AWC 焦点 10    永山


        
#2253/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/ 7/30  10: 6  (182)
焦点 10    永山
★内容
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注意
 牧村香代が語った『不思議荘における殺人事件』について。この『焦点』の
物語と本質的につながりはありませんが、興味のある方は、ライブラリィの5
にある565〜556・『不思議荘の殺人』を参照下さい。ただし、年代の都
合により、『不思議荘の殺人』の1の改訂ヴァージョンをOPさんにお送りし、
新たな登録をお願いしたところですので、新しい登録が終わるのを待っていた
だければ幸いです。
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 マキが不意にあたし達の前に現れ、色んなことを話してくれてから、何日経
ったんだろ。
 幸い、不思議荘で起こった連続殺人は、真犯人が逮捕されたと報道があった。
あたし達も数日間、推理を重ね、怪しい人物のあぶり出しを行ってたんだけど、
それよりも早く、真相を察してくれた人がいたみたい。マキの話では、事件の
ときの例会に呼ばれていた推理作家の知合いで、流とかいう私立探偵が真犯人
を指摘したらしい。本当に名探偵が存在するんなら、こういういきさつの有無
に関係なく、会ってみたい。
 それはともかくとして、問題の大部分は解決した訳よ。残るは、マキと桜井
君の仲が戻っていないってこと。
 マキが犯罪とは無関係だって分かったんだから、桜井君も素直に言ってくれ
たらいいのに、今も音信不通のまま。わだかまりがあるのかしら。
 それどころか、マキの方でさえ、会おうとしていないみたい。どうなってる
のかしら?
「ここで、学園物の漫画みたいに、芝居めいた設定をして二人の仲を戻させる
っていうのは、やりすぎだろうな」
 と言ったのは、幼なじみの細山君。彼は推理研じゃないけど、話してもいい
と思ったから話した訳。
「そうよね。せめて、あたし達がマキにかかってた疑いを晴らしたんなら、少
しは口の出しようもあるけど、今じゃあ、これは二人だけの問題なんだから」
 そうなのだ。二人の問題なのだ。だけど、推理研を辞めたとはいえ、仲間だ
って思ってる。だから、うまくいってほしい……。


「どうして会ってくれなかったんだ、今まで?」
 桜井仁は、偶然に会うことができた彼女に対して、静かに、しかしきつい口
調で問うた。狭い路地で会話を交わしていると、誤解を受けそうなのが気にな
ったが、それどころではなかった。
「大学のどこ捜してもつかまらないし、こっちがやっと決心して電話しても、
出てくれない」
「……一緒にいると、桜井君に災難が降り掛かる」
「え?」
 目の前の彼女−−牧村香代の台詞の意味が、すぐには飲み込めず、桜井は絶
句した。
「どういう……」
「分かったでしょ? 私って、災難を招いちゃうのよ。推理研にいたとき、殺
人事件が起きて、それをきっかけに辞めたけど。あれ、私のせいだったのよ。
だって、今度は私のいるミステリファンのクラブで殺人が起こって。私が、人
の精神の安定を狂わせるような何かを運んで来るの、きっと!」
「何を言うかと思ったら……。偶然だよ。推理小説の中の名探偵を見てみろ。
一年の内に、次から次へと殺人事件に遭遇している。それに比べたら」
「気休めにならないわ。それとも冗談? 現実の話で、こんなことってあるは
ずない」
「あのなあ……。仮に、香代がそんな、災難を招くんだとしても、自分は気に
しない。そんな物、追い払ってやる」
「私が嫌なの! あなたに災難が行くのが分かっていて、そのまま放っておけ
ないのよ」
「……」
 ここで桜井は少し考え、おもむろに口を開いた。
「分かった。だが、一度だけ機会をくれないか。自分には、災いを追い払う力
があるんじゃないかなと思うんだ。それがどれだけのものか、見せてやるよ。
明日、何限まである?」
「三限まで」
「ちょうどいい。それだったら、三限目が終わったら、学食に来てくれないか。
そこで、ある実験につき合ってほしい」
「……それが失敗したら、私から離れてくれる?」
「……ああ」
 『実験』を行うことに、二人は同意した。

 三限目はいつもと同じように終わったが、牧村香代にとっては違っていた。
昨日はああ言ったものの、本当に桜井と離れることを考えると、胸が痛み、喉
がからからになりそうになる。
 食堂は、昼食を食べ損なっていたらしい学生が、何人か見受けられたが、閑
散としていた。捜すまでもなく、奥の日陰になっている席に、彼の姿をとらえ
ることができた。
「どう、気分は?」
 席に着こうとした牧村に、桜井はそんな言葉を投げかけてきた。
「どうって?」
 一瞬、動きを止めた後、改めて彼の正面に腰掛けると、牧村は問い返した。
「いや、実験に影響があるかもしれないから。これからやる実験は、ある人か
ら聞いたものなんだが、僕と香代、二人の精神状態が大きくその結果を左右す
るそうなんだ」
 桜井の話を聞いて、牧村は内心、驚いていた。推理研にいたときの桜井は、
ほとんど現実的なことしか言わなかったのに、今の彼は、かなり神がかりなこ
とを言っているように思える……。
「そう……。でも、どちらにしても一緒よ。失敗する」
「とにかく、説明するから、聞いていてくれよ」
 と、桜井は、トランプを二組、テーブルの上に取り出した。裏の模様が赤と
青の二種類。
「本来はタロットカードがいいそうなんだけど、トランプでも構わないらしい
から、こちらにしたんだ。さ、どちらの色が好き?」
「赤」
 牧村は、すぐに言った。
「赤。それなら、赤のカードを取って。僕は青を使おう。ケースから取り出す
んだ。ただ、大事なことがあって、なるべく二人同時に取り出すのがいい」
 桜井に言われ、牧村は小さく息を合わせ、相手と同時にカードをケースから
出した。
「割とタイミングよかった。次は、自分の好きなカードを頭に思い浮かべ、そ
の一組の中から選び出す。それをテーブルの上に、裏向きに置くんだ。もちろ
ん、僕も同じようにやる」
 そう言った後、桜井は目を閉じ、いくらか考えた後、カードを見ながら選ぶ
作業に入った。それを見て、牧村も同じことをする。彼女が思い浮かべたのは、
ハートの7だった。どこか、ラッキーセブンを期待している気持ちがあったの
かもしれない。
「選んだ?」
「ええ」
「それを覚えて。絶対に忘れないで。いいかい?」
「分かったわ。それから?」
「選んだカードの上に、残りのカードを載せ、二回だけ切って」
「どうして二回なの?」
 不思議に思った牧村。
「二人でやる実験だからさ。さあ、切って」
 二人は同じようにカードの山を切った。
「ここでカードの交換だ。香代、カードをこっちに。それから、僕の使った青
いのを取って」
 こうして、牧村の手には青のカード、桜井の手には赤のカードがあることに
なった。
「次に、今、手元にあるカードから、さっき覚えたカードを選び出し、山の一
番上に置くんだ」
「さっきのカードね」
 言われた通り、彼女はハートの7を見つけ出し、山の一番上に置いた。桜井
も、同じ作業を終える。
「ここからが実験だ。今まで、僕らは同じことをやってきた。これは確かだよ
ね?」
「間違いないわ」
 こくんとうなずく。
「でも、二人が思い思いに選び出した、二つの山の一番上のカードまで一致す
るなんてことは、考えられないだろう?」
「……有り得ないわ」
「でも、この実験は、より強い力を持つ方の思い通りになるそうなんだ。僕は、
香代のカードと一致することを願って選んだんだ。だから、この実験が成功す
れば、僕の力が君の不吉な影を追い払ったことになる、ね?」
「……講釈はいいわ。早く、めくりましょう」
「ちょっと待って」
 めくろうとした牧村の手を、桜井は止めた。
「何よ?」
「できるだけ、君にも努力してほしいんだ。『一致するんだ』というように、
強く心の中で念じてほしい」
「……いいわ」
 牧村は、呆れた表情をしながらも、心の中では言われる前に、そう念じてい
たのだ。
(一致する、一致する、一致する、一致する、一致する、一致する、一致する)
 一心不乱に念じる彼女。
(彼と私は、全く同じことをしたのよ。一致しない方がおかしいわ。そうよ。
きっと、二枚は、二人は一致する)
「いいかい? めくるよ」
 桜井の手が、赤い山の一番上に伸びた。
(決まってる。あのカードは、ハートの7。絶対に一致するのよ)
「……ハートの7、だ」
 目をつむっていた牧村の耳に、桜井の声が届いた。
「本当に!」
 叫ぶような声を上げ、牧村は自分のカードをめくってみせた。
「ハートの7だったろ、香代も」
「ええ、ええ。そうよ」
「これで証明されたと見なしてくれないかな? 僕が君を守る」
 桜井の力強い声が、優しく響いた。答は決まっている。
「……うん……」

 二人、桜井と牧村は歩いていた。
(玉置さんも香田さんも、それに剣持も、お節介なんだから)
 心の中で、桜井は悪口を言った。しかし、それは本当の悪口ではない。
(きっかけのためとか言って、面白いことを考えたもんだ、全く。こんなこと
に、手品が役立つとは思いもしなかった)
 そうなのである。桜井が牧村と一緒にやった実験は、手品だったのだ。
(剣持もたいしたタマだよ。玉置さん達がタネを教えてと頼んできても、「僕
だって、好きな人を相手に、この手品をやってみたいんです。ここで種明しし
たら、どこでどう、僕の意中の人に伝わるか、知れたものじゃないですから」
ときた。自分も見習って、最後の最後まで、今度のことは香代に隠し通すこと
にしよう)
 桜井は決心するのであった。

(ひょっとして、あのときの実験って)
 牧村は何となく、思い当たり始めていた。
(剣持君か誰かから教えてもらった手品じゃないかしら?)
 そっと隣の彼の顔を見る牧村。しばらくすると、自然に笑みがこぼれてしま
う。相手だって笑っている。
(まっ、いいか)

−終わり


*犯人当て懸賞は、実際にはやっていません。あしからず。でも、考えて、答
を送ってくれると嬉しいです。




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