#2169/5495 長編
★タイトル (RJM ) 93/ 6/19 0: 1 (142)
『Angel & Geart Tale』(16) スティール
★内容
『Angel & Geart Tale』 第八章
ところが、事態は、僕の予想を、はるかに越えた、意外な方向に進んだ。
夏休みが終わり、九月一日から、大学が始まった。手紙を出したことによって、
僕のもとにも、情報が入るようになり、僕にも、やっと、真実が見えてきた。僕は、
兼子さんが伝えた、彼女の言葉の真相を、初めて、知った。彼女と僕との接触は、
相変わらずなかったが、情報だけは、僕の耳に入ってきていた。ほんとうの事実は、
まったく、違っていた。
彼女は最初、兼子さんに『僕とお話ししたい』と、頼んだのだった。それを、兼
子さんが、その話を、握り潰して、僕には、さもさも、彼女が『アブノーマル』と
か『ストイック』とか、言って、バカにしていると、嘘をついて、8mm映画での、
彼女との共演から、僕を降ろしたのだった。僕は、そのことを知らず、彼女のせい
で、共演を降ろされたと、誤解して、彼女を恨んでしまっていた。
兼子さんの悪事は、それだけに、とどまらなかった。兼子さんは、僕の前では、
彼が、『知らないなら断るから、いい』と、勝手に断ったのを、彼女の前では、さ
もさも、僕自身が断ったように伝えたのだ。彼女も、そのことで、僕と同じように、
苦しんでいたようだった。
僕と彼女の、トラブルの発端は、兼子さんが、二人の間に入って、嘘をついてい
たことにあった。僕は、彼女と話したがっていたのに、兼子さんが、むりやり、断っ
たのだ。あんな言い方では、絶対に『彼女と話がしたい』と言えるような雰囲気じゃ
なかったし、言っても、きっと、握り潰されたに違いない。
あのときは、彼女が嫌がったために共演を降ろされたと思い込んで、僕は、とて
も、傷つき、ショックを受けた。そのうえ、スタッフからも降ろされて、彼女と逢
うことが、ほとんど、不可能になったことも、事態の解決を、いっそう、困難にし
たのだ。
彼女が、何も言わなければ、兼子さんに邪魔をされず、彼女と話し合えたはずだっ
た。僕は、そのことを、とても、残念に思った。それから、なぜ、彼女は、僕が共
演やスタッフから降ろされたのに、何も、気づかなかったのか、ということが、不
思議だった。僕は、ほんとうは、彼女が、僕を、8mmの共演から降ろしたのではな
いかと、いまでも、疑っている。
僕は、彼女と話をしたがっていたのに、兼子さんが、汚い手を使って、僕と彼女
の仲を引き裂いてしまったのだ。兼子さんが、彼女に、あんなひどい、デタラメな
伝え方をしたとは、僕は、まったく、気付かなかった。僕が、断ったのではなく、
兼子さんが、勝手に断ったのだ。それが、僕の知らない間に、兼子さんが、『きち
んと伝えたのに、僕が、知らないと言って、強引に断った』ように、彼女に伝えら
れ、いままで、彼女も、そう、誤解して、苦しんでいたようだ。
兼子さんの、あまりの卑劣な行為に、僕は、怒り狂い、兼子さんを殺したいとい
う衝動にかられた。あんな卑劣な人間を、ほんの一瞬でも、信頼した彼女や僕にも、
責任があるかもしれないが、僕と彼女の、苦悩の原因は、ほんとうは、兼子さんの、
その汚い行為にこそ、あったのだ。ほんとうの敵は、彼女ではなく、兼子さんだっ
たのだ。僕は、彼女を憎んだり、殺そうとしたことを恥ずかしく、思った。
どちらにしても、僕には、どうしようもなかったのだ。彼女が、きちんと、申し
込んでくれたと、知っていれば、なんとかしていた。最初から、デタラメとウソば
かりで、彼女が、きちんと、申し込んだかどうかもわからず、手の打ちようがなかっ
た。いちばん、最初に、兼子さんが、伝えたときに、もう、だめになっていた。僕
は、断りたくなかったのに、勝手に、兼子さんが断ったのだから・・・。いまになっ
て、考えてみると、僕と彼女が、どのくらいつながりがあるかどうか、調べるため
に、『石原さんという人を知っているか』と、僕に、聞いたのだろう。むりやり、
話を壊して、潰しても、大丈夫かどうか、調べるために。
兼子さんが、僕の意向を無視して、僕が、『知らないから、断る』と言ったと、
彼女に伝えて、話をだめにしてしまったのだ。彼女とのことを解決する必要さえな
ければ、僕は、あのとき、兼子さんを殺していただろう。その気持ちは、いまでも、
変わっていない。ただ、そのときの僕は、彼女のことを考えなければならなかった。
兼子さんに対する、復讐よりも、彼女をいたわって、彼女の苦痛をやわらげてあげ
ることのほうが、先決だった。人を殺せば、罪になって、法で裁かれ、刑を服さね
ばならない。いくら、兼子さんの罪が深くても、復讐するのは、割りにあわないと、
そのときの僕は考えていた。一方は、どんなに汚いことをしても、合法ということ
で何の罪に問われず、そして、僕が、復讐をすれば、罪に問われて、罰を受けなけ
ればならない。罪と罰の矛盾にたいする憤慨というものを、僕は、いままで、生き
てきた中で、初めて、肌で感じた。
兼子さんが、彼女に、どういう伝え方をしたか、ようやく、そのときになって、
はっきりとわかった。知らないことは、知らないといいようがないかもしれないが、
僕にも、責任があったかもしれない。しかし、あの伝え方に関しては、兼子さんの
一人芝居のようなものだということが、一年もあとになって、やっと、はっきりと
した。僕と彼女と、二人の間で、兼子さんは致命的な邪魔をしていた。口にするの
も、おぞましい方法で、僕たち、二人の仲を、兼子さんは、引き裂いたのだ。彼の、
あの伝え方では、僕のところに来ないで、勝手に、話を作ってやったのと、まった
く同じことだ。それを、兼子さんは、僕に、嘘をつき、また、それを元にして、彼
女に嘘をついた。もっとひどいのは、彼女が僕を嫌っているように見せかけて、僕
を彼女から遠ざけたことだ。
最初から、兼子さんには、彼女と僕の仲を取り持とうなどというつもりはなかっ
たのだ。僕は、そんなことも知らないで、彼女に嫌われて、スタッフを降ろされた
と、誤解していた。彼女がそんなことをするわけがないと思って、彼女を、心の奥
底で、ずっと、信じていた。だが、僕は、彼女の連絡先すら、一年以上も、知らな
かったから、何もできなかったのだ。
しかし、僕の手紙を貰ってからの、彼女の発言は、ひどいものだった。『疑問に
思ったのなら、なぜ、兼子さんや、加茂谷さんのところに、聞きに行かないの?』
と、彼女は言った。彼女が、いったい、どういう根拠で、物を言っているのか、まっ
たく理解できなかった。この段階になってからの、彼女の、その、あきれた発言は、
一連の出来事の、もうひとつの側面を、僕に、教えた。彼女の、その愚かさが、い
ままでの僕の判断を誤らせてきたのだと、僕は、そのとき、気付いたのだ。
加茂谷さんのところには、彼女が髪を切った直後に、僕は、事情を聞きにいった。
兼子さんのところにも、彼が卒業する前に、彼女への連絡先を聞きに行った。
彼女は『わからなければ、自分か兼子さんか誰かに聞けばいい』と、言った。僕
は、その話を聞いたとき、彼女の、あまりの愚かさに、腹が立った。怒りを通り越
して、救いようのない愚かさに、僕は、あきれた。
どうして、兼子さんや、加茂谷さんのところに、彼女のことを聞きに言ったこと
が、わからないのだろうか。『兼子さんや加茂谷さんか、私に聞けばいいじゃない』
と、彼女が言うたびに、僕は、彼女を好きになったことを後悔した。そして、初め
て、逢ったときから、彼女を好きだったことを、絶対に、認めたくないと、僕は、
思った。僕は、きちんと、確かめたのに、なんで、あの段階になっても、彼女は何
もわからないのか。彼女は、なぜ、僕のところに事情を聞きに来ないのか、僕は不
安になった。彼女のせいで、あんな無駄な苦労をしたということが、よくわかった。
『あたしの気持ちが、わからなかったのなら、あたしのところに、聞きにくればい
いじゃない』とも、彼女は、言った。彼女の、その言葉に、僕は、かなり、不快な
気分になった。確かに、彼女の連絡先がわかっていれば、そうしていた。兼子さん
が、あんな、卑怯なことをしなければ、連絡できたはずだった。だいたい、あの男
が、8mm映画を作ったのは、彼女と、そういう口実で親しくなりたいという不純な
動機からなのだから。8mmに出続けた彼女が、そんなことも、わからないとは、まっ
たく、僕には、信じられないことだった。
彼女が、僕に、連絡先を教えないから、こんなことになったのに、彼女は、その
ことに気付かない。彼女は、僕の住所や、そして、僕のアパートの呼び出し電話の
存在を知っていながら、なぜ、連絡をよこさなかったのか。僕には、そのことが、
まったく、理解できなかった。彼女の、そのような理解しがたい行動が、僕に、判
断を誤らせたのだった。僕の心には、彼女とかかわりあったことを後悔する気持ち
も、少し、あった。もう二度と、彼女を好きだったことを認めたくないと、僕は思
い、そうしようと、僕は決心した。
あの年の十月十日の、最後の撮影のときにも、僕は、兼子さんに、ちゃんと、聞
いた。兼子さんの返答は『彼女が、僕のことをばかにして嫌っているから、撮影現
場に近づかないほうがいい』というものだった。彼女が髪を切ったときにも、加茂
谷さんのところに行って、聞いた。ところが、加茂谷さんは、彼女が、『僕のこと
を、何も、言っていない』と言った。しかも、僕の、あの言い方で、僕が誤解して
いることを知っていたはずなのだ。
兼子さんが、卒業する前にも、僕は、兼子さんのところに行って、彼女のことを、
聞いた。兼子さんに、彼女の連絡先を聞いたら、知らないと言われた。事情を聞い
たら、『道で逢ったときに捕まえて聞くか、自分で、調べたらどうか』と、言われ
た。彼女が、いったい、なにを、基準にして、言っているのか、僕には、わからな
かった。