AWC マッハ (5)     くじらの木


        
#2357/5495 長編
★タイトル (BCG     )  93/10/ 2  12:22  (193)
マッハ (5)     くじらの木
★内容
 仲間の一人がやられたことで奴らは一瞬ひるんだ様子を見せたが、すぐにま
た僕らを追いかけ始めた。
 四輪は恐くはなかった、鉄パイプやら、角材を持っている奴も恐くはなかっ
た、それらはどんなにうまく走っても僕らに追い付くことはできないからだ。
 再び奴らの中から飛びだした五、六台のバイクが僕らにあと十数メーターま
で近付いたところで、やっと十七号に戻った。
 まばらに走る車の脇をすり抜け、いくつかの信号を無視して突っ切った。
 派手な音をたてて追ってきた集団のほとんどは遥か後に取り残されている。
 僕らのすぐ後にいるのはすでに六、七台になっていた。
 浦和市内に入ったところで、狭い路地に入り、くねくねと細い道を走った。
 あれだけ派手なことをすれば、今頃はパトカーの二台や三台はあの集団を追
いかけ回しているはずだ。
 奴らは散り散りになり、もう集団で僕らを追い回すことはできない。
 問題なのは、今だに僕らの後を死に物狂いで追って来る、二台のバイクだっ
た。
 進が僕の横につき、シールドを上げて怒鳴った。
「次を左に曲がるぞ、別所沼に抜ける手前のカーブだ」

 前方に見通しのきかない右カーブが見えてきた。
 僕はマッハのブレーキをかけ、追ってくる二台のバイクとの間隔をつめた。
 リヤに奴らのバイクが触れるほどに近付いたところで急ブレーキをかけ、二
台のバイクをと絡み合うようにしたまま、おもいきりカーブに突っ込んだ。
 このカーブは見た目以上に深く、出口付近になってさらに右にカーブしてい
るのだ。
 右に充分マッハを倒し、スロットルを開け、再び奴らとの間をあけた。
 あわてて奴らがスロットルを開けたのがわかった。
 進は、そのわずかな隙を逃さず、W1を奴らの内側に寄せると、ぴたりと二
台のバイクの横につき、出口にある二つ目の右カーブに突っ込んだ。
 思ったより深い二つ目のコーナーに奴らがに動揺し、わずかに態勢が不安定
になったとき、進が隣を走るバイクの横腹をおもいきり蹴り付けた。
 一瞬にして、バイクは外に弾き飛ばされ、もう一台のバイクに接触した。
 ガリガリという、アスファルトが削られる音がした後、バイクがガードレー
ルに当たる鈍い音が聞こえた。
 僕らは後を振り向くこともなく、再びスロットルを開けた。
 ゆりえを自宅の前で降ろしたとき、ゆりえは目にうっすらと涙をため「もう
絶対瀬島君の後には乗らない」と強い調子で言った。

 翌朝、昨夜のことが気になって新聞を広げたが、バイクの事故の記事は一つ
もなかった。
 怪我はしただろうが、死ぬようなことはなかったようだ。
 学校に行くと一騒動持ちあがっていた。
 校舎の窓ガラスのほとんどが何者かによって割られていたのだ。
 被害は、まず校門をくぐって最初にある古い木造二階建の管理棟から始まり
、その後にある二号棟、そしてその後の一号棟に及んでいた。
 その中で被害の一番大きかったのは僕らの教室のある二号棟だった。三階と
四階の窓ガラスは全て粉々に割られ、窓枠だけになっているところもあった。
 そして僕を驚かせたのは、校舎のあちこちに赤いスプレーペンキで、サソリ
参上、と書いてあることだった。
 僕は細かいガラスの欠片を踏まないようにして、二号棟の下まで近付き、ガ
ラスの無くなってしまった窓と、サソリの文字を交互に見つめた。
 昨夜の奴らがサソリのメンバーだったということがありえるのだろうか。
 もしそうだとしたら、これは僕らに対するおどしということなのだろうか。
 現在、川口、戸田、浦和、大宮近辺の、族、のグループは、三つあり、一番
大きいのがサソリ、二番目が曼陀羅、三番目がジョーカーズといったところの
はずだ、昨夜の奴らはこの三つのなかのどれかであることは間違い無いとして
も、奴らが僕らの高校を知った上でこのようなことをしたというのは無理があ
るように思えた。
 僕らの学校は今年から警備会社委託の機械警備になっている。
 夜間は無人で、要所要所に仕掛けられたセンサーが電話線を通じて警備会社
と繋がっており、異常があれば警備会社のガードマンが駆け付けるというシス
テムだ。
 たぶん今回も最初に異常に気が付いたのはその警備会社であったのだろうが
、たとえ道が空いていたとしても、センサーが異常を感じてから、ガードマン
がここに駆け付けるまで、最低二十分はかかると教師が言っていたのを思い出
した。
 理屈のうえでは警備会社がすぐに警察に連絡すれば四、五分でパトカーが到
着するのだが、実際にはセンサーの誤動作が多く、センサーが反応するとまず
、警備会社がパトロールに駆け付け、異常があった時点でやっと警察に連絡す
るということになっているらしい。
 二十分、それ位の時間があればこの程度のことはできるような気がした。
 一限目の授業がつぶされ、全校生徒でガラスの後片付けをさせられた。
 割れたガラスは体育館の裏のゴミ置場に集められ、それだけで、軽乗用車ほ
どの山ができた。
 サソリ参上という落書は、何枚かの模造紙で不細工に隠された。
 僕らは昨夜のことを学校の誰にも話さなかった。
 学校の中にも、族、のメンバーの奴がいたし、用心をするに超したことはな
い。
 しばらくは大人しくしていようと僕らは思っていた。

 そんな僕らの意志とは反対に事件はさらに向こうから動き始めていた。
 その日の帰り道、僕らは男に呼び止められた。
 男は墨田健と名乗り、フジテレビの下請けだという制作会社の入った名刺を
見せた。
 墨田は自己紹介を手短に済ませると、単刀直入に切りだした。
「立花良二の失踪事件について二、三話が聞きたいんだけど」
 あの晩リョウが言っていた、しつこく付きまとうリポーターがいるんだ、と
いう言葉を思い出した。
 進とゆりえは明らかに拒否反応を示したが、僕はこの墨田という男と話がし
たいと思った。
 僕らが知らない世界で、良二に何が起きているのか知るにはこの墨田という
男に聞くのが一番手っ取り早い方法に思えたのだ。
 気乗りのしない進とゆりえをなだめすかし、墨田と三十分後に駅の反対側に
ある、モンテローザという喫茶店で会うことを約束して別れた。
 僕らはバイクの場所まで戻った。
 ゆりえは昨夜言った通り、僕のマッハには乗ろうとせず、進のW1の後に乗
った。
 僕はささやかなショックを見破られないようにしようとして、走りだすまで
の間、意味の無いことをべらべらとゆりえに向かってしゃべった。
 モンテローザの中に入ると、墨田はすでに窓際の席で待っていて、僕らを見
付けると、軽く片手を上げた。
「こんなにすんなり話を聞かせてくれるとは思ってなかった」
 墨田は僕らが席に着くなりそう言い、マイルドセブンをポケットから取り出
して僕らに勧めた。
 僕が一本抜いて口にくわえると、墨田は持っていた百円ライターで火をつけ
た。
 ゆりえが、気をつけて、とでも言いたげに僕をにらんだ。
「立花良二の居場所を教えてくれないか」
 墨田はそう言うと、両肘をテーブルの上に置き、両手を口の辺りで組んだ。
「それは僕らも知りません」
「お礼はするよ、三万円でよければこの場で渡してもいい」
「僕達だって昨日初めて知ったんです、リョウからは何の連絡もないし」
「連絡は来るかな」
「来ると思います」
「彼のインタビューが取りたいんだ、もし連絡があったら君から立花君に話し
てくれないか、独占の形にしてくれれば、そちらの条件になるべくこたえる用
意があると」
 僕は少し考えるふりをして、煙草を吸った。
「墨田さん、リョウの失踪の原因は何だとあなたは思っているんですか、僕は
たしかにリョウの友達ですが、今回のことは正直言って驚いています、リョウ
はもともと好きで入った世界じゃない、でも僕らの知ってるリョウは何の理由
もなしに人に迷惑を掛けるような人間じゃない、今回のことが起きた背景には
どんなことがあるんですか」
 墨田は運ばれてきたアイスコーヒーを一気に半分ほど飲み、ふーと息をつく
と話し始めた。
「全てはね、あの赤城という社長の胡散臭さにあるんだ、いくつもの芸能プロ
ダクションを作ってはつぶし、作ってはつぶして、三十年の間芸能界という何
とも奇妙な世界で生きてきた男だ、スターにしてやるとか言って金を取る詐欺
まがいのこともして、十何年か前に一度裁判ざたになりそうになったこともあ
る、以前から暴力団との付き合いも噂されている、そんな男が初めて成功した
のが立花良二だったわけだ。ところが元々彼の頭の中には芸能人を育てような
んてことはこれっぽっちも無い、結局金のことしかないんだな、そんな所から
デビューした立花君はこれは不幸だ、そのことに尽きるんだと思うよ」
「ここにきて急に失踪したのは、なにか直接引き金になるようなことがあった
んでしょうか」
「それは私にもわからない、ただ近じかある大手の菓子メーカーとCM契約を
することになっているという話を聞いている、噂だけど赤城社長はこの菓子メ
ーカーとの仮契約書を担保に民間金融から多額の借金をしたということだ」
 リョウの部屋の留守番電話で赤城社長の言っていたことが少しづつわかって
きた。
 墨田はその後、リョウが高校ではどんな生徒だったかとか、デビューする前
の何か面白いエピソードはないかといったことを聞いた。
 僕は当たり障りの無いことを適当に答えた。
 話が終わり、僕らが立ち上がろうとしたとき、墨田がゆりえに言った。
「嫌いでしょ、私達みたいな人間」
「ええ」
 ゆりえがきっぱりと言った。
「たいていの人は嫌いさ、でもね、君の中にも私のような部分があるんだ、1
パーセントはあるよ、たぶんね、君だってワイドショー見たことあるだろ、だ
から私達のような人間は人口の1パーセントはいることになるということだ、
変かい、この言い方は」
 墨田はにっこりゆりえに笑いかけた。
 墨田にしてみれば使い古された言い回しだったのだろうが、一瞬言葉をつま
らしてしまったゆりえはよほど悔しかったのだろう、くるりと墨田に背を向け
ると入り口に向かって歩きだした。
 外に出て「家まで送ろうか」と言うと、ゆりえは「いいわ、一人で帰る」と
言った。
 僕らがヘルメットをかぶった時だった。
 「瀬島」と言う声がして、モンテローザの中から井崎があらわれた。
 井崎につけられていたとしか考えられなかった。
 井崎はバイクの前に立ちふさがり、僕らを睨みつけた。
「バイク通学が禁止されてるのは知ってるよな、どういうことだこれは」
 無言のままの僕らに、井崎はさらに続けた。
「煙草を吸ってたな、おまえ」
「はい、吸ってました」
 僕はそう答えた。

 散々嫌味を言われた挙げ句、明日は登校しなくていいと言われて僕らは返さ
れた。
「たぶん停学になるだろうな、ただし、俺とゆりえは二週間程度だろうが、お
まえはたぶん無期停学だ」
 進が言った。
 家に着いておふくろの顔を見たとき、はじめから全て説明するにはいったい
どのくらいの時間が必要なのだろうか、それを考えただけでうんざりした、そ
してたぶんおふくろはそれを理解したりはしないのだ。
 たぶん無期停学になるだろうと僕が言ったところで泣かれ、井崎からの電話
が終わったところでまた泣かれた。
 翌日は朝からワイドショーのはしごをした。
 これといった大きな話題の無いワイドショーはどの局もリョウの失踪事件を
大きく扱っていた。
 中身に目新しいことは何もなく、コメンテーターと称するわけのわからない
連中の解釈は悪い冗談としか思えなかった。
 一つ気になったのは、彼らは警察がリョウを追っていることを知っているの
かどうかということだった。
 リョウは未成年だし、犯人と決まったわけではないから普通であればそれが
彼らに洩れることはないし、たとえ知っていてもあからさまにそれを報道する
わけにはいかないはずだ。
 ただし、もしその情報を彼らが握ったとしたら、水面下で彼らの取材は猛烈
に行なわれているはずだった。
 良二逮捕などといった事態に備えて。
 進からは何度か電話が来たが、ゆりえからは何の連絡もなかった。
 翌日僕はおふくろと一緒に学校に呼びだされ、無期停学を井崎から言い渡さ
れた。
 リョウからの電話は依然として掛かってこなかった。




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