AWC 焦点  6         永山


        
#2249/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/ 7/30   9:52  (195)
焦点  6         永山
★内容
舞台裏からマジシャンを   剣持絹夫
 この前の文章を読み返して、つくづく感じたことがあります。それは、こん
な調子で手品の種明しをしていては、自分の持ちネタがすぐになくなってしま
うな、ということです。前回の最後に、見せ方は何通りもあるというような意
味のことを書きましたが、それにしたって、このままではまずいのです、個人
的に。
 本誌は推理小説中心ですから、なるべく超能力じみた手品を取り上げていく
つもりでしたが、方針変更したいと思います。所々にマジシャンとしての心構
えみたいなものを書いて、種明しの数は減らしたい訳です。
 早速、マジシャンの心構えです。手品を一つでも覚えると、人前でやってみ
たくなる人も少なくないと思います。そのとき、注意すべきことをいくつか挙
げましょう。
 まず、これから何をするかは言わないこと(例外はあります)。例えば、前
の回に話した方法で手品を演じる場合、「これからカード当てをやります」な
んて言わないように。演技が進む内に分かる人も出てくるでしょうが、何も最
初から全員に知らせる必要はないのです。驚きが減じてしまうだけです。
 次に、演じるときはなるべく、観客の方を見ること。自分の手元ばかり見て
いては、客の目もそっちに集中してしまいます。ひょっとしたら、種を見破ら
れる元になりかねません。できるだけ、観客を見るのです。相手が一人の場合
は、その人の目の間、つまり眉間の辺りを軽く見つめる感じで。相手が大勢の
場合は、その集団のまん中辺りを見るようにするのがベストとされています。
 それから、演じる手品は三つ程度で充分だということ。プロのマジシャンに
でもならない限り、覚える手品は四つでいいでしょう。とりあえず、二つを演
じてみせ、それで終わろうとするのです。観客の中には、「もっと見せて」と
言う人がいるかもしれません。そんなときだけ、三つ目の手品をやるのです。
四つ目のは、最後の砦です。とっておきの場合だけに、ばっちりと決めてやれ
ばいいのです。何にしても、手品の見せすぎはいけません。マジシャンは、演
じ終わって引っ込むときに観客の喜びの拍手を浴びてはいけないのです。「や
っと終わったか」と客に感じさせるのは最低なんだと、心に留めておいて下さ
い。
 もう一つ、演技が終わってから、観客はあなたに、「種明しして」と要求し
てくるかもしれません。しかし、例えそのお客が素敵な異性だったとしても、
絶対に種明ししてはいけません。いくらあなたの演じた手品が素晴らしく、ま
た観客が驚いてくれていても、種明しをした途端に幻滅を呼ぶことは、ほぼ確
実です。人間なんて勝手なもので、素晴らしい手品には素晴らしい種があるの
だと、信じ込んでいるのです。それで種を知った挙げ句、それがつまらないも
のだと知ると、さっきまでの驚きはどこへやら、あなたの演じた手品まで種と
同じようにつまらないものと思うことが多い。
 さて、以上の心構えを踏まえた上で、一つ、手品の種明しといきましょう。
今回は簡単です。コインを三枚用意して下さい。それを右手に二枚、左手に一
枚、握ります。手の甲を下にした状態から、甲を上に向けると、いつの間にか
右手にコインが三枚となり、左手のコインは消えているという奇術です。
 ポイントは、先の行為を最初にやるとき、右手のコインが一枚、落ちてしま
い失敗したふりを見せることにあります。実は、そのとき床に転がったコイン
は、右手から落ちた物ではなく、左手のコインを落とした物なのです。それを、
いかにも右手から落としたのだというそぶりをしてみせ、観客の一人にコイン
を拾ってもらい、右手に入れてもらうのです。もちろん、このときの右手は、
半開き状態ですが、決して握り込んでいるコインを二枚とも見せてはいけませ
ん。
 これで準備完了。後はもう一度、最初に述べた行為を繰り返します。それか
ら、観客に、左右の手に、それぞれ何枚のコインがあるのかを聞く。「右に二
枚、左に一枚」という答が帰って来るでしょう。そこで、ゆっくりと両手を開
いてみせるのです。いつの間にか、左手のコインが右手に移ったように見えて、
驚きの声が漏れるに違いないでしょう。
 万全を期すためには、コインの製造年数を揃え、見た目も同じ様な輝きのを
使うことです。それと、この手品は同じ客相手に、繰り返し行ってはいけませ
ん。必ず、一度失敗するあなたを見て、勘のいいお客は、種を見破ってしまう
でしょうから。


最初のアリバイ       本山永矢
W 容疑者  X 被害者  Y Xの恋人  Z 探偵役の老人  P 証人
 若い女性が一人、頭を割られて死んでいた。側には、血で赤くなった大きめ
の石があった。
 肌の色の濃い、素朴な顔立ちをした美人だと言えるかもしれない。が、その
美しさも、大きく開いた傷から流れ出た赤い血によって、無惨な物と変わって
いた。
「おまえ、Xを殺しただろう!」
 Yが言った。決めつける響きがある。
 言われたWは怒りもあらわに、
「やってない!」
 と反論した。二人の若者は、心を隠すことなく、すさまじい表情でにらみ合
っている。
「まあまあ、おまえ達。よさないか」
 歳老いたZが、のんびりした調子で言った。白い見事な顎髭が、この男の歩
んで来た人生を感じさせる。
「わしが判断してやろうぞ。とりあえず、言いたいことを順に言うがよい。ま
ずはYからじゃ」
「Wの奴は、俺とXが一緒になるのを理由に、俺達を憎んでいた。本来なら、
Wは俺を殺したいんだ。だが、俺が隙を見せないから、自分をふったXの方を
殺したんだ。他に彼女を殺すような者は、ここにはいない。だから、WがXを
殺したんだ」
 Yは一気にまくしたてた。その細い目は、赤く充血している。
「ふむ。Wの方はどうかな?」
 Zに促され、Wは長髪をかき上げてから、大きな声で喋り始めた。
「俺はそんなひどいこと、していない! いいか、俺はXが好きなんだ。Yと
くっついた後でも、好きだったんだ。それなのに、俺が彼女を殺すはずがない。
だいたい、俺は、モウンタイン山のあの噴火から後、ずっと友達のPと一緒だ
ったんだ」
「いつ、Xが死んだかなんて、分からないんだ。そんな話、何の役にも立たな
いぜ」
 Yが口を挟んだので、Zがたしなめる。
「こらこら。まだ、Wの話は終わっとらんぞ。さあ、W。続けなさい」
「……Pはここらでも、信用のおける人間だとは、誰もが認めているだろ?
そのPが言ってくれてるのに、俺が殺したって言うのか?」
「どうだか。何か物をくれてやったんじゃないのか?」
 細い目をWに向け、Yは嫌みったらしく吐き捨てた。
「何だと、Y? 俺ばかりか、Pまで馬鹿にしやがって! 我慢できん、許せ
ないぞ!」
 WがYと取っ組み合いになりそうだったので、Zはまた慌てて止めに入る。
「やめるんじゃ! いいか、これ以上もめるなら、二人とも罰するぞ。……Q、
Qや! おまえが最初にXが倒れているのを見つけたんじゃったな?」
「はい……」
 気弱そうな女が、小さな声で返事した。
「Q、それはいつのことじゃ?」
「モウンタイン山が噴火してから、二回、太陽が昇ってのことです」
「ふむ。おまえは一切、この場所には手を着けておらんな?」
「はい」
「よろしい。わしは興味深いことに気が付いた。うっすらとではあるが、Xの
身体の上には、火山灰が積もっておる。また、回りの木や石には、火山灰はた
っぷりと積もっている。これは何を意味するか? Y、どうかな?」
「……分かりません」
 Yは、さほど考えた様子もなく、あっさりと言った。
「これはな、WがXを殺したんではないということを示しとるんじゃ」
「馬鹿な! こいつがやったに決まってる」
「俺はやってない!」
 二人の押し問答を無視し、Zは続けた。
「よいかな。Wが噴火の後、Xを殺す時間がなかったのは明らかじゃろう。火
山灰の積もり具合いからして、Xは噴火後しばらくして、ここで殺されたとみ
るのが当然じゃないかね? 何故なら、もし、Xが噴火の前にここで殺された
のなら、彼女の身体には、回りの木なんかと同じように、火山灰が積もってな
いといかん。それなのに、実際はちょっぴりしかない」
「……」
 Yは唇を噛んでいた。
「どうじゃな? Xを殺すことは、Wには無理だと分かったかな?」
「それは……分かりました。すまなかった、W」
 Yは納得したのか、素直にWに詫びた。それをWの方も受け入れた。
「ですが、長老Z。では、誰がXをこんな目に遭わせたんでしょう?」
「俺も知りたいです」
 さっきまでいがみ合っていたYとWの二人は、声を揃えてZに問うた。
「……わしにも断言はできんがの。ほれ、Xの頭を見てみい」
 Zの言うまま、二人はXの傷に目をやった。
「何だか、焼け焦げています」
 Yが言った。
「そう言われれば、髪の毛も少し、焦げてなくなっている……」
 Wの方も、ひどい姿になった恋人のことを悲しみつつ、低い声で傷の状態を
認めた。
「そうじゃ、Y。これは火の熱のせいじゃ。恐らく、Xは噴火があって、時間
を置き、山が収まったんだと思ったのじゃろう。ところが、まだ空には燃える
石が浮かんどったんじゃないかの。そうして、そんな石の一つが、Xの頭を直
撃したんじゃないかのう。かわいそうなことをしたものじゃ」
 Zがそう言って死者を送る呪文を唱え始めると、二人の若者は改めて尊敬す
るかのように老人を見つめた。それから、彼らも呪文を口にし始めた。神秘の
力を持つとされる呪文……。
 そんな三人の姿は、獣の皮で作った小さな布を、腰の回りにまとっているだ
けであった。
 原始の時代、最初のアリバイ成立の物語。

−終


今月のベストミステリー   奥原丈巳
 連載二回目にして、早くも書くネタに詰まる。これというのも就職活動のせ
いで、ミステリーを読む暇があまりないからである。
 ぼやいていてもしょうがない。何か書かなくてはならない。そこで、過去に
読んだ作品から、印象の強いものを紹介してみよう。
 有栖川有栖の「マジックミラー」(講談社)。ここまで双子ということにこ
だわった推理小説は、そうそうお目にかかれないだろう。犯人も双子、被害者
も双子、**も双子。そして、双子であること自体がトリック。作者は、アリ
バイミステリーの大家・鮎川哲也を意識してこの作品を書いたようだが、それ
だけに、仲々熱気がこもっている。
 トリックという観点から感心したのは、作中終盤におけるアリバイ講義。こ
こまで徹底的にアリバイトリックを分類した例を、自分は知らない。この分類
の前には、江戸川乱歩の分類や、先の鮎川哲也の分類もかすんでしまうかもし
れない。
 有栖川作品にしては珍しく、エラリークィーン張りの論理展開が見られない。
そこのところが、読者、特に有栖川作品を読み慣れた人には不満が残るかもし
れないが、作者の新境地を開いたものと考えれば、これもまた興味深く読めよ
う。
 土屋隆夫、「針の誘い」(光文社文庫)。これはかなり前だが、TVドラマ
化されたから、ご存知の方も多いと思う。誘拐ミステリーの傑作の一つ。この
作家の本領は、丹念な構成と、小説としての面白さにあるとされているが、本
編はトリックにおいても抜群の冴えを見せている。
 意外な犯人。その犯人は何故、誘拐したのか? どうやって誘拐したのか?
郵便物のトリック等々……。この作品から土屋隆夫を知った読者は、作者がト
リックメーカーなのだと思い込んでしまうのでは、と心配してしまうほどの盛
り込みようだ。
 寡作で有名な土屋隆夫は、また、その長編の全てが傑作であることでも知ら
れている。「針の誘い」でもそれは裏切られず、一度読んだら忘れられない印
象を、与えられることと思う。
 吉村達也、「ゴーストライター」(角川文庫)。前掲の土屋隆夫とは正反対
に、多作家として名の通る吉村達也。そんな作者が、デビュー前にある賞に投
じたのが、これ。賞自体は、最終選考に残ったものの、落選したそうで、ある
程度の書き直しの後、本書が発行されたようだ。
 確かに、ストーリーの運びは、アイドル歌手のゴーストライターという仲々
新しい素材を扱いながらも、やや古めかしい印象。会話の方も、今一つ、洗練
されていない。加えて、作者自身も認めているが、作風が男性的なのだ。今の、
どちらかと言うと女性的な(主人公が女性という理由もあるが)吉村作品と読
み比べてみるのも一興ではないだろうか。
 ところで、この作品の目玉は、“島が動く”という大トリックである。死ん
でしまった若い女性が遺した日記に、ある人物が彼女のために島を動かせてみ
せるという記述があった。これは夢なのか、空想の話か、それとも現実なのか?
 新人らしい大仕掛に、拍手を送りたい。

−続く




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