#2170/5495 長編
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『Angel & Geart Tale』(17) スティール
★内容
『Angel & Geart Tale』 第九章
どうして、こんなに、僕が努力して、いろいろなことをしているのに、彼女は、
何ひとつ、知らないのか。彼女が愚かなのか、騙されているのかは、僕には、よく、
わからなかった。もちろん、僕にも、責任があると、感じていたが、トラブルの原
因の一端は、彼女にあると、僕は、思った。そして、僕は、彼女を助けなければい
けないという、強い感情に駆られた。彼女が、僕を必要としているのであれば、彼
女のもとに行ってあげようと、僕は決めた。
兼子さんや加茂谷さんは、最初から、女目当てで、サークルをやってるようなか
んじの男だった。特に、兼子さんは、ふだんは、好青年のフリをしながら、あんな
汚いやり口で、僕と彼女を、騙したのだ。騙されている彼女が、とても、かわいそ
うだった。兼子さんは、彼女と付き合うために、わざわざ、8mm映画を作ったのだ。
その証拠に、彼女が、出演をOKしなければ、彼は、映画を作らなかったのだから。
僕は、騙されている彼女が、あまりに、かわいそうなので、なんとかしてあげよ
うと思った。
彼女に出した手紙には、『僕のもとに、連絡をよこすように』と、失礼のないよ
うに、ちゃんと書いたつもりだった。しかし、僕のもとには、手紙でも、電話でも、
なんの連絡も来ない。風の便りで、情報が入ってはくるが、彼女からの連絡はなかっ
た。彼女は、かなり、好意的らしいのだが、僕は、どうすればいいのか、わからな
くなった。
そうしているうちに、秋が来た。僕は、また、彼女への手紙を書き始めた。僕に
は、事態の真相を、彼女に、きちんと知らせる義務があった。そして、僕は、彼女
と、きちんと逢って、愛を告白したかったのだ。今度の手紙は書くのに、かなり、
手間と時間がかかり、全部を書き上げるのに、一ヶ月以上も、かかった。手紙は、
長文で、そして、かなり、分厚いものになった。
僕が、彼女に手紙を出したのは、秋が過ぎ、そして、冬になりつつあった、十二
月の中旬のことだった。僕は、今年中に、連絡を寄越さなければ、来年、こちらか
ら、出向くと、手紙に、書いた。たぶん、彼女から、連絡は来ないだろうと思って
いたが、僕は、彼女に、直接、連絡してほしかったのだ。来年の春には、彼女は卒
業してしまう。僕は、その前に、どうしても、彼女の愛を確かめたかった、いや、
確かめねばならなかったのだ。
クリスマスが過ぎ、正月が過ぎ、また、大学が始まった。彼女からの連絡は、相
変わらず、なかった。しかし、嫌われたというわけではないようだった。『成人の
日』の次の日、すなわち、一月十六日の夕方に、僕は、彼女のアパートに向かった。
彼女のアパートは、僕のアパートから、二十分くらいの場所にあった。夏に歩いた
ときは、それほど、距離を感じなかったが、真冬のいまは、同じ道程を、かなり遠
く、感じた。それでも、僕は、なんとか、彼女のアパートにたどり着くことができ
た。僕は、かなり緊張しながら、ドアのベルを押した。だが、彼女はいないようだっ
た。僕は、『明日、また、来ます』というメモを、ドアの郵便受けに差し込んでか
ら、自分のアパートに帰った。
その次の日、僕は、また、彼女のアパートに向かった。彼女に嫌われていなけれ
ば、今度は、きっと、彼女が待っていてくれているはずだった。昨日という同じよ
うに、彼女のアパートまでの時間を、とても、長く、感じた。僕は、歩きながら、
何度も、何度も、繰り返し、時計を見た。時間は、ほとんど進まず、止まってしまっ
たように、僕は感じた。
彼女の部屋の前に着いた。彼女の部屋のキッチンの窓が、内側からの明かりに照
らされて、煌煌と、輝いていた。僕は、昨日と同じように、とても、緊張していた。
でも、僕は、吸い込まれるように、彼女のドアの前に歩み寄り、チャイムを鳴らし
た。彼女は、すぐ、応対に出てきた。そして、
『どなたですか?』と、彼女は、問いかけた。
僕の言葉は、喉に詰まって、なかなか、出て来なかった。でも、彼女は、すぐに、
ドアを開けてくれた。僕は、彼女と対面した。彼女と僕は、お互いに、見つめ合っ
た。そして、二人とも、少し、うつむいた。彼女の頬は、上気したように、薔薇色
になった。僕は、緊張しながらも、
『あの・・・、それで・・・、答えは・・・』
と、彼女に、なんとか、問いかけた。彼女は、少し、照れながら、
『でも・・・、わたし・・・、ほかに・・・、好きな人がいるから』
と、僕に、言った。
急に、胸が痛くなり、僕は、左手で、胸を押さえた。そして、気が付いたときに
は、僕は、彼女の部屋の前から、駆け出していた。彼女は、まだ、何かを言おうと
していたようだった。でも、もう、聞けなかった。僕は、駆け出していたので、彼
女の言葉を、もう、聞けなかったのだ。
現実は、いつも、僕の期待に沿わず、いつも、僕を裏切った。僕は、また、運命
に裏切られた。僕は走った。地獄か、どこかの、奈落の底に向かって。
永遠の闇が、僕の目の前に現れた。僕は、自分の部屋に戻って、寝込んだ。ただ、
ひたすら、胸が痛かった。現実の闇は、外面から、僕を包み、心の闇が、僕の胸を
突き破ろうとしていた。愛は、常に、永遠ではなく、必ず、僕を裏切った。だが、
闇だけは、いつも、僕のそばにいて、僕を包んで、また、僕の心を打ち砕こうとし
た。闇以外の何にも、たとえられないような深い悲しみと、どこまでも、落ちてゆ
く絶望感に、打ちのめされた僕の行き着く先は、死、そして、地獄しかなかった。
闇から、吹いて来る風は、強く、冷たく、そして、寂しい。何事にも、永遠はない
が、しかし、闇は、いつまでも、永遠に、闇だ。いつまでも、闇は不変で、僕を包
む。そよ風が吹いて、陽が、僕を照らし、愛が僕を包んでも、この永遠の闇だけは、
僕の心から、消えなかった。
これから、いったい、どうすればいいのか、どうやって、生きればいいのか、僕
には、わからなかった。闇は、僕の心に、重く、のしかかった。弘前は、冬で、街
は、雪に包まれて、美しかったけれど、いまの僕には、ただ、寂しいだけだった。
『せめて、いまが、夏であったならば』と、僕は、そう、思った。
何かに、いたたまれなくなり、僕は、外に出た。雪は降っていなかったが、空が
雲に覆われた、闇夜だった。弘前は、盆地だったので、雲が張っているほうが、暖
かいようだ。僕は歩いた。弘前の街なかを、何時間も歩いた。このまま、倒れて、
死んでしまえばいいと、僕は、思った。雪の明かりは、街を照らしていた。誰も、
歩いている人は無く、僕は、たった独りで、いつまでも、街を歩き続けた。