AWC 「私本・堤中言納言物語」(18禁)   夢幻亭衒学


        
#2078/5495 長編
★タイトル (ZBF     )  93/ 4/22   5:18  (136)
「私本・堤中言納言物語」(18禁)   夢幻亭衒学
★内容

 如月の月に誘はれて、蔵人の少将女、髪結ひ指貫つきづきしく引き上げて、唯一
人清げなる童女ばかり具して、やがて朝霧もよく立ち隠しつるほどに、逝くに暇げ
無かりたれど、飽くほどに「をかしからむ女の あきたらむもがな」と言ひて歩み
行くに、木立をかしき家に琴の声ほのかに聞ゆるに、いみじうもの狂おしくなりて
踊る。門の脇など、崩れやあると見けれど、いみじく築地などまたきに、なかなか
侘びしく、いかなる人のかき弾きゐたるならむと、わりなくわかしかれど、すべき
かたも覚えで、例の声いださせて童女にうたはせたまふ。
 ゆくかたの果ても覚えぬ朝ぼらけ ひき伸べさする琴の音かな
と、うたはせて、まことに暫し、内より人やと心ときめきしたまへど、さもあらぬ
は口惜しくて、歩み過ぎたれば、いと好ましげなる童女四五人ばかり、をかしげな
る小破子やうのものを捧げ、をかしき文、袖の上にうち置きて出で入る家あり。み
な清げなる童女なれば、もの狂おしくなりて人目見はかりて、やをらはい入りて、
いみじくしげき薄(ススキ)の中に指立て手づから慰むるに、八九ばかりなる女子
の、いとをかしげなる、薄色の衵(アコメ)、紅梅など乱れ着たる、張形を瑠璃の
壷に入れて、あなたより走るさまの、慌ただしげなるを、らうたしと見たまふに、
直衣の袖を見て、「ここに男こそあれ」と驚き騒がんとすれば、慌てて「あなかま
よ。聞ゆべきことありて、いと忍びてまゐり来たる人ぞ。やつしたれど我も女ぞ」
と、「寄りたまへ」と言へば、女子ためらひもせで股に手を伸べ「あなや 穴や。
な驚かしそ。明日のことを思ひはべるに、今より暇無くて、そそきはんべるを」と
さへづりかけて、往ぬべく見ゆめり。
 をかしければ「何ごとの、さ忙しく思さるるぞ。まろをだに思さむとあれば、い
みじうをかしきことも、人は得てむかし」と言へば、名残無く立ち止まりて「この
姫君、幼き頃より慕いたまふ上との御方の姫君へ歌等あまた贈りたまひて、漸く貝
合せさせたまふべし。この姫、あなたの御方を、この上なく悦ばせ奉りたまひて、
無二の契りを交わしたく思さりて月ごろ、いみじく張形集めさせたひたれど、あな
たの御方は、この道の匠なる大輔の君、侍従の君と貝合せしたまふほどに大人しき
女房を好みけるとや。また、いみじく張形求めさせたまふ。まろが御前、張形求む
るに頼るべきは唯、妹君のみにして、いみじくわりなく覚ゆれば、ただ今も姉君の
御もとに人やらむとて罷りいなむ」と言へば、「その姫君たちの、打ち解けたまひ
たらむ、格子の狭間などにて見せたまへ」と言へば、「人に語りたまはば、母もこ
そのたまへ」とおづれば、「もの狂ほし。まろは、さらに物言わぬ女ぞよ。ただ人
に得させ奉らむ、得させ奉らじは、心ぞよ。いかなるにか、ひともの言ふぞ」との
たまへば、万覚えで「さらば帰りたまふなよ。隠れつくりて据ゑ奉らむ。人の起き
ぬ先に、いざ給へ」とて西の妻戸に屏風押したたみ寄せたる処に据ゑ置くを、ひが
ひがしく、やうやうもの狂ほしくなり行く。をさなき子をたのみて、見もつけられ
たらば、由なかるべき業ぞかし、など思ひ思ひ指を濡らしたり。狭間より覗けば、
十四五ばかりの子ども見えて、いと若くきびはなるかぎり十二三ばかり、ありつる
童女のやうなる子どもなどして、ことに小箱に入れ、物の蓋に入れなどして張形を
持ち違ひ騒ぐ中に、母屋の簾垂に添へたる几帳のつま打ち上げてさし出でたる人、
僅かに十三ばかりにやと見えて、額髪の懸かりたるほどよりはじめて、この世のも
のとも見えず美しきに、萩襲(ハギガサネ)の織物の袿(ウチギ)、紫苑色など押
し重ねたる、面杖をつきて、いともの嘆かしげなる。
 何事ならむと心苦しと見れば、十ばかりなる女に朽葉の狩衣、二藍の指貫しどけ
なく着せたる、同じやうなる童女に硯の箱よりは見劣りなる紫檀の箱の、いとをか
しげなるに、えならぬ張形ども入れて持て寄る。見するままに「思ひ寄らぬくまな
るこそ。承香殿の御方などに参りて聞えさせつれば、これをぞ求めえてはべつれど、
侍従の君の語りはべつるは、大輔の君は藤壷の御方よりいみじく多く張形給はりた
りけり。すべて残るくまなく、いみじげなるを如何にせさせたまはむずらむと、道
のままも思ひ詣で来つる」とて、さもいみじき張形をこそ想ひけるか顔もっと赤く
なりて言ひゐたるに、いとど姫君も心細くなりて「なかなかに難きことなれど、あ
なたの人もえ忘れざるほどのものを得て貝合せしたまふべし。されど、ことごとし
く求めたまふものかな」とのたまふに、「などか求めざりき。上は内大臣(うちの
おとど)殿の上の御もとまでぞ、こひ奉りしことあると言ひしか。これにつけても
母のおはせしかば、哀れ、かくは」とて涙も落としつべきけしきども、をかしと見
るほどに、このありつる童女「東の御方わたらせたまふ。それ隠させたまへ」と言
へば、塗り込めたる処に、みな取り置きつれば、つれなくてゐたるに、はじめの君
よりは少し大人びてやと見ゆる人、山吹、紅梅、薄朽葉、あはい良からず着ふくだ
みて髪いと美しげにて、丈少し足らぬなるべし。こよなく後れたると見れど、いと
らうたし。
 「わが君の持ておはしつらむ張形は、など見えぬ。君の手は幼けれど、如何な張
形にて我を悦ばせたまふかと思はば、もの狂ほし」など言ふさま、いみじくしたり
顔なるに憎くなりて、如何でこなたの望み叶はせてしがなと、そぞろに思ひなりぬ。
この君、「ここにも、他までは求めはべらぬものを。わが君は何をかは」といらへ
て、ゐたれうさま美し。うち見回してわたりぬ。
 このありつるやうなる童女は、三四人ばかり連れて「わが母のつねに読みたまひ
し観音経、わが御前の望み叶ひたまへ」。ただこの、声忍びて掻き開けたる観音に
しも向きて念じあへる顔をかしけれど、ありつる童女や言ひ出でむと思ひゐたるに、
立ち走りて、あなたにいぬ。いと細き声にて、
 かひなしとなに嘆くらむ 白波も 君が方には 心寄せてむ
と言ひたるを、さすがに耳とく聞きつけて「今かたへに聞きたまひつや。これは誰
が言ふべきぞ」「観音の出でたまひたるなり」「嬉しのわざや。姫君の御前に聞え
む」と言ひて、さ言ひがてら恐ろしくやありけむ。連れて走りぬ。ようなきことを
言ひて、このわたりをや見顕はさむと胸潰れて、さすがに思ひゐたれど只いと慌た
だしく「かうかう念じつれば、仏ののたまひつる」と語れば、いと嬉しと思ひたる
声にて「まことかはとよ。恐ろしきまでこそ思ゆれ」とて面杖つきやみて、うち赤
みたるまみ、いみじく美しげなり。「如何にぞ、この組入れの上より、ふと張形の
落ちたらば、まことの仏の御徳とこそ思はめ」など言ひあへるは、をかし。
 とく帰りて、如何でこの望み叶はせばやと思へど、昼は出づべきかたもなければ、
すずろによく見暮らして夕霧に立ち隠れて紛れ出でてぞ、えならぬ皮、三曲がりな
るを、うつほに作りて袖搦のやうなる枝付きの骨通し小さき玉をひまなく入れて湯
を張りて、
 白波に心を寄せて立ちよらば 叶いなきならぬ 心寄せなむ
との歌を添え、例の童女に持たせて、まだ暁に門のわたりを佇めば、昨日の子しも
走る。
 嬉しくて「かうぞ。はかり聞えぬよ」とて懐よりをかしき小箱を取らせて「誰が
ともなくて、さし置かせて来たまへよ。さて、今日の有り様の見せたまへよ。さら
ば、またもまたも」と言へば、いみじく喜びて只「ありし戸口、そこはまして今日
は人もやあらじ」とて入りぬ。張形、南の高欄に置かせてはひ入りぬ。やをら見通
したまへば、唯同じほどなる若き人ども、二十人ばかりさうぞきて格子上げそそく
めり。この張形を見付けて「怪しく、誰がしたるぞ、誰がしたるぞ」と言へば、
「さるべき人こそなけれ。思ひえず。この昨日の仏のしたまへるなめり。あはれに
おはしけるかな」と喜び騒ぐさまの、いともの狂ほしければ、いとをかしくて見ゐ
たまへる。
 待つほどに東の御方わたらせたまひ姫君の寝所へ導かる。姫君、ながく恋慕いし
君なれば、かき抱き口の頚へと這わせつつ重ねの衣をも愛しげに一重一重と脱がせ
奉りたまひつ。東の御方、はなしらみて口を受けたりしも、姫君の清げなる眉の辺
りの情けにかき曇りたるを、をかしと思されて、やうやうもの狂ほしくなりて乱れ
初めたまひて指のおのずと姫君の薄く萌えたる丘のわたりへ行き届き相掻くほどに、
姫君苦しげに「とくとく観音の張形を」と言ひたまえば、ありつる童女の差し出だ
し奉る。
 姫君の舐めたまひける張形、東の御方の濡れ口へ、ゆるゆると挿し入れられたる
に、御方の静かに姫君をかき抱きたるこそ、なのめならず。姫君、張形の骨を回し
たまへり。骨の枝の小さき玉を混ぜ起こしたれば三曲がりの張形、魂の入れらるる
如くに、くねりければ御方、絶えるばかりに息苦しげに身を伸ばし屈め反らせたま
ひて、いみじく乱れ、さうざうし。姫君も嬉しと
 筒井筒 井筒に君を想ひつつ 我かき濡れて 貝で戯る
と詠みたまひたる。御方も絶え入りたまふ間際に、
 馴れをりし千鳥と別れ 姫君と観音の舞う浄土世界へ
と返したまへり。
 この女、姫君たちの乱れたまへるを覗き見て屏風の裡にて手づから慰めをりたる
が、やがてもの狂ほしさに、え耐えずしてうち出でたり。「あなや、奈何ここに男
あるべき」とて姫君の慌て騒がむとするに、かぶさりて右の腿にて割り入り股を押
し付け奉りて「心無しのわざしたまふかな。我こそ観音の張形を奉りたる者ぞ。思
ほさむとあれば許したまへ」と申しつつ、馬手に姫君の口を覆ひ、ひたくぢりたり。
やがて女のまこと、仏にや通じけむ。あらがひたまふ姫君も女をかき抱きたまひ、
いみじく乱れたまふ。姫君のまさに絶えたまひなむとすれば女、つと引き離れ、姫
君の股にぞ顔を寄せれば、姫君は顔を覆ひたまひ「あな恥ずかし。まろは貝あるを
厭ひて男に合はず。艶艶しき御方を妻に暮らしたければ身の程も顧みで張形を求め
はべりしものを」とのたまへば女、
 桜花 まだ咲きやらず 清げなる おのが姿も え知らずして
とて口吸ひ奉れば姫も喘ぎたまひて、
 咲き乱る梅のかたへに菊花(キクバナ)の ともに揺れつつ 千鳥誘ひつ
とて取り付きて流るる蜜を聞こし召さるが、やがて苦しげなる声に「とくとく観音
の御験しを」と狂ほしく求めたまへり。さあれど女は「張形に頼る、まことの貝合
せにはあらじ。性とは心に生くるとぞ書く。心なくして何奈良かるべき」とて弓手
を股に差し入れ、馬手を胸に滑らせ、ゆるゆると撫ぜて飽かず。姫君、苦しげなる
声を洩らしをりたまひけるが暫くして天にぞ昇る心地して逝きたり。夜更くるまで
責めたるほどに、東の御方も起き出で姫君の、いみじく乱れたまふに心付き、寄り
て望みたまひたり。女、弓手にて姫君を、馬手にて東の御方を逝かせ続け奉り、東
の方やうやう白くなりて初めて止む。姫たちに打ち重なりて東の御方に詠めり。
 子子子子子子子子子子子

  「私本・堤中納言物語 貝合」完

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