AWC 大志を抱け、地図はない 〜BnG 2〜 2   名古山珠代


        
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★タイトル (AZA     )  98/10/31   1:25  (200)
大志を抱け、地図はない 〜BnG 2〜 2   名古山珠代
★内容
「HOLD機能だけど、もしかすると、本体のことを言ってるんじゃないか?」
「そうだけど」
 何を言い出すのかと、電話口で首を傾げるユキ。
「イヤホン、付いてただろう? そっちの方は見てみた?」
「イヤホンって……何の関係があるの?」
「だから……。あのね、木川田」
「馬鹿にしてるでしょ」
「してないよ。イヤホンの途中に、色々とボタンの付いた部分があるよね。そ
この側面に小さなつまみ、あるだろ?」
「ちょっと待ってて。今、手元にないの。取ってくる」
 ぱたぱたとスリッパの音を立てて、部屋と電話口とを往復した。コードレス
ホンなんて物はないのだ。
「お待たせ−−うん、付いてる」
「そこ、HOLDって書いてるだろう?」
「ほ? ほう、ほんとだ。HOLD。あっ、なるほど。これのせいね?」
 第二のHOLDも解除してから試すと、機械は言うことを聞くようになった。
(機械のくせに、手間かけさせるやつ)
 ほっとしながら、心中で悪態をつくユキであった。
「動いたわ」
「そんなことだろうと思った。本体のHOLDだけ解除して、イヤホンの方は
やってなかったんだな」
「ふむ。勉強になった。覚えとこ」
「機種やメーカーによって違ううから、全てに当てはめない方がいいと思うが」
「そんなものなの? ま、いいや。今はこれができればいいから。ありがとね」
「礼を言われるほどのことじゃない。用はこれだけ?」
「そうよ。ね、堂本クンはどんなのを入れた? やっぱ、レイ=チャールズね。
あと、アニメかな」
「ま、そんなとこ」
 堂本の声はどことなく沈んでいるような感じがあった。
「何か元気ないねー。どしたん?」
「そうか? 元気あるぜ」
「似合わない喋り方、『あるぜ』」
「……一応、伝えておくと、仕事の依頼が正式にありましてね」
 すねたような物言いになる堂本。
 それにかまわず、ユキは問い返した。
「仕事? もしかして、次の作品を書けと」
「そういうこと」
「やったじゃない! 凄いっ」
 受話器を肩と顎で挟み、ユキは小さく拍手した。
「どうも」
「だったら、何でそんなに暗い声、出してんのか分かんない」
「毎度のことだけど、アイディアがね。特に今回、考えれば考えるほど、例の
あのアニメに近寄ってしまいそうで」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが。応援してるんだからね。何と
してでも書かないと。締め切り、いつ?」
「具体的には何も。話のアウトラインができたら、聞かせてくれって。それが
一ヶ月と二週間後の三月頭頃まで。その粗筋でオーケーがもらえたら、直ちに
書き始めてもらうっていう仕組みらしい。ああ、『白の六騎士』の続編が望ま
しいって言ってたな」
「オーケーがもらえなかったらどうなんの?」
 ユキの素朴な疑問。
「もらえるまで直す。それでもだめなら、切られるんだろう」
「そりゃ、宿題より厳しいな。しっかし、続編を書けったって、あれはあれで
完結しちゃってると思うんだけど?」
「そうなんだ。だけど、ほとんど強制的に続編を期待されている。この辺りも
ネックだよ」
「ネックって?」
 ユキの質問が意想外だったらしく、堂本の返事は一拍遅れた。
「えっと、障害という意味になるかな」
「なるほど。障害を取り除くために、何か考え出さないといけない訳だ」
「まあ、そうだけど……。とりあえず、何か書けたら、また見せるから、感想
がほしい」
「オッケ、オッケー。いつでも待ってるわ」
「じゃあ、頼む。またな」
「うん、また明日ね」
 電話を切ると、ユキはともかく部屋に戻った。ダビングを完成させなければ
ならない。
(ついに二作目かぁ)
 と、一方では胸を躍らせながら。

 眠たい。
 ユキは校門の内側に駆け込んだところで、盛大にあくびをした。
「こら。ぎりぎりだぞ」
 とか何とか、生活指導の教師が口やかましく言うのをあとに、生徒通用口に
向かう。
「およ?」
 滅多に見られないものを見たせいで、おかしな声を上げる。
「堂本クン、君が遅刻とは珍しい」
「まだ遅刻じゃないぞ」
 さっさと上履きに替えると、堂本は先に行ってしまった。
(あ、ちくしょっ、逃げられた。一蓮托生にしてやろうと思ったのに)
 上履きのかかとを踏んだままのユキは、こけつまろびつしそうになりながら、
どうにか時間内に教室へ滑り込んだ。堂本はと見れば、何事もなかったかのよ
うに、澄まして一時間目の準備をしていた。
(遅れた理由を尋ねてみたい……ところだけど、時間がないか)
 仕方なく、ユキは待った。一時間目の授業が、いつにも増して退屈に感じら
れたのは記すまでもない。終了のチャイムが鳴って、教師が出て行くとすぐ、
ユキは堂本の席へ向かった。成績優秀で通る彼の周りには、同じクラスの男子
が数名、すでに集まっている。
「化学のプリント、見せてくれ。頼むっ」
「朝、写させてもらえると期待していたのに、遅れて来るもんだから、慌てち
まったよ」
 等々、勝手な言い種のクラスメートに、堂本はプリントを渡した。
「例のCD、貸してくれよ」
 どうやらそれが交換条件のようだ。
 サンキュとか言いながら男子達が去ったところで、ユキは話しかけた。
「私にも見せてちょうだい」
「何だ、いきなり?」
 座ったまま、見上げてくる堂本。
 ユキは、先ほどの男子らを見やりながら、淡々と続けた。
「化学のプリント」
「あれなら、この間、ちゃんと教えたはず。やっただろ?」
「そうだっけ? あんまし記憶にない。教えてもらうようになって、だいぶす
らすら解けるようになったからかな」
「それだけかい」
「んにゃ。今朝、遅れた訳、聞こうかな」
「……別に大したことじゃない」
 歴史の教科書をめくり始める堂本。二時間目は歴史だ。
 間を置いて、堂本は小声で答えた。
「ストーリー作りしていただけ」
「……悩んでる内に夜更かしして、寝坊したとか?」
「まあ、そんなところ」
「話は何かできた?」
「できてたら、こんな顔してないよ」
「……」
 しげしげと見つめる先は、堂本の顔。意識したためか、うつむき加減になる
彼に対し、やがてユキは言った。
「顔、普段と変わんないから、分かんなかったな」
 そしてにこりと笑みを浮かべる。
「……どーせ」
 堂本は下を向いたまま、小さく首を振った。そろそろ休み時間も終わりだ。

 校外では家をちょくちょく訪ねるほど堂本と親しくしているユキであるが、
学校にいる間となると、そうでもない。堂本は、女子とは必要最小限のことの
他はほとんど話さない。学校の内と外で、彼がかなりスタイルを変えているせ
いだ。それでも女子相手では、ユキとの会話が一番多くはあるのだが。
 かような具合だから、当然、ユキが堂本と並んでお昼を食べるというような
こともなく、ユキは普段、女友達二、三人と引っ付いて食べている。
 今日は窓際、初美の席の周りに集まる。冬場はだいたい、太陽の光を求めて
こうなる。
「美味。美味也哉、此卵焼」
「謝謝。我求、其佃煮」
「やめてよ……でたらめの漢文で話すなっちゅーの。頭、痛い」
 ユキと初美がふざけていると、比較的真面目な秀子が苦情を申し立てた。先
ほどの古典の授業で、漢文をやったばかりだ。
「じゃ、英語。あいうぉんとぅいーとざ佃煮」
「the 佃煮 で合ってるの?」
「 a cup of 佃煮?」
「そもそも、佃煮って英語で何て言うんだろ?」
「煮る……ボイルド……ボイルドTSUKUDA」
「勝手にやってなさい」
 二人のやり取りを切って捨てた秀子に、外からお呼びがかかった。そう、窓
の向こうから。
 窓ガラスを軽くノックする男子がいた。額にうっすら汗して、前髪がいくら
か張り付いてる。
「ん? あ、真壁。何?」
 秀子が反応したが、窓を開けるのは、より窓際の初美。
「篠原、ちょっと悪いんだけど、タオル取ってくれる?」
 窓の桟に肘を乗せ、真壁はいかにもへとへとという風に舌を出した。
「遊びのつもりが、こんなに汗かくとは思わなかった」
「またサッカーやってたの? 部活のときだけでいいのに。うち、そんなに強
くないんだし」
「好きなんだから、いいだろ。ほら、マネージャー」
「時間外労働!」
 と言い返しながらも、秀子は立ち上がると、真壁の席に置いてあるバッグか
らタオルを見つけ出し、すぐに戻って来た。
「サンキュ」
「風邪ひかれたら、かなわないものね。ただでさえ弱いチームが、さらに」
「ひでえ言い種。−−あ、邪魔したかな」
 真壁はユキと初美に目を向け、短い挨拶をした。
「いえいえ。頑張れ、サッカー少年っ」
「少年ね。それじゃ」
 苦笑しつつ、彼はまたグラウンドの方に走って行く。
 見送る秀子の前で、ガラス戸ががらがらと無粋な音を立てて、締められた。
「初美っ、もうちょっと」
「はい、ごめんよ」
「寒い寒い」
 ユキは自分の腕を抱いて、寒がってみせた。
「秀子は今ので暖まったかもしんないが、こっちは寒くてたまらんですよ。い
や、ほんと」
「何よ、それ」
「好きなんでしょう、真壁君のこと?」
 初美が言った。口に物を入れて喋ってるから、いまいち明瞭でないが。
「……誰が」
「あんたが」
「な、何でそう思う訳よ」
「お弁当、早く済ませちゃいなよ」
 すでに食べ終わっているユキ。初美もあと少しで片付きそう。
 二人に対して、秀子の分はかなり残っている。彼女は仕方なさそうに腰を落
ち着け、箸を取った。
「で、どうしてそう思う?」
「クラスの男子の内、真壁君のことだけ、呼び捨てにしてる」
「同じサッカー部だからよ」
「じゃ、他のサッカー部の子、呼び捨て?」
「う」
 口ごもる秀子。
「呼び捨てにしたら好きというなら、ユキなんかしまくってるじゃないの」
 初美とやり合っていた秀子が、ユキを指さした。
「へ? そうかな? そりゃあ、たまに呼び捨てにしてるかもしれないけど、
面と向かって話すときは、『クン』付けしてるよ、絶対」
「……悔しいっ。もう、あんた達も白状しろ」
「気取られる方が悪い」
「うんうん」
 ユキが同意を求めると、初美は何度もうなずいた。
「それにさ、今さら言わなくたって、前から見え見えだったし」
「そんなに顔に出てた、私?」
 箸を置いて、両手で頬を押さえる秀子。
「顔じゃなくて、態度に。甲斐甲斐しいったら、ありゃしない」

−−続く




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