AWC 焦点  3         永山


        
#2246/5495 長編
★タイトル (AZA     )  93/ 7/30   9:41  (196)
焦点  3         永山
★内容
お似合い(承前)      奥原丈巳
 栗畑も好きなのか、竹久保って人気あるなと感心していると、不意にガサガ
サと音がした。
「僕が三位みたいだね」
 息を整えながら言ったのは、神田だった。
「走ったのか、俊?」
「あ。頭いいと思われてるから、名誉にかけてもAクラス入りしたかったんだ
な、これが」
 秀才の神田は、嫌みにならない程度で、そう言った。
「どっちが一位?」
「私」
 さっきまでの会話を聞かれたんじゃ、と思って僕の口は重くなっている。そ
れとは関係なく、加藤はあっさりと答えた。
「となると、最後になったら大変だ。たくさん食べるだろうからなあ」
「言ったわね!」
 ふむ。神田の方も、何も聞かなかったらしい。ならば、安心だ。
 それから、竹久保、水島、栗畑の順に迷路を抜け出してきた。

「あれは、絶対に運が悪かったんだ!」
 栗畑が言った。遊園地から帰る途中も、帰ってからも、何かと迷路で最後に
なったことを言われるもんだから、必死になって言い訳している感じだ。
「入口によって、運不運があるに違いない。もし、次に行く機会がれば、確か
めてやる」
「分かった分かった。さあ、武郎。風呂、沸かしに行こうぜ」
 神田は、付き合い切れないとばかりに、僕を誘った。
 最初に日に拾い集めてもらった枝を、切り揃えるため、僕と神田はナイフを
借りている。ここ何年か、この仕事をさせられているので、もう手慣れた物だ。
「あれ? マッチ、使うのか」
 水を入れてから、火を着ける段階になって、僕は神田の手元に気付いた。
「うん。昨日、やってみて分かったろう? ライターじゃどうもやりにくい」
「そうだな。俺もマッチ、一箱もらっておくかな」
 そうして火を着け、思い切り酸素を吹き込んでやる。白い煙と共に、赤い炎
がゆらゆらと立ち上がった。
「おーい! ご飯、できたってさ」
 加藤の声がしたので、僕らは燃え具合いを確認し、家屋に戻ることにした。
「水、そろそろ使い切りそうだから、また明日、汲んどいてね」
 水島がテーブルの上を拭きながら、伝えてきた。簡単に言ってくれるが、あ
の重さは洒落にならない。僕は、最初の日の感覚を思い出して、ぐったりとし
た気分になった。
「約四十分、覚えとかないと」
 神田は、時計を見ながらそんなことを言っていた。なに、風呂なんて、沸か
しすぎたのなら、うめればいいんだ。火事になることはないんだから。
 食事は、魚やら新鮮な野菜やらで、大変おいしい。加えて、遊び疲れで空腹
だったから、また格別だった。
 この日は、みんな疲れていたから、風呂に入って早々と寝ようということに
なった。
「明日はどうするの?」
 と、竹久保。
「ばあちゃんが自転車、近所から借りてくれたからさ。ちょっと遠くの湖まで
サイクリングってことで」
 栗畑は、あくびをかみ殺すようにしてから言った。
「湖って?」
「歩くには遠いんだけどね。結構、澄んでいて、きれいな場所なんだ」
「サイクリングって、お弁当、どうすんのよ?」
「大丈夫、大丈夫だって。ほとんど観光名所化してるから、近くに店なんてい
くらでもある」
 そう言って、栗畑はクジを作り始めた。風呂に入る順番を決めるのだ。

「武郎、一緒に顔、洗いに行かないか」
 そんな声に目を覚ますと、まず目が行ったのは、枕元の腕時計。朝の六時を
回ったばかりだ。
「……俊か」
 上を向くと、襖を開けて、神田が立っていた。僕は身体をゆっくりと起こし
つつ、
「えらく、早起きだな」
 と言ってやった。不機嫌さが伝わったろうか。
「早く寝すぎたみたいで、目が覚めてしまってね。悪いと思ったんだけど、起
こしたよ」
「思ったんなら、寝させといてくれ」
「気分、よくないかい?」
「……」
 薄い毛布を被ったまま、床に座り込んでから、考えてみる。言われてみると、
頭はすっきりしている。
「悪くはない」
「だろ? 顔を洗えば、もっとすっきりするさ」
 しょうがない。付き合ってやろう。僕は起き出すと、タオルとハブラシを捜
した。
 朝の太陽は、もう割と高く昇っていた。昨日は早起きだった竹久保も、まだ
起きていないらしい。
「いい天気ばかり続いて、助かるな」
 僕は空を仰いだ。鳥の鳴き声がしていた。
「そうだな。台風が来てもおかしくない季節だからな。おっと」
 神田がタオルを広げたところ、何かが転がり落ちた。緑色したライターだっ
た。それは、地面にできた小さな水たまりに、音を立ててはまった。
「しまったなぁ! こりゃ駄目だ」
 すぐに拾った神田は、火を着けようと試みるが、この間の竹久保と同じく、
着きはしなかった。
「これで七時間は、火とおさらばって訳だ」
 僕は冷やかしてやった。
「朝だからいいけど、参ったな。風呂上がりに、タオルに包んだのを忘れてた」
「あれ、まだ何か落ちてるぜ」
 僕は、井戸から五メートルほど離れた先に、黒っぽい物を見つけた。
「マッチの燃えかすだ」
 神田は近付いてから、それを確認した。手が汚れそうなので、拾おうとはし
ない。
「おかしいな。こんなとこにマッチの燃えさしがあるなんて。風呂を沸かすの
に使った分は、すぐに放り込んでしまうのにな」
 神田がそう言ったとき、家屋の方から、何か叫び声が聞こえた。
 僕らは顔を見合わせると、すぐに家にかけ戻った。走るとき、足元に注意し
ていると、他にもマッチの燃えかすが何本かあった。
「どうしたんです?」
 玄関先に、腰を抜かしそうになっているおばあさんが見えたので、僕らは同
時に声をかけた。しかし、説明はされない。おばあさんは、口もきけないほど
に驚いているらしい。
 仕方がないので、外に出ようとしていたらしいおばあさんを、再び中に座ら
せ、僕らは奥に入った。
「あ、どこにいたんだ?」
 こちらを見つけて、栗畑が言った。顔色が悪い。
「顔を洗いに、井戸に行ってたんだ。何があったんだ?」
「こっちに来てくれ」
 栗畑に連れられ、僕らは一つの部屋に来た。ここは確か……。
「……」
 栗畑は何の説明もしなかった。
 が、部屋の中を見れば、その必要はいらなかった。寝床に正座する格好で、
彼女は死んでいた……。
「恵美−−竹久保さん!」
 『恵美子さん』という言葉を飲み込んで、僕は叫んだ。
「壁に……血の手形だ……」
 神田が、絶句していた。そのとき、大声が響き渡った。
「何してるの! 警察に電話して! 栗畑君、毛布、一つ駄目にしてもいいわ
ね」
 信じられなかったが、その声の主は、水島だった。彼女は、栗畑が何も返事
しない内に、持っていた毛布を竹久保の身体にかけようとした。
「あ、動かさない方がいい」
「このままにしとけって言うの? かわいそうじゃない、真理亜!」
 鬼気迫る表情だった。僕は、圧倒されながらも、なるべく落ち着いて振舞お
うと心がけた。
「そうじゃない。これは明らかに他殺。警察が調べるのを助ける意味でも、そ
のままにしとかないといけない。毛布をかけるぐらいはいいだろうけど、後は
何も触らずに、襖を閉じておくんだ」
「……」
「適当なこと言ってるんじゃない。僕は事件に巻き込まれたことがあるから、
それで言ってるんだ。犯人を見つけるためにも、必要なことだ」
「……ごめんなさい」
 水島が頭を下げた。謝られても仕方がないんだが、納得してくれたんならそ
れでもいい。
「警察に電話、したぜ」
 背後から、神田が言った。

 警察は意外に早く、七時には到着した。
「まず、聞いておきたいんだが」
 自己紹介が終わると、伊集院とか名乗った刑事は、若々しい声で、質問して
きた。場所は、あの広い仏間。
「君達の中に、左利きの人はいるかね?」
「……」
 僕ら五人は、お互いに顔を見合わせた。
「全員、右利きですが、それが何か?」
 代表する形で、栗畑が言った。
「いや、君達も見たかもしれないが、現場に右手の赤い形が残っていただろう?
 あれは、犯人が、えっと竹久保さんを背後から刺したときに浴びた返り血を
拭おうとして、付着したんだと思われるんだ。つまり、右手にナイフを持って
いた犯人は、右利きだろうと考えられる。かすれて、指紋は分からないがね」
「私達の中に、真理亜を殺した人がいるってことですか?」
 刑事が喋り終えるのとほとんど同時に、水島が言った。今の彼女は、まるで
たがが外れたようだ。反対に、いつもは活発な加藤は、落ち込み方がひどい。
「怒鳴られるのも、分からないでもないんだがね。外部からの侵入者があった
形跡はない。また、この家のおばあさんは、竹久保さんとは初対面だって言う
じゃないか。そうなると、こちらとしても君達を対象にせざるを得ない」
「いつぐらいに死んだんです、彼女? それに、凶器はどうなんですか?」
 神田が、何かにつかれたように質問を重ねた。
「一度にそう、たくさん質問されても困るな。えっと、まだ正式な物じゃない
が、発見が早かったせいもあって、死んだのは今朝の午前二時からの一時間だ
ね。凶器は未発見で、鋭利な刃物としか言いようがない。こんな言葉は嫌いな
んだが、この時刻にアリバイのある人はいるだろうか?」
 無茶な話だ。そんな夜中に、はっきりしたアリバイなんてあれば、かえって
怪しいものだ。
「……いないようだね。次は、玄関のげた箱の上にある、二本の折り畳み式ナ
イフだ。これが凶器じゃないかということで調べているんだが、誰の持ち物な
のかな?」
「ここの家のです」
 すぐさま、神田が答えた。
「あれは、僕と武郎君が、風呂を沸かすのに使う枝を揃えるために、借りてい
た物なんです。各自、一つずつ」
「えーっと、鬼馬村武郎君、間違いないかね?」
「彼の言う通りです」
 僕は、短く答えた。
「ふむ。使い終わったら、いつもあそこに戻したと?」
「そうです」
「じゃあ、誰にでも手に取ることができた訳か。芳しくないな。それじゃ、こ
れはどうだろう?」
 と言って、伊集院刑事が見せてくれたのは、ビニール袋に入ったマッチの空
箱だった。さらに刑事は、もう一つのビニールを取り出した。そちらには、何
本かのマッチの燃えかすがあった。そのほとんどが、白い木の軸をわずかに残
しているだけだった。
「空箱は、この家の入口に捨てられてあった。マッチの軸の方は、玄関から向
こうの井戸の方まで、ポツンポツンと七本、落ちていた物だ。どうだい、見覚
えは?」
「それ、多分、あの仏壇の前にあったマッチの一つだと思います」
 栗畑は、仏壇を指さしながら、説明した。そこには、ビニール袋の中の空箱
と同じ模様のマッチ箱が積まれてある。
「ほう。となると、これまた誰にでも手にすることができるのか。確かめとき
たいんだが、このマッチ、昨日はなかったね?」
「はい。ありませんでした」
 僕と神田はそう答え、そのいきさつも説明してやった。

−続く




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