AWC 泣かないでレディー・ライダー 07〈トラウト〉


        
#2142/5495 長編
★タイトル (RMC     )  93/ 6/17  19:28  (175)
泣かないでレディー・ライダー 07〈トラウト〉
★内容

                [3]DA-DA

 バンダナを海賊巻きにした太郎が「HARLEY DAVIDSON」と胸に
書いたTシャツを着て、店はもとよりそこいら中を歩き回っている。そしてお客
のバイクが店に来る度に例の「バブーン体勢」に入る。彼が常連のペットになる
のは時間の問題だろう。
 ナホは次の週には、もうゲンジの家、つまり二階に転がり込んできた。もとも
とゲンジが父と二人で暮していたところだ、そこは狭いがなんとかなる。
 しかし、しばらくCLOSEDだったFATBOYは急に賑やかになった。
 ナホと太郎、おまけにヨーまでいるのだ。
 ナホとヨーとは、同い年のせいか、あったとたんに旧知のごとく意気投合した。
 結果、ホットドッグしかなかった『FATBOY』は、二人の女性の悪巧みで
和洋ならぬ、中洋折衷とでも言うのか、要するに中華饅頭が出てくると思えば、
タコス、タコスかと思えばインドカレーが出没するようになった。
 彼が怒る理由もない、かえってその事で『そういえば、今まではそういう努力
をまったくしていなかった』と教えて貰った。ゲンジは親父の跡をついだだけで、
ただ儲らないと決めていたのだ。苦笑いをしつつ、ナホとヨーに頭をさげた。
 店の売上げは倍増し、二人の女性の明るさで常連も増えた。
 ゲンジは正社員としてナホに給料を払う事にした。ナホは一度断ったが彼は、
「そう決めた」とそれをはねつけた。ナホは、それを素直に受取る事にした。
 それよりナホはヨーにはどうしてあげたらいいかなと考えていた。が、そこは
リュウ。リュウがヨーの親父の食料品店に足を運び『FATBOY』との連携プ
レーをとりつけてくれた。ヨーの親父の店から料理の素材を仕入れる、そしてそ
の料理の仕方はヨーが先生となる。
 「要するに出向社員ね」とナホが笑った。
 いや「回し者という言い方もあるわ」とヨーがいたずらそうな目付きをした。

 今日は店にゲンジがいない。さっきまで外にいた太郎は、カウンターで例のハ
ーレーと遊んでいる。
「太郎、ハイ」ナホがオムライスをカウンターにおいた。太郎はそれでもハーレ
ーを離さないで遊んでいる。
「食べなさい」
「・・・・・・・・」太郎にはナホの声が聴えないようだ。
 ヨーが「太郎ちゃん、それ好きなのねー」と隣に座った。
「あっそうだ太郎」ナホがオムライスを脇にやって、カウンター越しに太郎の両
手をとった。
「なに?」
「ママの事『ナホ』って呼ぶのはいいけど、ゲンジの事『ゲンジ』って呼ぶのは、
止めよう、わかった?」
「ナホはいいの?」
「そう、ママはゲンジて呼んでもいいの」
「じゃあパパ?」ナホが首をかしげた。
「パパか、う〜ん、どうしようか?」
「ダディがいいんじゃない」ヨーが口をはさんだ。
「ダディね、ちょっとヘンかな? でもいいか」ナホが彼の頭をポンと叩き「太
郎ダディって言ってごらん」と顔を近づけた。
「ダイ?」
 ナホがゆっくり言直した。
「ダ・ディ・イ」
「ダダ」
 やっぱり上手く発音できないようだ。
「いいかそれで、ダダにしようか。ハーレーの音みたいだもんね」
「それいいわ、ニックネームみたいだし」ヨーがそう言うと、表からそのダダダ
の音が聴えてきた。
 太郎が振向いて「ダダだ」と指を差した。
「どした?」ゲンジは手を後ろ手にして入ってくると、ポンとカウンターに子供
用のヘルメットを置いた。
「カワイイ!」ヨーが叫んだ。ちっちゃな黒いヘルメットだ。
 ナホがそれをとり「ほら太郎」とかぶせた。まだちょっと大きくて、頭でっか
ちのドラエモンのようだ。
「かっこいいじゃーん」ヨーが太郎の頭をこずいた。
 太郎が嬉しそうに「アリガトー」といった。
 ヨーが立上がってカウンターに入ると、ゲンジが太郎の頭を撫でて隣に座った。
「ゲンジ。ゲンジは太郎ちゃんのダダっていう事になったのよ」ヨーが言った。
「ダダ? なんだそれ」ゲンジがナホを見た。
「ダディって言いにくいみたい」ヨーが説明した。
「俺がパパかぁ?」
 そのやりとりを黙って見ていたナホが小さな声で言った。
「・・・・・・・・ごめんね」
「ん?」
「所帯くさくなっちゃってごめんね。太郎まで押しつけちゃって」ナホがうつむ
いた。ヨーが『しまった、自分から言うべきじゃなかった』という顔をして下を
向いた。
「何いってんだよ今更、太郎がヘンな顔してんだろ、いいんだよダダで」
 ゲンジがポンとナホの前に書類を出した。
「勝手に印鑑買って籍入れたからな」
 ヨーがナホの肩をつっついてニッと笑った。
「・・・・ゲンジ」
「もう一生泣くなよ」
 ゲンジがそう笑って太郎を上に抱上げると、ナホは奥に方に行って後ろを向い
た。ヨーが「こちそうさまで〜す」と瞳をクルッと回した。
「おい、お前は今日から内山太郎。俺はダダ、父ちゃんだ、わかったか? 明日
から幼稚園行けぇ」
 太郎が「うんダダ」といった「よーしバイクに乗せてやる」ゲンジはヘルメッ
トを太郎にかぶせると、表に出て、H・Dに太郎をのせ、どこかに出かけていっ
てしまった。
 入れ替りにお客が入ってきた。ちょこっともらい泣きをしてしまったヨーが、
サッと目のあたりをふき「いらっしゃい」とカウンターに向った。
 ナホはゲンジがくれた生活に感謝するつもりでいっぱいだった。おまけに太郎
も幼稚園にいけるのだ。『私もゲンジに何かしてあげなきゃ』そう思った。これ
から一生懸命考える事にした。

                ◇

 ゲンジは正月休みに、ナホと太郎を実家に帰らせた。帰らせたのはいいのだが、
何もする事がなくて、結局店を開けた。しかし元町の商店街はすべて閉っていて
人気がまったくない。
 リュウの店も当然休み。彼もゲンジと同じように、元旦にヨーと初詣にいった
ようだが、それ以降はする事がない。結局ゲンジと顔をつきあわせて、ふたりで
店にいる。しかし、考えてみれば以前のこの店は、いつも空いていてこんな感じ
だった。この感じにはヘンな話、ふたりとも慣れてはいる。
「ゲンジ、ナホの免許は?」
「ああ? もうそろそろじゃないかな」
「どうすんだ?」
「なに?」
「バイクだよバイク。ゲンジと一緒に走るのが夢だって言ってたぜあいつ」
「ああ、新車買ってやろうと思う」
 リュウが「ヒュー」と口笛を鳴らした。
「親父の遺産が少ないけどある。手をつけてない」
 リュウが嬉しそうにうなずいた。
「でも俺達新婚旅行してないだろ」
「式だってしてねぇじゃねえか」
「いや式なんて、照れくさくってヤダなって話してんだけどさ」
 ゲンジが冷蔵庫から見かけないビールを取出して、リュウと自分の前に二つ並
べた。
「なんだこれ?」彼がそれをまじまじと眺めた。ハーレーダビットソンのマーク
が入った缶ビールだ。
「面白いだろ、知らなかった?」
 ゲンジがいたずらそうな顔でリュウの目を覗いた。
「・・・・ボクのヨーちゃんか?」
 リュウが目の玉を上にして言った。
「そう、ヨーが直輸入してくれた」
 二人一緒にプルトップを引抜いた。
「ヨーちゃんエライ、旨い!」リュウが親指を立てた。
 ゲンジがリュウに耳打するように言った。
「それでさ、どうせなら二人でアメリカ行って、H・D買って、ついでに横断し
ないか、って言ったんだ」
「おーっ、そりゃまた凄い。アメリカ本国ハーレー安い!って訳か」
「な、いいアイデアだろ。彼女も一瞬喜んだんだけど・・・・」
「・・・・そうだよな、太郎が無理だよな」
 ゲンジが立上がって鉄板の前に行った。
「そうなんだ、それに慣れてきた幼稚園も休ませたくないしな」
 ゲンジがホットドッグをリュウの前においた。リュウがすぐそれをとってまた
例のごとくマスタードとケチャップ攻撃だ。ゲンジが苦笑して話しを続けた。
「それじゃ、やっぱり日本で買うか?って言ったんだけどさ『行きたいんでしょ、
それだったらヨーと留守番してるから、リュウとゲンジで行ったら?』って言う
んだ」
「俺がお前と? アメリカ?」
「ああ」
「ハーレーでイージーライダーやるの?」
「そう」
「・・・・なるほどねぇ、俺はそういうの似合うかもしれない」
 リュウはピーター・フォンダの「イージーライダー」をビデオで一○○回以上
は見ているのだ。それで昔はH・Dのチョッパーに乗っていた。
「バイク向うで買うだろ。それで、ツーリングが終ったら、ふたりともそれを船
便で横浜に送る。お前のバイクは、いくらでも店で売れるだろ、だから仕入の金
で買え、な。俺のはナホのものにする」
「でもなぁ、可愛そうじゃないナホちゃん、留守番じゃさ」
 リュウが思いだしたように言った。
「帰ってきたら、二台揃ってファースト・ランだ。長野に行く」
「長野?」
「ちょっと思い出がある」
 リュウが「かなわねぇな」とばかりに大げさに両手をひろげた。
「ちょっとした、いい教会を知ってるんだ。山の上のログハウスの教会だ」
「好きにしろよな」
 リュウが顔をそらせて足を組んだ。
「いや、話しを聞け」
「聞いてるだろバカヤロ」
「お前も一緒だ」
「お断りだね、勝手にシアワセになれば?」
「ヨーも一緒だ」
 リュウがホットドッグを吹きだした。
「なんだよ、それ」
「一緒に式を挙げる」
「エーッ! まいったなあ、それな、しかしなあ」リュウが満更でもない風で、
へらへらと頭をかいた。
「ヨーは、いいって言ってたぞ、お前もうプロポーズしたって言うじゃないか」
「いやいやいや」柄になく、リュウは目のあたりをポッと赤くした。
「もう一本飲むか?」
 ゲンジがまたハーレービールを二本出した。
「おめでとう!」
「う〜ん」彼が天井を見上げた。
「お前んとこも二月は暇だろ。二月の中旬から三月の始めだ、行くぞ」ゲンジが
いった。「う〜ん」リュウがまた腕を組み、頭を斜め下にして考え込んだ。




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