AWC 「麗らかな陽射しに誘われて」(3)  悠歩


        
#2086/5495 長編
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「麗らかな陽射しに誘われて」(3)  悠歩
★内容


 雨はすっかりと上がっていたものの、空気は冷え外はかなり肌寒くなっていた。私
は上着を着ないで出てきたことを後悔したが、私の隣を歩く少女は私以上に寒そうな
格好をしている。
 いや、着ているトレーナーそのものは厚手の物なのだが、少女に対して余りにもサ
イズが大きすぎて見るからに風通しが良さそうである。
 そしてその下に履いているジーンズも、無理に少女のウエストに合わせて切り詰め
たベルトで締め付けてはいるが、昔の喜劇役者の様にだぼだぼであった。
 私は先程、心ならずも覗いてしまった少女の秘密を思い出してしまった。俄かにい
なめたはずの男性が活力を帯びようとする。
 それを精神力を以て押さえ込む。しかし、うっかりと私の横を歩く少女に視線を落
としてしまうと、身長差の関係からどうしても胸元が見えてしまい、私の体は盛りの
ついたばかりの少年のようになり、コントロールが効かなくなってしまう。
 私は自分の性欲を精神力によって、かなりの所までコントロール出来る事が、密か
な自慢であった。それが今、こんな年端も行かない少女のために大きく狂わされ始め
ている。
 この子とこれ以上関わってはいけない。
 心の奥底からそんな声が聞こえてくる。私の頭の冷静な部分がそれを肯定している。
だが、この時点ではまだ自信があった。バスルームでの醜態はあくまでも疲れのため
に精神が錯乱状態にあったのだ。こうやって夜風にあたって頭を冷やし、空腹を満た
せば十年間の間に培ってきた“良い教師”としての私を取り戻すと。
「ちょっと寒いね」
 少女が呟く。
「そうだな。服を洗っている間に何処かで飯にしようか……」
 とは言ったものの、こんな格好の少女を連れてレストランに入るのにはいささか抵
抗があった。万一、学校の関係者やPTAの父兄にでも見られたら後の言い訳が面倒
だ。
「私、暖ったかいラーメンがいいな」
 ラーメンか。教師が生徒に奢るものとしてはありきたりだが、レストランに入るよ
りはもしもの時の言い訳もしやすいように思える。
「よし、それじゃラーメンを食うか」
 コインランドリィーの洗濯機に洗濯物を預け、私たちは近くのラーメン屋に入った。
幸いなことに店には他に客は無く、どうやら後の言い訳もしないで済みそうだった。
「餃子も食べるか?」
「えっ、いいの?」
 少女は遠慮がちに答えた。そんな少女に私は微笑みを返し、親父にラーメンと餃子
を二人前ずつ、それにビールとオレンジジュースを注文した。
 それからほとんど待つ事なく、私たちのテーブルに注文の物が出揃った。
「いただきます」
 よほどおなかが空いていたのか、少女はラーメンと餃子とオレンジジュースを忙し
なく口に運んだ。
 その様子を見て私は何かとても安堵する。今の少女はどう見ても、紛れも無く歳相
応の子供であった。少なくとも私がこれまで付き合ってきた女性で、ラーメン屋に行
きたがる者は無かったし、餃子をおいしそうに頬張る者も知らなかった。
 教室の隅で窓の外を眺めていた寂しげな仕種に惑わされていたのだ。どんなに大人
びて見せても、所詮は小学生だ。
「入るんだったら、先生の餃子も食べていいぞ」
「本当」
「ああ」
 すっかり安心した私は、既に食べる事より飲む事に専念し始め、二本目のビールを
注文していた。
 この少女のために一肌脱いでやってもいいだろう。私はそう思った。今までだって
全く、問題を抱えた生徒のために動いたことが無い訳でも無い。問題を起こさない程
度の範囲では動いているのだ。そうでなければ、“良い教師”などという評価は得ら
れない。
 どうやら少女も私に対して打ち解けているようだ。少女の家庭にはまだ、問題があ
るようだが、まあ今回は多少のリスクを背ってもいいだろう。
 私はなぜか、あの若い女性教師の事を思い出し、とても勝ち誇った気分になってい
た。

「ああ、おいしかった」
 嬉しそうに少女が話す。
 私にはお世辞にも旨いとは言いかねる店だったが、少女が満足したのならそれでい
いだろう。
「そうか、良かったな」
 出来るかぎり優しそうな顔をして答えてやる。目のやり場に困ることもない。来る
時に少女の着ていた私の服は、私の手の紙袋の中にある。今少女が着ているのは、あ
の雨のなかで着ていた、自分の服であった。
 乾燥機で服が乾くと、少女はコインランドリィーの中で着替えを始めたのだ。
 さすがにこれには脅かされたが、空腹が満たされた後の私の男性が暴れ出すことは
無かった。ただし、少女が着替える間外で見張りをしている時は、誰かが来るのでは
ないかと気が気では無かったが。
「私、お店でラーメン食べたの、久しぶりなんだ」
 少女は私の腕に頭をもたれ掛けさせながら言った。
「家でも暖ったかい物なんて、食べたこと無いんだよ。おじいちゃんも、おばあちゃ
んも私の事、嫌っているから……」
 それっきり少女は黙りこくってしまった。
 なるほど、無理もないかも知れない。
 自分の息子が殺した女の娘。例えそれが自分達の孫であっても、一緒に暮らすには
気まずいだろう。それにどうやら息子の犯した罪に対して、未だに無関係の者が責め
立てている様だ。何処の世界にもそういった馬鹿はいるものだが。
 少女は私に対して父親を求めているのではないだろうか?

 部屋に帰ると、しばらく取り留めもない話しをした後、私の寝床を少女に提供した。
「せんせいはどうするの」
 例のトレーナーを下着の上からパジャマの代わりに着た少女が、心配そうに言う。
「その辺で寝るから、子供はさっさと寝なさい」
 可愛いものである。
 少女が横になった後も、私はボリュームを落としたテレビでニュースを見ながらビー
ルを飲んでいた。
 私の目はテレビの画像を写していたものの、頭の中には入っていなかった。これか
ら少女をどうするかを考えていた。
 今夜は仕方無いとしても、やはり明日は祖父母の元に返すべきだろう。しかしその
祖父母の元で、少女は冷たく扱われている様である。まずは明日の帰り、早々にでも
少女の家を家庭訪問しよう。可能性は少ないが、何か問題解決の糸口が見つかるかも
知れない。
 私がここまで一人の生徒に対して考えるのは、教師になって初めての事ではないだ
ろうか。
 気が付くと、いつのまにかすーすーという、少女の寝息が聞こえている。
「ああ、眠ったか……」
 父親にでもなった様なつもりで呟いてみる。が、次の瞬間、私は信じられない出来
事のため激しく眉間に皺を寄せた。
「くっ! そんな」
 平静に戻った筈の私の男性が、少女の寝息に刺激されたのか復活を始めたのだった。
 やはり私は少女に女を感じていると言うのか。アルコールによる封印さえ、それに
対しては全く意味をなさない。
 私は慌てて耳を塞いだ。少女の寝息が私を破滅に導く、呪いの呪文の様に思えたの
だ。しかしもう遅い。気持ちとは裏腹に、私の性欲は極限に達しようとしていた。
 また、バスルームで……。
 そう考えて、視線をバスルームの方に向ける。
「ううん」
 寝返りを打った少女の姿が私の視界に飛び込んできてしまった。すらっとした細い
足、その向こうにある可愛らしい布切れ。
 私の理性が音を立てて崩れ落ちた。

 私はのろのろとまるで映画に出てくるゾンビの様に立ち上がり、少女へと歩を進め
て行った。
 手前で腰を降ろし、そっと少女の頬に手を差し伸べる。しかしその頬には触れず、
頬から1センチほど手を浮かしたまま首筋、肩、胸元、おなか、腰、足もと、とゆっ
くり移動させ再び腰へ返す。
 私はまだ迷っていた。このまま行動を起こしてしまえば、全てを失ってしまうだろ
う。これまで築き上げてきた全てを。
「せんせ」
 少女の声に私は気が遠くなった。これで全てが終わりだと思った。しかし私はまだ
何もしていない。今ならいくらでも言い訳が立つ。
「も……毛布を…直してやろうと思って。木原……は、寝相が……悪いな」
 荒い息で切れ切れに言い訳をする。説得力には欠けるが、寝ぼけている少女には効
くかも知れない。第一、実際私はまだ何もしていないのだから。
 だが言い訳する私とは別に、私の男性は一刻も早く解放されたいと猛っている。私
自信、ほんの僅かなきっかけで最後の行動に出てしまいそうだ。
「私……ずっとここにいていい?」
「な、何を」
 悲しげな瞳が私を見つめる。
「私には行くところがないの……。私……何でもするから。あの、知ってるよ……本
で読んだこともあるし、それから……」
 少女は顔を紅らめ、恐れるような手付きで、ズボンの上から私の男性に触れた。
 それは少女の爪の先がほんの僅かに触れるか、触れないかだった。しかし今の私に
はそれで充分だった。
 私は全てを捨てた。

「凄いですわ、牧野先生。いったい、どんな事をしたんですか」
 例の女性教師が大袈裟に驚いて見せる。
「どんな事って、別に何もしてませんよ、本当に……」
「だって、あの木原仁美さんが見違えるほど元気になって……。さすがですわ。先生
がこの学校に来て下さって、本当に良かった」
 女性教師は本当に喜んでいる様だ。
「岬せんせい、牧野せんせい、おはようございます」
 元気な声に私たちは振り返った。
「お早う、木原さん。廊下は走っちゃだめよ」
「はーい」
 階段を駆け登る少女の笑顔。
「牧野先生、どうかしましたか」
 笑顔に見惚れていた私に女性教師の声が掛かる。
「いえ、なんでもありません」
「さあ、急ぎましょう。授業が始まりますわ」
 何も知らない彼女は、自分の教室へと急いで行った。
 私ものろのろと教室へ向かうことにする。
「もうすぐ……私は破滅する」
 一人、呟きながら。

                     【終】






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