#2144/5495 長編
★タイトル (RMC ) 93/ 6/17 19:35 (154)
泣かないでレディー・ライダー 09〈トラウト〉
★内容
◇
ハーレー独特の角度で前に突出たフロントフォークが、強い陽射しを映してキ
ラキラ光っている。大桟橋の埠頭だ。
「バブーン バブーン」そのフロントフォークの脇で太郎が相変らずだ。
「太郎、エンジンとこ触ったら熱いよ」H・Dの上から声がした。ナホだ。
体の線も眩しいほどのライダーズスーツを着ている。それにタンクと同じカラー
リングのヘルメットをかぶっている。ゲンジのプレゼント、合格祝いだ。
「太郎どうだ? ダダが乗ってるのと、どっちがかっこいい?」
「ナホ!」太郎がいうと、ゲンジが苦笑いをしながら、ちょっと離れてまたナホ
の姿を眺めた「ハーレーダビットソンの女って訳だ、かっこいいよナホ。あとは
腕だなぁ」ゲンジが太郎を抱え上げた。
「やっと慣れた、見てたでしょ」
「女のクセに割合い巧い」
「全然違うわ教習所のナナハンと、出足」
「・・・・H・Dだぜ、トルクは凄い、ドカ〜ンだ」
「本当、凄いの一言!」
「やっとわかった訳?」ゲンジも嬉しそうだ。
「あたりまえでしょ、今までは乗れなかったんだもの、カッコがいいか悪いかだ
けだわ」
「それもそうだ。もう大丈夫っぽいから、注意しながら少しずつ公道走れ」
太郎がナホのそれに乗りたがっている。
「太郎はまだダメー」ゲンジが太郎の髪の毛をくしゃくしゃにかき回した。
「H・Dもう一台買わなきゃな、ナホにとられちゃったよダダは」ゲンジが太郎
に言った。
「行くとしたら来週だったのにね」
「アメリカか? また機会があったら行くさ、リュウと」
「うん、これで走ったら気持ちよさそう」
「・・・・だろ」
「行けば?」
「・・・・・・・・」
「今からでもいいよ、一人で」
「だってな」
ゲンジが口ごもると、ナホがポケットから航空券を出した。
「これ・・・・お前?」
「中止になってほっとしたけど、ゲンジ元気ないんだもん。一杯迷惑かけちゃっ
たしさ」
「なに言ってんだよ」
ゲンジがそういいながらもニコニコしだした。
「ほらゲンジ、ニコニコしてる。やっぱり行きたいんでしょ、そう思った。だか
らゲンジのだけキャンセルしなかったの、ホテルのリザーペーションもそのまま」
「・・・・ナホ」
「新車はゲンジにあげる。私はもう絶対これ、他人じゃないみたい」
ゲンジがそわそわしだした。
「そのかわり絶対気をつけてよ。太郎とふたりで待ってるから」
「俺が行ってる間のナホのバイクの方が危ないぜ」
「現金なんだから、もう行く気になって」
ナホがゲンジの肩を押した。
「だってさ」
「いいの、行ってきて!お店にはヨーもいるし、バイクの練習はリュウがGTR
で私のあとつけてくれるって」
「行くぜっ、本当にいいのか」
ナホはうなずくと「先帰ってる」と言残し、妙に調子よくズドーンと飛出して
いった。
「ナホ!おーい!ちぇ、あいつクラッチの繋ぎ方、乱暴すぎるよな」そう呟きな
がらも、ゲンジは嬉しそうに太郎を肩ぐるまにして歩きだした。
[4]AIR MAIL.
『ナホ、太郎、元気か?。三日目だけどまだロスにいる。ヨーの紹介し
てくれた中国人の女のコとは無事空港で会った。日本語ばっちりで助か
った。
今はハリウッド・ブルバードの側にあるフランクリンプラザというホテ
ルだ。これが最高だ、ベッドがキングサイズだ。椅子だってでかい。地
下に駐車場があって、今H・Dが駐まってる。昨日買った、いっひっひ。
ロングツーリングだろ、タンクの容量が心配でスポーツスターじゃなく
て「FXR SUPER GLIDE」っていうのを買った。
同封の写真はそのバイクだ、かっこいいだろ。リュウがどんなバイクか
教えてくれる筈だ。
買ったとたんにいきなりハイウエイに乗ってベニスビーチっていう所ま
でぶっ飛ばした。後ろに写ってるのがそのベニスビーチだ。インスタン
ト・カメラを持っているやつを捕まえて撮って貰った。
英語もOKだよ、なんとか体で通じちゃう。体調もいい、天気もいい、
全然心配すんな。
ゲンジ』
ナホの膝に太郎が座ってる。ナホがそのエアーメイルを太郎に読んで上げてい
たのだ。後ろからはヨーがのぞき込んでいる。
「バイクの事ばっかりねぇ」ナホが太郎を見ながら口を尖らせた。
「安心した、私の友達と会えたみたいで」ヨーがほっとしている。リュウはさっ
きからその写真ばかり、ウーウー唸りながら眺めている。
「どしたの?」ナホが聞くと「汚ねぇアイツ」リュウが怒ってる。
「どうして?」
「最初はよ、俺がこれ買うって言って、アイツはスポーツスターだ。それがこれ
だよ裏切者だ」
「リュウ行きたかったんだ」ヨーが同情した。
「当り前だよ、最初はなにだったけどよ、アイツその気にさせたもんなぁ」
「これ大きいのスポーツスターよりも?」ナホが聞いた。
「長さで一○センチ、重さで四○キロぐらいか、タンクがでかい、燃料が倍入る」
「私は乗れないわね」
「女が乗るバイクにみえるかこれが? 見てみな、硬派一徹だよ。普通ハーレー
のでかいのはダサいっていうかよ、ビラビラやキラキラ沢山ついてんだろ。一切
そういう飾り無し。俺が選んだんだよ、アイツがそれ買った。ばかめ」
「ねえ、それタンデムシートでしょ、式あげる時はゲンジに言ってそれはリュウ
とヨーに貸してあげる。二台で行けるでしょ」ナホがいうと、ヨーとリュウが顔
を見合せた。
「決りね、計画続行!」
「そうだな」リュウが照れくさそうにヨーをみた。
「早く帰ってくるといいねダダ」ナホは膝の上の太郎の手をとって広げると「ド
ッカ〜ン、スーパー・グライド私のにしちゃうかな?」と舌を出した。
◇
<2/24>
『ナホ、太郎、元気か?地図を見ろ、今ツーソンだ。一日500キロは
軽いもんだ、といいたい所だがこれが意外と大変だ。いい加減に計った
地図上の距離と実際とは随分違う。
今日はロスから一気にフェニックスまで南下した。気温は日本と大して
変らないと思う、途中結構寒かった。リュウがくれた電池式のグローブ
に救われたよ、さすがだ。
くる途中はアメリカというよりもメキシコ。絵のようなサボテンだらけ
だ。
フェニックスは背の高いパームツリーっていうのか? それだけでなん
にもない街だった。つまんない街だからそのままツーソンまで突っ走っ
た。映画の「OK牧場の決闘」で有名なところだ。インディアンが沢山
いる。馬じゃなくてハーレーに乗っているやつもいた。腰にナイフと3
8口径をぶら下げてた。話しかけようと思ったけどやめた。
さっきCongressという安いホテルを見つけた。一泊$10だ。
英語できちんとチェックインして、ホテルを出てぶらぶらしてる。今は
夕方。サンザビエル伝道所っていう教会の前に座ってこれを書いてる。
スーパー・グライドは快調そのものだ。まさにアメリカの大地を走る為
にあるっていう感じだ。景色は凄えぞリュウにも見せてあげたい。写真
を撮った。
そうだナホ、バイク気をつけろよ、太郎乗せるなよ。リュウ、ナホを頼
むぞ。ヨーには教会の前でインディアンジュエリー買ったぞ、ナホとお
揃いだ。
明日はエルパソ ゲンジ』
ナホは『FATBOY』の壁に、ゲンジが置いていった大きなアメリカ全土の
地図を貼り、彼の居場所を毎日虫ピンで一つずつ追い、虫ピンの間を赤いサイン
ペンで繋ぐようにした。
ロスで三日間を費やしたようだが、天気はよさそうだし、体もマシンもOKと
いう事で、リュウやヨーは勿論の事、店の常連もゲンジのエアメイルを毎日首を
長くして待った。
◇
<2/25>
『ナホ、太郎、元気か?地図を見ろ、ツーソンからルート10を西に走
って、ルート25を南下した。国境の街エルパソだ、四○○マイル走っ
て、疲れた。
昨日の景色とは全然違って、人のいない半砂漠だ。街の向うにはリオグ
ランデっていう川があって、向う側はもうメキシコのファレスっていう
土色の街だ。明日は歩いて向うまで行ってみる。
インディアンジュエリーが昨日のとこより全然安く売ってるらしい、失
敗した。まあいい。
今日はこれからモーテルを探す、来るまでも「Vacancy」という
ネオンを随分見たから空き部屋は多い。「Motel6」というのが安
いからそれを探せと今日バイカーに教わった。探してみる。
明日はメキシコの国境に沿って、東南に向い、サンアントニオに行く。
ヒューストンのそばだ。すべて快調問題なし。
そろそろナホと太郎に会いたくなったよ。 ゲンジ』