#2221/5495 長編
★タイトル (CWJ ) 93/ 7/13 13:48 (167)
NAVY CRISIS −4− 作 うさぎ猫
★内容
ネイビークライシス
きくかぜは呉へ帰ってきた。
しかし、寄港地は母港であるFバースでなく、その隣に隣接する
大手造船企業のドックだ。
MCSをはじめとする、エンジンなどの検査が目的だ。
俺には、きくかぜ暴走の理由がなんとなくわかっていたが、口に
だせずにいた。
まぁ、整備課や民間企業のエンジニアがきれいにばらばらにして
調べるんだから俺がいうこともないか。
おそらく、MCSのS−RAMあたりに残っているんだろうから。
今回の救助の功績で、俺と銀次のケンカ騒動はおとがめなしに
なっていた。
「五郎、上がるんだろ」
銀次はすでに私服に着替えている。
「あぁ、例のやつも調べたいしな」
俺は自宅のワークステーションで、例のフロッピー解析を試みる
気でいた。
「それじゃ、8時ごろいくわ」
そういって、銀次は先に艦から出ていった。
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脇道に入ったとき幽霊が、幽霊の群れがいっぱいいた。
ゆき子はそこを泳ぐようにすり抜けていく。
過去の遺物となった古いプログラム。
「まるでスラムね」
そのとき、幽霊のひとつがゆき子に襲いかかった。
ドロドロした、窒息しそうな気分。
ゆき子のきれいな白い肌が、トマトケチャップみたいに真っ赤に
染まる。
「きゃは! おもしろーい」
ゆき子は血まみれで笑った。
幽霊はそれを見てブルブル震える。
「ねぇ、それからどうするの。ねぇ、このあと何をやるの?」
幽霊はおもいきってゆき子を食べた。
自分の体内に取り込み、幽霊が満足な笑みを浮かべたとき。
「きゃはは!」
幽霊の腹を引き裂き、血しぶきをあげながら、ゆき子はまるで幽霊
の腹から生まれ落ちる赤ん坊のように飛び出した。
「あんたはなんで死なないんだ」
崩壊しかけたビルの脇に座り込む幽霊が聞いた。
「死ぬ? 死ぬってなあに」
骨からこぼれ落ちそうな目玉をゆき子に向けながら、疲れきった幽
霊は不信な表情をした。
「あんた、どこのプログラムだ。軍のものじゃねえな」
ゆき子は首をちょこんと傾げる。
「あなたたちは海軍のプログラムなの?」
かわいい声でゆき子が聞く。
霊はその声から、まだ幼い生まれたばかりプログラムだというこ
とが解ったようだ。
「俺達はな、昔、世界の平和のために戦ったプログラムなのさ。第
2次世界大戦のときは、ナチスドイツのヒトラーと戦ったものさ」
「今は?」
「へっ、見ての通りだよ。崩壊しかけた古い電子デバイスの中に埋
もれていくだけさ。俺達を待っているのは分解なのさ」
ゆき子は悲しそうな表情を浮かべる。
白い小さな手をそっと、砕けた幽霊の頬にあてる。
「助けてあげるね」
「?」
「過去のものがすべて間違いなんてことないもの。あなたたちはヒ
トラーの狂気から世界を救った英雄なのに」
「お嬢ちゃん、あんた何者なんだ」
ゆき子は、恐ろしい形相をした幽霊たちへ、女神の様なやさしい
笑顔をみせた。
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呉市中央1丁目。名前のとおり、呉の中心街だ。
部屋の中央に鎮座するワークステーション。その隣にはBBS用に
パソコンが並んでいる。
俺はパソコンを稼動させてBBSへアクセスする。
ネットで知り合いになったタイチロウへメールを送った。
本名、近藤多一郎。UNIX世界の天才SEだ。
「やっほー!」
突然、大声が部屋に響く。
この声はお嬢だ。
一升瓶かかえて、許可もしてないのにふらふら部屋へあがりこんで
くる。
「ゴロちゃん、おひさ」
淡いブルーのシャツにホットパンツという軽装での登場。
本名は永井圭子。
こんなんでも、総監部の電算課に勤める自衛官。
しかも、副総監の孫娘ときている。
世の中なんか間違っている。
「ゴロちゃん飲もう!」
抱えてきた一升瓶を俺の前に突き出す。
そう、彼女は豪酒家なのだ。
それにしてもこの時間この格好でよく来たもんだ。
初夏とはいえ、日が沈めばそれなりに寒い。
チカンだって出るかもしれない。
薄手のシャツからお嬢のおおきな胸が揺れている。
ホットパンツからははちきれそうな元気な太股。
「やーっ、ゴロちゃん目がエッチ」
お嬢は両手で胸を隠すようなしぐさをする。
「バッ、バカヤロウ! そんなんじゃないぞ」
俺は慌てて弁解した。
あたりまえだ、なんで俺がお嬢の体見て興奮しなきゃならんのだ。
「あたし、ゴロちゃんに食べられてしまうかもしれない」
俺は頭を抱え込んだ。
完全にお嬢のペースに飲まれている。
「違う! そんな格好して寒くないかと心配してやったんだ」
「うーん、ちょっと寒かったかな。ブラくらい付けておけばよかっ
たかもしれない」
ブラくらい・・・ えっ? ぶらじゃ付けてない!?
「ノーブラなのか!?」
「やーだ、興奮しないでよぉ」
「ばか、チカンにでもあったらどうすんだ」
「大丈夫よ、柔道5段だもん」
そうだ、忘れていた。
お嬢は柔道5段、剣道4段、ついでに合気道6段のスーパーウーマ
ンだった。お嬢を襲ったチカンのほうがキケンなのだ。
「ほれほれ、飲もうよぉ」
お嬢が一升瓶を持ち上げる。
しかし、小柄でどちらかというと美人、副総監の家庭に育ったお
嬢様のどこにそんなパワーを秘めているのか。
「わかったよ、飲むよ」
俺はしぶしぶ、差し出された日本酒を飲んだ。
あまり日本酒は飲めないのだ。洋酒だったらけっこういけるのだが、
日本酒や焼酎はニオイで負けてしまう。
しかし、そんな俺のことなどおかまいなしで、お嬢はグイグイ飲
んでいる。
「にゃはは、おいしいねぇ」
お嬢はニコニコしながら飲んでいる。
部屋の窓から、きれいな満月が見えた。
「ひゃぁ、いつ来ても最高の環境だね」
お嬢はゴソゴソと窓辺に移動した。
この部屋からは呉湾が一望できる。
暗闇の中を明かりを灯した船がポツポツ走っている。
そのなかを赤灯を光らせながら高速移動する船がある。
海上保安庁の巡視船だ。
呉市は海上自衛隊の町であると同時に海上保安庁の本拠地でもあ
る。
海上保安大学のある町なのだ。
1948年に運輸省の外局として設置された組織であり、海上自
衛隊との交流も深い。
「お嬢?」
お嬢は窓辺に寄り掛かったまま静かになった。
俺はお嬢の顔を覗きこむ。
「こいつ寝てやがる」
冗談じゃないぞぉ、ここで夜を明かすつもりなのか。
お嬢のことだ、このまま朝帰りして「きのうはゴロちゃんとこ泊まっ
たのぉ」なんていいだすんだ。
あぁ、副総監が日本刀抱えて怒鳴り込んでくる姿が見えるようだ。
「五郎きてやったぞぉ、ドライブ連れていってやるからすぐ準備
しろい」
おー、神の助け。
悪魔にしか見えなかったヤツが天使に見える。
「銀次くーん」
俺は部屋に入ってきた銀次にめいいっぱいかわいく言った。
それを聞いた銀次が一瞬ひるんだ。
そして、窓辺に寄り掛かって寝ているお嬢を見て、さらに顔をひ
きつらせた。
「俺やっぱり今日は帰る」
逃がしてたまるか。俺は銀次に飛び付いた。
「ドライブいこう」
「やだ、今日は中止だ」
俺たちがバタバタやっていると、お嬢が起きた。
「あー、ギンちゃん」
その声に、銀次はあきらめたように、床にへたりこんだ。
お嬢の元気な声が響く。
「どらいぶ行こう!」
−5−へ・・・