AWC 安らぐ[2]/有松乃栄


        
#2308/5495 長編
★タイトル (WMH     )  93/ 8/26   3:53  ( 59)
安らぐ[2]/有松乃栄
★内容


   2

 『気高く生きてるつもり?』
 「なんでよ。あたしのどこが、気高いんよ」
 『あのね。家捨てて。実家から近くにいながら、遠くなれ、遠くなれって思っ
てるんでしょう』
 「そんなことないって」
 『そう?』
 「あたし、そんなに冷たく見える?」
 『ううん。あのね。そうじゃなくてね。……お母さん、重いのよ』
 「何? 体? 本当に?」
 『あのね。入院したのよ』
 「……ちょっと。そんな話、初めて聞いたわ。いつ。ねえ」
 『今日。……癌。あと二ヶ月』
 「ちょっと……! 何よそれ。冗談でしょ」
 『胃ガン。手遅れ』
 「なんでよ。なんで、そんなに悪いんなら、連絡くれへんかってんよ」
 『胃ガン。手遅れ』
 「なあ。登喜子。なんでよ。なんであたしを、無視するんよ」
 『胃ガン。手遅れ』
 「そりゃ、生意気な口聞いたり、勝手に家飛び出したんは、あたしやけど。な
んでよ。なんでおかあさんはあたしをむしして、いつもいつも、ときことばっか
りはなすの。おかあさんは、あたしのことがきらいなのですか。あたしは。あた
しは、ちょっとかまってほしかったのに。ちょっとだけだったのに。どうして、
おかあさんはあたしのことほっとくの。あたしがしんぱいじゃないの。ねえ。あ
たしがしのうとしても、きっとおかあさんはとめてくれない。おかあさんがしぬ
のに、あたしはいきるの。なにもしらないで、いきてるの。ねえ」
 電話の夢から解放されたのは、やはり電話のベルの音に起こされたからだった。
 午前三時半。どうして、夢の中で子供に戻ってしまうのだろう。子供の頃の夢
を、多く見るようになったのはなぜだろう。
 起ききらぬ、ボーッとした頭の底で、そんなことを繰り返しながら、ゆっくり
とベッドの上の受話器をとる。ふと、とる瞬間、紀美子の頭に嫌な予感がよぎっ
た。
 こんな夢を見ていた後だ。
 まさか、母の悪い知らせではないか。
 「はい……及川です」
 「………………」
 相手の返事はない。
 「……もしもし」
 「………………」
 プツ。
 相手が一言も発しないまま、電話は勝手に切られた。
 いたずら電話か。
 紀美子はなぜか腹が立つでもなく、ベッドに入りなおし、自分の夢のことを考
え始めた。
 鬼の夢。
 小さい頃に見て、そのままいまだに見続けている、忌まわしい夢だ。
 夢の中でベッドで寝ている、小さい紀美子。嵐の晩。窓の外で、ドーン、ドー
ンと大きな音が響く。
 ふと、ベッドから窓を見ると、大きな赤い鬼の顔が睨んでいる。
 そして紀美子は、誰かに助けを呼ぶでもなく、一人で泣き続ける。
 二十七歳になった今もなお、この夢を繰り返し見るのはなぜだろう。
 そんなことを考えているうちに、首の奥から睡魔が忍び寄る気配を思い、紀美
子はゆっくりと目を閉じた。

                                (つづく)





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