AWC 泣かないでレディー・ライダー 08〈トラウト〉


        
#2143/5495 長編
★タイトル (RMC     )  93/ 6/17  19:32  (196)
泣かないでレディー・ライダー 08〈トラウト〉
★内容

 翌日、リュウはやって来たとたん『ちょっと貸せ』とゲンジのH・Dを指さし
た。ゲンジがにやにやしながらキーを差出すと、さすがにリュウはそれなりだ。
 きちんとH・Dの暖気運転をしてから、横浜バイパスにでも飛ばしにいったの
だろう、二時間程店に帰って来なかった。
「どうだった?」とゲンジが聞くと「まったく1200のトルクは凄いな、でも
俺にはちょろいもんよ」とキーを放り投げて返した。
「そうか、行くか?」ゲンジが両手の拳を握りしめた。
「待てよ、話しだけは聞く。いざとなったらヨーが心配してる」
 それでもまだリュウは及び腰だ。
「そうだよな、ナホだってそういってた。ちょっと待ってろよ」ゲンジはそうい
うと店の外に出、階段をあがり、部屋から何かを持ってきた。
「地図か?」リュウが聞くと、ゲンジがカウンターを整理して、大きなアメリカ
全土の地図を広げた。なにやらマーク入りだ。
「これがアメリカねえ、広いのねぇ」
 リュウが組んでいた足を開いて、身を乗りだした。
「ここがロスアンジェルスだ」ゲンジが地図の左下を指さした。
「ルート10をずっといって、最終地点がここ、フロリダだ」と彼は地図の右下
を指さした。
「お、横断じゃねえか」
 リュウがびっくりして目を見開いた。
「そうだ、アメリカ横断だっていったろ」
 リュウがびびった。また考え始めた。
「何キロあるんだよ」
「・・・・大した距離じゃない」
 ゲンジもまだ徹底して調べ上げている訳でもないようだ。
「知らねぇんだな、お前。ちょっと待てよ」彼が地図の下についている、おおま
かな距離の目安を計って、指でその道をフロリダまで追った。
「ロスアンジェルスからアリゾナのフェニックスまで500キロ。そこからテキ
サスの、お〜っテキサス。そこのエルパソか?まで500キロ、おなじくサンア
ントニオまで500キロ。またまたぁルイジアナのバトンルージュか?これが5
00キロ、それでフロリダへ500キロ」
「それからフロリダ半島を少し南に下る」ゲンジがそれに加えた。
「俺、何回言った500キロを?」
「五回」
「二千五百キロかよ」
 リュウは首を何度も横に振り口笛を鳴らした。
「慣らし運転に丁度いい。危ない道もない。南のコースはそんなに寒くもない」
「ばかやろぉお前!何日かかんだよ」
「殆んど道はまっすぐだ。一二○キロの巡行速度で走る。余裕を見て、休み休み
一日五時間しか走らないとする。五時間で何キロ走れる?」
「500キロかぁ?」
「それが五回だ」
「五日か。う〜ん、まあなあ、計算上じゃな」
「そうだ。実際は三千かもっと・・・・だから余裕で十日間みる。それだけあればな
んとかなる」
「泊りは?」
「理想的にはキャンプだ。だけどこれも、安全を考えて安いモーテルがいくらで
もあるから、そこで泊る」
「英語はどうすんだよ」
「明日から、ヨーに教わる。ミッションスクールで英語べらべらだろ、それに英
和と和英の電子手帳を持ってく」
「電子手帳かぁ」とリュウは大笑いをしたが、ゲンジは大真面目だ。
「なんだかなあ、しかし、ただ走るだけでヒマじゃねえかそれ」
 一応リュウも六○%は納得してきたようだ。ゲンジはそれを見ると、またなに
やら違う雑誌を出した「HOG/ハーレー・オーナーズ・グループ」の会報だ。
 これは、アメリカ本土のハーレー社が発行していて、ハーレーのオーナーなら
誰でも会員になれ、いろんな特典みたいなもんがあるってやつだ。『FATBO
Y』の壁にはそのステッカーも貼ってある。無論リュウもそれを知っている筈だ。
「最終目的はフロリダのデイトナだ、これに出てるのを見ろ」
 リュウはやっとこさ、それでゲンジの企てをすべて理解できた。
「・・・・デイトナか」
「そう、デイトナ二○○マイルレースを見る。三月の初旬から一○日間。デイト
ナはモンスター級のハーレーが活躍するレースを見に行く事もそうだが、参加す
る事自体が絶対楽しい」
「お前の親父に、その話しは一○○回聞かされたよ」
「でも、親父は行けなかった」
 リュウが小さく頷いた。
「今年はバイカーが多分五○万人集る。その1/3がハーレーだ。アトランティ
ックアベニューっていうのがビーチ沿いにあってな、毎晩夜通しでハーレの渋滞
が続く、世界中から来たハーレーのオンパレードだ。それに大々的なスワップミ
ートがあってな、ハーレーの部品やらなにやら宝の山だ」
「おお〜っ、ヘルズ・エンジェルスも来るか?」リュウが目を回した。
「ああ、そういう恐いのもいる、そういうのをバイカーズという。でもH・Dの
ライダーに悪さはしない。チョッパーの連中はブレーカーズ、お前みたいな、パ
ッパラパーばかりで安全だ。それにHOGでツアーを組んでいる連中が沢山いる。
俺たちはそいつらといればまず問題はない」
「な〜るほどね」
「横断に十日間、向うでも余裕をみて十日間だ。全部で二十日間だ。あとは俺に
まかせろ、これから資料を仕入れる」
「バイクは?」
「ロスにHOGの支部がある。そこに行けば大歓迎で紹介してくれる。みんな日
本人はそういう買い方をする」
「なに買うんだ」
「XLH1200だ」
「最強のスポーツスターって訳だ」
「本当は俺がそれ乗って、今のをナホに上げるつもりだ」声を落してゲンジがい
った。
「手前ぇ」
「ナホはあのバイクだけが好きみたいだ。色が好きなんだ」
「俺はスーパー・グライドにする」
 ゲンジの瞳が輝いた。
「行くのか!」
「しょうがねえもんなぁ、理詰めだもんお前、行かねぇ理由が見つからない。も
う一回ヨーと相談するよ、店も休めるかどうか、手配しないとな」
「よーし」ゲンジが手を出した。しょうがなくリュウは握手をした。ゲンジはリ
ュウの肩を思いきり何回も叩いた。
「痛えよお前」
「やったぁ!お前、決めたら段々その気になるって。OK!OK!」ゲンジがカ
ウンターの中で、にやにやしながらクマのように行ったり来たりを繰返した。
 それからのゲンジとリュウは毎日の様に頭を付合わせて、細部の計画を練った。
 お客がいない時間をあてての、ヨーとのイングリッシュ・レッスンもいつにな
く真面目に欠かさないでいた。
 ナホとヨーには心配をさせない為に、絶対危険な真似をしない。無理はしない。
 よく眠る。などなど一○カ条程を用意した。結局、心配しながらも資料集めや
らなにやらに協力をしてくれた。独身生活の最後をエンジョイして欲しいという
ナホ流のお返しだ。ナホもナホなりに、その先に控えている教会での式を楽しみ
にして、ヨーと一緒にウエディング・ドレスの相談などをしていたようだ。

                ◇

 あと二週間で出発だ。ゲンジが山のような資料をカウンターに置き、気もそぞ
ろに、その資料をめくっている。左手でバネで出来た握力強化の器具を握ったり
離したりしている。
 パスポートも国際免許ももうOKだ。切符もある。代理店にロスとデイトナの
ホテルだけは押えて貰った。あとはルートをもう一度確認するだけだ。
 このルートは常連に行った事のある人がいなかった。それよりアメリカさえ初
めての二人だ、確認に確認を重ねて用心するに越した事はない。ルートはもとよ
り、乱暴には言ったが本当のところ一日にどれだけ走れるのか?、それにハイウ
エイの道路標識も覚えておかなければいけない。
 どうやらどの本を見ても、インターステイト(主要道路)を走るのみであれば
一日450マイルと書いてある、720キロぐらいか、これなら乱暴に見積った
500キロ(300マイル)も事故がなければOKだ。薬はすべてナホが揃えて
くれた、湿布薬からテーピングまである。
「う〜ん結構な荷物だなぁ」ゲンジが呟くと「登山用のアルミラック私持ってる
わよ?」と奥で皿を洗っているナホが言った。
「う〜ん、あれな、肩こりそうだな」
「そうかもね」
 ゲンジは毎日「う〜ん」ばかりだ。しかしナホもゲンジがうきうきしていると、
なんだか楽しい。
「ロスから南下する時が、標高があって寒そうだ」
「羽毛布団もってく?」ナホが茶化した。
「う〜ん」
「いいんじゃない、足りないものは向うで買えば?」
「砂漠で店探すのか?」
「砂漠なの?」
「大砂漠、アフリカ並」
「ふ〜んそうか・・・・リュウは今日こないの?」
「Steedだろ」
「なにそれ?」
「バイク。ハーレーの真似した国産のバイク。お客が放りっぱなしで腐りそうな
やつを車検に持ってきたんだってよ。あいつ上手いじゃんそういうの」
「へえ、乗ってるの? 知らなかった」
「お客にさ、バイクはほっとくのが一番いけないんですよ。だよ」
「ボクが少しエンジン回しといてあげま〜すか?」ナホが低い声でリュウの真似
をした。
「そういう事。あいつなりにトレーニングしてんだよ、借りたとたんに伊豆を一
周したっていってた」
 カウンターの脇の電話が鳴った。
「はい、ファットボーイです」ナホが濡れた手を拭きながら電話に出た。
−−私
「ヨー?今から来るの?」
−−ちょっと・・・・
「どしたの?」
−−桜木町の病院にいるの
「どしたの!」
 ナホが声を荒げた。ゲンジが電話をひったくった。
「リュウか!」
−−あっゲンジ私、ヨーよ
「ヨー、どしたんだよリュウなのかよ!」
−−大した事ないんだけどさ
「リュウだよ、おい」ゲンジがナホに伝えた。ナホが顔を蒼くした。ゲンジがH
・Dのキーを持って飛出した。ナホが電話に出て病院の場所を聞いて、表に飛出
し、ゲンジに伝えた。

 彼は渋滞のクルマの間をすり抜け桜木町まですっとばした。ヘルメットを抱え
て病院の廊下を駆けぬけた。
「外科はどこだ外科?」大きな病院でまったくどこだかわからない。
「四階か」彼は階段をみつけると、大股で階段を蹴上がっていった。杖をもった
患者が転びそうになった、戻ってそれをささえると、また階段を上がった。
 四階について廊下を見渡し、患者の表札をひとつひとつ眺めていくと、奥の治
療室からヨーとリュウが割合い平気な顔でちょこちょこっと出てきた。
 リュウはゲンジをみつけると、右手を上げて笑った。指に小さな包帯をしてい
るのが見えた。たいしてオーバーな包帯でもない、体はまるでピンピンだ。
「なんだお前」ゲンジがいうと「死んだかと思ったか?」リュウが笑った。
「ちぇ、そこの通りでよ、タクシーの馬鹿が後ろも見ねぇで急にだ」
「幅よせか」
「ああそうだ。大した事はなかったんだけどな」
 ゲンジが彼の右手を見た。
「中指と人差し指。そのままぶっ倒れれば良かったんだけど、ドアのノブのとこ
ろに指がひっかかった。それでグッと反り返った」
「折れたのか?」ゲンジが聞くと、彼がうなずいた。
「大丈夫大丈夫、こうやってテーピングしてれば痛くねぇ。心配すんな」
 ヨーが隣で首を横に振っている。
「だってお前、フロントのブレーキ・・・・」
「大丈夫だって言ってんじゃねえか」彼が怒りだした。
 ヨーがようやく口を開いた「先生が全治三カ月・・・・」
「うるせいな、俺が痛くねぇって言ってんじゃねえか」リュウがヨーの言葉を遮
った。
「これ持ってみろ」ゲンジがポケットからさっきの握力増強の器具をリュウに渡
した。リュウは持ちもしないで、とぼけた面だ。
「・・・・無理だな」ゲンジがいうとヨーがうなずいた。リュウが脇にあった廊下の
長椅子を力まかせに蹴飛ばした。廊下にその音が響きわたった。ヨーがあわてて、
顔を出した看護婦やら患者やらに、ペコペコ頭を下げてあやまっている。
「まいったな」ゲンジが廊下を見つめた。
「悪い」下を向いていたリュウが、目だけを上げてゲンジの顔をみた。




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