#6747/7701 連載
★タイトル (AZA ) 98/10/31 1:27 (200)
大志を抱け、地図はない 〜BnG 2〜 4 名古山珠代
★内容
「おかしいわよ。だって、思い出さなきゃならない理想のタイプだなんて、変。
常に心に描いているものよ」
「普段、男を捜しているんじゃないもんでして、忘れた」
「あ、開き直った」
「悪いか。おっと、真壁君が来たぞ」
「嘘言って、話をそらそうとしてるでしょう?」
「ちゃう。まじですよ、まじ。ほらほらほら」
右手の人差し指をぴんと伸ばし、戸の方向を示すユキ。クラスの男子と並ん
で入ってきた真壁は、手をこすり合わせていた。
肩越しに振り返る仕種をすると、秀子は再び正面を向き、身を縮めるように
して身体を震わせた。
「ね、ほんとにいたでしょうが」
「……」
「? どしたん?」
「……緊張して」
先ほどまでと違い、秀子の声は実に聞き取りにくくなっている。
ユキは相手の顔が強張っていると見て取り、少し考えてから、一言。
「−−緊張の夏、日本の夏」
「……お馬鹿」
口は悪いが、目は笑っていた。
「うーむ、予想ほどは受けなかったなあ」
「気分をほぐしてくれるのはありがたいんですけどね、ユキ。気持ちだけで充
分だから」
「ほほう。じゃ、早速、バレンタインと行きますか、秀子」
「ちょ、ちょっと、待って。そんなの、無理」
焦った風に手を振る。騒ぎすぎると、真壁本人から注目されるかもしれない。
「何で。いつもの調子で話しかけたら?」
「普段は平気だけど、いざとなったら、ね。まあ、いいじゃない。結果、知ら
せるからさ」
「そう? んじゃあ、秀子、頑張るんだぞ。今日中に渡すんだよ、いい? チ
ャンスはこれっきり」
「人をそんな行き遅れみたいに……」
眉を寄せた秀子に対して、ユキは「あはは」と声を立てて笑った。
くずかご片手に、流行の曲のメロディに乗せ、うろ覚えの歌詞を口ずさんで
いると、ユキは肩をぽんと叩かれた。
「何だ、堂本クンじゃない」
「放課後とは言え、随分、夢中になってるよな」
大きめの封筒を小脇に抱えた堂本は、寒そうに肩をすくめた。
「夢中? 何が」
「歌うのに夢中で、木川田、呼んでも気づかなかったじゃないか」
「あ、そうなの? ごめんごめん、知らなかった。で、何の用?」
「今、急いでない?」
「ちっとも。見ての通り、ごみを捨てに行くだけ」
ユキは手にしたごみ箱を、少し持ち上げて見せた。紙くずやらビニール袋や
らが、かさかさと音を立てる。
「それならいいか。粗筋ができたから、渡しておこうと思って」
「おおっ、できたのっ。楽しみだな。見せてもらっていい?」
突き出された封筒を受け取り、その口から覗き込む。文字の印刷された用紙
が、何枚かあるのが見えた。そんなに厚くない。
両手の空いた堂本は腕を組んで、ため息混じりに答えた。
「当然だろ。君の意見が聞きたくて、こうしてるんだから。その紙、君用にプ
リントアウトしたやつだから、好きに書き込んでくれていい」
「そうですかぁ。わざわざありがとー。あと二週間ぐらいだけど、大丈夫?」
「間に合わせるためにも、早く読んでほしい。期末の勉強もあるしな」
「またまたあ。堂本クンは何もしなくたって、そこそこ取れるじゃない」
「僕じゃなくて、君の方の話」
腕組みの形のまま、右手を覗かせ指差してくる。
「へ? 私?」
「粗筋の添削にずっと付き合わせちゃうと、木川田の勉強時間が減って邪魔に
なるんじゃないかと思ったんだけど、余計なお世話か?」
「そ、それは……はは。教えて」
かゆくもないのに、頭をかいたユキ。
堂本は首を傾げ、上目遣いに天井を見つめる様子。
「うーん、教えてる時間、作れるかな。僕は第二作を書くのに忙しくなるから」
「えっ、そりゃないわ、堂本サマ」
ユキの口ぶりがおかしかったのか、堂本は片手を口元に持って行き、くっく
っくとかみ殺したような笑い声を立てる。
「何かおかしなこと、言ったっけ?」
「言った。『サマ』付けはよしてくれ。それに、さっき言ったのは冗談だよ」
「冗談?」
分からなくて、小さく頭を振るユキ。
「試験期間に入るのに、のんきに書いてる訳ないだろう。書き始めるのは、早
くても期末試験が終わってからだよ」
「ああ、なるほど。……じゃ、試験勉強、教えてくれるんだ?」
「希望するなら。それより、粗筋のチェックだけど」
「分かってるって。明日……は無理として、明後日にでもやってきてあげる」
二日後にしたのは、宿題の量を見越してのこと。
「頼む」
そう言うと、堂本は手を差し出してきた。
「……何だね、その手は?」
「ごみ箱、運んでやるよ」
「いいって、これぐらい。親切にされるのは悪い気分じゃないけど、私、掃除
当番なんだから」
封筒を右の脇の下に、くずかごを左手に持って、ユキは歩き始めた。
「そういう意味じゃなくて、不安なの。君のことだから、間違って封筒まで焼
却炉に放り込んでしまうんじゃないかと」
「−−むっとしたなあ」
立ち止まり、むくれた表情で堂本に振り返る。追っかけてきていた堂本は、
たじろいだように足を止めた。
「え、ご、ごめん」
「……でも、まあ、その危険性、大いにあるので−−はい、これ」
ユキは封筒の方を、堂本へ渡した。
「預けておけば、間違いっこない。捨ててくるから、ちょっと待っててよ」
「……分かりました」
きょとんとしていた堂本は、やがて疲れたように笑った。
数分後、空のくずかごを持って焼却炉から戻ったユキは、思わぬ状況を目撃
した。その状況に気づくや否や、コンクリートの柱の陰に身を隠す。
(おお。堂本クンがもらっている)
覗きながら、唾を飲み込んだ。
ユキの視線の先では、バレンタインデーの儀式の一つが展開されていた。
(相手は他のクラスの子だ。でも、一年のとき同じ組だった記憶が。えっと)
必死に思い出そうとするユキだった。
堂本の正面に立った小柄な女生徒は、うつむき加減にした顔を、ときどき、
不意に起こすものの、ほとんどは下を向いている。肩まである髪が顔を隠すの
で、ユキがなかなか思い出せないのも無理なかったかもしれない。
(あ、そうだ。大きな胸の子だから、『大胸』さんって覚えてたんだ。えーっ
と……石村? そう、石村さん)
ようやくその名を思い出した頃には、石村は堂本の前を走り去っていた。
その場に残る堂本の手の平には、きれいに包装された箱が一つ。
「よっ」
ユキは柱の陰から飛び出すと、陽気な調子で声をかけた。
対して、びくりと肩を震わせ、振り返る堂本。顔が赤くなっている。
「も、戻ってたのか」
「もてるんだねえ。いやいや、当然かな。頭よくて、顔もまあまあ。いっつも
むっつりしてるけど、話してみたら面白いと来れば」
芝居がかって、何度もうなずくユキ。
「見てたんだな?」
「ん、まあ、途中から。邪魔にはならなかったでしょ」
「彼女−−石村さんのこと、知ってる?」
「あ? ああ、一年のとき、クラスが一緒だったぐらいだよ。それが?」
「いや、別に」
言いながら、手にした箱を学生服のポケットに仕舞おうとする堂本。だが、
箱はポケットの口よりわずかに大きく、どうしても入らないようだ。
「隠さないで、見せてよ。何をもらった?」
「開けないと分からない」
素っ気なく言った堂本は、プレゼントを持て余したように、手の上で転がす。
「じゃ、開けよう!」
「あのな」
手を伸ばしたユキから、箱を遠ざける堂本。
(ん? 前にもこんなこと、あったような)
ユキはふっと思い出した。途端に、笑えてしまう。
「……何だよ、思い出し笑いか? 気味悪い」
「だって、笑えるんだもん。去年の、コンビニでHな本を買っていった堂本ク
ンを思い出して」
「……ば……」
馬鹿とでも言おうとしたのだろうが、それはならず、絶句する堂本。
「あのときは、トラックの荷台に本が載っちゃって、焦ったよねえ」
「もう、その話は言うなって。誰にも言わないって約束」
「誰も聞いてないよ」
「聞こえるかもしれないだろ」
立てた人差し指を口に当て、堂本は必死の表情。
焦る堂本の姿を見て、ユキは満足した。
「もう言わない。それで石村さん、何て」
「喋る義務はない。ほら、これを受け取って、すぐに帰る」
封筒を押しつけられたユキは、とにかくそれを受け取った。でも、先ほどの
ことが気にかかるので、追及はやめない。
「本気っぽかった? それとも義理チョコか何かかな?」
「木川田、ごみ箱を教室に置いて来るんだろ」
「あ」
すっかり忘れていた。残念ながら、堂本への追及は、あっさり打ち切らざる
を得ないようだ。
下駄箱で靴を履きかえながら、堂本が言った。
「チェック、頼んだからな」
その声を背に受けつつ、ユキは廊下の角を曲がった。
翌日、学校に着いて堂本の姿を教室内に見つけるなり、ユキは封筒を返した。
「え? もうできたの?」
席に着いたまま、見上げてくる堂本。
「話が違うなあ。それにしても、教室の中で渡すのは目立つって言ったのに」
「いいから、見てみてよ」
ユキが促すと、堂本は素直に従った。封筒から出て来たのは、A4用紙が一
枚だけ。
「何だ、これ? 分量が減ってる」
「読むのだ、堂本クン」
また見上げてくる堂本のこめかみ辺りを左右から押さえ、無理矢理視線を紙
に向けさせる。
「何だよ、全く……。ん?」
みたび、見上げてきた堂本へ、ユキはにんまりと笑みを返した。
ユキが用意した紙−−裏が白い新聞の折り込み広告−−には、粗筋のチェッ
クとはまるで無関係の言葉が連ねて合った。つまり−−『石村さんの告白を受
ける? 受けない? 教えてくれー教えてくれー教えてくれー……(略)……
教えてくれー 気になって眠れんです』。
「……おい」
堂本の目が鋭くなっている。
「教えてくれー、だよ」
「教えなくちゃいけない義務はないって、昨日も言ったはずだけど」
「気になるっての。粗筋のチェックもできないほどなのだ」
「どうして? 関係ないよ」
「分かってないなあ」
ユキは両手を腰に当て、説教するような口調になった。
「もしも堂本クンが受けてあげるんなら、私だってちょっと遠慮してあげよう
と思う訳ですよ。ずっと私が引っ付いてたら、相手はどう思うでしょー? 決
して、いい気しないってーのは、堂本クンにだって分かるでしょうが。うん、
何て気が利くんだろ、私って」
「ふむ、そういうことか」
分かったという風に、目つきが穏やかになる堂本。
「意外と気を回すんだ、木川田も」
「意外は余計なり。それで? 白状しろー、この」
「それが……やっぱり言えない。やめた」
何かを言いかけて、口をつぐんだ堂本。ユキは頬を膨らませる。
「何だ? 一度話しかけたことをやめるなんて、男らしくないぞ」
「男らしいとかどうとかじゃなくて……」
堂本は、周囲を気にする様子だ。当然ながら、教室内の人数はさっきよりも
増えている。
「あとでな。昼、食べ終わったら図書室で」
「? 分っかんないなあ」
ユキはそれでもひとまず、引っ込んだ。
−−続く