AWC 『Angel & Geart Tale』(15) スティール


        
#2168/5495 長編
★タイトル (RJM     )  93/ 6/18  23:56  (179)
『Angel & Geart Tale』(15) スティール
★内容

       『Angel & Geart Tale』 第六章


 そして、二月の中旬、僕は、とうとう、耐えられなくなって、兼子さんのアパー
トに行った。僕は、彼女への連絡先を、兼子さんに聞いた。兼子さんは、僕に、彼
女の住所も電話番号も知らないと、言った。あまりのことに、『そんなはずは、な
いでしょう』と、僕は、叫んで、兼子さんに詰め寄った。兼子さんは、僕の怒りを
受け流すように、『8mm映画を撮ったあと、彼女は引っ越したので、何処へ行った
か知らない』と、僕に言った。そのときは、体が衰弱していて、精神的にかなり追
い詰められていたので、僕は体面も気にせず、プライドを捨てて、『どうしても、
連絡したいことがあるから、なんとか、話ができるようにしてほしい』と、兼子さ
んに頼んだ。
 しかし、兼子さんは、『女と話をしたいんだったら、人に頼まないで、自分の力
でやったらどうだ。道で見かけたときに話しかけるとか、自分で住所とか、電話番
号を調べるとか。俺が努力して、彼女を自分で見つけてきたからと言って、俺に頼
らないでほしい』と、まるで、彼女が自分の恋人のようなくちぶりで、兼子さんは
言った。僕は、兼子さんをにらんだ。もう、これ以上、こいつに話しても無駄だと、
僕は思った。そうして、話は、終わったのだった。

 僕は、彼女のことを、とても、好きで、愛していた。しかし、道で話しかけるだ
けの勇気は、僕にはなかった。彼女とは、去年の十一月にすれ違ったきり、顔も見
ていなかった。二月になって、もう、春休みに入っていたので、四月になり、大学
が始まるまで、彼女と逢うチャンスが、ほとんどなかった。僕は、一生癒えないよ
うな深い傷を、心を抱えたまま、青森の実家に、いったん、帰らざるを得なくなっ
たのだった。

 これだけ、努力しても、彼女に逢うこともできずに、僕は、ずっと、苦しんでい
た。ただ、気掛かりなのは、彼女は、僕の住所を知っているはずなのに、どうして、
連絡しないのか、と、いうことだった。僕には、それが、とても、不思議なことで、
また、それが、僕の、事態の把握を妨げたのだった。

 時を過ごすことで、少しずつ、心の傷みが消えていくように感じた。でも、消え
ていくようにみえても、実際には、消えていなかったのだ。四月に入って、弘前に
戻ってから、僕は、そのことを、思い知らされたのだった。

  四月の終わりころ、ゴールデン・ウィークの前に、半年ぶりに彼女に逢った。彼
女の顔を見たときは、また、二人の間に、電流のようなものが走って、火花が散っ
た。いまとなっては、この電流だけが、二人を結んでいるに違いないという、僕の、
唯一の希望だった。何かの、不思議な未知の力が、二人の間に、働いていた。最初
の出逢いでも、何十回かのすれ違いでも、初めてのたった一度の接触でも、二人に
何かを感じさせ、僕らの理性や感情を超えた、誰にも、うまく説明できない衝動を
二人に与え、その力が、お互いを求め合わせ、愛し合わせたのだ。

 半年ぶりに逢った、そのときの彼女は、もうだめだというような、あきらめたよ
うな、なんともいえない、泣きそうな笑顔を、僕に見せた。彼女が、心のなかでは、
泣いているように、僕には感じられた。その瞬間に、また、電流のような何かが、
二人の間に走った。僕には、彼女が、最初と変わらず、まだ、僕のことを好きなん
だと、わかった。彼女も、僕と、同じように、苦しんでいるんだと、僕は思った。
でも、僕には、どうすればいいのか、わからなかった。彼女への連絡方法が、なかっ
たのだ。

 僕は、また、彼女に対する想いで、苦しみ始めた。僕は、やっぱり、彼女のこと
を、愛していた。そのときは、その想いから、一生逃れられないと、思った。僕は、
毎日、血を吐くほど、苦しんだ。胃の中のものを、ほんとうに、吐いたことも、何
度かあった。彼女の連絡先が、わからなかった。どうすればいいのか、わからず、
死ぬほど、苦しんだ。僕は、彼女を信じていた。愛していた。心と体が衰え、変調
をきたし、毎日が、死生の狭間を、ただようような日々だった。

 それから、何度も彼女とすれ違った。そのたびに、僕は、彼女に、話しかけよう
とした。でも、僕には、どうしても、話しかけることができなかった。彼女が、僕
の連絡を待っているような気がした。
 そうしているうちにも、季節はどんどん過ぎていき、いつのまにか、春が去って、
夏が来た。

 四月の初めに、彼女に逢えるのではないかと期待して、夏休み前に行われる、哲
学の集中講義を取っていた。でも、それほど、期待はしていなかった。集中講義と
いうのは、一日に、三時限くらいずつ、講義に出て、五日ほどで、半年分の講義を
こなして、単位が出るというものだった。その集中講義は、その年の、夏休み前の、
七月に行われ、僕も出た。僕は、そこで、彼女と逢えることに、ほとんど、期待し
ていなかったので、なんの気負いもなかったし、緊張もしていなかった。その講義
が行われる部屋に入ったら、彼女がいた。二人の目が合って、また、火花が散った。

 逢えた。彼女と、逢えた。その集中講義で、彼女と、逢うことが、できた。彼女
と一緒の講義に出れるだけで、僕は、嬉しかった。とても嬉しかった。なんとなく、
彼女の態度が、そわそわしているようで、気になった。でも、彼女が僕を避けてい
るような気もして、少し、心配になったりした。
 お互いに、態度には、出なかったけれど、二人の間には、ずっと、例の、電流の
ようなものが走っていた。僕は、彼女と僕が、お互いに、何かで、結ばれていると
いうことを、改めて、実感した。
 その日、自分の部屋に帰ってから、どうすれば、彼女に、話しかけられるか、考
えた。集中講義の最終日の前の日に、彼女にノートを貸してもらうように、頼もう
と、僕は決めた。そうすれば、なんとか、話ができるのではないかと、僕は考えた
のだ。

 そして、とうとう、彼女に話しかけようと決めていた、四日目が来た。朝から、
『ずっと、ノートを貸してください』と、彼女に話しかけようとしていた。しかし、
いざとなると、なかなか、話しかけることが、できなかった。最後の講義が終わっ
た後、僕は、彼女に、話しかけようとした。でも、その瞬間、彼女の後輩がやって
きて、彼女に『ノートを貸してください』と頼んだので、話しかけられなくなった。

 集中講義で、彼女がソフト会社に就職するという話を、それとなく、聞いていた。
彼女が卒業してしまっても、彼女の後を追って、彼女と同じ会社に就職しようと、
僕は決めた。

 集中講義が終わり、ちょうど夏休みになったころ、青森市のいとこが、弘前に来
た。桔梗野というところに、林野庁の寮があり、そこにいとこの親戚が居たので、
泊まりにきたのだった。僕は、弘前の道案内もせずに、駅に迎えにも行かなかった
が、場所だけ聞いて、夜に歩いて、その寮に訪ねていった。

 めったに通らない道を、そのときは、たまたま、歩いた。行きには、何も気づか
なかった。帰りには、夜十時ころ、あの道を通った。そのとき、オフコースの、物
悲しいメロディーが、僕の耳に入ってきた。なにげなく、僕は、その部屋の表札を
見た。『石原』という、彼女と同じ名前の、表札がドアの横にあった。彼女と同じ
名前の人は、他にも、いるはずなのに、その部屋に、何かを感じた。あの電流のよ
うな何か。甘酸っぱいような香り。懐かしいかんじの、彼女の雰囲気を、僕はその
部屋から、感じた。その部屋のオフコースの曲は、僕には、とても悲しく、聞こえ
た。彼女が泣いているような気がした。あの部屋は、きっと、彼女の部屋なんだと、
僕は感じた。何かが、僕に、それを知らせた。

  それからは、弘前駅へ行くにも、土手町という商店街へ行くにも、あの道を通る
ようにした。一週間か、二週間後に、彼女が、あのアパートの、あの部屋に入って
行く姿を見かけた。やっと、彼女に連絡ができると思い、僕は、ほっとした。胸の
中の彼女への想いを、やっと彼女に伝えられると思うと、うれしくて、とても、う
れしくて、その晩は寝れなかった。うれしくて、寝つけないのは、そのときの僕に
とっては、苦痛でも、なんでもなかった。

 ちょうど、そのころ、僕のアパートの近くで、彼女が、ほかの男の人と、一緒に
歩いているのを見かけた。しかも、ただ、一緒に歩いているのではなく、二人で、
生協の袋を、一個ずつ、持って歩いていたのだ。僕は、その光景に、少し、嫉妬し
た。しかし、それは、恋人同士というかんじではなく、それに、彼女が僕の姿を見
て、気まずそうな顔をして、二人で歩いていたことを隠そうとするのを見て、少し
は安心した。彼女が、僕の目から、自分が、男と歩いているのを隠そうとしたのが、
とても、おかしかった。彼女のことを、ちょっとかわいいと思って、心の中で、僕
は、笑っていた。
 彼女の、その行動を見て、彼女が僕を愛してくれていると、僕は確信した。そし
て、僕は、彼女へ、手紙を書くことを決めた。

 彼女への手紙は、すぐに、できた。最初の内容は、とても単純で、そして、とて
も純粋なものだった。初めて出逢ったときから、好きだったこと。いままでに、何
度も、連絡を取ろうとしたこと。彼女を愛していて、大好きなこと。そういう、自
分の素直な気持ちを、僕は、書いた。

 あとは、それを、彼女の部屋の郵便受けに入れるだけだった。ところが、僕には、
それが、なかなか、できなかった。毎日、夜更けになると、彼女の部屋の前まで、
行った。いざ、郵便受けに、手紙を入れようとすると、なかなか、それが、できな
かった。手がふるえたり、いろいろだったが、手紙を入れることが、僕には、どう
しても、できなかった。僕は、自分の勇気の無さを実感した。僕は、何日も、何日
も、毎晩、彼女のアパートの前まで、行った。

 何日も、そうしているうちに、とうとう、あの日がきた。あの日の深夜も、自分
の部屋を出た僕は、歩いて、彼女のアパートに向かった。彼女の部屋のドアの前に
着いた。そのとき、彼女の部屋から、彼女の声がしていた。彼女の絶叫でした。と
ても大きな叫び声でした。ぼくには、それが、男と女の声だとすぐわかった。彼女
の、あのときの声でした。絶叫でした。次の瞬間、僕は、駆け出していた。一息も
つかず、走ったので、心臓が痛くなった。走っていなくても、胸は、きっと、痛ん
だろう。そのときの僕は、迫ってくる死から、逃れようとしているのか、それとも、
死に向かって、走っているか、そのどちらか、だった。
  弘前の夏の夜は、とても、暑かった。部屋に着いても、気分は収まらず、気持ち
はますます、たかぶって、僕を苦めた。僕は、死ぬほど、苦しみながら、もう、何
もかも、終わりだと、思った。彼女を殺して、僕も死のうと、本気で、考えた。自
分の部屋で、寝ようとしても、彼女の、あの声が耳について離れず、僕は寝れなかっ
た。
 その少し前に、彼女が、別な男の人と歩いているのを見たときは、それほど、強
いショックは受けなかった。彼女の、あの声を、聞いてしまったことで、僕の心は
引き裂かれ、ズタズタになって、傷ついた。

 僕は、彼女を憎んた。憎んだというより、恨んだ。彼女は、僕のことを、もう、
忘れて、ほかの男の人を見つけて、付き合っていたのだ。
 彼女への手紙は、粉々に、破って、焼き捨てた。焼いた手紙には、僕の素直な気
持ちが、全部、書いてあった。初めて見たときから、彼女を好きだったことや、い
ままで、何度も、連絡を取ろうとしたこと。しかし、そのことを、もう言う気には
なれなかった。あのときの彼女の絶叫が、僕の素直な気持ちを隠してしまい、その
ことを言わせなかった。彼女の、あの絶叫は、いまも、僕の耳について、離れない。


  それから、ほとんど寝ないで、僕は、また、新しい、別な手紙を書いた。でも、
それは、前の手紙と違って、嘘を含んだ、不誠実な手紙だった。僕は、彼女が憎かっ
た。彼女を恨んでいた。それは、子供のわがままのような感情で、恥ずべきことだっ
たが・・・。
 僕は、純粋な、真実の手紙の代わりに、嘘の手紙を書いた。最初から、彼女を好
きではなかったこと。彼女に髪を切られて、彼女の気持ちに気付いたこと。そして、
どうしても、いうなら、付き合ってもいいということ。彼女に対する気持ちでは、
嘘をついたが、彼女に、その気があるなら、付き合ってもいいとは、手紙に書いた。


 彼女の声を聞いてから、数日後、手紙は書き上がった。その日の深夜、僕は、そ
の手紙を、彼女の部屋の郵便受けに、入れた。僕の気持ちが、彼女に伝わることを、
祈りながら。




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