AWC 波の屋から(後編) KMP


        
#2367/5495 長編
★タイトル (FAM     )  93/10/14   9:51  (145)
波の屋から(後編) KMP
★内容
 流砂の川を見下ろす崖の上は恐ろしく強い風が吹いていた。それは砂を吹
き上げ、すべての電子機械をだいなしにする細かい金が含まれている。地平
線は薄くぼやけ、空は紺碧のスチールのようだ。
 [追う獣]は「軍曹」のハーフトラックのボンネットに、羽毛のように舞い
降りて口に指を立てた。
 「居た。」
 サーディーンの服を巧みに巻きつけ両目だけを残したアートは、「軍曹」
の生身の耳に囁やき、恐ろしい程の風の音をものともせず割れ鐘のような叫
びをあげようとする「軍曹」の口を同時に掌で塞いだ。
 「奴は聴いている。俺はまだ死にたくない」アートは呟くように言うと、
レオパルドのハッチからぬうと立つ枯木のような老人を振り返り、「軍曹」
に言った。老人は、数少ない古代兵器のオペレーターだ。
 「報酬をくれ」
 「軍曹」はいまにも爆発しそうに顔を欝血させながらも、低く、しわがれ
た声を絞り出した。「なれ、急ぐ。おまえあ、切符を手にするのあ、野郎が
死んだ時だ。」
 軍曹の胸のそばには、人間が品良く喋るためのまじないが鈍い銀色を放っ
ている。レミントン、銃身の長い古典的なリボルバー。
 「良いことが起きるときは。だが、いまは違う。」レミントンの撃鉄の音
が、カチリと小さな音を立てた。
 「軍曹」は笑みとも呼べない不気味な表情を浮かべ、分厚い胸のポケット
の中から緑色の紙の束を出すと数え始める。それはあらゆるものを貯蔵する
ガンプ・マーケットのチケットだ。
 「やめておけ、それを投げるのは。その前におまえは死ぬぞ。」「軍曹」
の武骨な指が鍵のように曲がるのを見たアートは、レミントンの銃把をぎり
ぎりに絞り込む。
 ぶふうっ、と「軍曹」は鼻息を立てると、チケットの束はその手を離れて
焼かれたボンネットの上でバウンドした。
 「軍曹」は指でアートに突き付け、割れ鐘のような声を爆発させる。その
声の届くころ、「追い人」アートの姿はもうその岩場にはない。



 衝撃波。方位0−2−3、河の分岐点に着弾。発射地点は4−2−4、高
い所だ。
 たまらねえじゃないか、この速度。その精度。そしてこの機動力。昔の俺
は、これにくらべりゃまるでガキってわけかい。
 さてさて、俺の脳みその中のインテリさんよ、これからどうしたらいいん
だい?
 3つの画像がリアルタイムで感覚出来るオン・タイム・モードが強力にド
ライブする。通常画像、透視画像、そして戦闘パラメーター。常に状況とシ
ンクして選択出来るシナリオは現在5つグリーンだ。赤いパーセントの数値
は増減する危険性を表示している。
 12、20、10、42、65。
 まどるっこしいのは苦手だ。その65ってやつを試すとするさ。この身体に
出来ないことなんかありゃあしない。
 ディスプレイの「EXCUTE」の文字が燃えるような瞳に燦然と瞬く。



 右手の河から、崖の頂上を超すほどの砂柱が立ち昇る。「軍曹」はハーフ
トラックの風防を拳銃で叩き割ると、軍用の双眼鏡を構えた。
 はるか彼方に人が乗った馬のようなシルエットが河の底から飛び上がって
、崖の上に降り立つのが見える。「やつああ」涎を垂らし、「軍曹」はレオ
パルドに手を振る。そしてハーフトラックの荷台に走ると、カーキ色に色褪
せた幌を剥ぎ取り始める。
 レオパルドは主砲を回転させると照準を丘の上に合わせ、皺だらけの顔の
奥にある瞳を輝かした老人が震える声を響かせた。
 「急襲。対地型限定核炸薬装填急げ。連続して攻撃、足場を奪え」 レオ
パルドの砲撃が始まると同時に、あぶくのような火の玉が崖のスロープにい
くつも現われる。紫煙がきのこ雲のように立ち昇り、熱気に渦を巻いた。
 シルエットはきのこ雲とともに上昇すると、後方から二本の白い炎を刃の
ように吹き上げ、激しく回転を始め、黒い竜巻となってさらに上昇する。
 「やうえ、羽根をつえやがった」充血したまなこを極限まで見開き罵りの
言葉を吐き棄てると、「軍曹」はハーフトラックに固定された年代もののサ
イドワインダー64基を乗せたオート・パイロット・スタンドのオペレーシ
ョンデスクにかぶりつく。
 「でへへへへ」涎から湧きでたあぶくが口の端から流れ落ち、やがてデス
クの上のインジケーターが明滅すると、「軍曹」は莫迦でかい拳で気違いの
ようにボタンを叩きまくる。4ストロークのボクサーエンジンのような小気
味よい発射音を響かせ、64本のサイドワインダーは昇り竜のごとく崖の上
を目指して白い煙を上げた。
 「いげえええ」発射時の爆煙で視界を失った「軍曹」は見えない敵に向か
って拳を突き上げて叫ぶ。黒い龍巻に吸い込まれるように上昇したミサイル
は、突然ひとつの光となり、やがてもの凄く巨大な黄色いゼリーのように膨
張する。
 焼け付くような、呼吸不可能な熱い大気が猛然と押し寄せる。それは確実
な死を予言する濃縮された放射能物質と、およそこの世で考え付く限りの悪
意に満ちた毒性物質だ。「軍曹」は高価なアーマー・スーツを大急ぎでトラ
ンクから引きずり出すと、そのセミの抜け殻のようにぱっくりと空いた背中
の中に滑り込み、大規模ウエポン対応プラズマ・バズーカのコマンド・シナ
プスにあわただしく接続する。
 装着したモニターの視界のかたすみで、レオパルドが装甲を溶解させなが
らゆっくりと傾いて行くのが見える。ハッチから乗り出している背の高い白
骨が、片腕を伸ばしたままさらにゆっくりと崩れ落ちて行く。



 大地の蒸発したもうもうたる白煙が切れ始め、焼け焦げ爛れた岩場が広が
る。戦闘が行われた崖は巨大な熱量によって蒸発し、丸く穿たれた広大な窪
地になっている。ところどころ溶岩のように、溶けた岩が沸騰しているその
姿は、火山地帯に沸き返る泥や、トンネル状になった粘度の低い溶岩の糸を
引く炎の舌のようだ。
 「軍曹」は溶岩の上に浮かぶ巨大な花崗岩の一枚板に腹這いになり、プラ
ズマ・バズーカの照準を食い入るように見詰め続けてもう一時間になる。
 「……まだが」スーツの中に「軍曹」のねばついた体液が溜り、とてつも
ない異臭を放っている。
 目の前の黒い溶岩は赤い瞳をぎらりと輝かせ、その身体のすみずみから紫
煙を立ち上らせ、時おりガスの蒸発する破裂音が聞こえる。 ごぼり、とい
う音と共に溶岩が持ち上がり、その「物」からずるりと流れ落ちる。黒い塊
はガンメタルの鈍い輝きに満ち、いいようのない強大なオーラを纏って立ち
上がる。「軍曹」の口から「ほほほほほほ」と震える息が流れだし、充血し
た瞳の瞳孔がいっぱいに拡がると同時に、いままで全てが0を示していたイ
ンジケーターが残らずレッドゾーンを超えて暴走した。
 「軍曹」は地獄の底から絞りだすような絶望の叫びと共に、至近距離での
使用は事実上の死を意味するプラズマ・バズーカのトリガーを引いた。その
瞬間、「軍曹」の脳はフル・アップしたスピーカーのように焼き付き、ひと
つだけの眼球はどろりと流れだす。
 糸のように細いプラズマが伸び、漆黒のケンタウルスの肩に触れると同時
に、薄い膜のような半透明のゼリー状の液体がガンメタルの装甲を包んだ。



 「抹香鯨の峠」から見渡す空は赤い。
 <追う獣>アートは、インディアンのようなたくましい赤銅の肌に砂漠の
民サーデーンの服を奇妙に巻きつけ、高い岩の上で古いレミントンのシリン
ダー・ギアを磨いている。
 その視線の遥かな先には、マーマレードのような光のかたまりが死にかけ
たジャッカルの心臓のように脈動し、大きく、そして小さくなって行く。空
の雲は吸い込まれるように渦を巻き、まるで虚空に立ち上る龍巻のようだ。
 アートの視線はゆっくりと移動し、重いレミントンの銃身が持ち上がる。
大砲のような衝撃音がこだまし、巨大な水牛ががっくりと叢の上に崩れ落ち
る。
 彼の住む村では、アートのような「追い人」が他にもいる。が、アートは
格別だ。あらゆる危険な匂いを嗅ぎ分け、あらゆる所に音もなく忍び寄る。
風だけを友にするその能力は、「追い人」の父と占い師の母親から生まれた
奇妙な融合物だ。



 「よお、郵便屋」
 山ちゃんは四本の脚を器用にたたみ、波の屋の一階に新築した大部屋の畳
の上で毛の抜けた赤犬の頭を撫でていた。
 窓から広がる黒い海からの風は油臭く、なんとか生きながらえている名も
ない草が揺れているのが見える。古いちゃぶ台の上にはモリブデン鋼配合の
オイル缶がもう三本ころがっていた。
 「なあ」帽子を脱ぎチタニウムの頭蓋をまるだしにした俺に向かって山
ちゃんは言った。
 「いいもんだな、これも。」
 外にはいつものように白い埃が舞っている。


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小説を書くって面白いですね。もしかして小説になってたらですけど。
(昨日PC−VANに入ったばかりでもうこんな生意気な………) KMP




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