#2085/5495 長編
★タイトル (RAD ) 93/ 5/ 5 23:58 (177)
「麗らかな陽射しに誘われて」(2) 悠歩
★内容
陽が落ちてから突然の雨になった。
傘を持ってきていなかった私は、傘立てに置かれたままの古いビニール傘を拝借す
ることにした。
雨の振りは強く、小さなビニール傘では心もとなかったが、幸いにして私のマンショ
ンは学校から10分ばかりの所にある。急いで帰って風呂に入れば風邪をひくことも
無いだろう。家で全ての用意を整えて、私の帰りを待っている人がいればいいのだが
……。こんな日は、やはりはやく結婚するべきかなどと考えてしまう。
一刻も早くマンションに着こうと、雨で煙る街を小走りに歩いている私の目に街灯
の下に佇む人影が映った。
特に気にも掛けず、そのままその横を通り過ぎようとしたとき、私はその人影の正
体を知り、足を止めた。
「木原! 何をしている、こんなところで」
その影はあの木原仁美だった。
少女は声を掛けられて、初めて私の存在に気付いたようだ。ゆっくりとした動作で
俯いていた顔を上げて私の顔を見上げる。
「あ……まきはらせんせ……」
少女は傘もささずに、この雨の中にいた。長い髪から雨の強さに劣らぬ勢いで雫を
滴らせている。
「牧原じゃない、牧野だ。こんな雨のなかで……びしょびしょじゃないか。しょうが
ない、先生が家まで送って行ってやる。お前の家は何処だ?」
私は傘を少女の方に差し出すようにしながら尋ねた。しかし少女はまた俯いてしま
い、何も答えない。
つくづく手の掛かる生徒だ。
仕方無い。まさかこのまま、放っておくわけにもいかないだろう。とりあえずマン
ションに連れて行き、後で家の人に連絡するしかない。
「しょうがないなあ、じゃあ、取り合えず先生の家に来い」
私は少女の手を引いた。少女は一瞬抵抗を示したが、私もこの雨のなかでいつまで
もぐずぐずとしていたくは無い。そのまま強引にマンションへ向かった。
「まったく……肺炎を起こしたって、先生は知らんぞ」
玄関口に立つ少女にタオルを投げ渡して言った。一人でも小さなビニール傘に入っ
て来たのだ、私の体も左半分が見事なほどずぶ濡れになっている。
「とにかく、そのままじゃ風邪をひく。風呂に入れ」
「………」
「大丈夫だ、先生の部屋は時間を合わせて置けば、自動で風呂が沸くようになってる。
ちょうど入り頃になってる筈だ」
「でも……」
「でももヘチマもない、さっさと入れ」
いい加減少女とのやり取りが面倒になっていた私は、強い口調で言った。その勢い
に飲まれたのか、少女は何も答えなかったが素直にバスルームへと向かって行った。
「ふーっ」
私は少女がバスルームに入ったのを確認して、自分の濡れた衣服を着替えた。
「おーい、どうだ、湯加減は?」
返事の代わりに、少女がシャワーを使う音が聞こえてくる。
「まったく……」
あまりにも素直でない少女に呆れながらベッドに腰を降ろして、緊急用の連絡簿で
少女の家の電話番号を探す。
「あっ」
木原仁美の電話番号を見つけたのと同時に、私はその事に気が付いた。
「着替え……」
男やもめの私の部屋に小学五年生の女の子の着れる服がある筈もない。もちろん、
大人の女が着れる物も無いのだが。
急いで電話をして、彼女が風呂から上がる前に家の人に持って来てもらおう。私は
急ぎ、連絡簿の電話番号を押した。
−−ガチャッ−−
「はい、木原です」
しばらくの呼び出し音の後に、疲れ切った様な女性が電話に出た。姿を見る事の出
来ない電話でも、声の主がかなりの老婆であることが分かった。
「もしもし、わたくし美浜東小学校の教諭で、お宅の仁美さんの担任をしています牧
野と申しますが……」
「ひ、仁美の先生ですか、いつもお世話になっております」
老婆の声はどこか酷く、狼狽えているようだった。この雨の中、小学校五年生の少
女が帰らないのである。無理も無いだろう。
「実はですね、私の帰宅途中に雨のなかで濡れている仁美さんを見つけまして。家ま
で送ろうとしたんですが、仁美さん、どうしても住所を教えてくれなくて。
それで仕方無いので、取り合えず私のマンションに連れ帰り今お風呂に入れている
んですが……。
出来ましたらどなたか仁美さんを迎えに来て頂けないでしょうか?」
「そうですか……」
孫娘が見つかったと言う知らせにも、老婆の声は嬉しそうではなかった。
『人殺し!! 街から出て行け』
電話の向こうから、そんな男の声とガラスの割れる音が聞こえた。
『うるせー、この野郎!』
別の男の声。この老婆の連れ合いか。
「あの、先生、申し訳ありません。しばらく……今夜一晩だけでも、仁美を預かって
下さい。お願いします」
それだけ言うと、突然電話を切られてしまった。
「いや、あの、お婆さん、仁美さんの着替え……」
私の声は相手には届かなかった。
どうやら木原仁美の家は、私の想像していた以上に複雑な状態にあるようだ。それ
にしても転任早々、面倒なことになってしまった。
相手は子供とは云え、いやむしろ近頃では子供だからこそ、一人暮らしの男の部屋
に一晩でも泊めるというのは世間体が悪すぎる。しかしだからと言って追い出す訳に
も行かないだろう。
「せんせい……」
あれこれと考え事をしているところに後ろから声を掛けられて、私は飛び上がって
驚いた。
「ひっ!」
情けない声を上げて後ろを振り返ると、バスタオル一枚を体に巻いただけの少女が
立っていた。少女は狼狽えている私の顔をじっと見つめ、くすっと微笑んだ。
初めて見る少女の笑顔。思わず私は全てを忘れて、ただ少女の顔を見つめるだけだっ
た。
「せんせ? どうしたの」
不思議そうな少女の声に私は我に返った。裸の少女に目のやり場に困って後ろを向
く。
「と、と、とにかく、何か着なさい」
「だって……私の服、濡れちゃってる……」
「そ、そうか……そうだったな」
私はなるべく少女を視界に入れないようにしながら、洋服ダンスの中を探した。
わりと新しいトレーナーときつくなって履かなくなったジーンズ、これくらいしか
ない。さすがに下着は私の物を与える訳にはいかないだろう。
それを後ろを振り向かないようにしながら、後方の少女に投げてやる。
「はやくそれを着なさい!!」
しばらくして衣擦れの音。少女が渡した衣服を身に着け始めたようだ。私の頭の中
にその少女の姿が浮かんで来て、私の男の部分が俄かに勢い付き始めた。
馬鹿な! そんな筈は断じて無い!!
私だって一人前の健康な成人男子だ。人並の性欲は持ち合わせているし、女性経験
だってそれなりにある。
しかしこれまでにただ一度とて、こんな子供に対してこの様な気持ちになった事は
無い。むしろそういった趣味を持ち合わせている者を、心底軽蔑してしてきたものだ。
私が自分の体に起きた変化を否定しようとすればするほど、それは次第に力付いて
行く。このままではいつ爆発してしまうか分からない。
全身から汗が噴き出してくる。まるで砂漠をさ迷っている様に喉が渇いてくる。そ
の音を少女に聞かれてしまうのではないかと不安を感じながらも、私はゴクリと唾を
飲んだ。
私は必死で何か他の事を考えようと努力した。だが、他の事を考えようと務めれば
務めるほどに、少女の裸身が確実な映像として浮かび上がって来る。
「せんせ……せんせい」
「あ……? ああ」
少女に声を掛けられても、私は振り返れる状態にはなかった。
「着替え……終わったよ」
「そ、そうか。じゃあ、今度は先生が入って来よう」
私は少女に対して一度も顔を見せる事なく、バスルームへ急いだ。
熱い湯に浸かって、気持ちを鎮めれば一時の迷いは晴れる。私はそう考えたのだが、
しかしそれは逆効果だった様だ。バスルームに残る少女の、大人の女共の化粧臭さと
は違った仄かな香りが、私の男性の部分に強く刺激を与えてしまった。
外にいる少女に気付かれることを恐れながら、私は何年振りかに自慰行為を行った。
欲望を放出した後の罪悪感と虚脱感。
「どうしたと言うんだ……俺は……」
相手は小学五年生の子供ではないか。
バスルームのタイルの上に撒き散らされた欲望の証を見つめ、激しい自己嫌悪に苛
まれる。
「くそっ!!」
一気に蛇口を最大にまで捻り、証を流す。全てが流れ切った後でも、何か残ってい
るような気がして、更に手桶で浴槽の湯を汲み上げ、何度も何度も流す。
「疲れているんだ……」
浴槽の縁に凭れるようにしながら湯に浸かり、呟いてみる。
馴れない学校で、馴れない生徒達。突然、今までと違った環境の職場に移って、肉
体的にも精神的にも疲れているのだ。
じきに職場にも馴れ、気持ちが落ち着けば今の私の状態を、自分で笑えるようにな
る。そうに違いない。
「しかし」
私はベテランの教師であると自負してきた。務める学校が変わったのもこれが初め
てではない。
「せんせ、これ、ぶかぶか」
バスルームでどうにか気持ちを落ち着けて出ると、私の与えた服に身を包んだ少女
が言った。
なるほど。身長が175センチある私の服が、150センチ有るか無いかの少女に
合わないのは当然である。袖や裾を団子の様に丸めた少女が、やや不満気に私を見て
いる。その表情がたまらなく可愛らしく思えた。それと同時にバスルームでの自分の
行為を思い出し、再び自己嫌悪が沸き上がってきた。
この子は私の受け持ちの生徒で、少し前までは面倒な、出来れば関わりを避けたい
と考えていた相手なのに。
「仕方無いだろう、お前の服は濡れてしまったんだから」
「でもぉ」
少女と話しながらも、私は目のやり場を探していた。下着を着けていない上にぶか
ぶかのトレーナー。膨らみかけた胸元が見え隠れしている。
まさかこの少女はそれを意識してやっているのではないだろうか?
そんな事を考えてしまう。
「この時間じゃ……」
時計を見ると、もうすぐ八時になろうとしていた。下着くらいならコンビニで何と
かなるだろうが。そうだ、コインランドリィーと言う手がある。それに腹も空いてき
た。冷蔵庫には確認するまでも無く、ビールと氷以外は何もない。
いつの間にか雨も上がった様だ。
「よ、よし、ちょっと遠いがコインランドリィーに行くか……。ついでに外で何か飯
でも食おうか」
「うん」
少女は嬉しそうにぴょんと跳ね上がった。それは初めて見る、少女の元気の良い仕
種だった。
しかし少女には余りにも大きなウエストの私のジーンズは、その動きに着いて行く
ことが出来ず、少女の足もとにずり落ちてしまった。
私の視線は全く予期していなかった、少女の秘部を捕らえた。