AWC 焦点 7     永山


        
#2250/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/ 7/30   9:56  (200)
焦点 7     永山
★内容
カモに白羽の矢を      玉置三枝子
 日曜の昼下がり、青空マーケット会場には、ふさわしくない人物だった。
「失礼ですが、お嬢さん」
 呼び止められた栄子が振り向いた先には、品のよい紳士が一人立っていた。
落ち着いた感じのスーツを着こなし、理知的でさえある眼鏡の奥には、優しそ
うな瞳があった。何よりも、立派な口髭が威厳を感じさせる。
「何でしょうか?」
「突然、呼び止めて申し訳ない。私は考古学を研究しておる身でして」
 紳士は名刺を取り出した。T大学 考古学教授 菱沼秀一と擦り込まれてる。
「大学の先生……」
「実は、今、学会の帰りでして、何気なくここに立ち寄ったのですが、素晴ら
しい物を見つけましてね」
 そう言いながら、紳士は右手である出店の一つを指し示した。そこには、屋
台も何もなく、単にござの上に古めかしい道具を置いている、レゲエのにいち
ゃんといった風情の男が、店を出していた。こちらに気付く風でもなく、買い
もしない客を相手に、ぼーっとしている様子だ。
「あそこの店に、学術上、非常に価値のある土器があるのです。縄文と弥生の
両方の特徴を合わせ持つ、いわばボーダーライン上の特異な土器なのです」
 話す内に興奮し出したらしい紳士。さらに、懐に抱えていたカバンから、堅
苦しそうな図鑑を取り出し、そのページを慌ただしくめくった。
「ああ、これだこれだ。ご覧なさい。この写真の物と、あそこの店にある物。
全く同じでしょう」
「はあ。確かに……」
 紳士に言われるまま、図鑑の写真と店先の土器を見比べると、間違いなく同
じ物だった。
「それで、私はぜひともあれを手に入れたいのですが、偶然、ここに寄っただ
けですので、持ち合わせがないのです。かと言って、自宅に取りに帰っている
と、売れてしまうかもしれない。そこでお願いなのですが、あなたにあの土器
を買ってもらいたい。つまり、一時、預かってもらいたいのです」
「え?」
「店では、三万円となっていますが、私に言わせれば、その何十倍の価値もあ
ります。もちろん、あなたにもお礼として代金プラス十万円はお支払いしたい」
「そんな、十万だなんて!」
 栄子はそう答えながらも、財布の中身を考えた。
「これぐらい、研究費で落とせるのです。あなたが心配することはありません」
「そうですか……」
 栄子は仕方なく引き受けるという態度で、紳士の申し入れを受けた。
「ああ、助かった。いや、ありがとう。おっと、私は急いで戻って、研究室に
報告しないといけない。そうですね、土器とお礼の引き換えは、一週間後の午
後二時、この場所ということでどうでしょう」
「結構ですわ」
「では、お願いしましたよ」
 そう言い残すと、紳士は慌てたようにかけ出して行った。

(騙された……)
 栄子は一週間後になって、ようやくそのことに気付いた。
 紳士に指定された通り、彼女は同じ青空マーケットの場所に来たのだが、約
束の時間を三時間も過ぎ、そろそろマーケットが閉りかけになっても、紳士は
姿を現さなかった。名刺にあった電話番号も偽物。そこでようやく、彼女は気
付いたのだった。
(あの紳士面した中年は、レゲエとグルだったんだ! ガラクタを高値でも買
わせるために、あんな芝居をして……)
 栄子が悔しがっていると、またも男に呼び止められた。
「もしもし?」
「何よ!」
 悔しさと警戒感からとで、栄子の口からは、刺々しい声が飛び出た。
「い、いや。あなたがえらく落ち込んでいたいたから」
 男は、革ジャンを着た、仲々のハンサムボーイだった。
「よかったら、訳を聞かせてくれませんか。実は僕は、こういった青空マーケ
ットで、紛い物を売りつけたり、インチキ商法をやったりしていないかどうか
をチェックしに来た興信所の者なんです」
 若い男は、ごそごそとジャンバーの内側をまさぐって、悪戦苦闘しながらも
名刺を出してきた。
「アイン調査所の伊丹正孝さん?」
「そうです。とにかく、どこか場所を移しませんか?」
 ということで、駅に近い喫茶店に入った。少し込み合っていたが、二人は窓
際の二人席に座れた。
 注文が来るまでに説明をした栄子に、伊丹は慰めの言葉を言った。
「僕は、この手の事件を色々と見てきましたが、これは特に悪徳ですよ」
「何とか、警察に訴えて、取り返せないかしら?」
「うーん。そいつは難しいかもしれませんね。意外と、その紳士と店の男との
関係を立証するのは、困難なんです。それに、仮に罪を立証できても、お金が
戻って来ることはないんですよ」
「そんな! じゃあ、泣き寝入りしろって」
「大きな声、出さないで下さい。そうは言ってません。何のために、僕らのよ
うな調査所があるとお思いですか?」
 いたずらっぽく、伊丹は笑った。栄子には、その意味が分からなかった。
「僕らは警察ではありませんから、かたくなに法を守るなんてことはいたしま
せん。こういった場合、当方がお客様にお勧めしているのは、『目には目を
歯には歯を』です」
「? それってまさか」
「お察しですか? そうです。僕らは騙し取られたお金を取り返すために、詐
欺の手法をお教えしているのです」
「そんな会社があるの」
「ここにあります。もし、お望みでしたら、お金を取り返す、いや、それ以上
を手にする方法を教えて差し上げます。無論、こちらから無理に引き込んだん
ですから、料金は格安ということで結構です。そうですね、料金さえも相手か
ら取り上げてみせることも可能ですよ」
 栄子は、犯罪になるかもしれないということに後込みしかけたが、先ほど味
わった悔しさを思い出し、伊丹に依頼することにした。

 数日後、再び、同じ喫茶店で、栄子は伊丹と会った。
「僕らの会社の情報網から、問題のレゲエ男の店は割とすぐに見つかるはずで
す。ああいった連中は、同じ手口で各地を転々とする傾向がありますしね」
「見つかったら、そこへ行って、仕掛けるのね?」
 わくわくしながら、栄子は言った。前金で二十万円を支払ったのだから、騙
し取られた三万とあわせて二十三万。それにプラスアルファが欲しい。
「その通り。ターゲットが古物を扱っているということだから、こういうのを
考えてみました。
 まず、あなたはなるべく高価そうな指輪を用意して下さい。当然ながら、本
当は安物を、です。それを着けて、男の店先に姿を現します。あなたは適当に
冷やかして、帰るだけ。ただし、そのとき、指輪をわざと、忘れて下さい」
「ちょっと待って。相手は、私の顔を覚えているかもしれないわ」
「そんなことはありませんよ。あんな連中は、同じ手口を何十人、何百人、い
や、何千人にもはたらいているんです。いちいち、カモになった客の顔なんて、
覚えているもんですか」
「カモ……」
「おっと、失礼。許して下さい。詐欺の手口を研究するときに、使い慣れてい
るものですから、つい。で、説明を続けさせてもらいますと……。
 あなたが帰った直後、美術商をやっているという男を、店に送ります。もち
ろん、この美術商はこちらで用意した偽者。彼は、あなたの忘れて行った指輪
を見て、『こいつは凄い。ルネッサンス時代の影響を受けた、見事なカット具
合いを持っている云々。自宅から百万円もって来るから、ぜひ売らないで取っ
ておいていただきたい』というようなことを、店の男に言ってやるのです。い
くら詐欺師連中だって、その場で他人の物を売ってしまうことはないでしょう。
まあ、これは美術商に扮した男の腕の見せどころでもあるんですが、話の方向
を、『では、その婦人が取りに戻って来たときに、交渉してくれないか。私は
後で、君に百万をはらうよ』というように持って行くのです。
 これが成功すれば、後は簡単です。しばらくおいて、あなたは店に指輪を取
りに戻ってみせます。当然、店の男は『いくらでもいいから、その指輪を買い
取りたい』と言ってくるでしょう。その値段を、なるべくつり上げてやるので
す。まあ、美術商が百万と言っておけば、五十万までは何とかなると思います」
「あの男って、店を出すときに、五十万なんて大金を持っているかしら?」
「それも大丈夫でしょう。ああいった連中は、大きな詐欺のチャンスに巡り会
ったときのために、見せ金としてそれぐらいは常備しているものですよ。ま、
これで美術商が姿を消せば、終了です。儲けは、あなたの口次第ですから、磨
きをかけておいて下さい。レゲエ男の店を発見次第、連絡を入れますから」
「分かったわ」
 栄子は、言われた作戦を頭にたたき込んでから、席を立った。

「ごめんなさい。私、さっき、ここに指輪を忘れたと思うんだけど」
 ここまでは作戦通りに運んでいた。目の前にいるレゲエ男は、栄子にまるで
気付いていなかった。
「ああ、あんたの忘れ物だったのか」
「そうよ。返してもらうわね」
「ちょっと待ってくれないかな。俺、その指輪が気に入っちゃってさあ。ぜひ
とも、譲って欲しいんだ」
 来たなと思いながら、栄子は拒否の姿勢をしてみせた。
「ええ? 駄目よ。母からもらった、大事な指輪なの。簡単には手放せないわ」
「そんなこと言わずにさ。これだけ出すから」
 と言って、男は片手を広げてみせた。
「……五万?」
 栄子は、こいつ、いくらなんでも安すぎるわと憤慨しつつ、聞き返した。
 ところが、男の答は、もっとひどかった。
「五万だあ? 馬鹿言ってもらっちゃあ、困るなあ。五千円だよ、五千円」
「何ですって?」
 思わず、金切り声になる。どこまでがめついの、詐欺師って人間は……。
「冗談じゃないわ。そんな値段で、渡せるもんですか。もう、持って帰るわ」
「ちっ、待ちなよ。しょうがねえな。二千円、上乗せしてやるからよ」
 それじゃ、一緒じゃない! 叫びそうになった栄子だが、とにかく、交渉を
続けないといけない。
「あのね、どうしても欲しいなら、二桁は違うわよ。いくらで、母が買ったと
思っているの、これを」
「さあて、三千円ぐらいじゃないの?」
 ぐっ、と詰まってしまう栄子。実際、この用意した指輪は、栄子が三千円で
買った物なのだ。
「見、見る目ないわね、あなたって。こんな店、出しているくせに。これがそ
んな安物に見えて? これは何十万もする……」
 大見栄を切ったところで、ポンポンと肩を叩かれた。どきっとして振り返る
と、おまわりさんの格好をした、柔和な顔の中年男が立っていた。
「あー、何かもめてると聞いて、さっき、駆けつけたんだが、どうしました?」
「あ、いえ、あの」
 しどろもどろになる栄子。こんなの、予定外だ。その隙を縫うようにして、
店の男が言った。
「この人、ひどいんすよ。僕がね、この人の忘れて行った指輪を買い取りたい
って頼んだら、法外な値をふっかけてくるんですよ。参ったなあ、もう」
「ほう。本当ですかな?」
「……はい」
 しょうがないので、栄子は認めた。
「指輪というのは、どれですかね?」
 ゆっくりした口調の制服に、栄子は指輪を差し出した。
「ふむ。これね。これ、いくらなら売ろうって言ったの、あんた?」
 問いに対し、栄子が黙っていると、またレゲエが口を出した。
「何十万だって言うんですよ。どう思います、おまわりさん?」
「ああん? そりゃ、無茶だなあ、お嬢さん。わしだって、そんなに宝石に詳
しくはないが、これが本物じゃあないことぐらい、すぐに分かる。そうだろ?」
「……はい」
「いいかね。たまたま忘れた指輪を、こちらが買い取ると言ったのをいいこと
に、高く売ろうなんて、そりゃひどいよ。普通の娘さんのすることじゃあない。
まあ、今日のところはこれぐらいにしとくが、二度とこんな真似、しちゃいか
んよ。どうしても買ってもらいたいなら、相手のいう値段にしときなさい」
 そう言って、警察帽を被り直すと、柔和な中年は去って行った。
「さあ、どうするんだい?」
 レゲエ男が言った。栄子は仕方なく、七千円で買ってもらった。とにかく、
この場から早く、逃げ出したかった。

「うまく行ったみたいだね」
 伊丹が言った。
「全くだ。おまえもいいターゲットを選んだもんだよ。何の苦労もなしに、た
っぷり稼がせてもらった。調査費だって、もっとふんだくれたんじゃないか?」
「まあ、いいじゃない。あまり高くすると、前金でくれなくなるよ」
 伊丹が答えた相手は、あのレゲエ男と教授を名乗った紳士、そしておまわり
の格好をした中年だった。
「おい、伊丹。調査所の方は、店じまいしたんだろうな? 女に分からん内に」
「そんなとこで、手抜かりするもんか」
 伊丹は、そう言って、クスクスと笑った。

                             −終−

−続く




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