AWC 海鷲の宴(7−2)  Vol


        
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海鷲の宴(7−2)  Vol
★内容


 1941年12月22日 1100時

  この時点で、米艦隊の残存戦艦は15隻。未だにその数は日本側の2倍近かった
 が、それはあくまでも数の上での話だ。実際のところ、米戦艦のうちで、まともに
 戦闘力が残っているのは、第一任務部隊では「モンタナ」「メリーランド」と旧式
 の「オクラホマ」「ネヴァダ」、第二任務部隊でも、旗艦の「レキシントン」と
 「コンステレーション」くらいのものだった。
  まず第一任務部隊旗艦の「サウスダコタ」は、砲撃戦によるダメージの他に25
 0キロ爆弾4発を食らい、艦上各所で火災が発生していた。また、吹き飛ばされた
 煙突の跡から煤煙が吹き出し、それを吸い込んだ甲板上の将兵がばたばたと倒れて
 いた。4基の三連装砲塔は未だに使用可能だったが、至近弾で船体に歪みが発生し
 て、速力が15ノットに低下していた。
  「インディアナ」は航空攻撃を免れたものの、扶桑級4隻からめった撃ちを食ら
 って、上構の殆どを破壊されていた。尖塔状の艦橋は上半分が消し飛び、根元の部
 分の切り口が黒く焼け焦げた縁を見せている。艦長以下の艦首脳部が生存していな
 いことは明らかだった。4基の長砲身16インチ三連装砲塔も、半分が破壊され、
 第1・第3両砲塔を残すのみとなっている。
  「ウェストバージニア」は、舵を破壊されて速力が低下し、完全に隊列から落伍
 していた。それでも、10ノットを切ってしまった速力で、必死に本隊に追いすが
 っている。
  「コロラド」は、艦橋と前檣を叩き壊されて、艦長以下の首脳部を抹殺され、指
 揮能力が大幅に低下していた。後部にいた副長の指揮の下で、艦はまだ動いていた
 が、戦闘力の低下は明らかだった。
  「テネシー」は、爆弾5発と魚雷2本を受け、速力が12ノットに低下している。
  そして「ペンシルバニア」は、250キロや800キロといった爆弾を雨霰と浴
 び、大火災を起こして漂流中だった。
  第二任務部隊でも、まず「サラトガ」が猛爆撃を受けて、破孔周辺のささくれや
 突き刺さった弾片で全艦針の筵と化したような有り様となっていた。電気回路をや
 られたため、主砲塔の動きが緩慢になっている。
  「レンジャー」は、主砲塔が火災にあぶられ、内部の要員が全滅した上に、砲身
 が熱で変形して発砲不能になった。
  そして「ユナイテッド・ステーツ」は、「コンスティテューション」との衝突で
 艦首を損傷し、速力が18ノットに落ちていた。
  その状態の中で米艦隊は、なし崩し的に連合艦隊との砲撃戦に突入して行った。

 「かなり弱っているな、敵は……」
  第二戦隊旗艦「扶桑」の艦橋で、西村祥治中将は呟いた。
  つい1時間前まで、堂々たる威容をこの場に見せていた鋼鉄の城砦群の姿は、そ
 こにはない。ただ、傷つき弱った落ち武者の群のような、落城寸前を思わせるスク
 ラップ同然の船が、身を寄せ合っているかのようだった。
 「止めを刺すぞ。面舵一杯、照準完了次第各艦毎に撃ち方始め!」

  海戦が始まった頃にはあれほど開いていた戦力差は、今や殆ど互角になっていた。
 こうなると、命中率において相手を大きく上回る日本軍の優位は動かない。
  真っ先に血祭りに挙げられたのが、隊列から落伍していた「ウェストバージニア」
 だった。「長門」「陸奥」の砲弾が艦中央部に落下し、ボイラーを破裂させた。一
 瞬「ウェストバージニア」の中央部から強烈な閃光が迸り、続いて赤黒い爆炎と無
 数の破片「「かなりの割合で、人体の残骸を含む「「が巻き上げられた。そして、
 その下から突き上げるように火柱が奔騰し、艦内各所の隔壁や艦底部を一気にぶち
 抜いた。
  中央部から真っ二つに折れた「ウェストバージニア」は、艦首と艦尾をそれぞれ
 高々と突き上げて、海水によって自らの火災を消し止めながら沈んで行った。
  次に沈んだのは、第一任務部隊の最後尾にいた「ネヴァダ」だ。僚艦「オクラホ
 マ」と共に、第四戦隊の「比叡」「霧島」と激しく撃ち合った「ネヴァダ」だが、
 第四砲塔を襲った一弾が、天蓋を突き破って砲塔内部で爆発し、装填作業中の14
 インチ砲弾3発を誘爆させた。次の瞬間「ネヴァダ」の第四砲塔は内側から爆発し、
 ビール瓶の王冠を裏返しにしたような残骸を、甲板上に晒した。
  だが、「ネヴァダ」の艦内では、さらなる惨劇の幕が開いていた。
  砲塔内での爆発は、揚弾塔内部の給弾リフト上に並んでいた14インチ砲弾を、
 上から順に次々と呑み込み、誘爆させて行った。給弾リフトそのものが導火線のよ
 うな役割を果たす形で、給弾室から弾薬庫へと爆風を導き、後部弾薬庫に収められ
 ていた400発以上の砲弾と、それを発射するための炸薬を一気に誘爆させた。
  第四砲塔が爆砕されてから数秒後、天蓋と3本の砲身が消失した第四砲塔の底か
 ら強烈な閃光が迸り、一瞬の間を置いて地の底から轟くような轟音が響き渡った。
 次の瞬間、「ネヴァダ」の船体は第四砲塔付近から寸断され、千切れた艦尾部分が
 浅い放物線を描いて、100メートル近くも飛んで行った。破孔からは炎と黒煙が
 湧き出し、全艦をどす黒い赤色に染め上げて行く。やがて「ネヴァダ」は、艦尾か
 ら引き込まれるようにして海中へと姿を消した。
  続いて、それまで無傷を保って来た「モンタナ」と、後続の「コロラド」が、水
 雷戦隊の毒牙に掛かった。次々と繰り出される主砲弾の間をかいくぐり、副砲弾幕
 の突破を試み、「浦波」「谷風」の2隻の駆逐艦を失いながらも果敢に肉薄した、
 軽巡「木曽」率いる第四水雷戦隊が、距離8000メートルで、8隻合わせて60
 本の酸素魚雷を海中に叩き込んだ。雷速42ノットで海中を突進した、後に米軍が
 言うところの「ブルー・キラー(青白い殺人者)」は、狙い違わず2隻の戦艦の舷
 側に命中し、9本が「モンタナ」の、4本が「コロラド」の右舷側水線下に、それ
 ぞれ魚雷一本辺り直径3メートルほどもある大穴を開けた。衝撃で両艦は大きくう
 ち震え、100メートルを遥かに超える水柱「「と言うより、もはや水の壁だ「「
 が、その姿を覆い隠した。
  やがて視界が開けた時、数分前まで12門の16インチ砲を撃ちまくっていた
 「モンタナ」の姿はそこに無く、「コロラド」は完全に裏返しとなって、赤い船底
 を晒していた。6隻のサウスダコタ級戦艦のうちで、まともに戦える状態にあった
 最期の一隻が失われた瞬間だった。

  ここに至って、キンメルの戦意は完全に萎えた。追い討ちを掛けるように、第二
 任務部隊指揮官のパイ中将から、撤退を進言する通信が入って来た。第二任務部隊
 も「コンスティテューション」を失い、残る艦も大きく損傷している。合衆国艦隊
 の勝ち目は、完全に失われたと言えた。
 「参謀長、全艦隊に通達を出してくれ」
  すっかり覇気の失せた声で、彼は命令した。
 「退却する」
 「イ……イエス、サー」
  スミスが、屈辱を滲ませた表情で答えた。
  その時、辛うじて生き残っていた「サウスダコタ」の右舷見張り員が、死刑宣告
 そのもののような報告を入れて来た。
 「1時方向に敵機! 大編隊です!」

  日本軍の第二次攻撃隊は、零戦90、艦爆166、艦攻166の合計422機で
 構成されていた。もはや米艦隊には、対空砲火を撃ち上げる力も残っていなかった。
 何ら妨害を受けること無く米艦隊上空に到達した攻撃隊は、洋上の動く標的と化し
 た合衆国戦艦群を、勝手放題に叩き始めた。
  「テネシー」は、さらに爆弾6発・魚雷5本を受け、大きく傾いて転覆寸前の状
 態に陥った。高々と持ち上がった左舷からは、脱出した将兵が次々と海に飛び込ん
 で行く。
  「オクラホマ」は、左右両舷から20機以上の雷撃機の挟み撃ちに合い、魚雷12
 本を叩き込まれて弾薬庫が誘爆した。「オクラホマ」は瞬時に真っ赤な火球と化し、
 無数の破片に姿を変えて海上に四散した。
  続いて、第二任務部隊旗艦「レキシントン」が襲われた。水平爆撃の800キロ
 爆弾、急降下爆撃の250キロ爆弾、そして800キロ航空魚雷を殆ど同時に何発
 もまとめて叩き込まれた「レキシントン」は、一瞬大きく身震いした後、甲板上各
 所のハッチから吹き出した爆炎に包み込まれた。炎の中に浮かぶ真っ黒なシルエッ
 トとなった「レキシントン」の尖塔状の艦橋が、ぼろぼろと風化するように崩れ落
 ちて行く。続いて船体が3つに割れ、「レキシントン」は高々と立ち昇る黒煙をそ
 の墓標として、海底へ向かって最後の航海を始めた。

 「急げ! ぐずぐずしていると、本当に全滅してしまうぞ!」
  キンメルが、幕僚を叱咤している。全軍に退却命令が出され、各艦はそれに従っ
 て戦場から離脱し始めていた。傷ついた戦艦部隊がよろめくように後退し、それを
 覆い隠すかのように駆逐艦部隊が日本戦艦部隊との間に割って入り、煙幕を展帳す
 る。巡洋艦部隊は、かなわぬ相手と知りながらも、日本艦隊の牽制に掛かった。
  その甲斐あってか、それとも後は航空部隊に任せようとでも言うのか、日本軍の
 水上部隊の追撃はさほど激しいものではなく、この分なら速力の落ちた米戦艦部隊
 も楽に退却出来そうだった。
  だが……
 「敵機直上! 急降下!」
  見張り員の叫び声に、キンメルが艦橋の窓から上空を見ると、一列になった固定
 脚の爆撃機が、「サウスダコタ」目掛けて急降下して来るところだった。次の瞬間、
 「サウスダコタ」の艦橋を250キロ爆弾が2発同時に直撃し、艦首脳部や司令部
 幕僚の多くが、爆風や破片によって全身を切り刻まれ、吹き飛ばされて即死した。

  床に突き転がされたキンメルが身を起こすと、艦橋内部は地獄絵図と化していた。
 室内の壁と言わず床と言わず、弾片が突き刺さり、破孔の周囲がささくれ立ち、無
 数の鋭い切っ先が突き出したようになっている。それらに、串刺しのような姿で引
 っ掛かった艦橋要員の死体が、無数にぶら下がっていた。床に散らばる人体の残骸
 も、一人分や二人分ではない。キンメル自身も無傷では済まなかった。彼の左腕は、
 肘から先がきれいに消失している。弾片に切断されたらしい。爆弾の炸裂で、弾片
 や壁材が熱せられているのか、室内には肉の焼ける臭いが立ち込めている。
  「サウスダコタ」は、僅かに傾いていた。既に行き足は止まり、後は日本軍の戦
 艦部隊に捕捉・撃沈されるのを待つばかりだ。
 (このままでは……艦隊が全滅する……誰かが退却戦の指揮を取らなくては……)
  そのとき彼の目に、ぼろ切れのようになったカー艦長の死体が覆い被さるように
 なって、半分隠れていたTBS(隊内電話)が映った。キンメルは殆ど本能と化し
 た動きで受話器を手に取ると、第三任務部隊指揮官のレイモンド・スプルーアンス
 少将を呼び出した。作動しているか確かめる術はないが、今は動くことを祈るしか
 ない。幸い、すぐに呼び出し音が鳴り始めた。
 「こちらスプルーアンスです」
 「キンメルだ。レイ、退却戦の指揮を頼む。こちらは艦橋をやられた」
 「は、サー。しかし……」
 「『レキシントン』は既に沈んだ。この『サウスダコタ』もいつ沈むかわからん。
 いまこの場にいる最上級指揮官は、貴官しかおらんのだ」
 「イ……イエス、サー」
  一瞬のためらいの後に、スプルーアンスが了解すると、キンメルはTBSを艦内
 通話に切り替え、全艦に向けて最後の指令を出した。
 「総員退艦! 繰り返す、総員退艦せよ!」
  その直後、「サウスダコタ」艦橋に「陸奥」の放った16インチ砲弾が炸裂した。
 「サウスダコタ」の艦橋は、キンメルや幕僚達の死体ごと爆砕され、無数の破片と
 なって宙へ舞い上げられた。続いて突入して来た水雷戦隊が放った魚雷を受けた
 「サウスダコタ」は、これでようやく苦しみから解放されるとでも言わんばかりに
 急速に転覆し、沈んで行った。

 「な……なにっ」
  山本五十六長官は、驚愕を露にしていた。
 「弾がないだと!?」
  先程山本は、退却中の米艦隊を追撃するために、一航艦・二航艦に対して、第三
 次攻撃隊の出撃命令を出した。だが、両航空艦隊からの返信は、「爆弾・魚雷の残
 弾なし」と言うものだったのだ。
 「各機一度づつの出撃で弾が切れるとは何事だ!」
 「はぁ……これでも、弾の生産がぎりぎりだったと聞き及んでいますが」
  黛治夫作戦参謀が、宥めるように言う。
 (何と言うことだ。補給軽視の悪癖がこんなところでも出たか。ここで空母を取り
 逃がしては、後々の作戦に重大な支障が出るぞ)
  歴史に残る大勝にもかかわらず、山本の心中には暗雲が渦巻いていた。

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