乱す。通尚の動きが一層、速くなる。与は身を強張らせ、大きく叫
ぶ。通尚は身を強張らせ、大きく叫ぶ。二人は結ばれた侭、褥に倒れ込む。
 宵の静けさを、虫の音が際立たせている。

 赤、緑、黄、青。裸身の与が、光彩の中を緩やかに落下していく。やがて、ふ
うわりと着地する。目を閉じた侭、与は何者かの気配を感じる。目を開けるとス
ンナリとした影が立っていた。
「与よ」男とも女ともつかぬ、柔らかく深い声がした。影から聞こえてくるのか、
天上から聞こえてくるのか判然としないが、与は影に向かって返事をした。その
時には、与は何故か、影が阿弥陀仏だと解っていた。再び不思議な声が湧いた。
「通尚を私は選びました」
「お館様を如何しようというのですか」与は、不吉な予感に戦き叫んだ。
「魔と闘ってもらいます」
「魔と……」
「そうです。魔が世を覆い尽くそうとしています。魔は分裂し心弱き者に憑依し、
 世を乱して混沌の闇にしようとしているのです。真言の法力と武勇を兼ね備え
 た者が、必要なのです」
「そんなっ、妾は如何なるのです。お館様がいなくなったら、妾……」
「あなたも共に闘うのです」
「妾も?」
「あなたと私は一つになり、二つになります」
「一つになり、二つになる?」
「私はあなたになり、あなたの娘になります」
「娘?」
「そうです。先ほどの交合で出来た精で娘を作ります」
「でも、でも、そうしたら妾は?」
「肉体だけを残して、無に帰ります」影の声は穏やかだったが逆らうことを許さ
ない、断定的なものだった。
「いやっ、やめてっっ」与は立ち上がろうとしたが、金縛りに遭ったように手足
が動かない。影は音もなく、与にのしかかってくる。
「いやっ、いやああぁぁっ」与は身を仰け反らせる。頭を激しく振り、泣き叫ぶ。
「あなたの中へ入ります」影が腰の辺りから、与の股間へズルズルと吸い込まれ
ていく。
「はうっ、あううううぅぅ」与は、自分の膣が男根ではない何かに満たされてい
くのを感じる。子宮が膨れていくのが解る。
「いやっ、いやあああああっっっ、おっお館様ぁぁぁぁぁっっ」

(つづく)




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