AWC 焦点  4         永山


        
#2247/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/ 7/30   9:45  (193)
焦点  4         永山
★内容
お似合い(承前)      奥原丈巳
「なるほど。いやね、これも犯人の物だと考えているんだよ。右手に返り血を
浴びた犯人は、それを落とそうとして壁にあんな手形を残した。が、それでも
完全には落とせなかったはずで、次に考えるのは、水で洗い流すことだろう。
そうなると、普通なら水道を使うんだろうが、この家には水道が通じてないそ
うじゃないか。台所にはあらかじめ汲んでおいた水が、わずかにあったそうだ
が、夜中に家の中でガタガタやったら、誰かに見つかるかもしれない。井戸ま
で行く方が、安全だろう。それで、あのマッチが犯人の使った物だとね」
 見かけによらず、この刑事は細かいことまで気が付くようだ。
「でも、私達はみんな、ライターを持たされていました。犯人がどうしてマッ
チを使ったのか、理由が分からない」
 水島が言った。
「ライター? それは聞いてなかったな。ふむ……。みんなのを見せてもらお
うかな」
 刑事の要求に応じ、僕らは持っていたライターを、目の前に並べた。どれも
緑色の、同じライター。
 刑事は、黙ってその一つ一つを手に取ると、着火するかどうかを試して行っ
た。
「お、これは着かないな。誰の物?」
「僕のです」
 神田が手を挙げた。
「これ、中身は残っているけど、どうして着かないの?」
「それは今朝、顔を洗うときに、井戸の側の水たまりに落としたんです。だか
ら、湿ってしまって」
「誰か、証人は?」
「あ、俺が見てました」
 僕は急いで名乗りを上げた。ことの次第の説明をする。
「……分かった。まあ、これだけ燃料があるんだからな。どれも減り具合いは、
ほとんど同じか。そうすると、犯人は、自分のライターだけが極端に燃料が減
ってしまうのを恐れて、マッチを使ったことになるかな」
 考え込む刑事。どうやら、マッチも決め手とはならないようだ。
「……聞きにくいことなんだが、どうか答えてほしい。竹久保さんを恨んでる
ような人は、いないかね?」
「そんな! 真理亜を恨むだなんて」
「そうよ。誰もいやしないわ」
 この質問には、今まで黙ってしまっていた加藤でさえ、顔を上げて反駁した。
「じゃあ、逆の質問にしよう……。特に男の君達に聞きたいんだが、竹久保さ
んを好きだった人はいるかね」
 ついに、この質問が出た。伊集院刑事は、鋭い目付きで、僕ら三人を見据え
た。
「どうかな?」
「僕は、彼女が好きでした。向こうはどう思っていたか知りませんが」
 真っ先に返事したのは、神田だった。まっすぐに、刑事を見返している。
「お、俺も」
 栗畑が続いた。どうやら、遊園地で加藤の言っていた話は、噂だけではなか
ったらしい。
「俺も、好きだった」
「君はどうかな?」
 刑事がこちらを見つめた。どう答えるべきだろう。
「……分かりません」
「分からない? それはまた、よく分からない答だ」
「ですから、自分にも分からないんです」
「ふん……。まあいいよ。どれ、そろそろ一旦、戻らないといかん。言わなく
ても分かってるかもしれんが、ずっとここに滞在してもらいたい。これは強制
ではないが、捜査のためにも協力してほしい」
 刑事はそう言うと、立ち上がった。

 栗畑は、警察から連絡があって呼び戻されたおじいさんに、かなりきつく問
い詰められている様子だった。何も、栗畑が悪い訳じゃないし、おじいさんだ
って怒っているようではないんだが、ことがことだけに、責任を感じているの
だろう。
「武郎君、ちょっと」
 神田と何を話すでもなく話していると、襖が開いて水島が顔を出した。
「俺だけ?」
「そう。話があるの」
 僕は神田に目をやってから、立ち上がった。神田は肩をすくめただけだった。
「何?」
 暗くなりつつあった外に出ると、水島は仲々話し出そうとしないでいた。
「加藤さんは?」
「一人でいたいって」
「ふうん……。それで、話って? 多分、刑事が見張ってるだろうから、あま
り怪しまれるようなことはしない方が……」
「あなたって嘘つきね」
 唐突な言葉だった。
「え?」
「真理亜がかわいそうじゃない。武郎君だって、好きだったんでしょ!」
「ちょっと」
「あんなに見ていたじゃないの、真理亜のこと。どうして正直に言ってくれな
かったの?」
「見ていたことは見ていたけど」
「二人切りで、教室で話していたこともあるって、聞いたわよ。それなのに」
 今までの水島からは想像もつかない早口に、僕は戸惑っていたが、ここらで
止めなければ。
「二人切り? それは完全に誤解だ。それは、たまたま僕らが日直の当番だっ
たとき、話をしていたのを誰かが見て、変な風に話が曲がったんだよ」
「どちらにしても、好きだったんじゃないの? 真理亜が言ってたわ。『早く
しないと、私が彼氏にしちゃうわよ』って」
「な、何だって?」
 僕が聞き返すと、水島は、口を滑らしたという態度になった。白い手で口を
押さえている。
「竹久保さんは、君に、そういうことを言ったんだ?」
 つまり、水島は僕のことを……となる。
 つまり、いつかの日直のとき、竹久保が僕に言った言葉−−「私のこと、ど
う思う?」は……。
「竹久保さんは、僕が彼女を何とも思っていないことを確かめようとしたんだ。
また、彼女は君が僕のことを……思っていることも知った上で、君にはっぱを
かけたんじゃないか?」
「……どういう意味?」
「僕が言うとおかしいかもしれないけど。君は言い出せなかっただろ、自分の
気持ちを。それを言わせるため、ある程度の危機感を君に持たせるために、『
私が彼氏に』云々って言ったんじゃないか」
「そんな……」
 水島は、両手で口を押さえた。さらに、その手が顔全体を覆う。
「……」
 何と、声をかけていいのか分からないでいると、不意に、彼女の手の隙間か
ら涙がこぼれ落ちた。
「……そうだっだの……。ごめんね……真理亜にも、あなたにも」
 水島が僕に抱きついてきた。あまりにも型通りなのと、ひょっとして刑事に
見られているのではという思いがあって、僕は彼女から離れようとした。
「ちょっとちょっと。涙が付いちゃうよ」
「あ、ごめんなさい!」
 慌てて水島は顔を僕の胸から離したが、両手は僕の服を掴んでいる。
「あ、手も濡れちゃってたんだ……。えっと、拭く物」
 彼女がそう言うのを聞いて、僕は、急にある閃きを感じた。
「分かったかもしれない……」

−−問題編.終わり

 さて、誰が犯人か? 分かった方は、巻末の回答用紙にその名前と理由を記
し、推理研究会のボックスに入れて下さい。たくさんの回答をお待ちしていま
す。

 締め切りは九月三十日。賞品は図書券五千円分です。


エッセイ 「たかが本格されど……」  玉置三枝子
 今回は、トリックについて論じてみたいと思う。
 トリックと聞くと、密室だのアリバイだの意外な犯人だの、種々の言葉が浮
かぶかもしれない。そして、これらは収集・分類され、ほとんど記号化されて
しまった。
 これは果して、ミステリー文壇にとって幸福なことだったのだろうか? 筆
者の答はノーである。
 トリックのみが取り出されたことによって、推理小説は小説以外の面白さを
も、読者に明確に意識させてしまった。そこまではいい。
 だが、トリックがはっきりと意識される結果にもなり、推理小説における謎
が、その印象を弱められてしまってはいないか? 換言すると、ごく初期の推
理小説は、ある謎が提示されても、それが論理的に解かれるかどうかさえもあ
やふやだった。それだけに、謎の性質も幻想的・超常的なものが求められたの
かもしれない。これは、今で言うところの、本格ミステリーに重なる。
 ところが現在、推理小説という枠は、何らかのトリックが存在し、作中の謎
は必ず論理的に解かれる物語と受け取られている。これでは、初めから幻想小
説としての技法を放棄せざるを得ないようなものだ。冒頭に不可思議な謎を提
示しても、現実離れし過ぎ等の批判を受けてしまう。
 よって、書き手の方はそんな批判を避けるために、なるべく現実的な謎・ト
リックを用いようとしてしまう。それが社会派等の優れたジャンルを生み出す
一因になったことは認めてもいい。が、原点であったはずの、本格ミステリー
が皆無になるような状況に陥ってはまずいのである。
 前回も記したが、「本格という血の流れが止まれば、ミステリーという生き
物は死んでしまう」のだ。そして恐らく、サスペンスやハードボイルドといっ
た、より風俗小説に近い物だけが、名前を残すようになるかもしれない。ミス
テリーから生まれたということも忘れられて。
 かような理由で、トリック分類はミステリー文壇にはよい影響をもたらさな
かったと感じる。いや、言葉が足りなかった。トリック分類自体は認めよう。
ミステリーを研究することにおいて、これは避けては通れない。ただ、トリッ
クが現実的かどうかだけを判断しても意味がない。問題なのは、作者の作風、
あるいは作品の雰囲気にマッチしたトリックかどうかなのではないか?
 加えて、トリックだけを持って一つの推理小説を評価してはならない。もし、
こんな評価がまかり通ると、本格ミステリーを通り越した、トリック至上主義
になってしまう。形にはまったストーリー・プロット・登場人物……。いくら
本格を欲しても、そんな物だけは御免だ。
 誤解を避けるために記しておくと、筆者は本格の復興だけを願っている訳で
はない。本格だけが活発になって、他のジャンルが圧迫されてはいけない。本
格が勢いを取り戻すことによって、ミステリーという生き物に血が注がれ、他
のジャンルもより活気づくことを願っている。何事も偏ってはいけないのだろ
う。百花繚乱こそ、あるべき姿だと考えている。
 トリックについて最後に。日本の推理作家達に即刻求められるのは、密室殺
人さえ描けばその作品は本格になるという認識を捨てることだ。この意識は明
らかに間違いである。このトリック至上主義に取り付かれた作家は、かなり少
なくなったが、それでもまだ生息している。あなたが本格の命運を危うくして
いると、早く気付くべきなのだ。


りぃだぁずぼいす
推理研に寄せられた一言感想。そんな読者の声を、一部掲載します。

 「カーターディクスンを読んだ男」、ひどい! 折角、密室物が読めると思
っていたら、あんなオチだなんて……。サギだ!(2回生 H・M)

 本山氏の「カーターディクスンを読んだ男」がよかった。最近の、面白くも
何ともない密室物大量生産の流れを風刺しているようで、仲々痛快。(3回生 K・K
)

 どれも、結構、面白かったです。特に、剣持さんのマジック種明しが興味深
かったけれど、できれば図解をしてみてはいかがでしょう? かわいいイラス
トを書く木原さんがいるんですから。(1回生 J・T)

 ありがちなネタだけど、「奇妙な料理」が好み。この路線で、もっと新鮮な
のをたくさん読みたい!(助教授 S・Y)

 匿名作家の「殺人者は光より速い」のトリック、あんなにうまくいくのかね
え? 今度帰省したら、弟に試してやろ。(3回生 M・A)

−続く




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