AWC 『Angel & Geart Tale』(18) スティール


        
#2171/5495 長編
★タイトル (RJM     )  93/ 6/19   0: 8  (131)
『Angel & Geart Tale』(18) スティール
★内容

        『Angel & Geart Tale』 第十章


 なんとか自殺をせずに、僕は、生き続けた。自殺をしないまでも、僕は、かなり、
落ち込んでいた。いままでの苦労は、いったい、なんだったのだろうか、と、僕は、
思い悩んだ。

 数日が過ぎた。僕の耳に、彼女が、僕の悪口を言っているという噂が入ってきた。
僕が手紙を出してから、僕と彼女のゴタゴタは、大学では、主に、女子の間で、か
なり有名な話になっていた。僕が彼女にふられたことは、すぐに、知れ渡り、そし
て、彼女の発言も、話題になり、それが、廻り、廻って、僕の耳に入ってきたのだ。
僕は、それを聞いたときに、何かの間違いか、嘘だと、思った。彼女が、口汚く、
僕をけなすとは、僕には、信じられないことだった。
 だが、それは、嘘ではなかった。彼女は、僕の悪口を言っていた。しかも、信じ
られないほど、口汚く、僕を、罵倒していたのだ。なぜ、彼女がそんなことをする
のか、僕には、理解できなかった。
 彼女は、あと、何ケ月かで、卒業してしまうはずだった。だが、僕には、何も、
できなかった。僕は、それを、指をくわえて、見ているしか、なかったのだ。彼女
は、そんな僕を、あざ笑って、去ってゆこうしているのに・・・。
 僕は、街を、さ迷った。暖かいはずの弘前の冬は、僕には、いぜんとして、寒かっ
た。彷徨。つまらない彷徨だった。夜になると、何かに、いたたまれなくなって、
アパートの部屋を出た。僕は、彼女のアパートの前まで、行って、部屋の窓を見た。
彼女の部屋の窓が、あの夜のように、煌煌と輝いていると、僕は、少し、嬉しかっ
た。彼女の部屋の明かりが、消えていると、すこし、悲しく、落ち込んだ気分になっ
た。あとは、そのまま、アパートに帰るか、それとも、アパートを通り過ぎるかの、
どちらかしかなかった。僕は、夢遊病者か、なにかの病人のようだった。惨めだっ
た。寂しかった。胸が苦しかった。
 時々、彼女とすれ違った。彼女は、いつも、背の高い二人の男を、引き連れてい
た。彼女がそうしたのは、きっと、僕に、その光景を、見せつけるためだったに違
いない。彼女が卒業するまでに、僕は、何度も、彼女と、その背の高い二人の男と、
すれ違った。すれ違う、そのたびに、彼女と、その背の高い二人の男は、僕を馬鹿
にした。僕の苦しみは、僕が耐えられるポテンシャルを越え、僕は、ノイローゼの
ような状態になった。
 彼女が引き連れていた背の高い二人の男は、中村伸夫と石田浩之という理学部の、
僕と同じ三回生だった。そのうちの石田浩之は、僕が寮に居たときに、同じ階に居
た男だった。中村伸夫という男も、おそらく、兼子さんのように、彼女が美人だか
ら、その魅力に魅かれて、前々から、彼女に言い寄ってでもいたのだろう。
 彼女の気持ちは、僕には、わかっていた。きっと、自分の気持ちに、素直になれ
ないのだろう。他人の我がままだけは、僕には、どうしようもなかった。きっと、
彼女は、永遠に、自分に、嘘をつき続けるだろうと、僕は思った。ただ、そうする
ことで、彼女が、深く、傷ついていないかどうか、僕は、不安だった。
 僕にとって、不愉快なのは、あの背の高い二人組の男だった。きっと、彼女の気
持ちを利用して、焚きつけているに違いなかった。僕は、また、傷ついて、また、
以前のように、寝込んだ。どうすればいいのか、僕には、わからなかった。思い返
してみれば、彼女のために、無駄な日々を過ごしていた。
 どうすればいいのか。どうすればよかったのか。あのとき、彼女を殺して、僕も
一緒に死んで、無理心中でもすればよかったのだろうか。

 結局、彼女は、僕を、さんざん、バカにしたまま、卒業してしまった。僕は、春
休みになっても、実家に帰らず、ずっと、弘前にいた。彼女は、僕に一言も残さず
に、卒業してしまった。彼女は、札幌に去ってしまった。札幌のソフト会社に、彼
女は、就職したのだ。

 僕は、失意のうちに、実家に帰り、毎日、地獄にいるような苦しい日々を送った。
僕には、彼女を忘れられそうもなかった。僕は、彼女の後を追うことに決めた。
 僕は、彼女への、手紙を書いた。彼女が、いままで住んでいた弘前のアパートに、
手紙を出せば、なんとか、転送されて、彼女に、届くだろうと、僕は思った。僕の、
彼女への想いを綴った手紙を、僕は書き上げた。僕は、『彼女の後を追って、札幌
に行く』と、手紙に書いた。どんなことがあっても、彼女の後を追って、札幌に行
くと、彼女への手紙に書いた。彼女に、僕の想いが届くことを祈りながら、僕は、
その手紙を、彼女のもとに送った。

 その手紙が、彼女のもとに転送されて、着いたかどうか、僕は不安だった。が、
僕の手紙は、彼女のもとに、きちんと届いていた。彼女が、また、猛然とした勢い
で、僕の悪口を言い始めたのだ。それが、僕の耳に入り、だから、僕は、彼女のも
とに、手紙が届いたことを知ったのだった。
 彼女は、相変わらず、僕を罵っていた。そして、彼女の、その行動は、大学でも、
それなりに有名になり、僕は非難にさらされた。どんなに、非難を浴びても、僕は、
なんとも、思っていなかった。どんなに、彼女が、僕を、罵ろうと、僕は、彼女を
信じていた。彼女が、いつかは、素直になって、自分の、本当の気持ちを語ってく
れると、僕は、信じていた。
 ただ、僕の心を揺り動かすことが、ひとつあった。彼女が卒業してから、あの背
の高い二人組は、僕を見かけると、すぐに、寄って来ては、『彼女と寝て、気持ち
よかった』とか、『二人一緒に彼女に相手をしてもらった』とか、言い捨てていっ
た。なぜ、彼女が、こんな人間のカスと、行動をともにしていたのか、僕には、わ
からなかった。でも、僕の心には、一抹の不安が残った。僕を口汚く罵った、彼女
の、あの様子から、考えてみると、彼女が、一度に、二人を相手にして、寝たとし
ても、それほど、違和感は、なかった。もしも、あの、背の高い二人組と、寝てい
ないにしても、彼らと、行動をともにしていたことが、僕にしてみれば、裏切りで
あり、十分に、ふしだらな行為であった。

 彼女を最初から好きだったことを隠して、好きではなかったと、僕は、嘘をつい
た。嘘をつかず、本当のことを言えばよかったと、僕は後悔していた。だが、それ
は、もう、取り返しようのない、過去のことだった。

 僕の心の傷口は癒えず、ただれて、膿が出て、蛆虫がわいた。僕の耐え難い苦し
みや、僕の心がどれだけ傷ついたかということを、誰に言っても、きっと、わかっ
てもらえないだろう。それに、僕は、理解してもらおうとは思わない。この苦痛の
大きさは、僕だけが味わった、僕だけが理解できる、僕だけのものなのだ。

 あの背の高い二人組に、そういうことを言われたことよりも、彼女が、実際に、
そう、僕に思わせるような行動をとったということに、僕は、深く傷ついた。傷が、
どんどん、どんどん、深く、深く、深くなり、だんだんと、少しずつ、だんだんと、
僕の精神は、病んだ。自分の頭がおかしくなるのではないかと、僕は、おびえた。
体の調子も、おかしくなった。何日も、眠れなかったり、何日も、物が食べれなかっ
たりした。僕は、何度か、血を吐いた。吐血しても、僕は、病院に行かなかった。
このまま、死んでしまうのだと、僕は思った。自殺するのは、負けだから、嫌だが、
このまま、自然死するならいいと、思った。
 刻々と、闇が、近づいていた。精神的な死を窺わせる、闇が、私の、すぐ、背後
に忍び寄っていた。この血を吐くような、不眠不休の断食の日々が、僧侶か何かの
修行であるならば、私は、なんでも見透かせる高僧になれたろう。
 いつの間にか、春は去っていた。そして、いつもより、暑い夏がやってきた。僕
は、苦しんでいた。本当なら、札幌に行くために、会社廻りで、忙しく、動き廻っ
ていなければならないはずだった。だが、ここで、また、母の邪魔が入った。母は、
僕が、当初、公務員に、重点に置くということを耳にすると、すぐさま、僕にこう
言った、『絶対に、民間企業を受けるな』と。母の、一方的な通告の狙いは、すぐ、
わかった。母は、僕の就職活動のために、金を出すのが、惜しかったのだ。僕は、
これでは、彼女との約束を、必ずしも、守れないと、思った。僕は、彼女に、必ず、
札幌に行くと、約束したのだ。
 当然のことながら、僕と母は、対立した。しかし、母は、金を出さなかった。こ
れでは、話にならなかった。自分の息子が、このような状態に陥っていても、まっ
たく、意を介さない、母の、このやり方に、僕は、絶望した。この出来事を契機に、
僕と母との断絶は、ますます、ひどくなっていった。

  暑い夏が過ぎ、肌寒い秋に来た。その年の十月になって、僕は、彼女を追って、
札幌に行くのを辞めた。僕は、彼女を信用できなくなったのだ。彼女のような変質
者と付き合うのは不可能だと、僕は、思った。それに、もしも、すべてが、うまく
いって、彼女と結婚できたとしても、彼女のような頭のおかしい母親では、産まれ
てくる子供があまりにも可哀想だとも、考えた。

 僕は、また、ボランティアのサークルに戻った。いまの僕には、子供たちに勉強
を教えることが必要だった。僕の、心の痛みと苦しみ、そして、それによって、も
たらされる、ストレスから、立ち直るためには、僕には、ボランティアが必要だっ
た。僕は、決まっていた就職先に、断りの電話を入れ、それから、ボランティアの
サークルに行き、『留年することになるから、もう一年、サークルをやりたい』と、
告げた。
 その晩、僕は、心なしか、ぐっすりと、眠れたような気がした。これで、すべて
が、終わったのだと、思った。






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