#2252/5495 長編
★タイトル (AZA ) 93/ 7/30 10: 3 (200)
焦点 9 永山
★内容
「驚いた」
あたし達は二人して、ため息をついてしまった。
「名前ですか?」
「あ、気を悪くしないで。でも、てっきり、女子かと思っていたから」
「いえ、別に気にしていません。前からよくあったから、慣れちゃって」
丁寧な口ぶりで、高野君は話してくる。
「えっと、とにかく、どこでもいいから座って」
「はい」
手近の椅子を引き、ゆっくりと座る彼を見ていると、どことなくぎこちない
動きだと分かった。どうも膝が悪いみたい。
「私は、推理小説研究会の副部長をしている玉置三枝子」
「あたしは香田利磨」
「あ、どうも」
相手は深く頭を下げた。
「僕の方も自己紹介を。経済三回生の高野里美といいます。クラブは……バス
ケをやってたんですが、辞めました」
「道理で! 背が高いから」
「僕なんか、まだ小さい方ですよ。必死になってジャンプしてたら、膝をやっ
ちゃって、それで辞めたんです」
そっか、それでさっきの座り方……。
「それで、どんな話?」
悩み相談室じゃないとばかり、ミエは切り出した。
「『ルーペ』の一号と二号、読ませてもらいました。面白かったです」
簡単な一言だけど、「面白かった」と言ってもらえると、やっぱり嬉しい。
「本題ですが、えっと香田さん」
「はい?」
急に名前を口にされ、どぎまぎしちゃう。
「最初の犯人当ては、香田利磨名義となっていましたけど、あれは本当に香田
さんが?」
「そうよ」
「そうですか。いや、匿名なんてのがありましたから、他のも万が一にも別人
てこともあるかなと思って、確認しました。
犯人当て、僕も考えてみたんですが、分からなかった。いや、最後の殺人を
やった人物は分かったけど、最後を除く、それまでの犯行が誰の手によるもの
かは断定できない」
分かったわ。何かと思ったら、犯人当ての解答編に納得が行かないって訳ね。
「言っている意味は分かったわ」
「早いなあ! さすが、推理物を書く人だけある。言うたら何ですけど、女の
人の中には、理解の遅い人がいますやろ?」
なになに? 急に関西なまりになったわよ、この人?
思わず顔を見合わせた後、ミエの方が聞いた。
「あの……関西の人?」
「あ、しもた。折角、アナウンサーのしゃべり方しようと思うとったのに、つ
い、嬉しなって」
「別に構わないのに」
あたしが言うと、またニッと笑って、高野君は答えた。
「やあ、ますます、嬉しいな。この身体で大阪弁話しとると、恐がられて、女
の人はもちろん、男もあまり寄って来んかったから、悔しいけども、こっちの
話し方に合わせとったんです」
大きい人もそれなりに悩みがある訳ね。
「話の続きはどうなったのかしら?」
「あ、つい……。えっと、だから、二号に載った解答を見て、こりゃないでと
思いました。これなら、自分も応募しとったと」
「うん、分かった。ごめんなさいね。でも、犯人当て小説っていうのは、一応
のルールというか了解があって、連続犯罪を扱っている場合、どれか一つにお
いて犯人と証明できれば、全ての犯行はその人物の仕業となるの」
「そうですか? 題名は忘れましたけど、違うのもありましたよ。文庫で読ん
だことがあります」
不服そうに、高野君は言った。
「それは、ちゃんとした小説でしょう?」
「犯人当て小説は、ちゃんとしてないと言うんですか?」
「そうじゃないけれど、ええっとね、こんなこと言っても知らないかもしれな
いけれど、途中で『読者への挑戦』が挟まれてるようなタイプは、また別なの」
「ああ、『読者への挑戦』。知ってます。クィーンでしょ?」
何と、元バスケ部にしてはよく知っているじゃない。
「つまり、短めの犯人当てで、限定的状況での連続殺人を扱った場合は、その
限定状況の中に、二人も三人も殺人犯がいることはないという前提があるのよ」
あたしとミエが交替々々に言って、何とか納得してくれたみたい。
「分かりました。そのまま、素直に考えればいいんですね」
推理小説を素直に読んでいいのかどうか、どう答えていいか分からない。
「あとですね」
まだあるのか。
「今度の犯人当て、ちゃんと断わりが入ってましたけど、A・Aの『****
*』のネタをもらったんでしょう?」
「……よく読んでるわ」
「いや、責めてんじゃないんです。正直だなあって。部長さん、就職活動が大
変らしいし。あ、心配せんといて下さい。僕は応募しませんから、今回は」
またまたニッと笑う。普通、そう何度もこんな笑い方をされると気味悪く感
じるもんだけど、彼の場合、全然、気味悪くないのが不思議と言えば不思議。
「体育会系にしては、よく読んでいるのね」
感心した風に、ミエが言った。
「いや、ほんとは、こちらにも入部したかったんですが、バスケも辞められな
くて、結局はバスケ部に入ったんですよ。でも、膝を悪くしたから、こちらに
入れてもらえないかなとも思ったりして」
「本当に? 嬉しい」
と、叫んでみたものの、「約束」があったんだったわ。
「でもね、学校の方から言われてるのよね、この一年は新入部員を入れてはい
けないって」
「ええ? 何でですか?」
大声になる高野君。
あたし達は、例の事件の話を簡単にして上げた。
「……言われてみれば、ウチの大学関係で事件があったと聞いてましたけど、
そんなオマケがあったんですか」
「そうなの。だから、入ってもらいたいのは山々なんだけど、ごめんなさいね」
「そう、冷たくしなくても。こう考えたらどうやろ? 名前は名簿に載らない
だろうけど、内緒で入れてもらうってのは。それが駄目なら、例のゲスト扱い
でも構わない」
人懐っこい笑顔を浮かべ、高野君は口を閉じた。
「そうよね。言われてみれば、知られる訳ないんだし」
「サークルって、そんなもんよ。一応ね、部長に確認を取ろうと思うけど、私
達は歓迎する」
あたしやミエに異存はなかった。それより何より、どうして今まで、こんな
簡単なことに気付かなかったんだろうと思う。事件のショックのせいかなあ。
「そりゃどうも。よろしくお願いします」
頭を下げた高野君は、続けて言った。
「あ、でも、名簿になかったら、合宿なんかのときに団体割引の枠に入れても
らえへんなんてこと、ないでしょね?」
冗談なのか本気なのか。大阪商人だわ。
試験が終わった後、高野君を部のみんなにちゃんと紹介した。と言っても、
部長はまだ忙しいらしく、姿がないんだけど。で、「その名前、まるで一回目
の犯人当てですね」とか、「新歓コンパ、やらなくっちゃな」とか言っている
と、また部室に訪問者が来た。
「どうぞ」
と言っても、まるで入る気配がない。仕方がないので、出口近くにいたあた
しが、ドアを開けてみる。
「あ!」
向こうにいた顔を見て、びっくり。
「マキじゃない!」
牧村香代。合宿での事件がきっかけで、推理研を辞めてしまった。その彼女
がどうしてここに……? まさか、アレが功を奏したのかしら?
みんなも驚いている。高野君にはミエが説明して聞かせた。
「時間ある?」
廊下に立ったまま、マキは言った。どことなく、沈んだ口調。
「とにかく入りなよ」
「入っていいの?」
「当り前よ」
あたしがうながすと、ようやくマキは部屋に入り、椅子に落ち着いた。
「……本、読んだ。面白かったわ」
唐突に切り出すマキ。
「あ、ありがとう」
「でも、私が考えた探偵が、リマの作品に出ているのには驚いたわよ」
「ああ、あれね。気付いた?」
思惑通りにいったのか、あたしは率直に聞き返してやった。
「ええ、多分。私もそうだけど、リマもアナグラムで登場人物を決めるのが好
きだから、越後薫子の名前を見たときに、ひょっとしてと思った。それで調べ
てみたら、山村記子(やまむらきこ)が私の名前の並び替えだったよね。YA
MAMURAKIKO−MAKIMURAKAYOって。朝霧順(あさきりじ
ゅん)も、ASAKIRIJUN−SAKURAIJINで、桜井君の名前に
なってるんだわ。嬉しかった」
桜井仁というのは、マキと同じく、事件を契機に部を辞めちゃった人で、実
のところ、マキの彼氏。今日は、桜井君の姿が見えないけれど……。
「ばれちゃったか。悔しいけど、嬉しい」
それが、あたしの素直な気持ち。だって、あの「江戸川乱歩殺人事件」は、
マキと桜井君への呼掛けのつもりで書き始めたんだもの。無理に部に戻ってと
は言わないから、せめて推理小説を嫌いにならないで。そんな心配は、杞憂だ
ったみたいね。
「桜井君、どうしたの? 一緒じゃないみたいだけど」
奥の方から、ミエが聞いた。
「……そうなの。今は一緒じゃない。そのこともあって、ここに来ちゃった訳
なんだけど」
言葉こそ軽いけど、喋り方は重かった。
「何かあったの?」
「夏休みの間に、不思議荘ってところで殺人事件があったの、知ってる?」
不思議荘……。どこかで聞いたことがあると思い、記憶を手繰ると、割とす
ぐに思い出せた。セブンワンダーズとかいうミステリーマニアのグループが所
有する孤島の別荘で、そこで連続殺人事件があったんだ。もちろん、マキもメ
ンバーの一人。
「それがどうしたのよ?」
「私、今、その事件の重要参考人なの。ううん。ほとんど容疑者なんだけど」
「え?」
一気に、部室の空気は緊張した物となった。思いもかけない言葉だけど、冗
談でないことは伝わって来る。
「どういうことですか?」
本山が不審そうに口を開いた。
「ある人の推理で、私と冴場鋭介という男の人が連続殺人の共犯とされたの。
もちろん、私は何もしてない。だけど、真犯人が見つからないから、警察もこ
の推理を受け入れかけているみたいなのよ」
「詳しく話してもらわないと、よく分からないわ」
みんながあっけに取られている中、ミエが言葉を継ぐ。
マキの話をまとめると、不思議荘で起こった四つの殺人事件の一つに、自分
のナイフが凶器として使われ、また、他の殺人では、マキと冴場が共犯でなけ
れば実行不可能な現状を示していたらしい。
「もちろん、私は何もしていない。だいたい、冴場とは昔、ほんの少しつき合
っていただけで、今じゃ喧嘩別れしたようなものなの。そのときに会を辞めて
ればよかったんだけど……」
「マキ、まさか」
ピンときたあたしは、言いにくいことだけど、思い付きを口にしようとした。
でも、寸でのところで考え直し、まず、
「あ、二回生は出ていてくれない? それに高野君も」
と言った。
「はあ、分かりました」
不服そうな顔を見せるのもいたけれど、どうにか承知してくれた。
「高野君も、ごめん。ちょっと訳ありだし。また、別の日に」
「いいです、いいです」
これで、部屋の中にはあたしとミエ、マキの三人だけとなった。とにかく、
あたしとしては男どもを追い出したかった。もし、あたしの思い付きが当たっ
ていれば、マキとしては男子には聞かせたくないはず。
「桜井君が一緒にいないっていうの、それに関係しているの? あなたが冴場
って男とよりを戻して、しかも殺人の共犯だったと疑っている……」
念のため、声を落としてあたしは言った。
「……桜井君の気持ちは分からないけど、そんなとこみたい」
「全く! 桜井君も何、考えてんのかしら! マキのこと、信用できないでど
うすんのよ」
思い付きが的中して、あたしは怒った。
「声が大きくなってる、リマ。ねえ、マキ。もっと詳しく話してくれないと、
どうすることが最善か、分からないわ。事件のこと、冴場って人のこと……」
ミエの言葉に、マキはゆっくりとうなずいた。
−続く