AWC 大志を抱け、地図はない 〜BnG 2〜 3   名古山珠代


        
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★タイトル (AZA     )  98/10/31   1:26  (200)
大志を抱け、地図はない 〜BnG 2〜 3   名古山珠代
★内容
 肩をすくめてみせるユキ。
「それより興味あるのは」
 初美が再び言った。
「向こうが秀子のことをどう思っているかだわ。告白したの?」
「してないったら」
 まだ相当残っていたが、弁当箱をしまった秀子。
「告白して、うまく行ってるぐらいなら、みんなに自慢しているわよっ」
 ほとんどやけだなあ。友人の様子を目の当たりにして、そう思うユキだった。
「もうすぐバレンタインだよ。言っちゃったら」
 今度は初美。
「……他人事だと思って、簡単に……」
「応援してるのに。まあ、無理強いはもちろんできないけど。きっかけがある
のに逃していたら、いつまで経っても勇気、出せないかもよ」
「言うときは言うわよ」
「さーて、どうかなあ」
 初美とユキが顔を見合わせたところで、昼からの授業開始五分前を告げる予
鈴が鳴った。

「そんでねー、秀子ったら健気にも、差し入れを始めるって。しかし、マネー
ジャーが特定の選手一人にやったらまずかろう。仕事、増やすだけだっての。
……聞いてる?」
 ユキは反応のない堂本の腕を、ゆさゆさと揺さぶった。
 ノートに視線を落としていた堂本は、ことさらゆったりと顔を上げた。
「聞いてる」
「だったら、うん、とか、ああ、とか相槌を」
「聞きたくないんだよ。宿題やってるんだろ、今」
 例によって宿題を教えてもらいに堂本の家を訪ねている。すっかり慣れっこ
になっていた。
「宿題はやるわよ。でもって、楽しくやろう」
「賛成だね。ただし、他人の噂っていうのは好きじゃない」
「噂じゃなくて、事実よ。秀子が真壁君を好きなのは」
「何にしたって、プライバシーに関わることだ。えっと、篠原さん本人は、話
していいと言ってたのかい?」
「ううん。けど、これぐらい。いちいち許可なんか取ってられない」
「事実であるなしに関わらず、噂話されたら、木川田だって嫌だろう。特に誰
それは誰それを好きだという類の噂」
「わはは。その手の話題には縁がないから、平気」
「……僕が間違ってた。だいたいなあ、こんな話を聞かされたら、真壁と顔を
合わせたとき、色々と変に考えてしまう」
「いいじゃないの。いっそ、堂本クンから彼に伝えてくれたら、話が早い。よ
っ、恋のキューピット」
「……どこからその発想が出て来るんだろうな、全く」
 頭を抱える格好の堂本。しかし、気を取り直したように彼は続けた。
「−−もう一回、言ってみて。『恋の』何だって?」
「は? 恋のキューピットのこと?」
 相手の言いたいことが分からず、首をひねるユキ。でも、一つ思い当たって、
すぐさま言い足した。
「今さら、発音のことは言いっこなしだからね」
「発音はともかく、キューピットは正確じゃあない。CUPID、キューピッ
ドが正しいはずだ。疑うのなら辞書を引いてみてごらん」
「『ごらん』て、インドの高原みたいに」
「いいから」
「それはまあ、疑う訳じゃないけど」
 と言って、英和辞典を引く。
「C……UP……ID。あ、ほんとだ。発音記号もちゃんとド。ついでに……
CUPITは載ってないね、やっぱ」
「目くじら立てることじゃないけどな。ベッドをベット、バッグをバック、ジ
ャンパーをジャンバーって言っても意味は通じるのと同じ」
「……水着のあれはTバックが正解であって、Tバッグではない訳だね、当然」
「知るか!」
「あれ? 紅茶のあれは何て言うんだろ。ティーバッグ? ティーバック? 
それともティーパック?」
「辞書引け、辞書」
 ユキは素直に、辞書を再び紐解いた。
「あった。TEABAG。なるほど、袋に入ってるからバッグね」
「疑問が解消したところで、宿題」
「うん。……話の途中だったっけ」
「途中でいいって。どうしても話したければ、自分のことにしてくれよ」
「縁がないってのに」
「好きな奴の話に限ってないんだよ」
 堂本は宿題を終えたらしく、ノートや教科書、問題集やらを次々と音を立て
て閉じた。
「終わったの? ずるい」
「誰がずるいって?」
「……スミマセン」
 いつになく厳しい言い方の堂本を前に、ユキは宿題に集中しようと決めた。
「分からないところあったら、言って。僕は案を考えないといけないから、向
こうの机でやってる」
「はあい、頼りにします」
 返事してから、ふと思う。
(……うまく行ってないから、ぴりぴりしてるのかな)
 次回作がどうなっているのか、聞いてみたくもあったが、とにかく宿題を片
付けようと固く誓うユキである。
 堂本はパソコンを立ち上げ、何やら文字を打ち込んでいる。作品を書き始め
たのではなく、メモ程度のようだ。
(あの背中を見せられたら、教えてもらいにくいじゃないか)
 ユキはこめかみの辺りをかきながら、内心、うなっていた。必死に考えると、
解けそうになかった問題も解ける……こともたまにあった。
 結局、全部で五度、堂本の世話になって、ユキも宿題終了。
「どーですか?」
 立ち上がり、堂本の肩越しに画面を覗く。彼の手は、今は止まっていた。
「そーですねぇ」
 よほど行き詰まっているのか、口真似する堂本。彼にしては珍しい受け答え。
「考えてるのは、ある事件をきっかけに、ツァーク達の興した新アストブ政府
とヒネガ族との間に亀裂が走る展開なんだが」
「悲恋物?」
「何で、いきなりそうなるんだ?」
「だって、ポルティスとキルティが別れ別れに」
「……なるほど」
 この線はまるで思い浮かばなかったらしい。堂本はアイディアを文字にし、
打ち込んだ。
「かたかたかた−−って、軽快な音だね」
「調子に乗ってたら心地いいんだけど、空回りして、無駄な文章を打ち込んで
いるときはおかしくなりそうだよ」
「ありゃあ、ノイローゼになったら大変だ。よし、少しでも力になってあげま
しょう!」
 ユキの言葉に元気づけられたか、堂本は苦笑しながらも始めた。
「サンキュ。ポルティスとキルティを主軸に置くのは、前作と変わらないから
いいとして、肝心の、ツァーク達とヒネガ一族を仲違いさせる事件を考えない
と始まらない」
「そう焦らない。全体の流れが分からないと、何も言えないじゃん。ハッピー
エンドにするんでしょ?」
「この場合、ハッピーエンドっていうのは、ポルティスとキルティが再び結ば
れることなのか? それとも、アストブ政府とヒネガ族の和解?」
「あ、その辺も問題なんだ? でも、アストブとヒネガが和解せずに、ポルテ
ィスとキルティが結ばれるなんて、あり得るのかね、堂本クン」
 自らも考えながら、問い返すユキ。
 堂本はシフトキーを意味なく叩きながら、やや上目遣いになった。
「えっと、そうだな。陳腐でよければ、戦のない地を求め、二人は放浪の旅に
出て真実の愛を貫くっていう、お決まりのパターンがあるんじゃないか」
「あー、なるほど。互いの家族・親戚が喧嘩しようが、関係ないわと」
「身も蓋もない」
「そう、ない。読者の共感が得られない。つまり、面白くない」
 言い切るユキ。堂本はその言葉にうなずいて、しばらくしてから口を開いた。
「どちらからも追われるというのも手だ」
「終われるって?」
「追い出されるという意味だよ」
「あ、エンドの『終われる』じゃなくて、チェイスの『追われる』ね。それっ
てつまり、ヒネガからキルティが追い出されて、ポルティスはアストブから爪
弾きにされる訳だ。これなら二人が戦争を回避して逃げても、まあ許せる」
「ストップ。まだアストブとヒネガの間に戦争を起こすと決めてないんだけど。
亀裂が走るってだけで」
「一作目に続いて、今度も戦争はなしということにする?」
「そこも問題なんだよ、どちらがいいのか」
 ため息をつく堂本。
「戦争を起こさないとすれば、話の柱に、前の黒騎士のような仕掛けがいるだ
ろう? なかなか思い付けるもんじゃないよ」
「そういうとこまで、面倒見きれないぞ」
 腕組みして、首を傾げるユキ。
「あくまで、堂本クン、君が考えた話を、より面白くなるように注意してあげ
ようというのが、私の立場なんだから」
「それは分かってるけど……」
「粗筋って言うのかな? 大まかな話を作って、書いちゃってよ。それを前み
たいに私が読んで、そこからまた検討しましょ。ねっ? このままだと、なー
んか、しっくりこない」
「その粗筋に四苦八苦してるから……ま、いいか」
 あきらめた風に息を吐く堂本。
「やってみよう。うじうじ悩んでいるより、道が開けるかも」

 年に何度かある、女も男もそわそわする日。一番顕著なのは、今日だろう。
「あげるんでしょ、彼に」
 登校してきて、教室に秀子の姿を見つけるなり、ユキは相手の背中を後ろか
ら肘で小突いてやった。
「……誰に何を」
 振り返った秀子は、落ち着かない目の動き。
「またぁ。とぼけるな、この。バレンタインだ。真壁君にチョコか何か、あげ
るんでしょ」
「う、うん……一応」
「いつ渡すの? 場所は? よかったら教えてくれ」
「−−まさか、見に来るんじゃないでしょうね?」
「そんなことしないよ」
 顔色が変わった秀子を、けらけら笑うユキ。
「まだ決めてない」
「ほ?」
「直接、渡すかどうかも……。机の中に入れておこうかな」
 後方に並ぶ机の一つを、ちらと見やる秀子。机の主、真壁の姿はまだ見えぬ。
「どうせ分かるんだよ。同じことなら、手渡しの方がインパクトあるって、絶
対に」
「それはそうでしょうけど。ねえ」
「今日、サッカー部はあるんかな?」
「え……今日って何曜日だった?」
「うーんと、水曜」
「部活、あるわ。そこで渡せって?」
「ああ、いや、別に。強制しませんワ。おほほほ」
「面白がってるでしょ、ユキ」
「もっちろん。でも、応援もするよ。頑張れ! 恋せよ乙女、大志を……抱く
のは少年か」
「……旗を持たせたら、両手で振ってくれそうね」
 じとーっとユキを見返した秀子は、深く吐息した。しばらくの後、気を取り
直したように咳払いして、会話を再開する。
「ユキはチョコ渡す人、いないのかしら?」
「いないいない。いたって、チョコを作る腕もなし、セーターを編める訳でも
なし、何を贈るか困るだけ」
「手作りにこだわらなくても、何かあるでしょうに」
「そういう心配は、相手ができてからにしようと思う」
「……前から不思議に思ってたんだけど、ユキの異性の理想のタイプって?」
「あるよ、それぐらい。えーと」
 はたと考える。
(うーん。およ? 浮かんでこないや。えーっと、何かあったんだけど、何だ
ったか……。好きなタイプねえ)
「どうしたの? 詰まっちゃって」
 ようやく反撃の糸口を見つけたとばかり、ほくそ笑む秀子。
「待ってよ。思い出してるところだから」
「思い……っぷ」
 秀子は吹き出してしまった。
「何かおかしなこと、言ったかな?」
 ユキは怪訝な顔を作ってみせた。笑われた原因はおおよそ予想できたのだが、
敢えて尋ねる。

−−続く




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