AWC マッハ (6)     くじらの木


        
#2358/5495 長編
★タイトル (BCG     )  93/10/ 2  12:27  (177)
マッハ (6)     くじらの木
★内容
 停学というのは学校に行かなくてもいいのかと思ったらそうではなかった。
 朝、授業が始まる前に登校し、担任とその日の一日の行動について話し、一
度家に戻って、午後の三時にもう一度学校に行き担任と今度はその日あったこ
とを話すということを続けるということだった。
 何のことはない、一日に二回学校へ行かなくてはならないのだ。
 おまけに、家にいる間も不定期に家に電話があり、その時に電話に出ないと
、処分の期間がさらにのびると脅かされた。
 免許証は井崎に取り上げられた。
 そんな決まりがどこにあるのかと、井崎に言ったが、隣に座っているおふく
ろがまた泣きだすのではないかと思って、仕方なく渡した。
 停学処分の最初の日、昨日担任の山崎に言われた通り、朝の八時に二号棟四
階の美術室に入った。
 山崎は普段から職員室よりこの四階の西端にある美術室にいることが多かっ
た。
 描きかけの油絵や、デッサンに使う石膏像が雑然と並べられた教室の窓際に
座って山崎は待っていた。
「少しはこたえてる?」
 山崎はいつものように小さな声で言った。
「思ってたよりはこたえます」
「無期停学て言ってもね、普通は一ヵ月ぐらいだと思うわ、十年もたてばそん
な悪い思い出でも無くなるわ」
 山崎はそう言うと、朝から梅雨のはしりといった感じの細かい雨が落ちてい
る空をちらりと見上げた。
 急いで入れ替えたばかりの窓ガラスはどれもみなぴかぴかで、風が少しでも
強く吹くと割れてしまうのではないかと思えるほど頼りなく見えた。
「昨日立花君の御両親から退学願いが出たわ」
 山崎は外を見たまま言った。
「受理さてしまうんでしょうね」
「そうね、残念だけど」
「もう、あいつの頭の中にはこの学校のことなんて無いですよ」
「何だか、君島美子さんが死んでからみんな変わってしまったような気がする
わ」
「警察はまだリョウを探しているんですか」
「私はそれはわからないの、井崎先生が警察との連絡係になってるわ」
 山崎はそこでくすりと笑い。
「でも、瀬島君、井崎先生とはなるべく話したくないでしょ」
 と言った。
 その後山崎は、これから毎日その日の行動を書いた日記を持ってくること、
今度の反省文をレポート用紙に書いて明日持ってくること、などを何だか修学
旅行の予定でも説明するように、にこにこしながら話し、それが終わると「も
うこれで終わり」と言って僕を美術室から出した。
 どういう理由でそうなっているのか、進とゆりえは井崎がその日その日の指
示を与えるということになっていた。
 それにその二人は午後三時の一回だけ学校に来ればいいということで、僕が
進とゆりえに会ったのはその日の午後になった。
 僕らは校門から進の家に向かって歩いた。
 ゆりえはさすがに今度の停学処分にはまいったようで、口数が少ない。
 進がゆりえに言った。
「昨日、電話したらおふくろさんにえらく怒鳴られた」
「ごめん、ここしばらくは電話してくれても私たぶん出られないと思う」
「……だな」
「もう、母さんなんか瀬島君と森川君の名前が出ただけでヒステリーを起こす
わ、一日中私のそばにぴったり付いて、私なんかもうどうかなっちゃいそう、
電話なんか絶対かけられないし」
 それは僕も同じだった、おふくろはよほど僕の停学がショックだったのだろ
う、今まで昼間行っていたスーパーのパートを辞めて、一日中家にいて僕の世
話をやいた。
 電話を掛けようとすると、何処に掛けるのかをしつこく聞き、たまに僕に電
話が掛かってくると、だらだらといつまでも取り次ぐのを延ばした。
「井崎が妙なことを私に聞いたの」
 突然ゆりえが言った。
「RSSって聞いたことがあるかって」
「何だって」
 進が怒ったように言った。
「RSSよ、私が知らないって言ったら、それならいいんだって」
「バイクの名前みたいだけど、なんだいそりゃあ」
「何か気になって」
 早く帰らないと母親がまたヒステリーを起こすとゆりえが言うので、僕らは
そこで別れた。
「RSS」
 僕は何度かそうつぶやいた。

 何事もなく日にちは過ぎた。
 相変わらずリョウからの電話はなく、武藤秀雄の事件も目新しい進展はない
ようだった。
 ワイドショーでのリョウの取り扱いは日に日に少なくなり、僕は朝のワイド
ショーのハシゴをもうしなくなっていた。
 一日二回の登校も、毎日続くおふくろの泣き言にも慣れた頃、朝の学校帰り
に墨田と会った。
「停学中なんだって」
 あの後、と言いそうになったがやめた。
「立花君からの連絡は今だに無いかい」
「無いですね」
「赤城社長だけど、ついに雲隠れだ、つい最近まで契約不履行で立花君を告訴
するとか言っていたけど、そんなことを言ってられるような状態じゃあ無くな
ったようだ」
「借金ですか」
「四億円、これもんの奴が目の色を変えて追ってる」
 墨田はそう言うと、人差し指で頬を切る仕草をした。
「ところで…」
 そこで、墨田は一呼吸おき、視線を足元に落とした後、話を続けた。
「変な噂を耳にした、立花君を追っ掛けてるのはどうも僕らだけじゃあ無いよ
うなんだ」
「初耳ですね」
 こいつはいったい何処まで知っているんだろう。
「先月、君の通ってる学校で武藤秀雄って子が死んでるね」
「そんなことがありました」
「容疑者の一人だという話が伝わってきたんだけど」
「がせねたじゃないですか」
 墨田はにっこり笑い、胸から煙草を取り出し、火をつけた。
 ほんの一瞬、僕に煙草を勧める仕草をしたがあわてて引っ込めた。
 この男は僕が停学になった経緯をかなり詳しく調べたのではないかとふと思
った。
「立花君の立ち寄りそうな場所の何処にいっても警察の影がちらつくんだ」
「僕が話すことは何もないですよ」
 墨田は煙草を大きく吸い込み、少しの間僕の顔色をうかがった。
「RSS、とは何だ」
 墨田が突然言った。
 墨田という男が僕が思っていたよりも手強い奴なのだと僕はその時初めて知
った。
 僕は何も答えず、墨田に背を向けて歩きだした。
「瀬島君、君にも刑事が張りついてるぜ、気が付いてないだろうけど」
 僕の背中に向かって、墨田がそう怒鳴った。
  家に帰る途中でも、家に帰った後も、僕は注意してまわりをうかがったが
、刑事らしき人間は見当らなかった。

 どうしても武藤を殺した犯人を突き止めなければならない、僕はそう思って
いた。
 机の上には何度書いても山崎に書直をさせられる反省文を書いたレポート用
紙がのっている。
 僕はそのうえに大きくRSSと書き、すぐにバツ印を何度も書いた。
 リョウは犯人では無い、それは僕がいちばんよく知っていることなのだ。
 事件は明らかに僕らを窮地に立たせる方向で進んでいた。
 その日の午後、いつものように進やゆりえと別れた後、一人でE組の宇田川
真治の家に行った。
 宇田川は武藤の腰巾着といった役割の男だった。
 大きな体の武藤の後で、卑屈に笑っている宇田川を何度も見かけたことがあ
る。
 井崎が武藤のことで真っ先に話を聞くとすればそれは宇田川だと僕は思って
いた。
 生徒名簿を頼りに訪ねた宇田川の家はK駅からバスに十分ほど乗り、バス停
からさらに五分ほど歩いた新興住宅地の中にあった。
 玄関横のカーポートの端に置いてある紫色に塗られたバイクはかろうじてそ
れが350FOURだということがわかった。
 何度か呼び鈴を鳴らした後、面倒くさそうにドアを空けて、リーゼント頭の
宇田川真治が顔を出した。
「D組の瀬島です、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 僕はそう言いながら、玄関のなかに半ば強引に入りこんだ。
 宇田川が僕を歓迎してくれるわけはなかったからだ。
「おめえに話すことなんかねえよ、帰れ」
 宇田川が低い声で威圧するように言った。
「時間はかからないよ、君が井崎に話したことをもう一度話してほしいんだ」
「帰れよ」
 僕が「井崎のやつが」と話を続けようとしたとき、宇田川が僕の胸ぐらを突
然掴み、そのまま玄関ドアに強引に押しつけた。
「帰れよ」
 荒い息をして宇田川がさらに強く僕の喉元を締め付けた。
 無言のまま僕らはもみあい、僕が宇田川を突放した拍子に、不意に出した僕
の右足につまづいて宇田川が前のめりに倒れた。
 宇田川は左肩から左顔面を下駄箱の角で打ち、うっと小さな声を出し、その
場にうずくまった。
「武藤が死んでいちばん喜んでるのはおまえだって、警察に言ってもいいんだ
ぜ、だいぶ武藤にいじめられてたからな、おまえ、俺が知らないとでも思って
るのか、おまえは武藤が嫌で嫌でたまらなかったんだ、あいつさえいなければ
といつもおまえは思ってたはずだ」
 僕は一気にしゃべった。
 無論宇田川が犯人であるはずはないとは思っていたが、これ以外に方法が思
いつかなかった。
 僕は続けた。
「RSSを何処で聞いたのかそれだけでいいんだ、教えてくれないか」
 宇田川はうずくまったまま小さな声で話し始めた。
「武藤が死ぬ二日前だったか、あいつが俺に聞いたんだ。RSSっていう、族
、聞いたことがあるかって。あいつが四月頃、事故って大怪我をしたことがあ
ったろう、あの事故、武藤が一人で起こしたってことになってるけど、本当は
、族、にやられたらしいんだ、そいつらの顔は見えなかったけど、自分たちを
RSSって名乗ったらしいんだ。俺はそんな名前の、族、なんて聞いたことが
無かったんで知らないって言ったんだ、それだけだ」
「同じ事を井崎にも話したのか」
「ああ」
 宇田川はゆっくり立ち上がり、赤く腫れあがった左の頬を触った。
「わるかった」
 僕がそう言うと、宇田川は何も言わずドアを開けた。
 ドアの外に出て、振り返り宇田川に何か言おうとしたその時だった。
 宇田川の蹴り出した足が僕の脇腹に入った。
 僕はその場にのたうち回りながら倒れた。
 玄関のドアがばたりと閉じられた。
 僕は倒れたまま何度か胃液を吐き、涙を流した。




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