#2077/5495 長編
★タイトル (ZBF ) 93/ 4/22 5:15 ( 55)
「私本・堤中言納言物語」(18禁)序 夢幻亭衒学
★内容
会社の帰り、古本屋に立ち寄るのが私の日課になっている。とは言うものの、
高尚な本や稀購本を求めるワケではない。いや一応、稀購本とはいえるかもし
れない。性に関する発禁本が、私の目的だ。伊藤晴雨の「責の話」、久保盛丸
の「凸」「凹」、足立直尚の「江戸城大奥秘蔵考」etc…、etc…。
その日も私は、さほど収穫を期待しているワケでもなくブラリと店に入った。
先客がタムロしていた。女子高生という人種だ。B五版の雑誌を取り巻いて、
何やら興奮している様子だった。私は佐藤弘編「大東亜の特殊資源」を手に取
りながら読むふりをする。
「やだぁぁ 気色悪いよぉ」
「えぇ 奇麗じゃん ねぇねぇ この人 素敵」
「ナニナニ
『寂しがり屋の十九歳、タチです。年上のネコが欲しいな。足穂、ランボォが
好きなサッフォォなら申し分なし。男性、ズルイ人不可。肉体関係もOK』
ねぇ このタチとかネコとかってナァニ」
「男役と女役のコトよ」
「詳しぃい さては その趣味の者ぢゃな オヌシ」
「えぇ そんなコトないよぉ だって常識じゃん」
「でも女同士で女役って変だね」
「そぉゆぅ問題じゃないでしょっ」
ひとしきり騒いだ後、雑誌を買って出ていった。私は辺りを見回し「大東亜の
特殊資源」を「医心方」の内房篇に取り替えた。前日の続きを読み耽っていると、
「Mさん」
私は、すぐ背後から自分を呼ぶ声に驚き、分厚い医学書を取り落としそうになっ
た。古本屋のオヤジだ。
「驚くじゃないですか 常日 買ってるんだから立ち読みは大目に……」
「ふふふ 勿論です いえね Mさんの好きそうな本が入ったんですよ」
オヤジはニタァリと笑いながら私を覗き込んでいる。
「ほぉ どぉいった……」
「いえ 国文学の教授だった方が先日 お亡くなりになって
纏めて五百キロからの本を引き受けたのですが
中に一冊 面白い本を見付けたんですよ」
「モノは何ですか」
「堤中納言物語です 写本ですが表紙や奥付が取れて裸でして
判然とは言えないんですが多分 紙から見て 近世初めですな」
「堤中納言って…… 古典も嫌いじゃないけど そんな……」
「いえ Mさん」
オヤジは誰もいないのに辺りを見回し声を忍ばせた。
「それがですね 一見 普通の原文通りなのですが
よく読んでみると 設定だけ借りたエロ話だったんです」
「ほぉ それはソソられますね」
「でしょぉ 虫愛ずる姫君は青虫を肉体に這わせ その感触に悶えるわ
花桜折る中将は若い娘と間違えて拐ってきた老婆に無理やり押し倒されるわ」
「ほぉほぉ ぜひ拝見したいものですな」
「ですがMさん これは最低二百万の代物ですよ」
「うぅむ 二百万ですか……」
「えぇ 失礼ですが お求めにはなれないでしょう
でもね あなたは私の同好の士で お得意さんだ 一晩 お貸ししましょう」
「それは 有り難い」
「大切に扱って下さいよ 糊で頁を貼り付けないよぉに」
私は「堤中納言」を部屋に持ち帰るとまず、珈琲をいれ莨で心を落ち着けた。
古書を読んでいる時は液体も火も禁物だ。飲み終えて私は徐ろに一丁目を捲った。
(つづく)