AWC 一遍房智真 魔退治遊行 序言    西方 狗梓


        
#2388/5495 長編
★タイトル (ZBF     )  93/11/25   4:12  ( 52)
一遍房智真 魔退治遊行 序言    西方 狗梓
★内容

一遍房智真 魔退治遊行−序言−  西方 狗梓:Q-Saku/Mode of Fantasy

         プロローグ

 天皇はカミの末裔である。それが故に依り代である。カミには二つの種族があ
る。混沌/魔と、秩序/国霊である。胎蔵と金剛と言い換えてもよいし、エネル
ギーそのものと分子結合の法則そのものと考えてもよい。通俗的には、ヴァギナ
とペニスと理解してもよい。両者の結合によって、天皇家が成立したのだ。
 平時は、国霊が主導し歴史を刻む。しかし、魔は絶えず国霊を砕く機会を窺っ
ている。混沌は周囲から膨張し続け、秩序を締め付け砕こうとしている。秩序は
混沌の膨圧が己を砕く直前まで高まると激しく律動し、ついには混沌を打ち砕く。
そうして秩序は存続してきたのだ。そうして混沌は存続してきた。古代に於いて
は、大化改新が秩序の大きな律動であった。
 何故、混沌は幾度も打ち砕かれつつ存続してきたのか? 答えは単純である。
混沌は砕かれても混沌だ。秩序は一度砕かれてしまえば、秩序ではなくなる。そ
れは、混沌だ。危うげな秩序の道行きは、人々の運命の道行きであった。混沌、
それは闇だ。

 承久元年、魔が世を覆った。
 大化改新から時は流れた。国家を呪法によって鎮護していた東大寺を頂点とす
る諸国の国分寺は、新興の武士たちに所領を冒され、廃れた。天皇家を守護する
北嶺の密教僧たちは権門勢家に取り入ることに汲々とした。彼らは自ら貴族の栄
達を望むようになって堕落し、法力を失った。天皇家/国霊の呪力は薄れ、国は
乱れた。保元・平治の乱で混乱は極に達した。帝位を負われた崇徳帝は天皇家を
呪い、日本国の大魔縁となった。桓武帝の末裔に憑依し、世をカオスへと導こう
とした。平氏である。魔と対立する国霊は、清和帝の末裔・源頼朝を使って日本
の統一を図った。平氏は瀬戸内の藻屑と消えた。頼朝は征夷大将軍に就き、幕府
を開いた。征夷大将軍とは、魔を圧服し秩序を守護する国の機能である。統一は
成功したかに見えた。
 しかし、魔は滅びず、機会を窺っていた。やがて東の王権である幕府に、頼朝
の血が絶えた。魔は水底から再起した。後鳥羽上皇に憑依した。現実の王権たる
鎌倉幕府に対して、謀反を起こさせた。承久の変である。
 朝廷側と幕府側は各地で争った。血が野に満ち、山を流れた。父と子が戦い、
兄が弟を殺した。朝廷は敗れた。魔は、再び散った。

 争乱は四国予州にも及んだ。伊予国守護・河野氏は二派に分かれ、血をそそぎ
合った。河野氏は瀬戸内の水軍を率い、平氏追討を成功せしめた武勇の一族であ
る。一族の中で幕府に就いたのは通久だけであった。当主であり頼朝の義弟でも
あった通信は一族の大部分を率い、高縄山城に篭もった。幕府の大軍に攻められ
敗れた。粛清は徹底していた。討たれ捕まり殺され流罪となった。一族百四十九
人の所領五十三カ所と公田六十余町が没収された。以後、河野氏は全国へ進出す
る力を失い、伊予国内の武士団に甘んじることになる。戦国期に滅ぶ。
 一族が入り乱れ多くが没落する中で唯一、中立の立場を守った家がある。通広
である。いや、如仏と言った方がよかろう。通広は、敵か味方か闡明せねば済ま
ぬ武士の世に、出家していたがために中立を許された。通広は浄土宗西山派の祖
・証空に師事、後の高僧である聖達、華台と席を同じうし学を修めていたのだ。
しかし後に家の存続のため強いられて還俗、妻を娶った。時は流れ延応元年、二
人目の男児を得た。幼名、松寿丸。後に全国を遍歴し時宗の教義を確立した遊行
聖、一遍房智真である。

(開幕)




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