AWC 大志を抱け、地図はない 〜BnG 2〜 1   名古山珠代


        
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★タイトル (AZA     )  98/10/31   1:23  (200)
大志を抱け、地図はない 〜BnG 2〜 1   名古山珠代
★内容
 郵便物に目を通していたユキは、徐々に顔色を変え、しまいには叫んでいた。
「ぶん殴る!」
 寒さを物ともせず、かっかしている。
「誰を殴るって言うんだ」
 ユキの右手前に座る堂本が言った。
 二人は木のテーブルを中に、L字に陣取る形だ。
「こっちの苦労も知らないで、こーゆーことを書いてきた奴よ!」
 葉書の一枚を人差し指で弾くユキ。
 堂本は片方の肘をついたまま、よせよせという風にもう片方の手を振る。
「怒ったって仕方ないさ」
「堂本クンの小説がけなされてるんだよ? 何、達観しちゃってんの」
 佳作入賞した「白の六騎士」の刊行からおよそ一ヶ月。冬休み最後の日に、
堂本は編集者に会って、読者からの反響を伝えられた。
 その詳しい話を聞こうと、ユキが堂本の家に遊びに来たのが今日、成人の日。
「別に悪気があって、文句を言ってるんじゃないんだから。公にされた作品に
ついては、誰もが自由に批評できる権利を持つ」
「それぐらい分かってる」
 葉書やら封筒やらの郵便物を放り出すと、ユキはむくれてみせた。腕枕をし、
頬を膨らませる。
「ただ、書き様ってもんがあるじゃない!と言いたいのよ。よくもこんだけ悪
く書いてくれるわってのが、だいぶあった」
「どんな言葉でも糧になる。感謝こそすれ、怒ってはいけない−−って、編集
の連木さんに言われた」
「……私に小説家は無理だわさ。読んで感想言うのと、ちょっぴりアイディア
出すだけにしといて、よかったよかった」
「叩かれるのを我慢するのって、小説家だけじゃないぞ。木川田がいつか言っ
てた『芸能人』だって、そうじゃないか?」
「あれは冗談半分なのデス。うう」
 腕枕を解いて、頭を抱えるユキ。
「どうした?」
「嫌なことを思い出してしまった。今年で高三だよー、私ら」
「ああ、進路」
「簡単に言ってくれて。そりゃ、できる人はいいわよねえ。その上、小説で賞
を取ったなんて、推薦でも一芸入試でも有利な材料」
「結局、木川田も大学?」
「聞かないでよ、これでも迷ってんだから」
「ふむ……。『悩んでる』と言わないところが、らしいな」
「ねえ、それより、おごってくれ」
 姿勢を正すと両手をそろえ、手のひらを上向きに差し出す。こうもずうずう
しいのは、もし入賞したらアイディア料代わりにおごるという約束が、二人の
間で交わされていたから。
「唐突……。ま、いいけど」
「結構、高いよ」
「一応、五万円までなら、何を買おうが口出ししないつもりだけど」
「お、大きく出ましたね。太っ腹に感謝。お年玉、当てが外れて参ってたのだ」
「何を買うのか、かまわなかったら聞かせてくれ」
「えっとね、携帯用みにでぃすく、ほしい」
「……MDプレーヤーのことかい?」
 反応が遅かった堂本を見て、ユキはちょっと不安になった。
「だめ?」
「いや、そうじゃなくて、相変わらず、発音が……」
「いいでしょうが! だいたい、この頃の電化製品は、名前を日本語に訳す努
力をしてないのが気に入らない。電子式卓上計算機、略して電卓。ああ、何て
素晴らしいんでしょ」
 芝居がかって手を合わせるユキ。目はきらきら……させているつもり。
 その大げさな仕種に頭をかきながらも、堂本はうなずいた。
「分かった、文句なし。どうぞ買ってください」
「やったっ。今度の日曜、付き合って」
「僕も一緒に行くの?」
 目を白黒させている堂本を、ユキはおかしく思った。
(かわいいんだから!)
 でも、その感想は表情に出さず、答える。
「決まってるじゃない。もし行かないと、不正しちゃうかもよ」
「不正って」
「例えば、私が堂本クンから四万円もらって、一人で買いに行ったとする。お
店に入ってみたらあら不思議、セールス期間中で三万五千円で買えちゃった。
残りの五千円はポケットに突っ込む、と」
「別にそれでもいいけど」
「よくないっ。ぴったり払ってくれなきゃ、むずがゆい。男らしい女なんだか
ら、私ゃ」
「な、何だ、そりゃ」
 突然、笑い出す堂本。
「く、くくっ−−。言い得て妙、ってやつだな。ほんと、一緒にいて飽きない」
「私が言ってるのは、気持ちの問題で」
「分かってるって。それより、買うんだったら、よく検討しよう。機械音痴の
君に任せていると不安だ」
「それは……頼りにしてます」
 頭をちょこんと下げる。
「そもそも、どういうきっかけでほしくなった訳? ポケベルも電子手帳も拒
否してたのに」
「初美が持ってるのを聞かせてもらって、便利だったから。CDよりちっこい
とこが気に入った」
「こっちは略して言うんだな、CDって」
「MDの方は、忘れちゃいけないと思って、正式名称で覚えていたのよ、もう」
 ぷりぷりしているユキをよそに、堂本は言った。
「僕も買おうかな」

 都合よく、近くのデパートが定価の七十五%がけでセールスしていたので、
そこに出かけた。
「へっへー、買ってもらっちゃった」
 ユキが子供みたいにはしゃいで駆け出そうとするのを、堂本が呼び止める。
「おーい、どこ行くんだ? それだけあってもしょうがない」
「は?」
 立ち止まり、振り返って首を傾げるユキ。
「専用のディスクを買わなきゃ」
「あ、そうか」
 カセットテープやらフロッピーディスクやらが並ぶ棚に、MDも置いてあっ
た。二人まとめて十枚購入。
「ほんと、小さいな。CDはおろか、3.5インチより小さい」
「でしょ? 持ち歩くのにもかさばらなくていいし」
 と言いつつ、買ったばかりのMDの束を持てあますユキだった。
「持つよ。さっさと帰らないと、壊しそうだ」
 ディスク十枚の入った紙袋を取り上げ、プレーヤー二台と合わせ持つ堂本。
「え、帰るの? つまんない。もう少し、いよう」
「どうして」
 予想外の切り返しに、ユキは口をぽかんと開けた。気を取り直して答える。
「どうしてって……折角、デパートに来たんだから、もっと見て行ってもいい
じゃない」
「ということは、見て行かなくてもいいんだろう? 人混みは嫌なんだ」
 フロアはどこも人で溢れている。休日のデパートでセールス中と来たら、そ
れが当たり前。
「いいからいいから。デートのつもりで付き合って」
「……それを一番恐れているんだけど」
「あ?」
「誰か知ってる奴に見られるとまずいんじゃないか?」
 言いながら、周囲を探るようにする堂本。かえって目立ちそうだ。
「そんな心配、したって始まらないよぉ。学校でだって、何だかんだと一緒に
いるんだし」
「それはそうかもしれないが……」
 見回していた堂本の動きが止まった。何かに目を奪われたらしい。
「ん? どったの?」
「いや……あれにはとてもかなわないなって」
 堂本が指さした先は、レコード店。その店頭にはアニメのポスターが、大き
く貼り出されていた。
「それって、あのポスターのアニメ?」
「そう」
「ふうん。私、観たことないんだ、『エヴ−−』」
「言わないでくれ、その名前」
 ポスターから目を離すと、ため息をついた堂本。
「どうして?」
「結構、影響を受けそうで恐いんだよ。でも、観ずにはいられないっていう」
「ははあ。重症だね」
「はっきり言ってくれる……。行こう」
 ユキの手を握ると、堂本は引っ張った。
(さっきまで見られたらどうこうって言ってたのに。マジで悩んでんのかなあ)
 引っ張られるユキは、そんなことを考えていた。

 ユキは腕組みしていた。
(うまくいかん)
 目の前の棚には、備え付けのCDプレーヤー。その後ろ側から音声出力の線
が一本、携帯用MDプレーヤーの差し込み口へと伸びている。
 機械音痴の彼女にしては、上出来の展開だった。最初は。
 一番恐れていた配線は、分かり易い図があったのでどうにかクリア。シンク
ロ録音とか言う、曲出しに合わせて録音が始まる機能も何とか理解できた。
 お気に入りの曲を録音時間の上限一杯に選出し、いよいよ録音開始……のは
ずだった。
(動かないじゃないの)
 録音を始めないMD本体を、指で弾くユキ。使い慣れた機械なら、叩いてい
るところだ。
(うーん、おっかしいなあ。書いてある通りにやってるのに。電源オーケー、
HOLDも解除してるんだぞ。ディスクも入れたし。いきなり不良品かい)
 そこここに着いているボタンをいじりながら、説明書のあっちをじー、こっ
ちをじーっと読み返す。が、どこにも不備は発見できない。
「仕方がない……」
 腰を上げるユキ。
 電話は、彼女の部屋にはない。廊下に出て、大きなぼんぼん時計のかかる柱
のすぐ下にある黒電話を使わねばならない。長電話防止策だ。
「えっと、***七五三二」
 番号を声に出しながらダイヤルする。前々から、そのくせよしなさいと友達
みんなに言われているが、そんな忠告、すぐ忘れてしまう。
「小石川さんのお宅でしょうか? 私、初美さんの友達の木川田と申しますが
……。出かけてる? あ、いいです。またかけ直しますから。は、どうも失礼
しました」
 慣れぬ敬語で強張った口元を引っ張り、元に戻す努力。
(聞こうと思ったのに、いないのか。困ったな。んじゃあ……)
 今度は、相手の電話番号を覚えていない。電話の台に突っ込んでいるクラス
連絡網の用紙を取り出した。
「***五四三二か。カウントダウンで、覚え易そう」
 呼び出し音一回でつながった。聞こえてきたのは、母親らしき女性の声。
「はい、堂本ですが」
「堂本さんのお宅ですか? 堂本浩一君と同じクラスの木川田と言いますが、
堂本君は……」
「あら、木川田さん」
 堂本の母親は、ユキのことを覚えているようだ。何度も訪ねているのだから、
それで当然かもしれない。
「ちょっと待っててね」
 と言って、声が遠ざかる。
 送話口を手で押さえているのだろうけど、やり取りがかすかに伝わってきた。
「浩一、電話よ」
「今、行く。誰から?」
「ユキちゃん」
 これを聞いて、笑い出しそうになるユキ。
(わはは。おばさんまで、私のこと、ユキって言ってるんだ)
「それ、やめろって」
 怒った調子の堂本の声がしたかと思ったら、雑音。
「替わりました」
「ああ、堂本クン。私私」
「分かってる。何の用?」
「えーっと」
 一瞬、忘れそうになってる自分に気付く。
「おーい?」
「ちょっと待って……あ、そうそう。MDのこと。うまくダビングできないよ」
「ああ……どういう状況か話してみて」
 説明するユキ。決して手短ではなく、自分のやったことを順番通りに伝えた。
「おかしいな。僕はそれでちゃんとできたけど」
「でしょ。壊れてんじゃないかな」
「……あと一つ、考えられるとしたら」
「何かある?」

−−続く




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