#2289/5495 長編
★タイトル (RAD ) 93/ 8/16 0:52 (128)
「野生児ヒューイ」第三部(7) 悠歩
★内容
ボイヤーはまだ、先程の部屋にいた。しかし、テーブルは片付けられ、ボイヤーの
腰掛ける椅子の他は何もない。
そして、ボイヤーからだいぶ距離を置いた部屋の住みには、意識を失ったヒューイ
が転がっている。
「ヒューイ!!」
「来たか」
後ろの扉が開き、ミディアに伴われてティナが入ってくると、ボイヤーは振り向き
もせずに言った。
「ヒュ……ヒューイを殺したの!!」
怒りと悲しみの満ちた目で、ティナはボイヤーを睨んだ。
「死んではいないよ。眠ってもらっているだけだ。しかし……あれだけの電流を体に
流されて生きているとは思わなかったが………」
ティナは寒気を覚えた。ボイヤーのその声には人間らしい感情を感じることが出来
なかったのだ。今のボイヤーに比べると、ミディアの温もりの方がどれだけ人間らし
い事だろうか。
「ヒューイ」
ヒューイの微かに体が動くのを見て、ティナは安堵した。
「ボイヤーさん、私を離して……。そして私とヒューイを帰して下さい」
「ティナ……ちゃん」
ミディアの悲しそうな声にほんの少し心が揺れたが、父が死んだと分かり、ティナ
の中で自分の生まれ育った時代に対するこだわりは薄れていた。
「フフ、妙なことを言う子だ。ティナ……君は文明人だ。あの様な野蛮人と関わって
はいけない。だが、残念なことに君はあの少年の影響を受けているようだ」
「? 何を言っているの、ボイヤーさん。早く私を離さないと、あなたもヒューイに
やられてしまうわ。ほら」
ヒューイがゆっくりと立ち上がるのを見ると、不思議にティナの心は自信に満たさ
れた。
ティナの姿をみとめたヒューイは、真っ直ぐにこちらへ駆け寄ろうとして、その場
に倒れてしまった。ヒューイの足には太い鉄製の鎖で足枷が掛けられていたのだった。
「はて、鎖に繋がれた獣に何が出来ると言うのかな。ティナ」
ボイヤーは冷たく笑った。
「ヒューイは……ヒューイはあなたなんかに負けないわ。どんな事があっても」
「やれやれ、随分とあの野蛮人の少年を信頼しているようだね。他に知る者もない世
界で、自分を守るため仕方無かったのだろう。だが、ティナ、勘違いをしてはいけな
いよ。君があの少年に対して持っている感情は、あくまでも自分の保護者としての感
情なのだ。こうして、私の元に来た以上は君の保護者は、君と同じ文明人の私だ。
あの少年との仮の絆は、断ち切らなければれならい」
「まさか……ヒューイを殺すつもりなの!?」
「さて、それは彼次第だね」
バチッと言う音が二人の会話を遮った。振り向くとヒューイが足に架せられていた
鎖をその手で引き契り、こちらを見ている。
「驚いた……大した怪力だ。まさに野蛮人だ」
ボイヤーの言葉にはそれ程慌てた感じはない。それどころか余裕さえ持っている様
だった。
「ティナ」
ひと声叫び、ヒューイは一気に跳躍を試みる。ヒューイとティナの間は、かなりの
距離があったが、その一度の跳躍で二人は互いの顔立ちがはっきりと確認できるほど
に接近した。
「ヒューイ」
「ティナ」
どちらからともなく、二人は互いを求めて手を差し出す。だか、二人の手が触れ合
う前にヒューイの体は何かに弾かれて、大きく後ろへと飛んだ。
「ガラス!!」
差し出した手の指先に、固く透明の物が触れるのをティナは確認した。
ティナはガラスに激突したヒューイが、怪我をしたのではないかと心配したが、咄
嗟に受け身を取ったのだろう。特に怪我をした様子もなく、ヒューイはすぐに立ち上
がった。
ヒューイにはガラスなどというものの存在を知る訳はない。それでも二人の間を遮
る透明な壁があることを感じ、それを砕こうと体当たりを試みている。
「跳躍力も素晴らしい。ヒューイ君と言ったか、君に比べると我々の世界のオリンピッ
クなど子どもの遊び以下だな。まったく驚愕すべき、運動能力だ。
だが我々が求めているのは知力を持つものだ。彼らの様に」
ボイヤーが手にしたリモコンのスイッチを入れる。
横の壁が大きくスライドして、眩い光が差し込んできた。しかしそれは自然光の眩
しさではなかった。人工的な明かり。部屋の隣りにはさらに大きな空間が作られてい
たのだ。
「これは………」
ティナは思わず絶句してしまった。
一体、これだけの明かりを灯す電気をどうやって生み出しているのだろう。その空
間は太陽よりも明るい光で満ち溢れていた。
そして光に目がなれてくるとその空間には様々な機械が並べられていることに気が
付く。
ティナが何よりも驚いたのは、その空間の広さでも、この世界に不釣合な巨大な機
械類ではなかった。その機械の元で動き回る人々。
ボイヤーと共にこの世界にきた人々はすべて死んでしまったと言う。ティナがここ
に来る前に、同じようにこの世界に流された人々と出会ったと言う話はボイヤーの口
からも、ミディアの口からも聞いてはいない。だとすれば………。
ティナは機械の元で働く人々の顔に注目した。
「子ども」
そこには三十人程の人間がいた。しかし大人は一人として存在していなかった。ま
るで生気がなく、自らもその一部であるように機械に就く人々は皆、ティナといくら
も変わらぬ子ども達であった。中にはもっと幼い者までいる。
「ロボットでさらってきた子ども達ね」
怒りに満ちた目でティナはボイヤーを睨む。これ程、ある人間の行為が憎く感じた
のは生まれて初めての事だ。
「おや、なんて目をしているんだい、ティナ。これは彼らのためなんだよ。私は知恵
と技術を彼らに授けたのだ」
「違うわ」
ティナはボイヤーの言葉を否定した。
「あなたは世界をもう一度、滅ぼすつもりなの?」
「なに?」
「ヒューイとあそこで働かされている子ども達の顔を比べて見て!」
ヒューイは手にした槍を振い、ヒューイとティナ達の間にある透明な壁−−ガラス
を打ち破ろうと必死になっていた。
「フン、このガラスはあんな事では壊せはしない。そんな事も理解することの出来な
い、哀れな少年だ」
「あなたには、そんな風にしか見えないのね」
ティナは悲しそうに言った。そして哀れむような目でボイヤーを見つめる。
「私には、必死になっているヒューイの姿が素晴らしいと思う。少なくても、あそこ
で死んだような目で働く子どもや、あなたよりは」
「なんだと」
「あなたが蘇らせようとしている文明は、結局それが生み出した力で滅びてしまった。
そりやあ、ここには電気も無いし、自動車もない。映画もテレビもない。でも、ヒュー
イも、ミンも、ラガも、マリアさんも、ガルフさんもみんな私の知っている、あの時
代のどのお友達より、精一杯、生きている。
私は文明のある世界に戻るよりも、この世界でヒューイ達と共に生きたい」
「ティナちゃん……」
ティナとボイヤーのやり取りを、ミディアが心配そうに見守っている。
「ティナ……まさかお前が、そこまでこの野蛮人に毒されていたとは。………残念だ
よ」
仮面の上からでも、そのボイヤーの声が怒りに満ちた顔から発せられたものである
事が容易に想像が付いた。
「私には君を立派なレディにする義務がある。だがその為には君を毒している物を、
排除しなければならない」
ゆっくりとボイヤーの指がリモコンに掛けられる。
「教育次第では、文明人になったかも知れないが………しかし君が生きていては、ティ
ナのためにならない様だ」
「いけません! 博士」
ミディアの叫び。
「だめ!」
ボイヤーのしようとしていることを察知し、それを止めようとティナは駆け出した。
だが、ほんの僅かの指の動きで事の済むリモコンを止めるには、ティナとボイヤーの
距離は有り過ぎた。
走るティナの目には天井で鈍く光っている銃口のようなものが、ヒューイに向けら
れるのが映っていた。